第4話 第二の精霊(その二)

 辺りはもう徐々に暗くなって、雪がかなりひどく降って来た。そして、スクルージと精霊が路地を歩いていた時、ある家では、台所や応接間やその他のあらゆる種類の部屋などで音をたてて燃え盛っている暖炉の輝きがすさまじかった。

 そこでは、暖炉のチラチラする炎により、十分に焼かれている熱いごちそうが皿に盛りつけられ、居心地のよい夕食の準備がされていた。それと同時に、寒気と暗闇とを閉め出そうと、今まで開いていた深紅色のカーテンが、すぐさま閉められようとしていた。


 あちらでは、家の中にいた子供達が、自分達の結婚した姉、兄、従兄、伯父、叔母を出迎えて、自分が一番先に挨拶をしようと、雪の中に走り出して行った。そしてまたこちらでは、窓のブラインドに、お客が集まっているシルエットがうつり、そこには、皆、フードをかぶって毛皮のブーツをはいて集まった美しい娘達が、一斉におしゃべりしてウキウキしながら、近所の家に出かけて行った。そのまばゆいばかりの彼女達が入って行くのを見た独身の男性達は思わずつられて入っていった。


 たそがれ時の薄暗い街に、街灯のともし火をポツポツと斑点のように点けながら駆けて行く作業員ですら、夜をどこかで過ごすために、よい服に着替えていたが、その作業員ですら精霊が通りかかった時には、その気配で声を立てて笑ったものだ。ただし、クリスマスの精霊が自分達をお気に入りだとは夢にも思わなかったけれど。


 ところで、スクルージは、今まで精霊から一言の警告も受けなかったのに、突然、冬枯れた物寂しい沼地の上に連れて行かれ、精霊とともに立っていた。そこには、巨人の埋葬地でもあったかのように、荒い石の怖ろしく大きな塊があちらこちらに転っていた。

 水は気の向くままにどこへでも流れ、広がっていた。いや、氷が水を幽閉しておかなかったら、きっとそうしていたであろう。

 コケとシダと、粗い毒々しい雑草のほかには何も生えていなかった。


「ここはどういう所でございますか?」と、スクルージは聞いた。


「鉱夫たちの住んでいるところだよ。彼らは地の底で働いているのだ」と、精霊は応えた。

「だが、彼らは私を知っているよ。御覧!」


 一軒の小屋の窓から光が輝いていた。そして、それに向かって精霊とスクルージは瞬時に進んだ。


 非常に年老いたお爺さんとお婆さんが、その子供達や孫達やひ孫達と一緒に、祭日の服装に着飾って陽気になっていた。

 そのお爺さんの声は、不毛の荒地をたけり狂う風の音に時々かき消されながらも、子供達にクリスマスの歌を唄ってやっていた。それは、お爺さんの少年時代のすごく古い歌だった。

 皆は時々、声を合わせて唄った。

 子供達が声を高めると、お爺さんも元気がでて、声を高めた。


 精霊は、ここに停滞してはいなかった。

 スクルージに自分のローブにつかまるよう命じた。そして、飛び立ち、沼地の上を通過しながら、さてどこへ急いだのだろう。それは、海ではないか?


 そうだ、海へ。

 スクルージは振り返って地上に目をやり、自分達の背後に陸の先端を見て、怖ろしげな岩石が連っていたので恐怖した。


 海水は自らが擦り減らした恐ろしい洞窟の中でわき上がり、そしてそれが渦となってとどろき、この地面を軟弱にしようと激しくおし寄せていたが、その海水の雷のようなごう音で、スクルージの耳も聞こえなくなってしまった。


 海岸から数マイル行くと、一年中荒れている波を投げつけられ、すり減らされて沈んだ岩の暗礁があった。そして、その上に築かれた灯台が一人でそこに立っていた。

 沢山の海藻がびっしりと、まるで海水から生れたように、その土台にしがみついていた。


 海鳥は、まるで風から生れたかと思われるように、波をすくいとりながら、そこを上昇し、そして、低く飛んだりしていた。


 こうした所でさえ、二人の男性がともした火を見守っていた。

 灯台の光は、厚い石の壁に開けられた窓から、恐ろしい海の上に一筋の輝かしい光線を放っていた。


 二人の男性は、粗末なテーブルごしに向い合せに座っていた。

 ゴツゴツした手にこの場所の厳しさが表れていた。それでも、彼らはラム酒に酔って、お互いにクリスマスの祝辞を言いあっていた。そして、彼らの一人、年長者の方が、それこそ暴風雨のような、ハスキーな大声で歌を唄い出した。


