第47話 Another side:エリナ・ヴァーミリオン

 ノックが聞こえたのは日が沈む少し前の事だった。ベッドに転がってクロスの事を考えていた彼女は、都合の悪い物を見られた様に勢いよく飛び起きる。


「ど……どなたですの?」


「エリナ様、お食事をお持ち致しました。扉を開けて頂いても宜しいでしょうか」


「ちょ、ちょっと待って下さいまし!」


 素早く身なりを整えた彼女は、キョロキョロと広く豪華な部屋を見渡しマズイものが無いか確認すると、恐る恐る扉の鍵を開けた。立っていたのはメイド姿の女性だ。綺麗な顔立ちをしていて、明るめの茶髪を肩で切り揃えている。


 彼女の右横には木製の配膳カートがあった。そこにある物を意識すると、意図せずエリナのお腹が鳴ってしまう。ふふふと微笑ましく笑うメイドに対し、エリナは俯き顔を真っ赤にした。


「お待たせしてしまいましたね。すぐにお運び致します」


「あ……う」


 恥ずかしさで扉の横に立ち尽くすエリナを通り過ぎ、メイドは手慣れた様子でテーブルに料理を置いていく。瞬く間に美しく香り高い料理が展開され、エリナはお腹を押さえた。


「さあ、温かい内に」


「あ、ありがとう、ございます……」


 椅子を引き着席を促されたエリナは、素直にそこへ向かい座る。

 近くで見る料理は更にエリナのお腹を刺激した。


「あ、あうぅ……」


「腕を振るってお作りしました。きっとご満足頂けますわ。どうぞお召し上がり下さい」


 メイドは口元を抑えて上品に笑うと、一礼して「食べ終わったらお呼びください」と彼女に一声掛けて部屋を後にした。広がる沈黙でようやく気恥ずかしさが薄れていく。


「全く。いつもはこんな事ありませんのに!」


 自分の腹に腹を立てるエリナ。どうしようもなく気恥ずかしかったらしい。それも落ち着くと、ゆっくりとフォークを持ち料理に向き合う。溜まらなく美味しそうだ。彩り豊かで瑞々しいサラダ。温かく食欲を引き立てる香りを放つパン。美味しそうに艶めくステーキ。それと……見た事の無い食材の入った、美味しそうなスープ。


「美味しそうですけど……クロスと一緒に食べたかったですわ」


 ふと窓の外を見る。日は完全に落ちていて、煌びやかな街の明かりが美しい。こんなにも恵まれた状況にあるのに、エリナの心は酷く沈んでいる。


「……もう少しの辛抱、ですわ」


 ふん、と空元気を出して、いただきますと手を合わせる。

 口に運んだパンは、それはもう美味しかった。

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