第35話 僕が美女と手を繋いだ話

 という事で。


「実はですね、かくかくしかじかで」


「……何なの、その呪文みたいな言葉」


「デスヨネー」


 日本人に近しい顔立ちをした彼女ならワンチャン! と思ったけどやっぱり駄目でした。日本じゃないしね。仕方ないので『後ろの子供に袋をひったくられたので追いかけてきた』という事情を、彼女へちゃんと伝える事にする。


「……またやったの、ヒスイ」


「いいじゃんか。コハク姉さんだってたまにやるし」


「ちゃんと相手を見極めなさい……と言っても、今回は運が悪かったわね」


 ため息交じりに、コハクと呼ばれた彼女に見られる。艶やかな黒い長髪がサラリと流れた。うーん、綺麗なお姉さんに見られるとドキドキするなあ! よし、印象が良くなるように笑い返しておこう!


「(にこっ)」


「……はぁ」


 なんでため息吐かれたの僕!


「ヒスイ、それ返してあげなさい」


「いやだよ! これは私のだもん!」


 自分の体で隠すように、ヒスイは袋を抱きしめた。

 ついでに僕へ舌を出してきた。


「ほう……」


 僕はスッと右手を出し、大音量で派手にバチバチさせる。部屋いっぱいに電光の火花と閃光が走り、焦げた臭いが満ちていく。


「ひゃぁああああああああ」


 すると彼女は頭を抱えて姉の後ろに隠れた。

 ああいう所だけは可愛いのに。


「自業自得よ。死んでないだけ運が良かったわ」


 べし、と優しくヒスイの頭を叩くと、コハクは袋を拾い、僕へと渡してくれた。後ろではヒスイが赤くなった目で僕を睨んでいる。お兄さん指が直立している気もするけど、今回は気づかなかったことにしてあげよう。


「……あ、ええと。ありがとうございます」


「これで良いでしょう。もうさせないから、私たちに関わらないで。さもないと……」


 彼女の指がすっと上がり、ズタズタになった瓦礫の山に向けられる。


「こうなるわよ」


「怖いんですが」


 僕の素直な発言にもニコっと笑って見せる。魔法使いとしても、戦士としても、場数が違うんだろうなと思わせる振る舞いだ。そこでふと思い出した。近日中に起こるという噂の「暴動」……もしかして、彼女が関わっているのだろうか。


「ねえコハクさん。もしかして、あなたが暴動を起こすんですか?」


 にこやかだった彼女の顔から、スッと表情が消えた。

 冷たい視線と無表情に、僕の背筋も震え上がる。


「……詳しいのね。やっぱり『あっち側』の人間だったのかしら」


 探るような口調。突き刺さるような殺気。我ながら言葉のチョイスがダメダメである。下手な回答をしようものなら、即座に殺されそうな気配だ。うまいこと言い訳しなければ。でも嘘は言えないしなぁ。


「ええと……僕は関係ないんですけど、知り合いが用心棒として……雇われたらしくて、そんな話を聞いて、もしかしたらー……なんて」


 一応、頭に「僕は敵じゃないですヨー」みたいな言い訳はしておく。その効果があったのかは分からないけど、彼女はにっこりと笑い、屈んで僕の手を取った。


 わー、美女と手を繋いじゃったー!

 優しく微笑まれちゃったー!

 とかドキドキしていると。


「そう。それはちょっと……聞き捨てならないわね?」


「え?」


 次の瞬間、僕の両手は黒い何かによって拘束されていた。



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