第5話 第三の精霊(その一)

 精霊は徐々に、おごそかに、黙々としてスクルージへ近づいて来た。

 スクルージのそばまで精霊が近づいて来た時、スクルージは地にひざまずいた。なぜかというと、精霊は自分の動いているその空気の中へ、陰うつと神秘とを漂わせているように思ったからだ。


 精霊は真黒なローブに包まれていた。その頭も顔も姿もローブに隠されていた。ただ、片方の手に大きな砂時計を持っていた。

 砂時計は、大きいという他に金色に輝く砂、片方の底がないという特徴があった。だから、金色の砂は穴から落ちると貯まることはなく、地面に着く前に消えてなくなっていった。そのため、金色の砂が、最初にどれぐらいの量があったのか分からなかった。しかし、かなり減っていて、残りわずかなことは分かった。

 その砂時計がなかったら、暗闇から精霊の姿を見分けることも、精霊を包囲している暗黒から区別することも困難だったろう。


 スクルージは、精霊が自分のそばへ来た時、かなり背が高く堂々としているように見えた。そして、そういう不思議な精霊にもかかわらず、自分と相通じるものを感じた。まるで、自分自身を鏡で見ているような一体感があり、それと同時に自分の心が、ある種の厳粛な畏怖の念にみたされたのを感じた。

 それ以上は、スクルージにはまだ分からなかった。というのは、精霊はしゃべりもしなければ、身動きもしなかったからだ。


「私の前におられるのは、最後に来られることになっているクリスマスの精霊様ですか?」と、スクルージは聞いてみた。


 精霊は応えることはなく、空いている片方の手で前方を指し示した。


「精霊様は、これまでは起らなかったが、これから先に起きようとしている出来事の幻影を私に見せようとしていらっしゃるのでございますね」と、スクルージは言葉を続けた。

「そうでございますか、精霊様?」


 精霊のフードが、そのひだの中に一瞬の間、収縮し、それがうなづいたように見えた。

 これがスクルージの受けた唯一の反応だった。


 スクルージもこの頃は、いくらか精霊との付き合い方が分かってきた。しかし、この沈黙の態度に対しては脚がブルブルと震えるほど恐ろしいものがあった。そして、精霊の指し示す方向に歩いて行こうと体を動かした時には、まっすぐに歩けそうもないぐらいにふらついていることに気がついた。

 精霊もスクルージのこの様子に気がついて、少し待って落ち着かせてやろうとでもするように、しばらく立ち止まった。しかし、スクルージは、その気使いをされたことで、ますます気が遠くなりそうになった。


 クルージには、どう考えても砂時計の砂は、自分の生命の残り時間としか思えず、黒いローブを着た精霊は、そのフードの中に自分の死を見つめる目があるのだと思うと、漠然とした、なんとも言えない恐怖で体中がゾッとした。


「未来の精霊様!」と、クルージは叫んだ。

「私は今までお会いした精霊様の中で、貴方が一番恐ろしいのです。しかし、精霊様の目的は、私のために善い道を示してくださるのだと覚悟しています。ですから、どんなことが起きても精霊様に従うつもりでいます。精霊様に心から感謝しているのです。どうか私と会話してくださいませんか?」


 精霊は、その言葉にも応えなかった。しかし、その片手は前方にまっすぐ向けられていた。


「そうか! 私は今までお会いした精霊様の教えにより、未来にはきっと改心しているはずです。どんなすばらしい未来になっているのか。それにも何かの教訓があるのですね。行きましょう!」と、スクルージは言った。

「さあ行きましょう! 夜はどんどんふけてしまいます。そして、私にとっては尊い時間でございます。私は存じています。行きましょう、精霊様!」


 精霊は、スクルージの前に現れてきた時と同じよいうに浮遊するように移動した。

 スクルージは、そのローブの影に誘われるように、後をついて行った。彼はその影が自分を持ち上げて、どんどん運んで行くように思った。


 精霊とスクルージは、街の中へ入って来たような気がほとんどしなかった。というのは、むしろ街の方から自分たちの周囲にこつぜんとわき出して、自ら進んで精霊とスクルージをとりまいたように思われたからだ。しかし、どちらにしても精霊とスクルージは街の中心にいた。そして、スクルージも利用していた取引所で、商売人達が集っている広いフロアにいた。