 ふたたび精霊とスクルージは、真黒な、絶えずうねっている海の上を飛び続けた。


 どこまでも、どこまでも。


 精霊がスクルージに言ったところによれば、どの海岸からもはるかに離れているらしかった。


 ようやく、ある一艘の豪華客船の甲板に降りた。

 精霊とスクルージは、舵を手にした操舵手や船首に立っている見張り役や当直をしている士官達のそばに立った。

 各自それぞれの配置についている彼らの姿は、いずれも暗く亡霊のように見えた。しかし、その中の誰もがクリスマスの歌を口づさんだり、クリスマスらしいことを考えたり、または低声で遠い昔のクリスマスの話をしていた。それには早く故郷へ帰りたいという希望が自然と含まれているが、その希望を加えて話したりしていた。


 こうして気をとられている間に、一つの心のこもった笑い声を聞くというのは、スクルージにとって大きな驚きに違いなかった。しかも、それが自分の甥の笑い声だと知ることは、そして、一つの晴れやかな、乾いた明るく広い船室の中に、自分のそばに微笑みながら立っている精霊と一緒に、甥の招待を断った自分自身が誰にも見えないとしても、その場に居合わせているということは、スクルージにとって、とても大いなる驚きだった。

 精霊は、いかにもこの光景が気にいったというような機嫌のよさで、甥をじっと眺めていた。


「ははっ! ははっ!」と、スクルージの甥は笑った。

「はははっ、ははっ、はははっ!」


 スクルージの甥が、こうして脇腹をかかえたり、頭をグルグル回したり、途方もないしかめ面に顔をひきつらせたりしながら笑いこけていると、スクルージの姪にあたるその妻もまた、彼と同じようにキャッキャッと心から笑っていた。

 そこに集まっていた親友達も甥に負けないぐらい、ドッと歓声を上げて笑いくずれた。


「ははっ、はははっ、はははっ、はは、ははは、はは!」


「あの人はクリスマスなんてバカバカしいと言いましたよ。本当に」と、スクルージの甥は言った。

「あの人は、貧乏人が粗末なクリスマスに満足しているとね」


「とてもよくないことだわ、フレッド」と、甥の妻は腹立たしそうに言った。


 甥の妻は非常に美しかった。とびっきり美しかった。えくぼがあり、われを忘れるような、素敵な顔をしていた。頬には、そばかすがあって少女のようにかわいらしく、彼女が笑うと桃色の頬の飾りとなってしまうのだ。それからどんな可憐な少女の顔にも見られないような、きわめて晴れやかな目をしていた。まとめていえば、彼女は魅惑的な女性だった。


「変なおじいさんだね」と、スクルージの甥は言った。

「それが本当のところさ。そして、もっと愉快で面白い人であるはずなんだが、そうはいかないんですよ。ですが、あの人が損をしているということだし、それに、寂しい人生という報いを受けていらっしゃいますから、なにも私があれこれ、あの人を悪く言うことはありませんよ」


「ねえ、あの方はたいへんなお金持なのでしょう、フレッド」と、甥の妻は、あえて確かめた。

「少なくとも、貴方はいつも私にはそう仰しゃいますわ」


「それがどうしたというんだい?」と、スクルージの甥は言った。

「あの人の財産は、あの人にとって何の役にも立たないんだよ。あの人は、それを使って何の善いこともしないのさ。それで自分のいる場所を気持ちよくもしない。いや、あの人は、それでゆくゆくは僕達をよくしてやろうと・・・。ははっ、ははは、はははは! そう考えるだけの余裕もないんだからね」


「私、もうあの人にはあきれるわ」と、甥の妻は言った。そして、彼女の姉妹も、その他の婦人たちも皆、賛同した。


「いや、僕はあきれたりはしないよ」と、スクルージの甥は言った。

「僕はあの人が気の毒なんだ。僕は怒ろうと思っても、あの人には怒れないんだよ。あの人の嫌な性格で誰が苦しむんだい? いつでもあの人自身じゃないか。たとえばさ、あの人は、僕達が嫌がることを思いつく、するともうここへ来て、一緒に食事も食べてくれようとはしない。それで、その結果はどうだというんだい? まあ、すごいごちそうを食べ損ったというわけでもないけどね」


