第二章 クリームの街

第20話 僕がエリナと二人きりになった話

「思いのほか、快適な旅になりそうですわね」


 カタンカタン、と揺れる馬車の中。窓の外を眺めながら、対面のエリナは楽しそうに呟いた。馬車の中には僕とエリナとルヤタン……の、袋が乗っている。彼女は中に入って眠っておくとのこと。たまに右横の袋がもぞもぞする。気にしない方が良いんだろう。ジルベルトさんは馬を引いている。つまり馬車の中には、僕とエリナの二人きりだった。


「そうだね。ジルベルトさんは『街を巡るから野宿は少なめになる』って言ってたし、過酷な野宿生活って事にはならなそうだ」


「……私は、それでも良かったんですのよ?」


 窓から僕へ目を流し、エリナは艶っぽくそう言った。

 僕の胸が不覚にもばくん、と跳ねる。

 な、なんだ。今日のエリナはなんかいつもと違うな。いつもだったらこう……「いやですわ! もっとクロスと近づきたいんですの!」って大声で駄々をこねていた筈なのに。


「で、でも快適な方が良いじゃないか。僕は屋根の下の方が良いよ」


 動揺する僕に彼女は首を振る。

 淑やかに『ふる……ふる……』って。


「違いますわ」


 な、何……誰……?


 尚も動揺する僕にエリナの両手が伸びてくる。やがてそれは優しい温もりを持って、僕の両手をしっとりと柔らかく包んだ。え? と思って顔を上げると、そこには前のめりなエリナの顔。


「クロスが居てくれさえすれば、私はいつだって、どこだって。幸せなのですわ」


「~~~~」


 彼は僕の眼を真っすぐに見て、言葉を濁すこともなく、ほんのり顔を赤らめて、素直に好意を口にする。受けた僕の方が赤くなっているんじゃないだろうか。


「エ、エリナ、なんか今日はおかしくない?」


 僕が小さな声で尋ねると、エリナはきょとんとして。

 それからクスクスと笑う。


「私はいつも通りでしてよ?」


 いやいつも通りじゃないよなぁこれは! どう考えても普段のエリナより所作が大人というか、落ち着いているというか……とにかく、いつもの「元気で子供っぽい」エリナじゃなくなってる。どういうことなの? 何かのドッキリ? 実は袋の中でルヤタンが「ドッキリ大成功」の看板を持って待機してたりしない?


「変なのはクロスですわ。そんなに、顔を赤くして……」


「え、わ、ちょっと……?」


「ふふふ、可愛いですわね」


 ひぃええええええええええ。


「ご、ごめ、tttっちょ、ちょっと外の空気を吸ってくる!!」


「あっ」


 僕はもう耐えきれなくなって、馬車の外に居るジルベルトさんの元へと逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る