第7話 この出来事の終わり
そうだ!
そのベットの支柱はスクルージの部屋の物だった。
ベットもスクルージの物なら、部屋も彼自身のものだった。
すべてが最もよく、そして最も幸福だった。
スクルージは、以前の時間に戻った。そして、目が覚めるもうろうとした中に、あの砂時計の黄金に輝く砂が、まだ少し残っている幻影を見た。
改心することができる!
「私は過去のことを心に刻んで暮らします。現在、そして、未来のことも!」と、スクルージはベットからはいだしながら、以前の言葉を繰り返した。
「出会った精霊様すべてが、私の中で励ましてくれるだろう。おお、ジェイコブ・マーレーよ! 君の、その重い鎖からすぐに楽にしてあげるよ。安心しておくれ。そして、クリスマスの時間は、必ず君のことを思い出すよ。そして、感謝の言葉を贈るよ。親愛なるジェイコブよ。感謝します!」
スクルージは、流れる血の暖かさを感じ、胸が躍るようで、それが彼のよい意志を輝かせた。
スクルージの衰弱した声で投げかけた言葉に返事はなかった。しかし、彼が激しくすすり泣く中で、彼は精霊が身近にいることを感じた。だから、彼の目から涙があふれた。
「部屋のどこも、荒らされていないぞ!」と、スクルージは叫んだ。
スクルージは、腕の中に彼のベッドのカーテンの一つを抱き寄せた。
「どこも引きちぎられてない。リングもすべて、ここにある。私もここにいる。あれは精霊様が見せてくださった、今までの私がたどる幻影だったのだろう。やり直せるかもしれない。彼らに会おう! 私は彼らに気づいたんだ!」
スクルージの手は、着替えをしようとして慌しく、パジャマを脱ぎ始め、裏返しに回したり、止めて上下にしたり、涙したり、置き忘れたり、集めたりして、喜びを爆発させた。そして、あらゆる親切をとほうもなく考えた。
「私は、これから何をしたらいいか分からないよ!」と、スクルージは叫んだ。そして、笑ったり、泣いたりを同時にした。
混乱したスクルージは、靴下を使っておどけてみたりした。
「私は羽のように軽い。私は天使のように楽しい。私は学生のように陽気だ。ああ、目が回る。酒に酔った人みたいだ。皆さん、クリスマスおめでとう! 新年おめでとう! 世界中の皆さん! 新年おめでとう! おーい、戻ったぞ! ほーう! おはよう!」
スクルージは、ベッドの上ではね回った。そして、今はそこに立っていた。完全に息切れした。
「シチュー鍋がある。中にオートミールのシチューがあった!」と、スクルージは叫んだ。それだけで元気が出て、また騒ぎ始めた。そして、暖炉の周りをはね回った。
「ドアがある。あそこからジェイコブ・マーレーが入って来たんだ。あの部屋には現在のクリスマスの精霊がいて、座っていたんだ。窓もある。私はさまよっている友人達を見たんだ。それは確かだ。それはすべて本当だ。それはすべて起こったんだ。ははっ、はははっ、はははははっ!」
本当に、スクルージの長い人生の中で、それは表現したことのない笑いだった。最高に愉快な笑いだ。彼のどの祖先よりも、人生の長い道のりの中でも、特に輝く笑いだった。
「私には、今が何月の何日か分からない」と、スクルージは言った。
「私はどれぐらい長く、精霊様が私に寄り添ってくださったのか分からない。私には何も分からないよ。私はまるで生まれたばかりだな。だが、少しも心配はない。私は心配しないぞ! 私はむしろ生まれ変わろう。おはよう! ほーう! おーい、戻ったぞ!」
スクルージの喜びは突然、妨害された。彼が夢中になっていたところ、近くの教会で、すごく大きなとどろきが響き渡った。それを彼は以前に聞いたことがある。
ゴーン、カーン、とハンマー!
ディン、ドン、とベル!
ベルが、ドン、ディン!
ハンマーが、カーン、ゴーン!
おお、すばらしい!
すばらしいぞ!
スクルージは、急いで窓まで走って行き、一つの窓を開けた。そして、彼は身をのり出した。
外は、霧もなければ、かすみもない。澄んで、明るく、愉快で、壮快な寒さが心地よかった。
寒々とした風が笛を吹いて、生命が踊るようだ。
金色の日光。
天国のような空。
清らかで新鮮な空気。
陽気なベルの音。
おお、すばらしい!