「そんなことはないわ。あの方はとてもすばらしいごちそうを食べ損ったんだと思いますわ」と、甥の妻はなぐさめた。

 他の人たちも皆そうだと言った。その証拠に、彼らは、たった今、ごちそうを食べたばかりで、テーブルの上にデザートだけを残したまま、ランプをそばにストーブの周囲に集まっていたのだ。

 誰がどう考えても、彼らが満足のいく食事を食べたことは認めざるおえないだろう。


「なるほど! そう言われれば僕も嬉しいね」と、スクルージの甥は言った。

「だって僕は、近頃の若いご婦人達に、あまり共感できないからね。トッパー君、君はどう思うね?」


 トッパーは、甥の妻の姉妹達の一人に、明らかに心を奪われていた。というのは、独身者は悲惨(みじめ)な仲間外れになるのを恐れ、そういう問題に対して意見を言う権利がないと応えたからだ。

 これを聞いて、甥の妻の姉妹で、バラを挿した方じゃなくって、レースのショールをかけた豊満な方が顔を真っ赤にした。


「先をおっしゃいよ。フレッド、さあ」と、甥の妻は両手を叩きながら言った。

「この人は、しゃべりだしたことをけっしておしまいまで言ったことがないのよ。本当におかしな人!」


 スクルージの甥は、また夢中になって笑いこけた。そして、その感染を防ぐことは不可能だった。

 甥の妻の豊満な妹などは香りのあるさく酸で、笑いをこらえようと懸命になった。しかし、こらえきれず、その場にいた全員と一緒に彼の笑いにつられて笑った。


「僕はただこう言おうと思ったのさ」と、スクルージの甥は続けた。

「あの人が僕達を嫌って、僕達と一緒に愉快に遊ばない結果はね、僕が考えるところでは、ちっともあの人の損にはならないはずの快適な時間を失ったことになると思うんだよ。確かにあの人は、あのカビ臭く古ぼけた事務所や、ほこりだらけの部屋の中で、自分一人で考え込んでいたんじゃ、とても見つけられないような愉快な相手を失っているしね。あの人が好むか好まなくても、僕は毎年こういう機会をあの人にさしあげるつもりですよ。だって僕はあの人が気の毒でたまらないんですからね。あの人は死ぬまで、僕達のクリスマスをけなしているかもしれない。だけど、それについてもっとよく考えなおさなければいけなくなるでしょうね。僕は、あの人に挑戦しますよ。僕は、上機嫌で毎年毎年、『伯父さん、御機嫌はいかがですか?』と、訪ねて行くつもりだよ。それが、あのあわれな書記に50ポンドでも残しておくような気にしてあげられたら、それだけでも多少のことはあったと言えるだろから。それに、僕は昨日、あの人の心をゆさぶってあげられたように思うんだよ」


 甥がスクルージの心をゆさぶらせたなどというのがおかしいといって、今度は全員が笑い始めた。しかし、彼は心の底から性格のいい人で、とにかく彼らが笑いさえすれば何を笑おうとあまり気にかけなかった。それどころか、自分も一緒になって笑って全員の喜び楽しむのを盛り上げるようにした。そして、愉快そうにお酒を回した。


 食後の紅茶を済ませてから、彼らは二、三の音楽を楽しんだ。というのは、彼らは音楽好きの集まりでもあったからだ。


 甥の妻はハープを上手に弾いた。そして、色々な曲を弾いた中に、ちょっとした小曲(ほんのつまらないもの、二分間で覚えてさっさと口笛で吹けそうなもの)を弾いたが、これは甥の母親がよく演奏していたものだった。

 この曲の一節が鳴り渡ったとき、スクルージの心は、だんだん和らいできた。そして、数年前に何度かこの曲を聴くことが出来たら、孤独な人生を歩むことはなく、自分自身の手で自分の幸福のために人の世に親切を広められたかもしれなかったと考えるようになった。


