第45話 Another side:デリオ・クリーム2

 それから彼は彼女と会う為に店へ通った。


 一か月経っても彼女はずっとカウンターに立っている。その頃には共通の趣味なども見つかって、会話に花を咲かせる事も多くなった。いつまでも戻ってこないマスターの事は話題にすら上がらなくなっていたが、デリオは気にも留めない。彼の頭には『いかにして彼女との会話に花を咲かせるか』そして『いかにして彼女から笑顔を引き出すか』しかなかった。


「それじゃあまた」


「はい。ありがとうございました」


 その日も胸を弾ませて、デリオは店を後にする。

 飲みすぎたのだろうか。ひどく帰り道でふらついた。酒には強いはずだが、と不可解に思ったが、彼女との時間を思い出せば気にもならない。眠ればどうにかなる。きっと起きる頃には酒も抜けているだろう。


 そんな考えは翌日に打ち砕かれた。

 頭痛が酷い。眩暈もする。

 立ち上がればよろめき、歩けば真っ直ぐに進めない。

 二日酔い?

 ――いやそんなに飲んではいない筈だ、と自問自答する。彼女に浮かれていたとはいえ、翌日には仕事もあった。市長という立場もある。酒の量はしっかりとセーブした筈だった。


「ぐ――ぬ。頭が割れる様だ」


 たまらず額を抑えた。いよいよ立っていられなくなり、崩れる様に膝をつく。その瞬間に強烈な吐き気に襲われて、抑える事もままならず彼は床へ嘔吐した。出せる物は全て出す。目をつぶってただひたすらに嘔吐する。


「は――、あ――?」


 ひとしきり吐き出し、僅かに嫌悪感が消えた彼は、びしゃりと床に落ちたソレを見て血の気が引くのを感じた。ドロリとしてテラテラ光り、広がっているのは極彩色の肉質なナニカ。およそ人の体内から出てくる筈もない、奇怪な泥の塊だった。


「――ひ――ぁあああ」


 そして。一部でムクムクとせり上がったソレがぱっくりと割れ。

 生まれた目玉がぎょろり、とデリオを睨みつけた。


 ――気を失った彼が目覚めた時、周囲は騒がしかった。


 それは安堵すら覚える居慣れた喧噪だ。

 活気のある声。駆け回る職員。高く積まれた書類の山。

 デリオは自分のデスクから起き上がる。そして見渡した。

 間違いない。いつもの職場だ。


「そんな……じゃあ今のは……夢、だったのか?」


 自分を確認する。ちゃんとスーツだ。しわ一つない。

 頭髪も触ってみた。何時もの様にしっかりまとまっている。

 じゃあやっぱり……夢、だったというのか?

 しかしだとしても、自分はどうやってここまで来たのだろう。

 彼には朝から今までの記憶がまるっと抜け落ちていた。思い出そうとしても僅かに頭痛が走るだけで、何も浮かんで来やしない。


 彼が苦悩し頭を押さえていると、部下の一人がやってきた。


「市長。朝頼まれた件、準備しておきました。ご確認を」


 差し出された書類を受け取る。

 部下は得意満面という顔でデリオのチェックを待っている。

 しかし彼は眉間にしわを寄せた。


 ――私が、何を、頼んだって?


 

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