第9話 ヴィレの森へ

「……んっ?」


 なんだろうか。

 朝起きると、なぜか息苦しさを感じた。

 柔らかい何かが俺の顔に押し付けられている。

 それだけじゃない。俺の体はまるで何かに拘束されているみたいに、身動きしづらかった。


 頑張って拘束を抜けると、理由が判明した。

 俺の横には睡眠中のフレアがいたのだ。

 ……どうやら俺の顔は彼女の胸に埋まっていたらしい。

 今さらながら、恥ずかしさのあまり顔に熱が集まる。


「ん~むにゃむにゃ、そこはだめだよアイク~」

「おーい、起きろ、フレア」


 不思議な夢を見ている様子のフレアを起こすと、彼女はぱちりと目を空ける。

 そしてにーっと笑みを浮かべて、楽しそうに告げた。


「えへへ。おはよっ、アイク!」




 ギルドにつくと、亜麻色の長髪が特徴的な受付嬢エイラが笑顔を浮かべてこちらを向く。


「おはようございます、アイクさん」

「ああ、おはようエイラ」


 俺とエイラは挨拶を交わす。

 ちなみにフレアはここに来る途中にある数々の出店などに目を奪われている様子で、俺が依頼を受けた後合流することになっていた。


 さて、俺はさっそくエイラに用件を伝える。


「Cランクの依頼を幾つか見せてもらってもいいか?」


 昨日の今日だ。

 簡単な依頼を受け、調子を上げていくのが目的だ。


「はい、分かりました。

 ですがアイクさん、まさか一人で依頼を受けるんですか?

 それとももしかして、既に次に所属するパーティーが決まっていたりとか?」

「いや、しばらくは一人でやっていくつもりだ。

 ……正確には、一人じゃないが」


 フレアのことを思い出しながら、俺は小さくそう付け加えた。


「一人で受けられる依頼ですね。

 これなんていかがでしょう?」


 エイラが提案してくれた依頼を見る。

 この町から南に三十分ほどの位置にある、魔物が多く生息するヴィレの森。

 そこでDランク魔物、ゴブリンを十体倒してきてほしいとのことだ。


 俺とフレアなら問題なく達成できるはずだ。

 そう判断を下し、この依頼を受けることにする。


「それで頼む」

「はい、分かりました」


 普段ならここでさっそく討伐に向かうのだが、今日は別の用件もあった。


「それでなんだが、預けていた 人形就寝具ドール・ケースを受け取ってもいいか?」

「っ、はい、すぐに持ってきます」


 エイラは一度裏に戻った後、すぐに銀色のケースを二つ持ってきてくれた。


「こちらですね」

「ああ、ありがとう」


 簡単に中身を確認した後、俺はギルドを出た。




 俺は受け取った二つの 人形就寝具ドール・ケースを腰のベルトにつける。


 中には、フレアを除く二人の人形が入っている。

 合計して三人が、俺の使役する人形の総数だ。


 俺はこれまで、依頼を受ける際に十分だと判断できる戦力が揃うのなら、それ以外の人形はギルドに預けるのが常だった。

 仮に依頼先で何かがあった時、必要以上の犠牲を避けられるからだ。

 昨日の依頼も、本来ならば何事もなく終わるはずだった。


 けれど昨日、それは甘い考えなのだと思い知らされた。

 例え仲間と一緒にいたとしても、想像をはるかに上回る最悪の事態は訪れる。

 それらを想定し、今後は常に全ての人形を連れ歩こうと決心したのだ。


 ……今日の依頼は俺とフレアだけで受けるつもりだが。

 それでも、もしものことはあるかもしれないからな。


 これで俺の持ち物は、

 人形就寝具ドール・ケースが三つ、

 短剣が一つ、

 道具袋が一つ、

 素材袋が一つとなった。

 一見荷物が多いように見えるが、身体強化エンハンスメントを使用すれば戦闘も問題なく行える。


 さて。

 準備も整ったところで、フレアとの合流場所に急ぐとしよう。




「あっ、アイク! 見て見て、いっぱい買っちゃったよ!」

「……フレア」


 合流場所にいたフレアは果実やパンなどを大量に購入し、美味しそうに食べていた。

 意思を得たことによって、食事をとることも可能になったようだ。

 けれど明らかに必要分を上回る量を買っている。


 ……使い方は分かると自信を持って言われたため素直にお金を渡してしまったが、もっと事前に色々と確認しておくべきだったのかもしれない。


 何はともあれ、俺とフレアは口をいっぱいにしながらフィードを出発した。

 もぐもぐ。うまい。

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