 甥達は、ずっと音楽ばかりして、その夜を過ごしはしなかった。しばらくすると、彼らは失敗すると罰のある遊びを始めた。


 まず第一には目隠し遊びがあった。もちろん、その場所で楽しんだのだ。


 私には、目隠ししたトッパーが、彼のブーツが目を持っているわけではないのと同じようにまったく目を見えなくしているとは思えなかった。


 トッパーが、レースのショールをかけた豊満な妹だけを追い回わした様子というのは、誰も知らないことをいいことに、やりたいほうだいだった。薪やスコップに突き当たったり、イスをひっくりかえしたり、ピアノにぶつかったり、窓のカーテンに包まれて自分では呼吸が出来なくなったりして、彼女の逃げる方へはどこへでもついて行った。

 トッパーは、常にその豊満な妹がどこにいるかを知っていた。そして、彼は他の者は一人もつかまえようとしなかったのだ。


 豊満な妹は、気づいてそれは公平でないと何度も怒鳴った。そのとおり、それは公平でなかった。しかし、とうとうトッパーは彼女をつかまえた。そして、彼女が絹の服をサラサラと鳴らしたり、彼をやり過ごそうとバタバタともがいたりしたにもかかわらず、彼は逃げ場のない片隅へ彼女を追いこんでしまった。

 他の者が代わって鬼をする頃には、二人ともカーテンに隠れてすごく親密にヒソヒソと話しをしていたが、彼女はそのことに対する自分の気持ちをうちあけたにちがいない。


 甥の妻は、この目隠し遊びの仲間には入らないで、居心地のよい片隅に、大きなイスと足を載せる台とで楽々と休息していた。その片隅では精霊とスクルージとが彼女の後ろの近くに立っていた。しかし、彼女は失敗すると罰のある遊びには加わった。そして、アルファベット二十六文字のすべてを使って自分の愛の文章を見事に組み立てた。


 同じようにまた『どんなに、いつ、どこで』の遊びでも甥の妻は偉大な力を見せた。そして、彼女の姉妹達もトッパーに言わせれば、すいぶん敏しょうな女性達にはちがいないが、その敏しょうな女性達を彼女は散々に負かしてのけた。それをまたスクルージの甥は心から喜んで見ていた。


 若い者や老いた者を合せて二十人くらいはそこにいたろうが、彼らは全員でそれらを楽しんだ。そして、スクルージもまたそれらを楽しんだ。というのは、彼も今(自分の前に)おこなわれていることに興味をひかれて、自分の声が彼らに聞こえないのをすっかり忘れて、時々大きな声で自分の考えた答えを口にした。そして、何度も正解したのだ。


 スクルージが子供のようにはしゃいでいるのが、精霊にはとても気にいったらしい。それに、彼は、港に戻った船から甥の親友達が降りるまで、ここにいさせてもらいたいと子供のようにせがみだしたことにも、精霊は愉快な様子で彼を見つめていた。しかし、そんなに長い時間とどまるわけにはいかなかった。


「それはだめだ」と、精霊は言った。


「今度は新しいゲームでございます」と、スクルージは言った。

「三十分。精霊様、たった三十分!」


 それは「イエス・アンド・ノー」というゲームだった。

 そのゲームでは、スクルージの甥が何か考える役になって、他の人達は、甥が彼らの質問に、それぞれその場合に応じて、「イエス」とか、「ノー」とか答えるだけで、それが何であるかを言い当てるというものだ。

 皆の活発な火のような質問に、甥はどちらかを答えてみせた。それで皆は、彼が一匹の動物について考えていることを引き出した。

 それは生きている動物だった。どちらかといえば嫌な動物で、どう猛な動物だった。時々はうなったりのどを鳴らしたりする。また時には話しもする。ロンドンに住んでいて、街も歩くが、見世物にはされていない。また誰かが連れて歩いているわけでもない。動物園の中に住んでいるのでもないのだ。そして、市場で食材にされるようなことは決してない。馬でもロバでも牝牛でも牡牛でも虎でも犬でも豚でも猫でも熊でもないのだ。

 他の者から新らしい質問がされるたびに、この甥はわはははっと大笑いしてくずれた。ソファから立ち上って床をドンドン踏み鳴らさずにはいられないほど、なんともいいようがないほど面白がった。しかし、とうとうあの豊満な妹が同じように笑いくずれながら叫んだ。

