第8話 パーティとの決別
金髪の男、勇者ノードは悪巧みをしているかのようなへらへら顔で俺の前に姿を現した。
ミノタウロスを自分が倒したと主張しながら。
「何のつもりだ、とは随分とつれないなアイク。
お前のような足手まといをパーティーに入れてやっていた優しいリーダーに対する口の利き方じゃないんじゃないか?」
「御託はいい。さっさと用件を言え」
「っ、お前……」
これまで素直に言うことを聞いていた俺の変貌ぶりに、ノードは面食らったようだった。
まあ、そんな対応になってしまうのも理解してもらいたいところだ。
パーティーリーダーの言葉と、俺とフレアを切り捨てた男の言葉。
その二つで態度が変わるのは当然のことなのだから。
「お前がそこまで言うのならオレからも言ってやる。
そのミノタウロスの魔石は、オレたちで倒したミノタウロスのものだろう?
まるで自分一人で倒したかのような振る舞いは止めてもらえないか?」
「ノード、お前……」
つまり俺の手柄をパーティーのものにしろという意味だろう。
あまりにも突拍子のない物言いに衝撃を受け言葉を失う俺に対し、周囲の冒険者たちは饒舌だった。
「どういうことだ? ミノタウロスはノードたちが倒したのか?」
「この町唯一の勇者パーティーなら、まあ……理解できなくもないな」
「そうね、人形遣いが一人で倒すのよりかはよっぽど現実的だわ」
ざわざわと、ノードの言葉を信じる声が次々と聞こえてくる。
その喧噪を聞きながら、俺は頭の熱がスーッと引いていくのを感じていた。
ノードに対し完全に失望したのだ。
自分のせいで命の危機に陥った相手に対して謝罪することもなく、
ましてやその相手が命懸けで得た手柄さえも奪おうとする。
俺はこんな奴の下で、一年もの時間を無駄にしたのだろうか。
「おいノード、それはさすがに――」
「待ってください! 先ほどの話と違います!
ノードさん、貴方はアイクさんが亡くなったと報告していたはずです!
それは何だったんですか!?」
エイラの大声がルイドの言葉を遮った。
ノードは不満げに目を細めた後、すぐに悪巧みを思いついたかのような笑みを浮かべた。
「ああ、確かに俺はアイクを死んだと報告したさ。
仕方ないだろう? そう判断するのが当然のことが起きたんだ」
「当然のこと、ですか?」
「ああ、そうだ」
ノードはここで体を周囲の冒険者たちに向ける。
直後、信じられないようなことを口にした。
「この足手まとい、アイクはあろうことか!
パーティー全員で死力を尽くして討伐したミノタウロスを!
その魔石を! 自分一人のものにしようと奪い去ったんだ!」
「――――」
ざわりと、周囲が騒ぎ出す。
一つ一つの声量は小さいが、それらが合わさると大きな喧噪となった。
同時に俺を疑うような視線が幾つも向けられる。
そんな結果に気をよくしたノードは続ける。
「魔石を取り返そうとする俺たちから逃れるアイクはさらにヘマをした!
大量の魔物が現れる罠に引っかかったんだ!
数十を超えるゴブリンに襲われるアイクを見たオレたちは魔石を取り返すのを諦めて撤退した!
そんな状況だったんだ! アイクが死んだと思ってしまうのは当然だろう?」
その言葉で決定的なものとなった。
冒険者たちから俺への疑いが。
そして何より、俺にとってノードがどういう存在かと言うことが。
「待ってくださいノードさん。それだと責任が全部アイクさんに――」
「もういい」
何かを告げようとした僧侶(プリースト)ヨルの言葉を遮り、俺は静かに呟いた。
それだけで何かを感じ取ったのか、周囲の騒ぎが落ち着く。
ルイドとユンの二人は、こちらを不安げな表情で見つめていた。
もしかしたら先ほどの言葉の続きは、俺を庇うものだったのかもしれない。
しかしもう、そんなことは関係ない。
彼らが俺とフレアを見捨てたのは確かなのだから。
俺はもう、このパーティーにはいられない。
だからこそ、関係性がどれほど険悪なものになろうとも構わない。
「驚いたなノード、自分から恥を口にするなんて」
「なんだと?」
「だってそうだろう? お前は言ったじゃないか。
お前ら四人が敵前逃亡を選ぶような相手に俺は襲われたんだろう?
