第48話 僕とヒスイが喧嘩した話
「もうバカ! 本当にヒスイはバカ!」
「はぁああああ!? 私のどこがバカなんだよ!!」
「全部だよ! 僕が正面から突入して全員を気絶させてコハクさんスルーしてリュウヤだけKOとか無理に決まってるでしょ! ムリムリ! 本当にバカ! 特バカ!!」
「それくらいお前にだって出来るだろ! 姉さんなら出来るぞ!」
「コハクさんでも出来ないよ! 出来るのは英雄くらいだよ!」
「はぁああああ!? 姉さんは英雄より強いわ!!」
「尚更、僕にはムリじゃないか!?」
――ドキドキの夜を越えて翌朝。
もちろん何事もなく、ぼんやりと「おふぁよう」なんて挨拶を交わしてから小一時間後、テーブルを挟んで明日の作戦を考えようとなった訳だけど、さっきからこんな事ばっかり言ってくるヒスイに僕は怒鳴り散らしている。
いや怒鳴り散らさずにいられようか!
彼女の言う通りにしたら僕は何度死ぬことか!
「あーもう何とかしろよ! お前強いんだろ!」
「僕は英雄じゃないんだよ! 出来る事には限度があるの!」
「ホントお前ワガママばっかり!!」
「ソレこっちのセリフなんだよなぁ!?」
全力でツッコミを入れ続けたから流石に息が切れてきた。不毛だ。あまりにも不毛だ。僕のツッコミスキルが向上した事と、ヒスイに作戦を任せちゃいけないのが分かったのが唯一の収穫と言っても良い。超疲れた。
「じゃあもうお前だけで考えろよ! ふん!」
最後にはいじけてベッドに潜り込んでしまうヒスイ。
あーもう、困ったなぁ。
「ねーヒスイ……僕が考えるにしても、ヒスイの情報が必要になるんだけど」
「バカな私の情報なんて役に立たないだろっ! ふん!!」
被った布団がバインバイン弾んでいる。かなりご立腹らしい。普段接していたエリナとはまるで正反対の彼女だ。こんな時、僕はどうしていいのかサッパリ分からない。きっと笑っても駄目だろう。
「……まあ、とりあえず考えるよ。まとまったら話すから、ダメな所を教えて」
「知 る か !」
「……」
しばらく時間を置いて、頭が冷える事を祈ろう。
僕は一先ずヒスイの事を諦めて、明日の作戦を考える。
目的は暴動を止める事。そして中心であるリュウヤを倒す事だ。一番重要なのは暴動の阻止だから、何らかの騒ぎを起こして暴動を中止させられるのなら、リュウヤの事は後に回しても良いだろう。もちろんリュウヤが居ればまた暴動が起きてしまうから、最後には何とかしなければいけないのだけど。
そして僕にはもう一つ、個人的なミッションがある。
思い出した僕は思わず机に突っ伏し、頭を抱えた。
「どうしたものか……」
――そう、ルヤタンだ。
ぶっちゃけ彼女の逆鱗に触れる事が恐ろしい。今は僕にデレてくれているが、そもそも並の魔王なんて比べ物にならない力を持っている彼女だ。僕にはルヤタンを怒らせる事が怖い。暴動よりリュウヤよりジルベルトさんより怖い。いや、でも怒ったエリナはもっと怖いな。
「どうしたものか……!」
ルヤタンがあのまま目を覚ました場合、自分を蔑ろにした僕にどんな感情を抱く事か。考えるだけでも怖い。やむにやまれぬ事情があったとはいえ、それを受け入れてくれなければゲームオーバーだ。狼の魔王すら手玉に取った彼女にかかれば、僕なんて瞬コロである。
「やっぱり、まずはルヤタンを迎えに行かないと……」
でもどうする。
ヒスイが協力してくれるなら魔法で姿を消せるだろうけど。
「ふんす! ふんす!」
……こんなだし。
とても「仲間を助けに行くからまた魔法使って」なんて言えない。でもルヤタンを放っておけば僕の命が危うい気がする。となれば……暴動を防ぐ事に絡めて、ルヤタン奪還を考えなくちゃいけないだろう。
ここで問題になるのは、僕の脱走がバレているかどうか。
バレていないのなら、またヒスイの魔法が使えるだろう。でもバレていたのなら、コハクさんが何かしらの対策を立てているのは間違いない。つまり忍び込んだ時点でアウトだ。
ああもう困った。なんにせよもう一度潜入するのはギャンブルにしかならない。どうしようどうしよう、と呟いていると、外からギャーギャーという鳥の鳴き声が聞こえてきた。泣きたいのは僕の方だというのに。
「……誰かが入ってきた」
唐突にヒスイが起き上がり、入口へと走り出す。頭を捻らせている僕には彼女が何を言ったのか聞こえなかったので、今度は外に行くつもりなのかな程度にしか思わなかった。
「あいつ等……どうしてここが……」
なんだか家の外が騒がしいし、ドタバタ駆け上がる様な足音が響いてくるしで、僕はイライラし始める。人が頭を悩ませているのになんなのさもう!
「……(おいクロス! マズイぞ、敵だ!)」
ヒスイが何かをヒソヒソと言った瞬間。
バーン! と扉を蹴破る様な音が響いた。この部屋ではない。隣だ。
また昨日みたいに空き巣だろうか? 治安が悪いな。
「ダミーに行った……クロス、今のうちに逃げ……」
ヒスイの言葉を遮るように、また隣からバーン! と轟音が響く。
僕のイライラが限界に達した。
「ああもう煩いな! なんなんだよもう!」
「え、ちょ……何やってんだよバカ!?」
ヒスイの制止も聞かず、僕は勢いよく部屋の外に飛び出す。ボロボロの額縁にカモフラージュされたそこから体を出した瞬間、部屋を物色している強面の男3人がこっちを向き、バチーンと目が合った。
「居やがったなガキ! そこを動くんじゃn」
「煩いんだよさっきから!」
相手が誰とか、目的は何だとか考える事もせずに、どうせ空き巣だろうと考えた僕はすかさず電光化し、最小限の出力で男たちの腹を全力で殴った。
まあ正直に言えば、八つ当たりだった。
「「「 がっふぁああ!! 」」」
男たちはほぼ同時に悲鳴を上げ、バタバタバタと倒れていく。
「……やっぱり強いじゃんか」
壁の向こうから聞こえるヒスイの呟きをよそに、僕は体を思いっきり動かした事でちょっとスッキリしていた。見れば男たちの息はちゃんとあるし、殴りつけた腹には小さな火傷が残る程度だ。スキルの調整という面でも上出来だろう。腕を上げたね僕!
「おいクロス」
「な、なんだよヒスイ」
「やっぱりお前もバカだろ」
「なんでさ!」
壁の向こうから冷ややかな視線を送ってくるヒスイ。
ゆっくりと彼女が倒れた男たちに指をさした。
「こいつら、私の仲間だぞ」
「……………」
僕がいよいよ切羽詰まった瞬間だった。
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