第31話 僕が犯人と出会った話

 見える場所は約500m先の建物の屋上だ。何が光っているんだろうか、と目を凝らしていると、その直上に巨大な岩がゆらりと現れた。


「は!?」


 岩は更に巨大化していく。やがて建物の半分くらいの規模にまで膨れ上がると、ようやくその成長を止めた。まさかアレをこの塔に当てる気だろうか? だとするならマズイ。流石に僕の電光じゃ、あの大質量の岩は止められない。


「撃たれる前に止める、しかないよなぁ……」


 悩む暇もない。僕は全力で塔から飛び降り、ジャンプを繰り返していく。流石にこの距離になると、その回数も莫大に増える。全力で繰り返しても5秒は掛かってしまったけど。


「間に合った!!」


「なに?!」


 攻撃前に辿り着くことが出来た。岩石の巨大な影の下、とある民家の屋根の上に居たのは、灰色のフードを被った人物だった。線の細い体、驚きに漏れた高い声から女性だと解る。顔は見えないので年齢が解らないけど、物腰を見てる分には20~30代くらいな気がする。


「爆ぜろ、フレイム!」


 彼女は僕を見た瞬間、すかさず右手を翳して火球を飛ばしてきた。中級魔法の簡略詠唱だ。実践的な魔法詠唱の技術で、発動が早いし、威力が落ちにくい。


 僕はすかさずスキルでジャンプし、彼女の背後へと回り込む。また攻撃されるのも嫌だし、僕からも電光を放ち攻撃する……が、見えない何かに阻まれた。


「え、弾かれ……」


「縛れ、グラビティ!」


「あぐっ!?」


 すかさず振り返った彼女に重力系の魔法を叩きこまれた。途端に体が重くなり、動きが鈍重になってしまう。いわゆる鈍足のデバフだ。……にしてもなんて反応だろうか。僕が攻撃した直後に反撃されたぞ。


 このままだとまた何か叩きつけられる。僕はすかさずジャンプして距離を離す。どうやらこの移動方法なら、鈍足の影響は受けないみたいだ。


「……厄介な相手ね」


 呟いた言葉には僅かな動揺が見えた。


 恐らく彼女は魔王じゃない。周囲に色づいた微かな赤は魔力の痕跡だ。ここまでの残り方や塔の破壊規模、そして僕に対する的確な魔法の使い方から察するに、恐ろしく腕の立つ魔法使いだろう。


 ああ困ったな。魔法オタの僕としては見ている分には最高なんだけど……相手にするとなったら最悪だ。戦闘経験の差が明確に出てしまうし、魔法の方が汎用性が高い。そのうち、僕のジャンプも封じられてしまいそうなのが怖い。


 さあどうしよう。きっと逃げるのが最善なんだけど、でもこの岩を放っておくわけにもいかないし……参ったなぁ。


「ねえあなた、まさか魔王?」


 僕が焦りながら考えていると、不意に向こうから疑問が投げられた。思わず息が漏れる。戦闘の意志が途絶えたのは、正直言ってとても助かった。


「あー……えっと」


 でもどう答えようか。魔王ではないから、英雄? ……いや、流石に名前負けしている感が物凄いし。勝手に名乗るのも恥ずかしいし。でも下手なこと言ってまた戦闘に突入するのは嫌だし、時間は稼ぎたいし。うーむ。


「答えないのね。まあ、国の英雄様って所かしら?」


「あ、それは違います」


 反射的に否定する。


「ふ、あはははは! 素直な子ね!」


 笑われた。なんだろう。そんなに悪い人でもないのかな。

 いや塔を破壊してるんだから悪い人か。


「……はあ。ま、場所がバレたんならもう、これも意味がないわね。あなたのご要望通り、塔への攻撃は止めにしてあげるわ」


 女性がパチン、と指を鳴らすと、空の岩は風によって砂に分解され徐々に小さくなっていき、やがてどこかに霧散してしまった。


「ねえ、何で感心した様な顔をしているの?」


「ああ、いえ。ちゃんとした魔法を見るのは初めてで」


「? ふふ、変な子供」


 また笑われた。


「……貴方、もしかして外の住人かしら?」


「? はい、そうですが」


「そう。……そうでしょうね。善良そうだもの」


「……どういうことですか?」


「貴方にはまだ早いお話よ」


 彼女の視線が建物の下へと移る。僕もつられてそちらを見ると、兵士の様な人たちがコチラに向かって走っているのが見えた。


「それじゃあね、面白い坊や。できればもう……」


「あ……」


 ――あなたには、会いたくないわ。




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