第36話 僕が拉致された話

「つまり僕はコハクお姉さまにお世話してもらえる、ということで良いですね?!」


「……前向きねあなた。お姉さまはヤメテ」


 先の場所から彼女にひょいっと担がれて、なんだか白くて大きな建物に運び込まれた僕は、両手足を拘束された状態で床に転がっていた。先の建物の様に埃っぽくない。こっちが彼女たちの家だったか。まあそりゃそうだよね。じゃなきゃ躊躇なく家をぶっ壊さないよね。


 さて、見事に拉致された訳だけど。


「……ほ」


 指先を意識して少しだけ電光を出してみる。ちゃんと意図した規模の火花がパチン、と瞬いた。どうやらスキルを制限された訳ではなさそうだ。


 この手足を縛っている黒い帯は恐らく魔法だと思う。魔力を感じるし、文字が浮いている。きっと何かを抑制する効果があるのだろうけど、スキルではない。もぞもぞしている分にも影響はなかった。とすると魔法を封じるものかもしれないな。


 で、あれば僕には関係がない。

 知識はあっても使えないからね!

 言ってて悲しいけど!


「あなたには聞きたいことが沢山あるの。ちゃんと答えてくれるなら酷い事はしないわ。……答えてくれるなら、ね?」


「わかりました。僕は15才で、クロス・サンタと言います。デルタの街から来ました。好きな食べ物はチーズ。好きな女性のタイプはコハクお姉……いたい!!」


「聞いてないわ」


 渋い顔で頬をつねられた。おかしいな、僕は敵意が無いよって事を伝えたかっただけなのに、どうしてつねられるんだ。


「コハク、なんだこのガキは」


 不意に背後から男性の声が響いた。とても低くて渋い、壮年の男性を思わせる落ち着いた口調だ。コハクさんは視線を上げると表情を緩めた。まるで心から安堵したかのようなそれは、男性が彼女にとって特別な存在なのだと感じさせる。


「リュウヤさん。えっと……彼は、行政区の情報を持っているようでして……その、何かリュウヤさんの役に立てるのではないかと」


「それは興味深い。上級市民の息子……ということか?」


「いえ、どうやら違う様なのですが」


「? どういうことだ」


「実は……」


 コハクさんは男性の元へ駆けていき、僕を放置して長話を始めた。果たして僕はいつまで冷たい石の床に放り出されるのだろうか。流石にそろそろ体が痛くなってきたのだけど。っていうかお腹が空いた。何かご飯が欲しい。ほーら、お腹が鳴ってますよー。ご飯ちょうだーい。


「……あ」


 僕が芋虫よろしくモゾモゾしていると、ふてくされた顔をしていたヒスイと目が合った。もちろん睨まれた後すぐ目を逸らされたのだけど、僕が体をハチャメチャによじって近づいてくるのは流石に見逃せなかったらしい。速足でコチラにツカツカ歩いてきた。


「気持っち……悪いんだよ!!」


「へぐぅ!!」


 歩く勢いのまま腹を蹴り上げられる。同年代の子供とはいえ、遠慮がないのでそれなりに痛い。っていうかつま先はやめれ。


 僕が痛みに身をよじっていると、彼女はまた足を振り上げた。


「にゃろう……!」


 だがこのクロスさんは黙って二度も蹴られるほど優しくはない。やったことはなかったけど……蹴られるだろう腹部の一部だけを電光化して、迎え撃ってやる。


「くたばッ……ぴゃああああぅ!?」


 パァン! なんて小気味良い破裂音と共に、蹴り込んだヒスイが小さく悲鳴を上げた。衝撃でバランスを崩し床に倒れ込む。見ればおんぼろな靴の先が真っ黒に焦げていた。


 ……ちょっと力を入れすぎたかもしれない。


「んな、何が……!?」


 まあ実験は成功したし、やり返せもしたので良しとする。

 ざまあみさらせ!


「ニチャァ」


「ひっ!!」


「何をしているのヒスイ」


 あまりに騒がしかったからだろう。男性との話を中断したコハクがこちらにやってきて、倒れているヒスイに近づいていった。尚、彼女から僕の顔は死角になっており見えない。


「ニチャァ……!」


「コイツ! 気持ち悪い!」


 ヒスイは尻を引きずりながら後退し、僕を指さして罵倒した。コハクさんの顔がこちらに向けられる瞬間、僕は表情を戻した。彼女は意味深な沈黙を向ける。おかしいな、見られてはいない筈なんだけど。


「ヒスイ……気持ちはわかるけど乱暴はやめて。貴重な情報源なのよ」


「酷いです。っていうかほら、手足の拘束を解いてくれたら気持ち悪くなくなりますよ。そろそろ外してもらえません? あと僕、お腹も空いて」


「――平等なる灰の母よ、穢れを祓う赤き絹よ。我が求めに……」


「気持ち悪くてすみませんでした黙ります大人しくしますごめんなさい」


「そうね。物分かりが良い子は好きよ」


 美人さんの最高の笑顔なのに、それはこれまでに見たどんな笑顔より怖かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る