 商売人達は忙しそうに行きかい、ポケットの中でお金をザクザクと鳴らしたり、いくつかのグループになって話しをしたり、時計を眺めたり、何か考え込みながら自分の持っている大きな黄金の刻印をいじったりしていた。その他、スクルージがそれまでによく見かけたような、色々なことをしていた。


 精霊は、商売人達の小さなひとかたまりのそばに立った。

 スクルージは、精霊の片手が彼らを指差しているのを見て、彼らの会話を聞こうと歩み寄った。


「いやね」と、恐ろしくあごの大きな太った男性が言った。

「どちらにしても、それについちゃ、よくは知りませんがね。ただあの男が死んだってことを知っているだけですよ」


「いつ死んだんですか?」と、もう一人の鮮やかな金髪の男性が聞いた。


「昨晩だと思います」と、あごの大きな男性が応えた。


「だって、一体どうしたというのでしょうな?」と、またもう一人の男性が、非常に大きな嗅ぎタバコの箱からタバコをうんと取り出しながら聞いた。

「あの男ばかりは、永遠に死にそうもないように思ってましたがね」


「そいつは誰にも分りませんね」と、あごの大きな男性があくびをしながら言った。


「あの男の財産はどうなったのでしょうね?」と、鼻のはしに雄の七面鳥のえらのようなコブのある赤ら顔の男性が言った。


「それも聞きませんでしたね」と、あごの大きな男性が、またあくびをしながら言った。


「あの男には、たしか甥がいたでしょう」と、金髪の男性が言った。


「その甥ですがね、アメリカに移住して成功したらしいですな。今、船でこっちに向かっているようですが、葬儀には間に合わないでしょうな。そう、それで、あの男の財産を相続するのは拒否したらしいですよ」と、タバコを手にした男性が言った。


「それじゃ、財産は政府のものになるのか」と、金髪の男性が残念そうに言った。

「まあ、私に残していくはずはないがね。ああ、それでか。酒場で役人が浴びるほど酒を飲んでいたよ」


 皆、苦笑いした。


「これで、当分増税はないね」と、あごの大きな男性が言うと、皆、こんどはどっと笑った。


「すごく安っぽい葬儀でしょうな」と、タバコを持った男性が言った。

「私の住んでる周辺では、誰かがそこに行くというのは、私は知らないからね。まさか私達がやることになるんですかね?」


「食事会をするならやってもいいがね」と、赤ら顔の男性が言った。

「当然、その一人になるなら、食えるだけは食わせてもらわなくっちゃね」


 皆はまた大笑いをした。


「なるほど。そうすると、皆の中では結局、僕が最も無関心なんだね」と、あごの大きな男性が言った。

「僕はこれまでまだ一度も黒い手袋をはめたこともなければ、葬儀の食事を食べたこともないからね。しかし、誰か行く人がいりゃ、僕も行きますよ。考えてみれば、僕はあの男の最も親密な友人でなかったとはいえませんからね。道端で会えば、いつでも立ち止まって話しをしたものですから。それじゃ、いずれまた」


