第25話 僕がルヤタンの実力を見た話

 辺りを見回してみる。藍色の闇の中にジルベルトさんの姿は見えない。どうやら先に出会った様だ。狼はじっとこちらを見つめ、小さな丘の上で静かに座している。逃げる気配はない。僕たちを見定めている、といった感じだ。


「さて、流石に今のクロスでは相手にならんからの。今回は儂が奴を戦闘不能にしようか」


 ルヤタンは微笑を浮かべて一歩踏み出した。丘の上の狼は静かに眺めている。


「力を出し過ぎると逃げられそうじゃな。まずは向こうの力を見せて貰うかの!」


「わっ!?」


 唐突な突風に顔を覆う。次の瞬間にはルヤタンの姿は遠く、狼へと肉薄していた。魔力の反応は全く感じ無かった。たぶんあれも何かのスキルだ。


「可愛いけど、やっぱり魔王なんだなぁ……」


 遥か月光の下で銀髪を輝かせ、妖精の様に舞うルヤタンを見て、僕は呆けてしまう。狼だって目にもとまらぬ速度で動いている。だけどルヤタンはそれを笑いながら追いかけていた。余裕しかない。僕ならきっとあっという間に殺されるんだろうなぁ。


 と、次の瞬間、狼から閃光が放たれた。


「今の……電撃!?」


 深く闇に刻み込まれた白線は、僕の目に残像を焼き付け瞬く間に消えてしまう。だけど一撃では終わらなかった。何度も、何度も、飛び回るルヤタンに向けて四方八方に枝を伸ばす。それは正に雷の槍といった様相だ。並大抵の生物なら一撃で命を摘み取るだろう死の光は、しかしルヤタンには一度も当たらない。


 ――いや、当たらないんじゃない。

 全部弾かれているんだ。


「あれもやっぱり魔法じゃない……スキルだ」


 これで二つ目。ルヤタンは一体、幾つのスキルを持っているのだろうか。僕がそんな風に驚いていると、不意にルヤタンと目が合う。


 彼女は「どうじゃ? 凄いじゃろう」と言わんばかりのドヤ顔を見せた。あんな化け物と遊んでいるのだ、彼女は。


「……僕がボタンを使えば、あの狼の魔王も倒せるのかな……」


 ボタンを出して眺める。きっとこれを押せば、相手が何であろうとも何とかしてくれるんだろう。でも狼にはあのスピードがある。僕がボタンを押して狼を倒すよりも早く、狼は電光で僕を焼くんじゃないだろうか。


「スキルを集めていけば……僕もルヤタンの様になれるかな……」


 顔を上げた時、既に勝負はついていた。激しい閃光が網膜に残っていて見えにくいけど、たぶんルヤタンが踏みつけている、あの白い何かはきっと――。


「っと、どうじゃクロスよ。儂は強いじゃろう?」


「っぅわぁああ!?」


 ルヤタンがいきなり真横に現れた。ぼんやり眺めていた僕は全力で驚き、みっともない声を出してしまう。


「ねえ、実は狙ってやってない?」


「なんのことじゃ?」


 可愛らしく小首をかしげる魔王サマ。本当に悪意はないんだろうな。

 彼女は右手で首の体毛を握り、狼を粗末に引きずっていた。しっかり見てみると、狼は虫の息ではあるものの、まだ生きているようだ。


「そら。狼は捕まえた。早速試してみると良いぞ」


「試す……って言ってもね」


 出しっぱなしだったボタンを見る。

 えーっと…………これ、押せば良いんだろうか?


「スキルをうんぬん、とか……どうしたらいいか全く解らないんだけど。ねえルヤタン、あのへっぽこ神様から使い方とか聞いてない?」


「聞いてないのじゃ」


「だよねぇ」


 んー。どうしたもんかな。

 

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