だけど結果として俺はこうして生きている。
仮にお前の言うことが正しいのなら、俺はたった一人でお前たちが敵わなかった脅威を退けたことになるが……
それを自ら広めるだなんて、無様としか言いようがない」
「アイク、貴様……!」
ノードの沸点は想像以上に低かったらしい。
顔を真っ赤にして、ノードは俺に殴りかかってきた。
だが――
「遅い」
「なっ!?」
ミノタウロスとの戦闘を経て目が冴えているのだろうか。
ノードの攻撃はあまりにも遅く見えた。
俺はノードの拳を横に躱すと、そのまま腕と首元を掴み――投げた。
ノードの体が宙に舞う。
勢いそのまま、ノードは背中から床に叩きつけられた。
「がはっ!」
「ノード」
呻きながら横たわるノードに向けて、俺は上から吐き出すように告げた。
「悪いが、お前たちとはもう金輪際パーティーは組まない。
この場を持って脱退させてもらう」
勇者パーティーとの決別を表明する宣言だ。
ぽかんとした表情を浮かべるノードに対して、冒険者たちはそれぞれの反応を見せた。
「おい見ろよ、ノードの奴、人形遣い相手にやられてるぞ。しかも人形さえ使ってないのに」
「ああ、笑えるな。けど結局どちらの言い分が正しいかったんだ?」
「それは分からないけど、まあどっちでもいいでしょう。そろそろ私たちも行きましょう。遅くなったら依頼に失敗してしまうわ、彼らみたいに」
嘲笑が含まれた反応に、ノードはさらに顔を赤く染め上げた。
「くそっ、アイク!」
「むっ」
ノードは立ち上がると、何と聖剣の柄に手を当てる。
まさかこんな場所で、全力で戦うというのだろうか?
咄嗟に身構えるも、エイラが焦ったように叫んだ。
「待ってください! ギルドでの私闘は禁じられています!
これ以上するようなら、王立ギルドに報告しますよ!」
「くっ……」
そこでようやく冷静さを取り戻したのか、ノードは聖剣から手を離した。
王立ギルドは王国全ての冒険者ギルドを管轄する、王都にあるギルドだ。
ノードを遥かに上回る勇者も所属している王立ギルドを敵に回すのは本意ではないのだろう。
ノードは踵を返すと、苛立ちを隠すことなく大股で歩いていく。
「パーティーを脱退する? 勝手にしろ!
だが、覚えておけアイク!
お前のような足手まといを仲間にしたがる奴などいない!
謝ろうがもう手遅れだ! さっさと魔物に殺されやがれ!」
「おい、ノード!」
「お前らもさっさと来い! その雑魚と一緒にいたらオレたちまで弱くなる!」
「待ってよ!」
ギルドの外に向かうノードを、真っ先にユンが追う。
ルイドとヨルは少しだけこちらを見た後、ノードの後を追っていった。
「嵐のようでしたね……」
「騒がしくして悪かったな」
「いえ、そんな! アイクさんのせいじゃありませんよ!」
人気の減ったギルド内で、俺とエイラは改めて向かい合っていた。
ダンジョンを必死に抜け出した後に、あの騒動。
とにかく疲れた。
用件だけ済ませて帰ることにしよう。
「あ、そうですアイクさん。
魔留石を納品するのでしたら、改めてこの依頼を受けるのはいかがですか?
実は既に未達成として処理しているので、再受注が可能なんです。
その方がアイクさんの貰える金額も増えますし、ギルドや依頼主にとっても助かるのですが……」
「ならそれで頼む」
俺はこれから自分で使う分の魔留石(高)を五個残し、残りの分とミノタウロスの魔石を売却した。
残ったのは大金貨六枚と、小金貨五枚。
この一年、ノードのパーティーで稼いだ俺の取り分、大金貨四枚を遥かに上回る金額だった。
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