すばらしいぞ!
「ちょっと君! 今日は何日だね?」と、スクルージは叫び、真新しい服を着て、下を向いたまま歩いていた少年に呼びかけた。
少年は、辺りを見回し、声のした方を探して、スクルージと目が合った。
「ええ?」と、少年は聞き返した。彼は力いっぱい驚いていた。
「今日は何日だね? そう君だよ」と、スクルージは言った。
「今日?」と、少年は耳を疑った。
「何を言ってるんですか。今日はクリスマスの日じゃないですか」
「そうだ、クリスマスの日だ!」と、スクルージは自分自身に言い聞かせた。
「私は間に合った。精霊様達はそのすべてを一夜でされたんだ。精霊様達は好きなように何でもできるんだ。いや、神様がなされたのかもしれない。そうだ神様なら出来る。神様がそうなされたんだ。おはよう。少年!」
「おはようございます!」と、少年はあいさつをした。
「ところで君は、鶏肉屋を知ってるかい? 次の通りをもう一つ、その角の・・・」と、スクルージは聞いた。
「行ったことがあると思います」と、少年は応えた。
「賢い少年だな!」と、スクルージは言った。
「賢い少年よ! 君は、その店先に掛けられていた七面鳥が売れたかどうか知ってるかい? 小さい方の七面鳥じゃなくって、一番大きい方の七面鳥だよ」
「ええ、一番、僕くらい大きいのですか?」と、少年は聞き返した。
「ほほほっ、面白い少年だ!」と、スクルージは言った。
「彼と話すと愉快だな。そうだよ、君」
「それなら、その店先に今でも掛かってますよ」と、少年は応えた。
「まだあるのか?」と、スクルージは言った。
「君、それを買って来ておくれ」
「ご冗談でしょ!」と、少年は叫んだ。
「いや、いや」と、スクルージは言った。
「私は真面目だよ。その大きい七面鳥を買って来ておくれ。そして、店の人にそれをここへ持ってくるように言っておくれよ。私は店の人に、どこへそれを持っていくか指示を与えるから、運んでくれる人を連れて戻っておいで。そしたら私は君に1シリングあげるよ。五分以内にその人と戻っておいで。そしたら私は君にもう半クラウンあげるよ」
少年はすぐに去った。彼は震えない手で銃の引き金をひいたに違いない。そうでなければ、誰があんなにすばらしい速さですぐに去ることができるだろう。
「私はそれをボブ・クラチェットへプレゼントしよう」と、スクルージはささやいた。彼は手をこすった。そして、おかしくてたまらず笑った。
「彼はそれが誰からのプレゼントか知らないんだ。それは、あの病弱なティムのサイズの二倍はある。ボブにそれをプレゼントしたらどうなるだろう!」
スクルージは、メモする紙を探して、それにボブの家の住所を急いで書いた。そして、階段を下りて行き、出入り口のドアを開けて、鶏肉屋の人が来るのを待った。彼はそこに立って、ウキウキして到着を待った。ドアのノッカーが彼の目にとまった。
「私はこれを見るたびに思い出そう。そして、君の言葉を大事にするよ。私が生きてる限り!」と、スクルージは叫んだ。彼は愛情をこめた手で、やさしくノッカーをパタパタと鳴らした。
「私は前からこのノッカーをほとんど見ていなかった。なんて、正直そうな表情をしたお顔だこと。なかなかすばらしいノッカーだ。やあ、こっちだよ! 七面鳥をここに。おはよう! ほう! どうだい調子は? メリークリスマス!」
それは、立派な七面鳥だった!
