第41話 僕が女の子と寝た話

「こっちには……誰も居ないな」


 ヒスイが落ち着いた後、僕たちはもう一つの隠れ家にやってきた。さっきの事もあったので僕が先行して中を探索する。周囲はもう真っ暗だけど、僕は体を照明に出来るので問題は無かった。実に平和な能力である。


「お前、便利だな」


 ヒスイが僕を見て目を輝かせている。

 なんだろう……なんだか複雑な気分だ。


「誰もいないね」


「……そうだろうな」


 ヒスイは当然だと言わんばかりだ。

 どうしてさ、と視線を向けると、彼女は眼を反らして教えてくれる。


「ここはあんまり使わないんだ」


「……その割には綺麗だけど。最近まで誰かが居たみたいだ」


 指先だけを光らせ、部屋を見渡す。家具は一通り揃っているし、埃もたまっていない。小さな丸テーブルには何かの小瓶が3つ乗っており、ベッドは誰かが起きたままなのか、掛け布団がめくられていた。


「……コハク姉さんが、まめに掃除をしていたからな」


 ヒスイがどこかからマッチを持ってきて、部屋の中央に吊るされたランプに火をつけた。部屋全体がぼんやりとオレンジに染まる。僕は指先を戻しベッドに腰を掛けた。ついでに靴も脱ぐ。ヒスイは椅子に座りふーっと息を吐くと、手を伸ばして机にくっついた。


「それで、僕に協力しろって言ってたけど何をするつもりなのさ?」


「……予定では2日後、リュウヤたちは暴動を起こす」


「ああ……そう言えばすれ違った男の人がそんな事を」


「狙いは行政区の中央にあるデカい建物の破壊、らしい。流石にそんなことをしたら、参加した奴らはただじゃすまない。あっちには強力な兵士もいるし。そうなったら……姉さんも、死ぬかもしれないんだ」


「つまり君の姉さんを守りたいから、暴動を止めたい、ってことで良いのかな」


「そうだ。本当ならお前から話を引き出してから実行、って事だったらしいけど、私が逃がしたからな。もしかしたら少し遅れるかもしれない」


「……どうだろうね。日程も決まっていたのなら、ある程度の情報は集めていただろうし、僕が逃げた所で作戦を早める事はあっても、遅らせる理由はなさそうだけど」


「そ、そうなのか?」


「僕は彼らの本拠地に居た訳だからね。逃げた僕から場所の情報が洩れる可能性は高いし、暴動の時期を知られる危険もある。なら相手に守りを固められたり、自分の拠点を攻められる前に行動するんじゃないかな」


「……私がやったことは、逆効果だったのか」


 ヒスイの顔がくしゃりと歪んだ。

 僕はちょっと焦った。


「あ、いや、でもさ、十分な準備が出来ないまま行動する事になるから、結果として暴動の成功率は下げた事になるよ!」


「……なら、良いんだけどな」


 まだ暗いけれど、先よりは表情が解れる。

 ふう。泣かせてしまうかと思った。


「なあ、お前かなり強いだろ。姉さんの魔法も効かなかったし」


「え? いや、あれは避けるのに精一杯だっただけで、たぶんそこまで強くは」


「そう……なのか?」


 うぇええまた泣きそうになってるし!


「で、でもコハクさん以外になら、勝て……勝てる、かもね?」


 ……いやジルベルトさんは無理だろうけど。

 あの人、国の認めた英雄だし。


「だよな! 強いもんなお前!」


「あ、あはははは! 任せてよ!」


 泣かせないように見栄を張る僕。

 なんだか追い詰められている気がしないでもない。


「じゃあ明後日、私と一緒にリュウヤを倒そう!」


「おーけい! 明後日はヒスイと一緒にリュウヤを………………え?」


「アイツさえ居なければ、皆も思い留まる筈だ! 良かった! これで姉さんも助かる!」


 リュウヤってアレだよね。例のリーダーだよね。

 それを僕が? あのコハクさんを躱して倒す?

 …………無理ぢゃね?


