第26話 僕が初めてスキルを奪った話

「……あ、いけそう! いけそうだよルヤタン!!」


「んぁ? ああ……そうか……良かったのじゃ……」


「寝ないで!! 僕を見捨てないで!!」


 僕が一生懸命、ボタンをどーにかこーにか探って、狼のスキルに触れる感触を見つけたその時、ルヤタンは草原に丸まっていた。その背後には僕を狙っているのであろう、ギラギラした熱い視線がいっぱい見える。あー。この狼の手下とかかな。……っていうかあの狼たち、ルヤタンが丸まった辺りからジリジリこっちに近づいているんだけども!


「後ろに狼の群れが来てるんだよ! 絶対ルヤタンが寝た瞬間に襲ってくるつもりだよ! 寝たら大変な事になるよ! そう僕が!!」


「スキルがあれば……大丈夫じゃろ……」


「そりゃそうなんだけど……そうなんだけどね」


 こう、唸り声とか殺気とか草を踏む音とか、とにかく怖すぎて集中できないんだよなぁ!


「んむぅ~……取り合えず押してみたら良いじゃろ。ほら、そのボタンでスキルを奪い取るイメージを固めるのじゃ」


 ルヤタンが四つん這いでやってきて、僕の体にもたれかかってくる。ルヤタンが起きた事で狼たちはまた距離を置いたが、僕の心境は別の意味で穏やかではなくなった。だ、だがしかしチャンスではある。今のうちになんとか……!


「スキルを……ボタンを押して……奪い取るイメージ……」


 僕は目を閉じ、左手のボタンの上に右手を重ね、意識を集中していく。すると狼の魔王の中に不思議な熱を感じ始めた……たぶんこれが『魔王の種』なんだろう。ここからボタンを押すことで、スキルが僕に移動するイメージをしていく。


「固まったかの?」


「……たぶん、こんな感じじゃないかな。でももう少し詳細にイメージを固め……」


「じゃあ押すのじゃ」


 ぽち。


「え?」


 右手にふにゃっと置かれた柔らかい掌が、僕の意図しないタイミングでボタンを押した。


「ちょちょちょちょちょちょっっとルヤタン!?」


「大丈夫じゃよ……たぶん……」


「たぶんじゃ困るんだよ!?」


 僕の体をするんと滑り落ちたルヤタンは以降、すやすやと可愛らしい寝息を立てていた。起きる気配は微塵もない。もちろん狼たちはにじり寄ってきた。


 ヤバい。殺される!

 そう恐怖した瞬間、僕の中にソレが現れた。

 言うなればそう……雷が落ちた感じ。


「ッがぁああああ!?」


 激痛。四肢がデタラメに飛び跳ね、視界がバチンと弾けた。ボタンを経由して入ってきた『雷撃』は、僕の体内を延々と駆け巡り、臓腑を、肉を、骨を、体内の何もかもを咀嚼していく。


 ――これは死ぬ、と直感した。


 『魔王の種』は間違いなく僕に移ったが、しかしそれを僕は掌握できていない。制御を離れた途方もない力は、自身を閉じ込める牢獄を破らんと暴れまわっていた。僕が無意識のうちに押せたのは正直、奇跡だったのだろう。痙攣した腕がたまたま当たったのかもしれない。


 しかしボタンは押された。


「……ッ、はあッ!!」


 体に走っていた電撃が、嘘だったかの様に消えている。ああ、正直今のが生まれ変わってから一番、死に近かったんじゃないかなぁ……。


「やってくれたねルヤタン……まあ、でも」


 ボタンを消して、小さく右手を握り、静かに開く。

 更に深みを増した夜の闇に、小さな閃光がパシン、と弾けた。


「おかげで、僕は狼さんに食べられなくて済みそうだ……!」 

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