この七面鳥はとてもじゃないが自分の脚では立つことができそうもない。
スクルージはクスクスと笑って、七面鳥の支払いをし、荷馬車の支払いをし、少年に約束のお駄賃もあげた。ただ一人、クスクスと笑いすぎてしまった。
スクルージは、部屋に戻ると息をきらして彼のイスに座り、ふたたび、また彼は泣くまで、クスクスと笑った。
スクルージは、自分のすべての洋服の中で、彼の最も気に入った洋服を着た。そして、彼はついに外の通りへ出た。
人々はこの時、以前に見たことのある行動をしていた。
スクルージは、この人々を現在のクリスマスの精霊と一緒に見ていたのだ。そこで、懐かしそうに歩きだした。彼は手を後ろにしていた。彼は、行き交う人達をだれかれとなく見つめ、うれしそうに微笑んだ。その時の彼は、楽しさがおさえられないように見えた。それは陽気な老紳士の姿だった。だから、三、四人の機嫌のいい人達が声をかけた。
「おはようございます。あなたにもメリークリスマスを」
このことをスクルージは、後にしばしば言った。
「あれは私が以前に聞いた、すべての楽しげな声の中で、最も楽しげに私の耳に感じた」
スクルージは、それほど遠くまで歩いていない所で、前方から来る、かっぷくのよい紳士に気がついた。その紳士は、前日に彼の事務所にやって来て、寄付を求めたので追い返したその人だった。
「こちらはスクルージ・エンド・マーレー商会でございますね?」と、その紳士の言葉がよみがえった。
その言葉がスクルージの心をよぎり、心苦しさを与えた。もし、彼がその紳士に声をかけた時、どんな態度で、この紳士は彼を見るだろう。しかし、彼はいい考えがあると、歩道で正直に申し出ようと紳士の前で立ち止まり、そして、彼は自ら罰を受け入れた。
「もし、貴方」と、スクルージは言って、彼は紳士に歩み寄り、そして、愛想よく紳士と握手した。
「こんにちは。昨日、私は貴方にお会いしたのですが、もうお忘れでしょうか? あっ、そうだ。メリークリスマス!」
かっぷくのよい紳士は、スクルージに寄付を断られ、追い返されたことを忘れてはいなかった。しかし、その時の彼とはまるで別人のような態度だったので、思い違いをしているのかと不安になった。
「メリークリスマス。スクルージさん?」と、紳士は聞き返した。
「はい」と、スクルージは応えた。
「それが私の名前です。そして、私はそれが貴方には不愉快かもしれないと不安でなりません。貴方に許してほしいのです。たしかにあの時、貴方達がおっしゃったように、多くの人々が貧困に苦しみ政府の対応に不満を感じて、死にたいと思っていることを私は知っていました。私はそれに目をそむけていたのです。どうか私にも貴方達に協力をさせてください」
そこでスクルージは、紳士の耳にささやいた。
「おお!」と、紳士は叫んだ。彼は呼吸が奪われたようだった。
「スクルージさん、貴方、本気ですか?」
「もし貴方に喜んでいただけるのでしたら」と、スクルージは言った。
「ちっともかまいません。それはとても多くさかのぼってのご寄付となります。本当ですよ。またどうして、貴方はそんなに親切にされる気になったのでしょうか? ええ、貴方」と、紳士は言って、スクルージと握手をした。
「私はなんと言ったらよいか。そのように惜しみなくご寄付してくださるとは」
「なにもおっしゃらないでください」と、スクルージは言った。
「その寄付は、私とマーレーの共同の寄付です。しかし、それだけでは一時しのぎにしかなりません。それを使い切った後には、もっと辛い生活が貧困に苦しんでいる人達を襲うでしょう。ですから、根本的な対策が必要です。詳しいことをお話しさせていただきたいのですが。近いうちに私の事務所に会いに来てください。貴方は私に会いに来ていただけますか?」
「もちろん!」と、紳士は言った。そして、それは確実で、彼はそれを実行するつもりだった。
「ありがとうございます」と、スクルージは言った。
「私は、貴方にすごく感謝いたします。私は、とても感謝いたします。ありがとうございます!」
それからスクルージは教会へ行った。そして、通りの周囲を歩いた。そこで、あちらこちらに急いでいる人々を見た。そこにいた子供達の唄うクリスマスキャロルにも感心した。また、貧しい人々の相談にのった。
ある家のキッチンの様子が目にとまった。そこで、窓まで近づいた。そうした、あらゆるものがスクルージの楽しみをもたらすことができることに気がついた。