 話をした者も聞いていた者も、それぞれの方向に歩き出した。そして、他のグループへ混ってしまった。

 スクルージは、この人達を知っていた。そこで、説明をしてもらうために精霊の方を見た。

 精霊は、スクルージが何も言っていないのに、それを察したように進んで、ある街の別の取引所の中へ滑り込んだ。そして、精霊の指は立ち話しをしている二人の紳士を指した。

 スクルージは、今の説明の応えはこの中にあるのだろうと思って、再び耳をかたむけた。


 スクルージは、この人達もまたよく知りつくしていた。彼らは実業家だった。大金持で、しかも非常に有力者だった。

 スクルージは、この人達からよく思われようと、始終、心がけていた。つまり、商売上の評価だけで、厳密に商売上の評価だけで、よく思われようとしたのである。


「や、今日は?」と、一人の紳士が挨拶した。


「おや、今日は?」と、もう一方の紳士も挨拶をした。


「ところで」と、最初の紳士が言った。

「奴もとうとうくたばりましたね。あの地獄行きがさ。ええ」


「そうだそうですね」と、相手の紳士は言った。

「それで寒くなくなったよ」


「クリスマス間近のこの季節にふさわしいね。ところで貴方はスケートをなさいませんでしたか?」と、最初の紳士が聞いた。


「いえ、いいえ。まだ他に考えることがありますから。さようなら!」と、相手の紳士は言った。


 この他に二人の紳士からは一言もなかった。これがこの二人の出会いで、会話で、そして、別れだった。


 スクルージは、自分の幻影を求めて、取引所のフロアや廊下の辺りを見回わした。しかし、自分のいつもいた片隅には他の男性が立っていた。そして、時計は自分がいつもそこに出かけている時刻を指していた。けれども、出入り口から流れ込んで来る群衆の中に、自分に似た幻影は見えなかった。


 静かに黒く、精霊はその手で何かを指し示したまま、スクルージのそばに立っていた。


 スクルージが考え込んでいて、ふと我に返った時、精霊の手の方向と自分に対するその位置から思い描いて、精霊の見えざる目は、鋭く自分を見つめているなと思った。そう思うと、彼はゾッと身震いをして、ゾクゾクと寒気がしてきた。


 精霊とスクルージは、その寒々とした取引所を去り、街のよく分からない場所の中に入って行った。

 スクルージもかねてからこの街の周辺や、またこの辺りのよくない噂も聞いてはいたが、今までまだ一度も足を踏み入れたことはなかった。


 そこにある横道は不潔で狭かった。

 商店も住宅もみすぼらしいものだった。

 人々は、ほとんど古着を着込んでいて、酔っ払ってだらしなく、見苦しかった。

 路地やアーチの通路からは、まるで下水道のように、彼らからにじみ出る、非常に多くの不正な臭い、ほこり、そして、みじめな人生を吐き出していた。また、その地域全体が犯罪と共に汚物や不幸の悪臭を放っていた。


 この悪名高い巣の中に、軒の低い突き出した店があった。

 屋根の下に閉じ込められたような建物で、そこは鉄や古いボロ服やビン、骨、そして、油で汚れたゴミまで買う古物商の店だった。

 内部の床の上には、さびた鍵、釘、鎖、ちょうつがい、とじ金、秤皿、分銅、そして、あらゆる種類のくず鉄が積み重ねられていた。

 ほとんど洗われていない汚れの目立つボロ服の山や腐った油脂の塊りが骨の墓場の中に埋もれて隠されていた。

 古いレンガで造った木炭ストーブのそばで、男性が商品に囲まれた中に座って商売をしていた。

 七十歳ぐらいの白髪まじりの人相の悪い老人だった。彼は、外から吹き込む風を防ぐのに薄汚いボロボロの幕を横に張ったロープの上にかけていた。そして、すべてが満たされた中で、静かに余生を送っていた。

 彼は、パイプでタバコを吸った。


 精霊とスクルージが、この老人の前に来ると、ちょうどその時、一人の女性が大きな包みを持って店の中へ、いそいそと入り込んで来た。それから、その女性がまだ入ったか入りきらないうちに、もう一人の女性が、同じように包みを抱えて入って来た。そして、この女性のすぐ後から、ヨレヨレの黒い服を着た一人の男性が続いて入った。

 二人の女性は、お互いの顔を見合せて驚いていたが、この男性は、二人を見て同じように驚いた。

 短い間の驚きがあった後、三人は笑いころげた。すると、パイプをくわえた老人も彼らに加わって笑いだした。


「最初は、家政婦が一人でいいだろうに!」と、最初に入って来た女性は叫んだ。

「二番目は洗濯女が一人で、三番目は葬儀屋が一人でいいだろうに、よりによってオールドジョーのここでそろうかね。もし私達が三人会わなかったら、その意味は分からなかったろうに」