「えっと、いや……あのね、ヒスイ……」


「でも気を付けろよ、リュウヤは『破滅の種』を持ってるらしいからな」


「はい?」


「でもお前ならなんとかなるよ! 何せ姉さんの魔法も通じなかったんだ! 姉さんよりも弱いリュウヤなんて一撃だぜ!」


「ちょっと待ってヒスイ。リュウヤがえっと……なんだって?」


「あー、安心したら眠くなってきた。明日になったらアイツらの様子も見なきゃいけないし、今日は早めに寝ようぜ! ……っと」


「いや、だからねヒス……イ?」


 彼女がその頭に被った帽子を脱ぎ、テーブルに置いた瞬間、その頭の上で何かがぴょこんと跳ねた。そして僕の胸も跳ねた。


「……ケモ耳……だと?」


 部屋は薄暗い。もしかしたら見間違えかもしれない、と目をこすりもう一度見るけど、やっぱり間違いない。ケモ耳だ。紛う事なきケモ耳だ!


「な、なんだよ……あんまり見るなよ」


 彼女は顔を反らし、手で耳を抑えながら呟く。そんな仕草一つに心を揺らす僕がいた。馬鹿な……少年の様にさえ思っていた彼女が、ケモ耳を備えた瞬間に化けた……だと?


「わ、私は亜人なんだよ……悪いか」


 なんだか落ち込んでいる様だが、何を卑下する事があろうか。

 控えめに言ってどちゃくそきゃわいい。


「お前も亜人がどうとか言うんだろ……別に、良いぜ。私は慣れて……」


「良いねッ! 最高に可愛い!!」


「ッ!?」


 ――亜人。それは動物の特徴を備えた人間。存在は本で知っていた。でもその数は凄く少なくて、滅多に会えるものじゃないらしい。実際に僕の地元では全く見かけなかったし、クリームの街でも見かけなかった。彼らは独自の文化圏を作って暮らしているらしいから、そもそも人の周辺にはあまり現れないらしいんだけど。


「……っ」


 なんて考えていると、ヒスイの体がどんどん縮まっていた。

 しまった。つい興奮してしまった。

 ヒスイに引かれてる!


「あ、いや、違うんだ。今のはその、なんていうか、その……あまりの衝撃に心の声が漏れてしまったというか……じゃなくて、亜人に会うのは初めてでさ、前から会ってみたかったんだ。だからつい興奮してしまったというか、まあそんな感じだから! だから不快にさせる気はなかったんだ!」


「別に……不快な訳じゃ……ねえけど」


「そか。良かったー」


 耳から手が離れ、耳がピコピコ動いた。機嫌が悪い訳では無さそうだ。うん、しかしこう……実際に見ると、やっぱり心が揺れるというか、癒されるというか。あんなにガサツだったヒスイに対して、こんなにも庇護欲を掻き立てられるなんて……恐るべしケモ耳。


「も、もう寝るぜ! ほら、そっち詰めろよ!」


「え? ん? おおおお?」


 突然ばっと立ち上がり走ってきたヒスイは、その勢いのまま僕に突っ込んできた。不意を突かれた僕は成す術もなくベッドの端へと追いやられる。彼女はそのまま空いたスペースにコロリと入り、下から布団を引っ張り被った。


 あれ? 一緒に寝るの?


「お、おやすみ……」


「え? うん……え?」


 耳元でヒスイの大人しい声が聞こえた。

 かと思えば、すすす、と伸びてきた手が僕の手を握る。


「っ……!」


「これくらい、良いだろ……」


「……」


 いや、まあね。子供同士だからさ、何もないけどさ。けどほら、年の近い異性が隣で寝てる上にさ、あのヒスイにそんなしおらしい声を聞かされてしまうとなんか……えっと……緊張するんだけども。ああくそうケモ耳が可愛い。


「…………」


「すぅ……すぅ……」


「…………ぬぅ」


「すぅ……すぅ……」


「…………ぬぬぅ」


「すぅ……」


 おのれぇ寝息が気になって眠れん!!


「あ」


 悶々としてた僕は、そこで大変な事を思い出した。


「マズイ……ルヤタンの事……忘れてた」

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