スクルージは、いまだかつて、どんなに歩いても気になるものはなく、驚きに満ちているとは夢にも思わなかった。いたる所のなにもかもが、彼に、とても多くの幸福を与えることができた。
午後になって、スクルージは向きを変え、彼の甥の家に向かって進んだ。
スクルージはしばらくの間、甥の家の前を通過した。やがて意を決して、彼は勇気を出して、玄関のドアをノックした。
どうにかこうにか、スクルージは勢いをつけて、ノックをした。
「あの、ご主人は、ご在宅ですか?」と、スクルージは出て来た家政婦に言った。
「ご主人様は、お出かけです。どちら様でしょうか?」と、家政婦は礼儀正しく聞いた。
「ご主人は、私の甥なんです。もしや船上パーティでは?」と、スクルージは聞き返した。
「これは失礼いたしました。そうです。ご主人様は、たった今、港に向かわれました」と、家政婦はニコリと微笑みながら言った。
スクルージは、家政婦に港の船の場所を聞くと、お礼とクリスマスの挨拶をして、すぐに港に向かった。
港は広く、停泊している船も多かったが、スクルージは現在のクリスマスの精霊と乗船した船の記憶をたどりながら、一隻の豪華客船を探し当てた。そして彼は、出港の準備をしていた船員に声をかけた。
「あの、この船に、フレッドさんは乗船されましたか?」と、スクルージは聞いた。
「もちろん。この船をチャーターした方だからね。貴方も招待されたのですか? もうじき出港しますよ。さあ、乗船してください」と、船員は応えた。
「いや、そうじゃないんだ。その人は私の甥でね。ちょっと、ここへ呼んで来てもらえないだろうか? 伯父のスクルージと言えば分かるよ」と、スクルージは申し訳なさそうに言った。
船員は、スクルージをジロジロと見て、了解すると、船に乗り込んで行った。
しばらくして、スクルージの甥がさっきの船員と一緒に現れた。
「伯父さん! どうしてここが? そんなことはどうでもいい。さあ、一緒に行きましょう」と、甥は喜びを抑えきれない声で言った。
甥は、スクルージを先に乗船させると、船員に出港するように小声で伝えた。
広い船室では、すでに甥の大勢の親友達が談笑していた。そこに、スクルージが現れたものだから、一瞬にして緊張がはしり、寒々とした雰囲気になった。
スクルージのことを知っている者は、突き刺すような目で彼を見た。中には彼に借金でもあるのか、おびえて目をそらす者もいた。しかし、彼を知らない者は、噂で聞いていた人物とは別人のような彼の姿に戸惑っていた。
一人だけ大喜びの甥は、スクルージを皆に紹介した。
スクルージは、すべての人の冷たい視線をあえて受け入れ、少しの沈黙の中で、すべての人に目をやった。
「皆さん、こんにちは。少しだけ私にお時間をください」と、スクルージは頭を下げて話し始めた。
「皆さんはもうご存知かもしれませんが、私はこのフレッドに、クリスマスはバカバカしいと言い、彼が地獄に落ちたのを見たいと言いました」
この話を聞いたことがなかった者の中から、驚きの声が上がった。
「伯父さん、僕は全然、気にしてませんよ」と、甥はスクルージを弁護するように言った。
「そうです。本当に言ってしまったのです」と、スクルージは話を続けた。
「その言葉を撤回しても、彼にどんなに心からの謝罪をしても、過去を取り消すことはできません。しかし、皆さん。未来はまだ白紙です。私は、残りわずかな人生をすべて彼への心からの謝罪に使います。そして、私はたった今から仕事、いえ、お金を集めるという無意味な遊びから引退いたします。皆さんのような若い人達の行く道を邪魔しません。私の財産はすべて、社会のために役立てます。フレッド、お前には財産を残してやれない。もっとも、お前は最初から私の財産なんか当てにはしていなかったね。お前は、私が援助しなくても必ず成功するよ。心配はいらない」
「はい、伯父さん! ありがとうございます」と、甥は言い、スクルージと握手を交わした。
「皆さん、私は心から言います。神よ、クリスマスを祝福したまえ。メリークリスマス! そして、新年おめでとう!」と、スクルージは叫んだ。
「奇跡だ!」と、甥の親友の一人、トッパーが叫んだ。
「クリスマスの日に奇跡が起こったんだ! 我々は奇跡を目撃してるんだ! すごいぞ!」
どこからともなく拍手が起こり、喝采に包まれた。
「それでは皆さん、楽しい時間を邪魔しました。失礼いたします」と、スクルージは言って、船室を出ようとした。それを、甥が引き止めた。