「あんたらはこんないい場所じゃなきゃ出会えないよ」と、オールドジョーという名の老人店主は口からパイプを離しながら言った。

「店に入りな。あんたらは、ずいぶん前からこうなることが決まってたんだよ。あんたは知ってるんだろう。そして、そちらの二人も見知らぬ人じゃないね。待った。俺が店のドアを閉めてやるから。ああ、どうしてきしむんだ。ちょうつがいの中にサビた金属の破片みたいなのが入ってりゃしないだろうに。本当に。それに私の古い骨みたいな物も入ってないけどね。ははっ、ははははぁ! 類は友を呼ぶだ。俺達は釣り合いがとれてるよ。さぁ、店に入った、入った」


 店というのは、ボロ服のカーテンの後ろにある空間だった。

 オールドジョーは、古い金棒でストーブの火をかき集めた。そして、彼は煙臭いランプを手入れした。それから、彼はパイプの吸い口を再びくわえた。

 オールドジョーがこんなことをしている間に、すでに三人は自分の略奪品を早く鑑定してもらおうと先を争い、家政婦は、床の上に彼女の包を投げた。そして、これ見よがしの態度をしながら丸イスの上に座った。彼女は、両腕をひざの上で組み合せて、他の二人に大胆な挑戦をするようにみえた。


「それがなにさ。なにさねぇ、ディルバーの奥さん」と、洗濯手伝いの女性が言った。

「皆も自分自身はまともな世話をしたからもらったんだと。奴はいつもそうしてたさ」


「そりゃそうだとも、本当に!」と、葬儀屋の男性は言った。

「奴ほどじゃないよ。なぜ今さっき、あんたは恐れたように、こちらの奥さんを見つめながら座ったんだね。誰よりも賢いのかい? 俺達はお互いの身元まであら捜しはしちゃいられないよ。そうじゃないかい?」


「そう、本当だよ」と、洗濯手伝いの女性が言った。


「もちろんそんなつもりはないとも」と、家政婦のディルバー夫人は応えた。


「そりゃ、たいへん結構なこった!」と、洗濯手伝いの女性は叫んだ。

「あれで十分だよ。誰があんな人のために、あそこまでする者がいるんだい? あの人の商売のやり方はもと悪かったよ。私らは、あの人のやり方をほんの少し真似ただけじゃないかい。こんな少しの物じゃ大損だけどね。死んだ人、そうじゃないかい?」


「まったくそうだよ」と、ディルバー夫人は笑いながら言った。


「悪い年寄りのひねくれ者が・・・。もしあの人が死んだ後も私らの得物をそのままにしてほしかったんなら・・・」と、洗濯手伝いの女性は続けた。

「なぜ生きている時に、当たり前のことをしていなかったんだい? もしあの人が死んだとしても、こんな仕打ちは受けずに誰かに世話をされていただろうに。それどころか、あの人の最後が自分一人で外に横たわって息をひきとるなんて・・・」


「まったく、そりゃ本当の話だよ」と、ディルバー夫人は言った。

「あの人に罰が当ったんだねえ」


「もう少し重い罰にしてほしかったね」と、洗濯手伝いの女性は言った。

「そうさ、そうするべきだよ。オールドジョー、それを頼むよ。もしそうなら私は他にも、何か手に入れることができただろうに。さあ、包みを開けなよ、オールドジョー。それで、それはいくらになるかね。はっきり言ってよ。私が最初だからね。どおってことはないよ、皆に見られても・・・。どおってことはないんだ。私らがここで会う前に、私らは私らなりに助けてたことは知ってるんだからね。私はそう思うね。それは罪じゃないよ。包みを開けな、ジョー」


 ディルバー夫人と葬儀屋の男性は、洗濯手伝いの女性の割り込みを認めなかった。それで、葬儀屋の男性が今度は割り込んで略奪品を並べた。それは大量ではなかった。

 印鑑が一つ、二つ、ペンケースが一個、カフスボタンが一組、それに、安物のブローチと、これだけだった。それらは、オールドジョーによって別々に検査され、そして評価された。