「私、分かりましたわ! 何かもう知っていますよ、フレッド! 皆さんもご存知のお方よ」


「じゃ、何だね?」と、甥は聞いた。


「貴方の伯父さんのね、スクルージさん!」と、豊満な妹は応えた。


 確かにそのとおりだった。

 なるほどそうだと歓声があがった。


「あの人はずいぶん僕たちを愉快にしてくれましたね。本当に」と、甥は言った。

「これであの人の健康を祝ってあげないのはよくないよ。ちょうど今、私達の手もとに一杯の暖かいワインがあるからね。さあ、始めるよ。スクルージ伯父さんへ!」


「同じく! スクルージ伯父さんへ!」と、彼らは叫んだ。


「あの老人がどんな人であろうが、あの人にもクリスマスおめでとう! 新年おめでとう!」と、スクルージの甥は声を上げた。

「あの人は僕からこれを受けようとはしないだろうが、それでもまあ差し上げましょう。スクルージ伯父さんへ!」


 その伯父のスクルージは、誰に知られることもなく、気も心もウキウキと軽くなった。そこで、もし精霊が時間を与えてくれさえしたら、今のお返しとして、自分に気のつかない彼らのために乾杯して、誰にも聞こえない言葉で彼らに感謝したことだろう。しかし、その全場面は、彼の甥が口にした最後の一言がまだ終わらないうちにかき消されてしまった。そして、スクルージと精霊とは、また飛び立った。


 スクルージと精霊は、多くを見て、遠くへ行った。そして、色々な家を訪問したが、いつも幸福な結果に終った。

 精霊が病床のそばに立つと、病人は元気になった。

 異国に行けば、キリスト教徒ではなくても、クリスマスの日にはパーティを開いて楽しみ、人々は故郷を懐かしんだ。

 もだえ苦しんでいる人のそばにいくと、彼らは、将来のより大きな希望をいだいて辛抱強くなった。

 貧困のそばに立つと、それが満たされた。


「旦那、なぜ人間は自分で自分を苦しめるんだね?」と、精霊は不思議そうに聞いた。

「そうだろ。自分達で政府というものを作り、そこに自分達で代表者とやらに管理を任せている。そのあげくが、このざまだ。神でさえ、エデンの園をアダムに任せて失敗したのに」


「精霊様のおっしゃるとおりですが、お互いに困ったことが起きた時に助け合う仕組みは必要なのです。たしかに、それが機能していないことは認めますが、私達は失敗から学んで良くしていくのです」と、スクルージは応えた。


「しかし、旦那には、戻るべき国がないのだろ。政府も代表者もないではないか。それでも他の国に暮らして、お金を沢山集めて生活しているじゃないか。本当に政府や代表者が必要なのかね? 旦那は他の国の政府や代表者を助けて、その国の人間達を苦しめる手伝いをしているように思えるんだがね」と、精霊は言った。


 スクルージは、ユダヤ人が国をもたず、流浪の民になっていることが、どんなに辛いことかを精霊に説明したが、賛同は得られなかった。


「では、次の場所はどうかね」と、精霊は言って、スクルージを連れて飛び立った。


 そこは施療院や病院や収容所だった。

 施療院でも病院でも収容所の中でも、あらゆるみじめな隠れ家では、無益な人の中に上下関係のような小さなたわいもない権威を作らないので、しっかりドアを閉めたりして、精霊を閉め出してしまうようなことがなかった。だから精霊はそこに祝福を残した。


「旦那、どうだい。ここには代表者はいない。お金はなんの役にも立たない。いくらお金があっても命は買えないし、罪は償えないからね。政府が介入することがなければ、誰も争うことはないし、皆がお互いを助け合うんだよ。だから、私はこうした場所を特に祝福するんだ」と、精霊は言った。


「精霊様。こうした場所でも上下関係を作り、争っている所があると聞いたことがあります。長い間、その場所に住み続けるとそうした権力のようなものが生まれてくるのかもしれません。しかし、だからといって私にどうしろと言うのですか? 非力な私一人ではどうすることも出来ませんよ」と、スクルージは言った。


「そうやって、言い訳をして、見て見ぬフリをして、誰かに任せっきりにした結果がどうなるか。今に思い知ることになるだろう」と、精霊は独り言のように言った。


 こうして、精霊はスクルージに、色々な教訓を教えたのだった。


 これがただ一夜だったとすれば、ずいぶん長い夜だった。しかし、スクルージはこれについて疑いを抱いていた。というのは、クリスマスの祭日全部が、スクルージと精霊だけで過ごしてきた時間内に圧縮されてしまったように思えたからだ。また、不思議なことには、スクルージはその外見が依然として変らないでいるのに、精霊はだんだん歳をとった。

