第37話 僕が監禁された話

 そんなわけで、僕は閉じ込められた。


 部屋の中にあるのは小さなベッドだけ。窓もない。ただ一つの扉にはスキマ一つなく、下に食事用の小さな口が付いている。


 石で囲まれているからか凄い寒く感じるし、広さは3m四方くらいとかなり狭いので、気持ちは自然と沈んでいく。高めの天井にはランプが一個つるされており、頼りないオレンジの光は部屋を照らし切れていない。ここに居続けたら病みそうだ。


「参ったなぁ」


 手足の枷はなくなり動けるようになったけど、置かれた環境はより酷くなった。ルヤタンの袋も没収されちゃったし……流石にふざけすぎたかもしれないな。反省。


「さてさて、どうするか」


 ベッドに座り、両手で頬杖を付く。


 出られなくはない……と思う。僕は手元に「ボタン」を出して眺めた。これを押せばきっとなんやかんや(主に爆発が)起きて、ここを出られるのだろう。でも派手に出てしまうと、コハクさん達とぶつかるのは避けられない。


 そうなるとまたボタンを使う事になる。つまり最終的には爆発オチだ。僕が助かっても、コハクさん達が無事ではすまない。それは嫌だ。


 ついでに気になる事もある。


「……暴動はコハクさん達が考えてるんだろうな」


 彼女は僕の言葉を否定しないどころか、情報源として拉致した。もう確定だろう。そしてリュウヤと呼ばれたあの男性が、恐らく中心人物……いや、なんなら首謀者かもしれない。


「そして彼らと対峙するのが、ジルベルトさんとエリナ……なんだよな」


 エリナが傷つくなんて耐えられないし、コハクさん達が傷つくのも見たくはない。つまり暴動を起こさせないのが僕の最善だ。その為には首謀者を捕まえて、暴動そのものを消滅させなきゃいけない。


 暴動を止める為にやるべき事は3つ。


1.首謀者を行動不能にする。

2.コハクさんを無力化する。

3.ジルベルトさんに合流する。


「……どれも難易度が高い」


 相手は熟練の魔法使い。戦うとなれば彼女を殺す気で、全力を尽くさなければ、僕があっさり殺されて終わるだろう。真正面からぶつかるなんて愚策だ。勝ち目が無い。


 ため息が出る。いくら強力なスキルを手に入れたとはいえ、僕はまだ子供。そして戦闘経験もゼロに等しい。全部を僕一人でクリアするなんて、余程に奇跡を重ねるしか――。


「どないせぇっちゅうねん……」


 僕が絶望していると、不意に扉の下がコチラへかぱっと開いた。


「おい、嫌だけど飯をやる。……嫌だけどな」


「二回も言わなくて良いじゃないか」


 扉の向こうから聞こえたのはヒスイの声だ。続いて、開いた口から小さな腕と食器がにゅっと伸びてくる。床にことりと置かれた白い皿の上には、小ぶりのパンが2つ。ウルトラスーパーデラックスお腹の空いていた僕はすかさず飛びついた。


「はぁあああああ、生き返る」


 パンは固いし、味が付いている訳でもなかったけど、空腹の中で食べれば最高においしく感じた。あれほどに嫌いだったヒスイが女神に見えそうだ。


 僕が夢中でパンを咀嚼していると、扉にずん、と何かが寄りかかる様な音が響く。驚いたことに、ヒスイはまだ居るつもりらしい。


「……明日の朝、お前を尋問するんだってよ」


 そしてすかさず、とんでもない事を言った。


「そりゃあ物騒だ。止めて欲しいって伝えておいてくれ」


「無理だ。リュウヤの命令は絶対だからな」


 ヒスイが素直に答えた?

 なんだか口調も暗いし、何かあったのだろうか。


「ヒスイは、リュウヤって奴が嫌いなのか?」


 沈黙。でも立ち去る気配はない。

 口には出来ないけど、肯定ってことかな。


「……私は、暴動なんて嫌なんだ。それなのにアイツは皆をたらし込んで、やるのが正しいみたいに言ってやがる……気に食わない」


「僕よりも?」


「……そうだよ」


 素直だ。流石にこれ以上、おちょくるのはやめておこう。食べ終わった僕も扉に背を預け、彼女と話をすることにした。


「そもそもさ、どうして暴動なんて起こそうとしてるんだ」


「……最近、私たちの仲間が次々と行方不明になってるんだ」


「行方不明に?」


 じゃあもしかして、ジルベルトさんが言っていた「調べたいこと」というのは、この事だったのだろうか。でも行方不明って……破滅の予言に関係するのかな。


「そんでもって、仲間の一人が『行政区の奴が攫って行くのを見た』って言ってさ」


「行政区の人間が……? どうしてそんなことを」


「そんなん私が知るか!」


 少し語気が強くなった。まずい質問だったかなと焦ったけど、彼女が動く気配はない。気分を害したって訳じゃないようだ。良かった。


「前から街の連中は、私ら移民や貧民への扱いが酷かったからな……リュウヤとか、私たちをまとめてた人間がさ、もう我慢できないって爆発したんだ」


「それで、暴動を起こそうと……」


「姉さんもやる気だ。行方不明になった人の中には、姉さんの本当の弟も……いたから」


 本当の……? ってことは。


「君たちって」


 控えめな僕の質問は、けれど答えてはもらえなかった。デリケートな話だ。これ以上は踏み込まないでおく。


「……私は、姉さんを止めたい。姉さんが戦う所なんて見たくない。だけど姉さんは家族のことになると、頭に血が上って冷静じゃいられないから……」


 小さくなっていく声。


 そうか。僕がヒスイを追っていたあの時、すかさずとんでもない魔法を放ってきたのは、本当に怒りで我を忘れていたんだな。直近で家族を失っていたのなら尚更、大切な人間を傷つける相手は許せなかったのだろう。


「僕も暴動は止めたいんだけどね……」


「そう……なのか……?」


 暴力を使って良い事なんてない。だけどどうしようもなく強いのも事実だ。暴力に走ってしまう気持ちも解らなくはないけど……認める事は出来ない。


 でも僕には止める力がない。

 ままならないね、困ったことに。こういう時は、エリナが羨ましくなる。


「暴動が起きれば、僕の大切な人も戦う事になるかもしれない。そんなのは嫌だ。大切な人が傷つくのも、誰かを傷つけるのも、絶対に嫌だ」


 ヒスイが素直に話してくれたので、僕も素直に心情を話す。でも言った後で恥ずかしくなった。


「そうか……」


 扉の向こうから彼女が動く気配が伝わる。あらかた心情を吐いた事で、気が済んだのかもしれない。立ち去る前に、ご飯をくれた事を感謝しなきゃな、と僕も体を回した瞬間。


 カチャン、と金属音が響き。


「え?」


「――お前、強いだろ。私に協力しろ」


 重たい扉の向こうから、決意を固めた彼女が現れた。

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