「伯父さん、僕達と一緒にパーティをしましょう。僕の夢を叶えてください。お願いです」と、甥は祈るように言った。
「しかし、私にはここにいる資格はないよ」と、スクルージは言った。
「そんなことありませんわ」と、甥の妻が言った。
「伯父様がいてくださったら、最高のパーティになりますわ」
また、どこからともなく拍手が起こった。そして、全員にそれは伝染した。
「あ、ありがとう」と、スクルージは甥の妻に言って、頭を下げた。
「本当にありがとう。その言葉だけで私は救われたよ。皆さんにも、ありがとうございます」
「伯父さん、それに船はもう出港してるんですよ」と、甥は言った。
「ですから、パーティが終わるまでは、港には戻れませんよ。申し訳ありませんが、しばらくここにいてください」
「そりゃ、そうしてもらわないと」と、トッパーが言って笑った。
全員に笑いが感染した。
「それじゃ、しかたないな」と、スクルージは言った。その甥の気づかいに、彼は胸が熱くなって、言葉をつまらせた。
「皆さん・・・、ありがとうございます。今夜は私の人生で最高のパーティになるでしょう」
それは慈悲だ。
スクルージの心は震えていた。
すぐにスクルージは皆と打ち解けた。彼は現在のクリスマスの精霊と一度、皆と会い、よく知っていたからだ。
まったく誰もが元気にならずにはいられなかった。
甥の妻もちょうどスクルージと同じようなまなざしだった。
トッパーが紹介された時、彼もそうだった。
甥の妻の姉妹達の一人、豊満な方の妹が紹介された時、彼女もそうだった。
誰でも紹介された時、彼らも同じまなざしをしていた。
最高のパーティ。
最高の音楽。
最高のゲーム。
最高の一体感。
最高の幸福!
次の朝、スクルージは早くから自分の事務所にいた。そう、彼は早くからそこにいたのだ。
スクルージは、ボブが遅刻することに望みをかけた。だから、彼は早めに出社したのだ。
時計は九つの時の音を告げた。
ボブは来ない。
十五分が過ぎた。
ボブはまだ来ない。彼は完全に十八分三十秒の遅刻をした。
スクルージは、事務所の出入り口のドアを広く開けて部屋に戻り、いつもの自分のイスに座った。彼は、牢獄のような小部屋にボブが入って行くのを待ち望んだ。
血相を変えて事務所にやって来たボブは帽子を脱いだ。彼は事務所の出入り口の開いたドアの前だ。次に彼は毛糸のマフラーも同じようにはずした。そして、彼は、なにごともなかったかのように、すぐに彼の丸いイスへ直行した。それと同時に、ペンを握ると仕事をしていたかのように装った。その彼のペンは、絶えず精力的だった。もしかしたら、九時に追いついてくれるのではないかというように、彼は挑戦しているようだった。
「おはよう!」と、スクルージはうなった。彼のいつもの声で、できるだけいつもの口調で、彼は平静を装うことができた。
「ボブ君。君はどういう理由で、今頃、ここへ来たのかね?」
「大変申し訳ありません」と、ボブは言った。
「私は遅刻いたしました」
「君もそれを認めるのか?」と、スクルージは繰り返した。
「そう、私もそう思うよ。時間は貴重だ、有効に使わないとな。ボブ君、ちょっとここへ、来たまえ」
「こんなことは年に一度だけでございます」と、ボブは、まさしく牢獄にいるような気持ちで弁解しながら、小部屋のドアを出たところで立ち止まった。
「こんなことは繰り返さないようにいたします。昨日、私は少し気を抜きすぎました」
「ところでだ。あのな、ボブ君」と、スクルージは言った。
「私はこの程度の仕事では、報酬を見直さなければと考えているんだよ。それだから・・・」
スクルージはイスから立ち上がり、ボブに近づいて話を続けた。そして、ボブのチョッキに人差し指をひどく突き立てたので、ボブはよろめいて再び牢獄に後退した。
「それだから、私は君の報酬を上げることにした! メリークリスマス! ボブ君」と、スクルージは言った。真剣に、間違いなく。そして、ボブの肩をポンと叩いた。
「メリークリスマス! ボブ君。君は私の親友だ。その君に私は長年の間、失望を与えていた。だから、私は君の報酬を正当なものにしたいんだ。そして、君の苦労しているご家族を助けるために努力を惜しまないよ。それから、今日の午後すぐに、私達の仕事を見直そうじゃないか。もう、私は君に辛い仕事を押しつけたりはしない。これからは社会を善くするために貢献しようじゃないか」
「は、はぁ」と、ボブはまだ何が起きたのか理解できないといった様子で、力のない声を出した。
