第30話 僕がスキルを使って塔を登った話

 足元がぐらぐらと揺れている。地面が徐々に傾いていく。さっきの爆発音といい、これはどう見ても……マズイ事になってるよね。


「く、クロス、これ、もしかして……?」


「間違いない。塔が崩れてる!!」


 展望台に居る他の人たちから悲鳴が上がる。このままじゃ皆が地面に叩きつけられてしまう。いやそれだけじゃない。時計塔があるのは街の中心だ。どこに倒れても甚大な被害が出る。


 何とかしなくちゃ。

 でもボタンも、狼のスキルも、全員を救うことは難しい。

 なら頼れるのは。


「エリナ! 君の魔法で、この塔を支える事は出来ないかな?」


「……やってみますわ!」


 不穏な音を立てて、ゆっくりと傾いていく塔。それに不安を感じていた筈のエリナは、けれど力強く頷き、その右手を空にかざした。


「レビテーション!」


 ふぇええええまた上位魔法の無詠唱だ!

 でも頼もしい。

 塔は動きを止め、展望台にいた人たちは我先にと塔を下りていく。


「凄いよエリナ!」


「ふふふ……私、今なら何でもできそうですわ」


 エリナは左手を右手でぎゅっと握り、胸に引き寄せ優しく抱いていた。なんとも目のやり場に困るけど、今はそれどころじゃない。


 さて、彼女だけに頼るのは格好悪いからね。

 僕も僕に出来る事をやらないと。


「エリナ、このまま他の人が逃げるまで魔法はもつかな?」


「あと30分は大丈夫ですわ!」


 え、そんなに?


「流石だね。それじゃあエリナも塔を下りて、ジルベルトさんを呼んできて! 僕は塔にこれ以上ダメージが無い様に、周囲を見張っているよ!」


「わかりましたわ」


 階段へ走るエリナ。

 けれど不意に立ち止まり、僕に振り返る。


「クロス……私たちの時間を台無しにした誰かを、懲らしめてやって下さいまし!」


「ああ。任せておいて」


 僕の返事にニコっと笑い、エリナは塔を下りていく。


 彼女の姿が見えなくなった所で、僕は静かに目を閉じた。一発逆転ボタンとは違い、獲得したスキルのオンオフは意識下で行える。僕は銃のシリンダーを回すようなイメージでスキルを切り替え、引き金を引く。


 ガキン――と、身体にスキル『雷身』がセットされた。


「よし。それじゃあ原因を探しましょうか」


 傾く時計塔の縁まで歩み、攻撃を受けた箇所を探す。覗き込んでみると、塔はかなり下から破壊されているのが解った。エリナが支えてくれていなければ、塔は根元から街に倒れ込んでいたかもしれない。想像するとぞっとする。


 さて、敵の目的が単に時計塔の破壊にあったとするなら、きっと崩壊を止めた塔に対して、もう一度攻撃をしてくるだろう。ならもっと視界の広い場所に……時計塔の最上部へ移動しよう。


「ついでに、このスキルで色々と試してみようか」


 右手を覗く。指先から徐々に電光へと変化させてみた。意識と大きな齟齬も無く、右手は輝く雷光へと変化していく。それを僅かに動かしてから、今度は実体へ戻してみる。こちらも素直に戻すことが出来た。違和感もない。


「……自分の体を変化する分にはラグがない。これなら反射的に行動する事が出来そうだ」


 あと気になるのは、全身を雷光に変えた時、僕の意識がどうなるのか。こればっかりはやってみないと解らない。深呼吸を一つ。小さく覚悟を決めて、少し笑う。


「怖がってる暇もないからなぁ」


 意識し、全身を雷光化――!


「……よし。普段と変わりはないな」


 輝く体に違和感はあるけど、意識が混濁するということもない。

 それじゃあこのまま、塔の上に移動してみよう。


「――いくぞ」


 前方――塔を飛び出した中空をマークして、そこへジャンプする。バチチチ、という破裂音と共に僕の体は一瞬で空中へ移動した。


「……と、よぁあああああ?!」


 そして落下した。


「うんよし、オーケー。流石に浮かぶことはないね!」


 となると素早く塔の上へジャンプし続けなくちゃいけない。


「……あれ?」


 再び飛ぼうとして、あることに気付く。

 ――これ、移動できる距離に制限がある。飛べるのはせいぜい3m程度か。長い距離を移動するには、細かくジャンプする必要があるみたいだ。


 ともあれ移動回数には制限を感じない。ならジャンプを繰り返すことで実質、飛行みたいな事も出来る。一回のジャンプに掛かる時間も1秒に満たないし、有能なスキルであることには変わりないな。


 僕は塔の上部を目指してジャンプを繰り返していく。

 傍目には逆しまに雷が走った様に見えるのだろう。


「……よし。扱うのは何とかなりそうだ」


 最上部に辿り着いた僕は、すかさず周囲を見渡した。展望台でも十分に絶景だったけど、更に上となるとより広大な景色が広がっている。僕は思わず感動し。


「うわぁあああっと!?」


 強風に煽られて落ちそうになった。


 危ない危ない。気を抜くなよ僕。また風に落とされるのは嫌なので、塔の頂点に立っている棒をそーっと握ってみる。体に変化はない。



 ふー。物に触れても体は霧散しないようだ。良かった良かった。


 攻撃時は放電している訳だから、無意識下では固定していて、意識する事で分散させることが出来る、と言う事なのだろうか。


 ううむ……相手から体を攻撃された時はどうなるんだろう?


「まあ、今はいっか。敵は居るかな」


 ぐるりと見た限り、周辺におかしな物は見当たらない。

 しかし塔の真下では街の人々が大騒ぎしていた。沢山の人が塔から離れる様に散っていく。こんな時でもなければ「見ろ人が〇ミの様だ!」とか言ったかもしれないが、流石に今は場違いにも程がある。やめておこう。


「これ、エリナが支えてくれているから良いけど……治さなきゃ根本的に解決できないよなあ。彼女なら何とかできそうだけど、気づいてくれるだろうか……」


 あ、いやジルベルトさんを呼びに行った筈だし、あとはあの人が的確に何かを支持してくれるだろう。なんたって英雄だし。後は僕がこうやって、塔の破壊を防ぐことが出来れば被害を出さなくて済む筈だ。


「――と、なんだ、アレ……?」


 さあ頑張るぞい、と気合を入れたその時。

 左手の空中で、何かがキラリと光った。



 

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