 精霊は目に見えて歳をとっていった。

 スクルージは、この変化に気がついていたが、けっして口にだしては言わなかった。しかし、とうとう子供達のために開いた十二夜会(クリスマスから十二日目の夜にお別れとしておこなう会)を後にした時に、スクルージと精霊は野外に立っていたのだが、彼は精霊を見ながら、その髪の毛が真白になっているのが気になった。


「精霊様の寿命はそんなに短いものなのですか?」と、スクルージは聞いた。


「この世における私の生命はすごく短いものさ。歳をとれば衰える。それでも居座れば、若い者が育たない。早く若い者に道を譲って、この世に新風を吹き起こさなければね」と、精霊は応えた。

「今晩で死ぬんだよ」


「今晩ですって!」と、スクルージは叫んだ。


「今晩の真夜中頃だよ。お聴き! その時がもう近づいているよ」


 どこかの鐘の音が、その瞬間に十一時四十五分を告げていた。


「こんなことをお聞きして、もし悪かったら申し訳ありませんが」と、スクルージは精霊のローブをけげんな顔で見ながら言った。

「それにしても、なにか変では? 貴方のお体の一部とは思われないようなものが、すそから飛び出しているようでございますね。あれは足ですか、それとも爪ですか?」


「そりゃ爪かもしれないね。これでもその上に肉があるからね」と、精霊が悲しむように応えた。

「これをよく見るんだ」


 精霊は、そのローブのひだの間から、二人の子供を披露した。

 哀れな、いやしげな、怖ろしい、ゾッとするような、みじめな子供達だった。

 二人の子供は、精霊の足もとにひざまづいて、そのローブにすがりついた。


「さぁ、旦那、これを見よ! この下をよく見ておくんだ!」と、精霊はスクルージに叫んだ。


 男の子と女の子がスクルージを見ていた。

 黄色く、やせこけて、ぼろぼろの服を着ていた。

 しかめっ面をして、欲が深そうな、しかし、二人の子供の中にも謙遜があり、しりごみしていた。

 のんびりした若々しさがあった。

 二人の子供は、あまりにも痩せていたので、腸にガスがたまっているのか、お腹がはちきれそうに膨らんでいた。

 いきいきした色でそれを染めるべき肌は、老化したような、古ぼけたしわだらけになっていた。

 手をつねったり、ひっかいたりしたのか、あざや傷だらけになっていた。

 悪魔がひそんで、見る者を脅しつけながらにらんでいるようだった。

 創造された不思議なもののあらゆる神秘を寄せ集めたとしても、人類のどんな進化も、どんな堕落も、どんな逆転も、それがどんな程度のものだったとしても、この子供達の半分も恐ろしい不気味な化け物を出現させられないだろう。


 スクルージはゾッとしてあとずさりした。


「精霊様、これは貴方のお子さん達ですか?」

 スクルージはそれ以上、言うことが出来なかった。


「これは人間の子供達だよ」と、精霊は二人の子供を見おろしながら言った。

「この子供達は、自分達の父親に訴えながら、私にすがりついているのだ。この男の子は無知である。この女の子は貧困だ。この二人の子供には気をつけるんだ。この子供達の階級のすべての者を警戒するのだ。そして、特にこの男の子に用心するんだ。この子の額には、もしまだその書いたものが消されずにあるとすれば、『滅亡』とありありと書いてあるからね。旦那、それを否定してみろ!」と、精霊は片手を街の方へ伸ばしながら叫んだ。

「そして、それを教えてくれる者をそしるがいいさ。いつまでも旦那のふざけた目的のために、今までの行いを正当化するがいい。そして、その行いをもっと悪いものにするがいい! いずれ訪れるその結果を待っているがいい!」


「この子供達は、避難所も財産も持たないのですか?」と、スクルージは聞いた。


「公的な施設はないのかね?」と、精霊はスクルージの言った言葉を繰返しながら、これを最後に彼の方へ振り向いて言った。

「共立救貧院はないのかな?」


 どこかの鐘が夜中の十二時の時を告げた。


 スクルージは、周囲を見渡しながら精霊を捜したが、その姿はどこにも見あたらなかった。

 最後の鐘の音が鳴りやんだ時、スクルージは、ジェイコブ・マーレーの教えを思い出した。そして、目を上げると、地面に沿って霧のように彼の方へやって来る、フードをかぶったおごそかな精霊を見た。


続く

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