「でも、どうして? 何があったんですか?」
「君が驚くのも無理はないな。今までの私のしていたことは、あまりにもひどすぎた」と、スクルージは言って、自分の過去を振り返った。
「私は恐れていたんだ。私がユダヤ人だということで、皆から偏見を持たれるのではないかと、いつもおびえていた。それで、金持ちになれば、大きな力を手に入れ、身を守れると思った。たしかに、お金は私の身を守ってくれたよ。しかし、そのおかげで、最も大切なものを遠ざけてしまった。恋人や暖かい暮らしの中で育まれる家族。それらが、どんなに大切な存在だったか、バカな私には気づかなかった。私こそ、皆に偏見を持っていたんだ。貧困に苦しんでいる人達を軽蔑し、社会のお荷物で、堕落した役立たずだと思い込んでいた。ところが、君のところのティム君は、自分の病弱で体の不自由なことを隠そうともせず、皆に理解してもらおうと努力している。あえて弱い自分をさらけだし、周りの人達の暖かい心を呼び起こそうとしている。こんなに大切で、かけがえのない存在を死んでもかまわないと思っていた私は、なんておろかで、堕落した人間だったのか。ティム君を救おう。彼を少しでも健康にしたい。そうさせてもらえないだろうか? ボブ君」
「あ、ありがとうございます!」と、ボブは祈るように言った。
「ありがとうございます、スクルージさん。私は貴方に心から感謝いたします」
「それだよ、ボブ君。私達はこれから、一人でも多くの人から、その感謝の言葉を集めるんだ。お金を集めるよりも、もっと大事な、最高の仕事だ。それに気づかせてくれたのは、ボブ君、君なんだよ。君にはすばらしい能力がある。だからこそ、いつまでも私のそばにいて欲しいと思っているんだよ。私こそ、君に心から感謝するよ。君に許してもらえるように努力するよ」と、スクルージは言って、ボブの手を握った。
「私は、君の手をこんなに凍えさせていたんだね。さあ、ボブ君、火をおこそう。そして、石炭バケツをもう一つ買おう。私のとは別に、君の前のストーブのもね。ここへは、これから大勢の人達が凍えた体でやって来る。その人達を暖められるように、部屋全体を春のように暖かくしようじゃないか」
スクルージは、約束したことよりもよくした。彼はすべて実行をした。もともと、彼には才能があり、それをお金集めから、社会に貢献する仕事に集中させたので、すばらしい結果をもたらした。彼は、いたるところに気を配り、ささいなことにも気づかった。そして、病弱なティムにも愛情を注いだ。
驚いたことに、ティムは死ななかったのだ。
スクルージは、ティムのもう一人の父親になった。彼は、ティムのよい遊び相手になった。
スクルージは、貧困をなくすために、率先して指導し、人々の不満の中に新しい仕事の種があることを、手本を見せて気づかせた。すると、さびれた街に活気がよみがえった。それは、多くの人達に知られるようになった。やがて、隣のさびれた街にも活気が戻り、停滞した町が生き返り、過去の歴史の中で、最もすばらしい自治市として発展していった。
人々の一部には、スクルージが豹変したのを見て笑う者がいた。しかし、彼は、そうした人達を笑わせておいた。今までの彼の行動を知っている者には無理もないことだ。そんなにすぐに信用されないことを彼は十分に承知していた。彼らは、彼がどんな体験をしてきたか、なにも知らないのだから。
ところで、スクルージは、精霊とはそれ以来、会うことはなかった。しかし、以前の彼に戻ることはなく、感謝の気持ちを忘れずに生活した。そうしたことは、その後も変わることはなかった。そして、人々は、彼を見直して、評価は高まっていった。
スクルージは、クリスマスを大いに祝い、その意義を広めていった。もし、それを知れば、誰だって夢中になるだろう。
未来は、スクルージが精霊と見たものとは大きく変化した。しかし、一つだけ変わらないものがあった。それは、ティムが考えていた「困っている人に手を差しのべる」という、助け合いの精神だ。もちろん、元気になったティムもその考えを変えることはなかった。そして、ティムは率先して実行した。
私達の社会も本当に変われるかもしれない。それは、政治ではなく、私達自信にかかっている!
神は私達を祝福する。そのすべての人を!
終わり
新解釈・クリスマス・キャロル ヒロシマン @hirosiman
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