第42話 Another side:ジルベルト・オーガー2
ジルベルトが行政区の人間に案内されたのは、クリームの街を統治する貴族、デリオ・クリームの住まう一室だった。
「随分と眺めの良い場所に住んでいるんだな」
「統治者には威厳が必要ですから」
ジルベルトは階段を登りながら街を睥睨する。デリオ・クリームの住むこの場所は、時計塔からすぐ近くにある、高さ約20mを誇る高層建造物の最上階に位置する。執政機関である巨大なビルの上に豪邸が建っており、その違和感から文字通り浮いていた。
ビル内にある魔法仕掛けのエレベーターは通っておらず、ここへ至るにはビルの最上階まで上がった後に、白い豪奢な階段を登ってくる必要がある。よくもまあこんな面倒な場所に住んでいるものだ、とジルベルトはため息をついた。
エリナはいない。彼女はあの後「疲れましたわ」とデリオとの謁見を拒み、用意された宿泊施設に向かった。あれだけの魔法を行使した後だ、ジルベルトに異論はなかった。むしろ彼としても、自分一人で行く方が都合がよかったのだ。
「さあ、お入り下さい」
恭しく開かれた獅子の扉の向こうには、白く豪奢な内装が広がっている。中央フロアは吹き抜けになっており天井が高く、正面には巨大な階段、そこから左右へと廊下が伸びていた。この国の伝統的な貴族邸宅をそのままなぞった様なデザインだ。ジルベルトには見飽きた風景だった。
「ここで少々お待ちを。ただいまデリオ様をお呼びして参ります」
「ああ」
案内されたゲストルームのソファに腰を掛け、男を見送る。純白で精緻な意匠の施された壁紙、部屋の中央に吊るされた豪奢な照明、華奢で丸みのある高級な家具、とここもまた豪華な作りだったが、しかし思いのほか狭く、窓が無いので酷く息苦しい。
ふうと息を吐くと、ジルベルトは徐に右手を口元へ運び、そのまま親指を噛む。ぷつり、という感触から遅れて、その表面に赤い雫が浮かんだ。
「盟約に従い対価を払おう。来たれ眷属の一、クルヴィ」
浮かんでいた赤い雫は言葉と共に膨れ上がり、やがてグルリと回転し指から離れ落ちると、それは小さなトカゲの姿を取って床に着地した。トカゲは二、三度頭を振ると、ゆっくりジルベルトを見上げる。
「くまなく探せ。必ずある」
声に応えるかの様にしっぽをパタパタと振ると、トカゲはその姿を徐々に消しながら扉の下をくぐり部屋を出て行った。彼の知る屋敷と基礎が同じならば、探索にかかる時間はおよそ1時間といった所。それまでは上手に話を伸ばさなくてはならない。
「雑談は苦手なんだがな……どうしたものか」
そして、待つ事10分。
「お待たせ致しました」
ノックの後に現れたのは、光沢のある藍色のスーツを身にまとった壮年の男。髪を後ろにまとめ、顎髭を上品に蓄えている。40~50代といった所か。彼はぐっと口角を上げると、右手を胸に当て、左手を腰の後ろに下げた状態で、恭しく頭を下げる。
「お初にお目にかかります。クリームの街を統べるデリオ・クリームと申します」
名乗られたジルベルトも立ち上がり、同じようにポーズを取り礼をする。
「フルビス六英卓、第六席ジルベルト・オーガーです」
彼らは同時に頭を上げると、そのまま右手で握手をする。ここまでがフルビス王国の貴族間で行われる初対面の挨拶である。
「お会いできて光栄です。あなたのお噂はかねがね。そのお力を借りられるのであれば、これほど頼もしい事はありません」
デリオがどうぞと促し、お互いがソファーに座る。
「残念ながら、私の能力は他の六英卓には遠く及びません。お力になれるかは状況次第です」
「ご謙遜を。国から『英雄』と認められた存在なのです。私共からしてみれば、これほどに強力な助っ人はありませんとも」
「……疑問だったのですが、貴方達が危惧しているその『暴動』は、私の力が必要なほど驚異的な物なのでしょうか。クリームには多くの警備兵だって居る。一般人相手であれば、鎮圧はそこまで難しいものとは思いませんが」
「それは、その……その通り、なのですが」
ジルベルトの言葉にデリオは分かりやすく狼狽え、表情を崩し、そして黙り込む。やがて開かれた口から洩れた言葉は。
「――貴方には、話しておかねばなりませんね」
ひどく、重いものだった。
「我々は暴動の『真の目的』を知っています。それを防ぐためには、犠牲になる命を一つでも少なくする必要があるのです――さもなくば」
彼はひどく恐ろしいモノに怯える様に。
触れてはならぬ禁忌に触れる様に。
「この街に……『神』が降りてしまう……」
――静かに、そう言った。
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