第46話 Another side:ジルベルト・オーガー4
「――以降、私は記憶が抜ける事が多くなりました。唐突な睡魔に襲われたかと思うと、まるで時間が吹き飛んだかの様に全く別の場所に居たのです。そしてその間の私は、どうやら……非人道的で、不気味な行為に及んでいたらしく……」
「というと?」
ジルベルトが促すと、デリオは大きく顔を歪ませた。余程に話しにくい内容なのだろう。絡ませた指には軋む程の力が入り、額には脂汗が滲んでいる。
「どうやら……部下の中に一部存在した階級主義的な人間たちをそそのかし、貧しい街の人間や、流民たちを捕獲しては……その、ある場所に特殊な物を作って、いたらしく……」
「歯切れが悪いですね。特殊な物とは何です」
「それは――」
デリオの体が小刻みに震えた。こみ上げる物を耐えている様にも見える。やがて自身を落ち着かせるように大きく深呼吸をして、デリオは恐る恐る、言葉を紡いでいく。
「人間を材料に描いた……巨大で、忌まわしい絵画です」
「……」
「全体として赤黒い、この世の物ではないナニカを、緻密に描き込んでいました。それは広大で、酷く立体的で、邪悪で、脅迫的で、あまりの恐ろしさに見ているだけで気が狂いそうな……醜悪な物なのです」
ジルベルトは考える。絵画とは言うが、先の『神を降ろす』という言葉を考える限り、召喚陣の様な性質を持った物だろう。通常であれば呼び出す物に応じて、魔力を含んだ鉱石や動物の血などを用いる。だが彼は『人間』を材料にした召喚陣などは聞いたことがない。
召喚陣は基本的に精霊を呼び出す為に用いられる。彼らの好むモノを利用して誘き出す、という仕組みになっているのだが、そうしなければならないのは、精霊たちが殊更に人間を嫌っているからである。
ジルベルトは直感的に恐怖する。
神が人間を材料にして呼び出される物であるのなら。
神というのはつまり『人間を食らうもの』という事になるのではないか?
「それはもう、完成したのですか?」
「ほぼ完成……という所でしょうか。後は陣を発火させるのに必要な『燃料』が揃ってしまえば、完成してしまいます」
「つまりその燃料は、暴動によって確保する事が出来ると」
まだ実物を見た訳ではないが、ジルベルトはこの荒唐無稽な話を信じた。
彼が王国から『破滅』の調査を託された時に受け取った、予言者アマルド・ジュジュヌの託宣の一つ『クリームの失踪事件』は確実にこれが原因だ。
真相の究明なんて猶予はない。原因と思しきものがあるのなら直ちに行動し排除しなくては。手遅れになってしまったら、もう取り返しがつかないのだ。
「――その絵画はどこに?」
ジルベルトは立ち上がり、目で案内を促した。
だがデリオは俯いたままで動こうとはしない。
変わりにポツリと言葉を返した。
「
――空気が凍る様だった。
「……もちろん、破壊するに決まっているでしょう」
ジルベルトは答えながら彼から距離を取る。横目に見た扉はそう遠くはない。彼の足ならば数秒で飛び出せるだろう。
「それは、困ります」
「――まあ、そうだろうな」
床を蹴り扉へ突っ込んだジルベルトは、
「っな!?」
しかし予想外に頑丈な扉にはじき返された。先と同じ扉の強度とは思えない。鋼鉄に弾かれたと錯覚する程だ。僅かによろめいた彼は、しかしすぐさま体を回しデリオを見た。
「まだお話は終わっていなかったのですが……まあ、牢を閉じるには十分に時間が稼げました。もう貴方は出られませんよ、英雄様」
ゆっくりと立ち上がった彼の声は、奇妙に高いものへと変わっている。まるで少女の様な澄んだ高音だ。ジルベルトは舌打ちをした。
「時間を稼ぎたかったのはお互い様か」
「六英卓の実力がどれ程の物かは知りませんが、世界を救おうという私の邪魔をされては困るのです。どうかここで大人しく死んで下さいね」
デリオの顔でにっこりと笑ったソレは。
――次の瞬間に爆散した。
「っな!?」
部屋いっぱいに弾け飛ぶデリオの破片。反射的にジルベルトは腕で顔を覆った。彼の体にもこびり付いたソレは、しかし肉片と呼ぶにはあまりにも色彩がオカシイ。ぬめぬめと粘質で極彩色に煌めくそれを、ジルベルトはすかさず魔法で焼き尽くした。その瞬間、天井にこびり付いた大きな塊からぎょろりと目玉が生まれ、彼を見て嗤うように目を細める。
「――お見事。その判断の速さたるや、流石は六英卓と言うべきでしょうか」
「今は褒め言葉より、扉の鍵を受け取りたい所だが」
「ふふふ。貴方とお酒を交わすのも面白かったかもしれませんね」
「悪いが、俺が酒を交わすのは親友か美女と決めているんでな」
言いながら嗤う目玉を焼き尽くせば、次は壁の肉片から目が生まれた。
「切ないですね。貴方は本当に面白い人だわ。英雄などではなかったら、こんな事をせずに済んだのに……」
「悪いがしつこい奴は嫌いなんでな。どの道お前とは仲良くなれん」
壁の肉片に加えて、部屋中に散らばった物を全て焼いていく。これで静かになったか、と彼がため息を吐いた瞬間。
「――言ったでしょう。貴方は死ぬって」
天井から、壁から、床から、極彩色の肉片がブクブクと滲み出てきた。
狼狽えるジルベルトの足はすぐさま肉片に飲まれてしまう。片足を上げようとしたが、まるで動かない。自傷覚悟で燃やしたが、すぐに床から肉片が滲み出て来る。
やがて飲み込まれた足は、肉片と融合する様に溶けだした。
鋭い痛みと共に顔を歪める。
「最悪だな」
悪態を吐く彼。それを嗤う少女の声が部屋に満ちた。
「さようなら英雄さま。でも安心してくださいね。その体と『あなたの連れてきた女の子』は、私がしっかりと使っておきますから」
痛みと嫌悪感に顔を歪めながらも、ジルベルトはその言葉で鼻を鳴らす。
「俺の連れに手を出すなら、覚悟をしておけ」
「……負け惜しみにしては、出来が良くありませんね」
「忠告だからな。それに俺はしぶとい。次に会った時は、お前の命を貰う事にしよう」
「そう。頑張って下さいね」
引きつった笑みを浮かべるジルベルト。やがて足のみならず胴が、腕が、首が、そして頭が肉片に飲み込まれ――部屋は不気味な何かで満たされた。僅かに透ける肉片の中には、もはや家具も、照明も、そしてジルベルト・オーガーの姿も失くなっていた。
「さあ、次に移りましょうか」
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