第21話 僕がジルベルトさんに相談した話

「ジルベルトさん……助けて……助けて下さい」


「な、なんだその幽霊を見た様な顔は……」


 僕が助けを求めに行くと、ジルベルトさんは無表情のまま驚いた。この人、本当に驚いているんだろうか。実は口だけなんじゃないだろうか。


「実は……かくかくしかじかで」


「いや意味が解らないが」


「すみません。ちゃんと話します」


「そうしてくれ」


 僕が馬車の中でエリナの様子がおかしかったことを伝えると、ジルベルトさんは「ふーん」とどうでも良さそうな返事をしてくれた。


「大事な事なんですよ! ちゃんと聞いて下さい!」


「あー、うん。聞いてるぞ。聞いてる」


「嘘だッ!!!!」


 僕が大きな声で抗議すると、非常に面倒くさそうな顔をされた。ジルベルトさんの表情筋は死んではいなかったらしい。


「……本当に、どういう事なんでしょう。まるでエリナが別人になったみたいで……僕、なんだか怖くなってしまって……どう、接したらいいのか……!」


「本人に聞いてみれば良いじゃないか」


「そりゃそうですけど……怖いんですよ。直接聞くのが」


「そんなに深刻な事か……?」


 僕が指を絡めて俯いていたら、冷静に突っ込まれた。


「ジルベルトさんはエリナを知らないからそう言えるんです。あのエリナがあんな淑やかな所作をするなんてあり得ない。できっこない。別人だとしか思えない」


「それは馬鹿にしているのか?」


「違います! 事実を述べているんです!」


「それはそれであんまりだと思うが」


 ジルベルトさんはやっぱり関心なさそうにしている。

 っく、やっぱり他人にはこの異常事態が解らないのか。


「ああ……でもそうだな。もしかしたらアレが原因なのかも」


「? 何か知っているんですか?」


 意外な発言につい食いついてしまった。ジルベルトさんは「しまった」みたいな顔をする。しかし聞いたからにはもう、逃さない。話してもらうまで食い下がってやる! という顔をしたら、ため息を吐いて口を開いてくれた。


「詳細は知らないが……エリナ様には、縁談の話があるそうだ」


「縁談……エリナに?」


「ああ。君が散々な事を言った彼女も、れっきとしたお嬢様だからな。そりゃあいい歳になれば縁談の一つや二つ入っても来るだろう。いや……ヴァーミリオン家だからな、国中の名家から求婚されていてもおかしくない」


「いやでも……エリナですよ? まさかそんな」


「あんな桁外れのスキルを持つ上に、家も優秀とくれば、名家にはこれ以上とない花嫁だろう。

王宮内でも彼女の認知度はとても高いぞ」


「知らなかったくせに」


「名前は知っていたさ。面識が無かっただけだ」


 ジルベルトさんは淡々と話し続ける。

 僕は思わず視線を下げた。


「……エリナが、そんなに人気だったなんて」


「彼女は君に好意を寄せている様だが、家の意向を無視する訳にもいかないだろう。最終的にはより良い家の嫡男と結ばれることになるだろうな」


「そんな……エリナの意志は無視されるってことですか!」


「名家の婚約にはそういう事が多い。加えてエリナ様はヴァーミリオン家の一人娘だ。家を背負う事になれば、猶更に自分の意志を曲げる場面も多くなろうさ」


「……」


 そう、なのか。エリナは口にしていなかっただけで、自分はいつかどこかの家に嫁ぐことになると……そう思っていたのだろうか。


「好意を寄せられている君としては、面白くない話だろうがな」


「僕は……」


 エリナが知らない誰かと結婚する、と思うと、なんだか変に胸が痛む。これまでエリナは幼馴染でしかなかった。いつも一緒に遊ぶ、気の置けない友達だった。エリナから好意を向けられる事に喜びを感じてはいたけど、僕がそれ以上を思う事はなくて、ただ漠然と「ずっとこのままで居られたら良いな」と思うだけで。


 僕はエリナを……どう思っていたんだろうか。


「まあ、こんな事を話していたところで、本人がどう思っているかなんて分からないがな。俺には豹変の理由として思い当たるのはそれだけ、ってだけの話だ。後は直接聞いてみるのが一番だろうよ」


「まあ……そうなんですけど」


 話す前より胸のもやもやが増している気がする。

 僕はジルベルトさんの足を軽く叩いた。


「いてっ、なんで叩いた」


「ジルベルトさんのせいで、余計に悩みが増えたので」


「いずれぶつかる事だ。早く消化できそうで良かったじゃないか」


「余計なお世話ですよ」


 僕はずっと、エリナと下らない事をして笑っていられる、そんな日常が続いてくれれば、それで満足なんだけどなぁ。

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