第29話 僕たちがクリームの街を観光した話

 翌朝。


「ねーねージルベルトさん、もうお昼になりますよ。起きないんですか?」


 いつの間にか帰ってきていたジルベルトさんは、昼前になっても一向に起きる気配が無かった。ベッドで死んだように眠っているので、朝は起こすのをやめたけど、流石にこの時間になったら起こすべきかなと思い、エリナと一緒に揺さぶっている。


 ちなみにルヤタンは朝、エリナの部屋に置いてある袋に入って、それから全く出てこない。また寝てるんだと思う。


「ん……ああ。クロスか……」


「あ、起きました?」


「すまん……俺はしばらく動けん。そこに金があるから……二人で、街の観光でもしてくると……良い……(ガクッ)」


「ジルベルトさーん!!」


「Zzz……」


 寝ていた。


「お金……か」


 まるでダイイングメッセージみたいに伸びてる人差し指を追うと、テーブルの上に革袋があった。あれか。なんだかすごい重たそうだけど、あんなのを簡単に渡してしまっていんだろうか……?


「クロス、ジルベルトさんもこう言ってる事ですし、私たちで街の観光に行きませんこと?」


「……そうだね。せっかく知らない街に来たんだし、行こうか!」


「はいですわ!」


 エリナは最高の笑顔でそう言った。

 そんな訳で、僕たちは街へと繰り出す。


「クロス、クロス、あのお店に行きたいですわ!」


「小物のお店? ああ、エリナは好きだもんねああいうの」


 僕としてもこの街の雑貨は見ておきたい。素直に「行こう」とエリナの手を引くと、彼女はやや顔を赤らめて嬉しそうに笑った。そこで不意に、馬車での出来事を思い出してしまう。


「どうしたんですのクロス、顔が真っ赤ですわよ?」


「ああ、いや。何でもないよ! た、楽しみだねー!」


「? 変なクロス」


 エリナが不思議そうに首を傾げる。君はどうしてそんなに自然で居られるかなぁ、と心中で叫びながら、木で包まれた店内をぐるりと見渡す。白と茶のコントラストがめちゃくちゃ綺麗でオシャレだ。シンプルな棚へ均等に並べられた小物たちも、お店の清潔感や高級感を引き上げている。


「~~~! 素敵ですわ!」


 彼女の好みにピッタリだろうなとは思っていたけど、これは予想以上の喜びようだ。僕は一歩下がって彼女の様子を見守る事にした。


「ねえクロス! これ! これ凄く可愛いですわ!」


「? ああ、本当だ。確かにこれは可愛い」


 エリナがどこかから持ってきたのは、猫の意匠が施された指輪だ。二匹がしっぽを絡めており、一匹が華やかな帽子を被っていて、一匹が蝶ネクタイをしている。かなり丸みのある可愛らしいデザインだった。


「猫の仲睦まじい夫婦って感じだね」


「私、これが欲しいんですの……」


 エリナはおずおずと猫を差し出してくる。僕はそれを受け取り、値札を探した。張ってある金額は……あ、意外と高いな。指輪を近くの棚に置いて、拝借してきた革袋を確認する。


「……ってうわ、めちゃくちゃ入ってる!?」


 覗き込んでみた限りでも、金貨や銀貨が十数枚は見て取れる。ネックレスは金貨一枚でおつりがくるので、十分すぎる程だ。ちなみにこの世界の硬貨を日本円にすると。


・小銅貨→1円

・銅貨→10円

・小銀貨→100円

・銀貨→1000円

・小金貨→5000円

・金貨→10000円


 こんな感じ。金貨の上には白貨はくかという物も存在するらしいけど、僕はまだ見たことが無い。聞いた話では大体、一枚で10万円くらいになるそうだ。僕なら落とすのが怖くて持ち歩けない。


 流石にこの袋の中にも入っては居なさそうだけど……でもこの中身を見る限り、白貨1枚分は入ってそうな気が……。


「じゃあ買ってくるよエリナ。少し待ってて」


「あ、ありがとうですわ、クロス……」


 返ってきた反応がなんだか随分としおらしい。エリナの事だから、もっとこう、大はしゃぎで喜んでくれるかと思っていたのだけど。まあいいか。


 僕は手早く会計をすませ、エリナに指輪を渡す。するとエリナはすかさずその指輪を両手でつまんだ。何をするつもりなんだろう? と首を傾げて見ていると、次の瞬間、指輪は真っ二つになってしまった。


「!? エリナ、指輪が壊れて!?」


「違いますわクロス。これは元々、二つに分かれるんですのよ」


 いたずらに笑うエリナが片割れを僕に渡す。蝶ネクタイをした猫が残った指輪だ。


「これは、クロスが持っていて下さいまし」


「え? いやでも、これはエリナの……」


「良いから、持っていて下さいまし!」


 返そうとしたら、怒り気味に指を丸められて握らされた。全くもう、とエリナはご立腹の様子だったが、しかしすぐに口元を緩めて、彼女の元に残った『帽子を被った猫の指輪』を指にはめた。左手の薬指だ。


「さあ、次のお店にいきましょうクロス! 私、お腹が空いてきましたの!」


「え? あ、ちょっとエリナ?」


 僕の手に握られた指輪の意味を考える暇もなく、エリナに手を引かれ街を走っていく。


 それからは食べ歩いて、また雑貨店を見て、食べ歩いた。気が付けばもう夕方だ。流石にそろそろジルベルトさんも起きているだろうし、ここを最後に宿へ戻ることにした。


「早く! 綺麗ですわ、クロス!」


 最後の一段を登り終えると、視界いっぱいに草原が広がった。夕日に染まる地平線と、どこまでも続いている大草原。世界の広さをこれでもかと見せつけられる。


 クリームのシンボルとして街の中央に建つこの時計台は、展望台としての人気も高い場所だ。


「うわぁ……凄いなぁ」


 こんな壮大な景色を見たのは、これが初めてだった。草原に風が走ると夕日を反射し、大規模な光の波が大地を掛けぬける。まるで星そのものが胎動するような、幻想的な光景。


 知らず僕の胸も感動に満たされる。言葉なんて出ない。

 ひとえに、美しいんだ。


「来てよかったですわ」


「本当だね。……これは一生、忘れないよ」


「そうですわね。一生の思い出ですわ」


 隣のエリナを見ると、その視線が手元に落ちていた。同時に僕がポケットに入れていた指輪を意識した……その瞬間。


「ッ!? な、なんですの!?」


 足元からズン、と巨大な爆発音が響き渡った。

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