第39話 僕がお化け屋敷に辿り着いた話

「まだ耳に違和感があるぞ……この変態野郎ッ!」


 ボディブローでは飽き足らず、膝を崩した僕へ、大きく振りかぶった蹴りが飛んでくる。一瞬ボタンを押すことが頭をよぎったけど、ヒスイを傷つけるかもしれないし、ひっそり逃げてきた意味もない。僕はボタンを消し、意識下でスキルを切り替える。


 ――カチン。


 しかし飛んでくる蹴りはもう避けられない。

 狙われている腹部は腕でガードしよう。


「ッたぁ!?」


 受けた右腕に、骨を貫くような鋭い痛みが走った。僕はたまらず尻もちを付く。ナニコレ普通の靴で蹴られた痛みじゃない!


 すかさず彼女の足元を確認すると、なんだかつま先が鈍く輝いているではありませんか。あれは鉛か何かだろうか? 思った以上に殺意の高い一撃だなぁ!


「思い知ったか変態野郎! これに懲りたら、二度とあんなことするんじゃねえぞ!」


 ヒスイは腕を組み、大声で罵倒した。僕は次の攻撃を警戒したけど、めちゃくちゃ痛がっている僕を見て満足したのだろうか、何もしてこない。めちゃくちゃ痛かったし、悔しいので何かやり返したいところだけど、彼女の性格上、やり始めたらキリがなくなりそうだ。


 ここは引き下がろう。

 そう、僕は彼女より大人だからね!!


「はー……悪かったよ。んで、これからどうするのさ」


 絞り出した僕の言葉に、なぜかヒスイはきょとんとした。


「……やり返してくると思ったのに」


 拍子抜けしたような顔をするヒスイ。違和感を覚える僕。今のは『いつもなら相手がやり返してくる』ってことなのか……と思いを巡らせた瞬間。


 ――バリン!!


「っ!?」


 僕の目の前に、大きな瓶が落ちてきた。

 上を見るが何もない。


 ……これ位置的に、僕がやり返そうと手を出したら頭に直撃してたな。たぶん角を曲がった瞬間に上へ投げたんだろう。手を止めたのはこう言う事か。


「やりすぎ」


「私の世界じゃこれが挨拶だ」


「迂闊に踏み込めやしないね」


 ふん、と鼻を鳴らし目を逸らすヒスイ。

 さっきから殺傷力が高いんだよ、まったく……。


「とりあえず、私の隠れ家に来い。そこで色々と話す」


 彼女が尻もちを付いている僕に手を差し出す。

 躊躇っていると、彼女が不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「もう何もしない……悪かったな」


「……」


 表情と態度を見ると、どうやら本当に反省しているらしい。流石にもう何もないだろう。僕は素直にヒスイの手を取り、起き上がった。彼女の手は小さくて柔らかかったけど、とてもザラザラする。思わず視線で追ってしまう程に。


「……ふん」


 彼女はソレに気付き、すぐに腕を組んだ。

 気にしていたようだ。


「隠れ家って、君の姉さんが壊したあそこ?」


「あれは5つ目だ」


「どんだけあるんだよ……」


「この辺には空き家が沢山あるからな」


「空き家……ね」


 しばらくして、彼女はまた歩き出した。僕もまたついていく。

 日は更に落ちる。辺りはオレンジから藍色に移っていた。


「……」


 僕たちは淡々と、狭く汚い路地を進んでいく。行く途中で明るい道も見つけた。きっと街の方へ出る道だろう。そっちには薄着の女性がちらほら立っていて、他の道よりも建物が綺麗に装飾されていた。


「……」


 たまにヒスイがそちらを見て、眉をひそめる。

 僕は何も聞かない様にした。

 またあの靴に蹴られるのはごめんだ。


「着いた。入るぞ」


「……お化け屋敷じゃん」


 ヒスイが足をかけたのは、崩れた外壁の隙間だった。その中が隠れ家ってことらしい。かなり大きな屋敷だった。でも入り口・窓には全て板が張り付けられている。ついでに蔦が壁面の半分を覆っていた。辺りが暗い事も相まって、とても曰くありげな建物に見える。


 ぶっちゃけ入りたくない!


 僕が口をへの字にして入るのを躊躇っていると。


「なんだよ……お前、怖いのか?」


 ヒスイが愉悦の表情で煽ってきた。


「はぁあああ? 怖くないし! 平気だし!」


「くっくっく」


 にゃろう、これ以上馬鹿にされてたまるか!

 入ろうとしている彼女を追い越そうと、崩れた外壁へと近づいたその時。


「え……?」


 彼女の姿が、すばやく壁の向こうへ消えた。



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