 オールドジョーは、チョークで壁にそれぞれの値段を決めて書いていった。そして、もう何もないと分かれば、すべてを加えて合計を提示した。


「これがお前さんの分だよ」と、オールドジョーは言った。

「俺は、それ以上たったの6ペンスでもやれないよ。もしそれが不満で、俺を煮ると言われてもやれないね。お次は誰だい?」


 ディルバー夫人がその次だった。

 シーツとタオル、少し着古した衣服、旧式の銀のティースプーンが二本、シュガートングが一対、それにブーツが少しあった。

 ディルバー夫人の買い取り値段も同じように壁に書かれていった。


「俺は女性にはいつも余計に出し過ぎてね。これが俺の悪い癖さ。またそのために、損ばかりしているのさ」と、オールドジョーは言った。

「これがお前さんの買い取り値だよ。もしお前さんが、他の値段がいくらかと聞いたら、そりゃ自由だが、俺は後悔するだろうね。そして、半クラウンは買い叩くよ」


「さあ、今度こそ私の包みをほどきな、オールドジョー」と、洗濯手伝いの女性が言った。


 オールドジョーは、その包みを開きやすいように両膝をついて、いくつもの結び目をほどいて、大きな重そうな巻き物になった、なんだか黒っぽい布きれを引きずり出した。


「こりゃ、なんだね?」と、オールドジョーは聞いた。

「ベッドのカーテンかい?」


「あはっ!」と、洗濯手伝いの女性は一声あげた。そして笑い、彼女は腕を組んで前かがみになった。

「そうさ、ベッドのカーテンだよ」


「お前さんは、まさかその人をベッドに寝かせたまま、リングごと全部、これを引き外して来たと言うつもりじゃないだろうね?」と、オールドジョーは聞いた。


「そうだよ、そのとおりだよ」と、洗濯手伝いの女性は応えた。

「いけないかい?」


「お前さんは、ねっからの商売上手だね。ひと財産出来るよ」と、オールドジョーはあきれて言った。

「そう、お前さんは確実にそうなるだろうよ」


「そんなの、私はこの手に出来はしないよ。確実にね。こんなことぐらいで、いつ、どうやってそれにたどりつけるんだい? そのためにはあの人だよ。奴のようにしなきゃね。私はあんたほどでもないよ、オールドジョー」と、冷静に洗濯手伝いの女性は言い返した。

「そのロウソクのロウを毛布の上へたらさないようにしておくれよ」


「あの人の毛布かね?」と、オールドジョーは聞いた。


「あの人のでなけりゃ、誰のだというんだよ?」と、洗濯手伝いの女性は言った。

「あの人は毛布がなくたって風邪をひきもしないだろうよ。本当の話がさ」


「まさか、伝染病で死んだんじゃあるまいね、ええ?」と、オールドジョーは仕事の手をとめて、洗濯手伝いの女性を見上げながら言った。


「そんなことはビクビクしなくてもいいよ」と、洗濯手伝いの女性は言い返した。

「そんなことでもありゃ、いくら私だってこんな物のために、いつまでもあの人の周りをうろついているほど、あの人のお相手が好きじゃないんだからね。ああ! そのシャツが見たけりゃ、お前さんの目が痛くなるまでよーくごらんよ。だけど、いくら見ても、穴一つ見つけるわけにはいかないだろうよ。すり切れ一つだってさ。これがあの人の持っていた一番良いシャツだからね。本当に実際いい物だよ。私がこれを手に入れなかったら、他の奴らはむざむざと捨ててしまうところなんだよ」


「捨てるって、どういうことなんだい?」と、オールドジョーは聞いた。


「あの人に着せたまま、一緒に埋めてやるのにきまってらあね」と、洗濯手伝いの女性は笑いながら応えた。

「誰か知らんが、そんな真似をするバカがいたのさ。でも、私がそれを脱がして持って来ちまったんだよ。どうせ埋めるんならキャラコで十分だろ。そのシャツは、あの人には不似合いだよ。あんな体と一緒にするにはね。もうあの人が誰かに会うことはないんだし、キャラコよりもあの人のしたことは見苦しいんだからね」


 スクルージは、恐怖しながらこの会話を聞いていた。

 四人は座り、彼らが集めた略奪品に、オールドジョーのランプが、ユラユラと光をさしていた。

 スクルージは、彼らに憎悪と嫌気をおぼえた。

 スクルージと彼らのおこなっている「商売」の悪どさは、どちらがより大きいかは、ほとんど分からなかった。けれども、自分は法律の範囲内で商売をしているが、彼らは、それを超えた悪魔だ。まさに、死体そのものを市場で売買したようなものだ。


「ははっ、ははははっ!」と、洗濯手伝いの女性が笑った。


 その時、オールドジョーがお金の入ったフランネル製のカバンを床の上に出し、彼らの利益がいくらか伝えた。

「これでおしまい。それでいいね。奴が生きていた時、誰も彼もを怖がらせて、奴は自ら我々が離れていくようなことをした。だから、奴が死んだ今、これらの品物まで奴から離れていき、私達に利益が入ったということだ。ははっ、はははっ、はははははっ!」


「精霊様!」と、スクルージは頭から足の爪先までブルブルと震えながら言った。

「分りました。分りました。この不幸な人間達のように私もなるかもしれませんね。今までの私の生活もそちらの方へ向いております。慈悲ぶかい精霊様、これは何でしょうか?」


 スクルージは恐怖して後ずさりした。それは、光景が変わっていたからだ。そして今、彼はベッドにほとんど触れていた。

 ベッドの周りを覆うカーテンがなく露出していた。そしてそこには、ボロボロのシーツの下に何かが包んであり、無造作に置かれていた。また、その何かは無言だったけれど、それ自身が恐ろしさを物語っていた。


 部屋は非常に暗かった。


 どんな部屋か知りたいと思う無意識の欲求で、スクルージは、その部屋の中をぐるりと見回わしたが、ほとんど何も見分けることが出来ないほど、余りにも暗かった。

 青白い光が、外の空の方からはっして、ベッドの上にだけまっすぐにさしていた。

 ベッドの上のその人は、身につけた物は略奪されてなにもかも失われ、誰かに見守られることもなく、嘆き悲しまれず、世話もされていない。ただ、この体一つがあるだけだった。


 スクルージは精霊の方を見た。

 その手はしっかりと、その人の頭部を指していた。

 かぶせてあるシーツはとてもぞんざいで、それをほんのわずかにのせただけだった。

 スクルージが指を上に動かせば、顔が露出しただろう。彼はそのことについて考えた。

(そうするのはとても簡単にできるだろう。そして、そうしてみたい。しかし、私には、そばにいるこの精霊を追い返すよりも、このシーツを取り去る勇気はない)


 スクルージは考えた。

(この人は私の身代わりか? そうか、今まで見てきたのは私がもし精霊の教えに従わなければ、どうなるかを見せようとしているのだ。おお、なんとかわいそうに。もし、この人が今、生き返ることが出来たとしたら、まず第一に考えることはどんなことだろうか? 強欲か、熱心な取引か、苦しめる心配なことか? オールドジョーの店に集まった彼らは、私に金持ちの最後をあきらかにしてくれた。それは本当にありありと。この人は暗い空虚な部屋の中に置かれ、一人の男も、一人の女も、いや、一人の子供も、そのそばにいない)


「精霊様!」と、スクルージは言った。

「ここは恐ろしい場所です。ここを離れた所で・・・、ここで得た教訓は忘れません。それだけは私の言うことを信じて下さい。さあ行きましょう」


 ところが精霊は、まだじっと一本の指で、その人の頭部を指していた。


「もう分かりました」と、スクルージは言った。

「私も出来ればそうしたいのですが。ですが、私にはそれだけの勇気がないのです。精霊様。それだけの勇気がないのです」


 まだ精霊は、スクルージを見下ろしているようだった。


「もし、街に人がいたとして、誰がこの死体を触ってみたいと思いますか?」と、スクルージはとても苦しそうに言った。

「そんな人がいたら、ここに連れて来てください。精霊様、お願いいたします」


 精霊は瞬間に、真黒なローブを翼のように広げて、スクルージの体を覆った。そして、それを開いた時には、そこに昼間のどこかの部屋が現われた。その部屋には、一人の母親とその子供達がいた。


続く

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