第17話 僕がルヤタンに迫られた話

「話は終わったのかの?」


 話が終わりルヤタンを探す僕に、背中から声がかかる。

 振り返ると、切り株に腰を掛けるルヤタンが居た。


「終わったよ。知りたいことは何にも解らなかったけどね」


「くっふっふ、ゼウスはそういう奴じゃ」


 僕をからかう様に彼女は笑う。

 本当に仲が良いんだろう。なんかもやっとするぞ。


「ねえルヤタン」


「なんじゃ?」


「ルヤタンとうんk……ゼウスは、どういう関係なの?」


 質問した瞬間に彼女は僅かに固まり、そして『にまぁ』っとほっぺたを上げた。あれ、なんかマズいこと聞いたかな。


「なんじゃ? 嫉妬しておるのか? おるのか?」


「え? ちょっ……別にそういう訳じゃないけど……」


 にじり寄ってくるルヤタンから逃げる僕。が。遂には大きな木に退路を塞がれ、ルヤタンに捕まってしまう。ふわっと、彼女の手が僕に回される。僕の顔のすぐ下で、ルヤタンが意地の悪い顔をしていた。そんな顔も可愛い。すこ。


「ゼウスは……まあ言うなれば戦友、かのう? あるいはええっと……幼馴染? というやつにもなるかもしれぬ。だがの」


 言葉を切り、少し目を下げたルヤタンの顔は、徐々に赤く染まっていく。再びその眼が僕を捉えると、艶めく瞳に僕が写った。


「儂が好いているのは、クロスだけ、なのじゃぞ……?」


 僕の心臓が跳ね上がったのは言うまでもない。彼女の発する甘い空気に飲まれないよう目を逸らす。僕を好きだと断じる彼女の真っすぐな気持ちが、あまりにも眩しい。吊り上がりそうな口角に力を込めて、僕はささやかな抵抗をする。


「か……顔が、近くないかな?」


 うぇええ声が裏返った。でもそんな僕の醜態なんて気にもせず、ルヤタンは尚も近づく。もう、彼女の息が届く程に近い。


「解っておるのじゃろ……したいのじゃ……」


「る、ルヤタン……!?」


 彼女の目は閉じられ、少し尖った唇が迫ってくる。


「……クロス」


 迫る唇が止まる。眉尻が下がっていく。薄く開かれた眼から注がれる視線は、真直ぐ僕だけへ注がれる。ぴったりとくっついた柔らかい体。ぐっと僕の服を掴み寄せる小さな手。僅かに香ってくる甘酸っぱい匂い。こ、これが据え膳という奴か!


「ルヤタ……ん?」


 僕が誘惑されるがままに顔を下げたその時。

 ふと視界の端に映り込んだそれは。


「エクス、ヘルぅうう――」


「ひっ!?」


 きっと鬼だった。


「ッ!? ま、マズい!!」


「? どうしたのじゃクロ――」


「口を閉じてルヤタン!」


 僕はすかさずルヤタンの脇に手を入れて、彼女の体を抱きしめる様に持ち上げた。


「な、なんじゃクロス……大胆じゃの///」


「いやそんな場合じゃなくてね?!」


 思っていた以上に軽い。驚きながらも、今は感謝する。

 だって抱えられなかったら死ぬからね僕たち!!


「ファイアァアアアアアアアア!!」


「うぉおおおおおおお!!」


「のじゃぁあああ!?」


 ルヤタンを抱えたまま、僕は全力で横に跳んだ。


 『エクスヘルファイア』――僕の記憶が正しければ、あの魔法は広範囲には広がらない。地獄の業火を一点に凝縮し、相手を『確実に穿つ』ための魔法だ。当たると死ぬ。間違いなく死ぬ。


 僕とルヤタンの体が横倒しになり、正に地面へ着こうかというその時。僕の背後にあった樹が、炎のレーザーに穿たれた。いや穿たれたっていうか、消えた。シュンって。水が蒸発するみたいに消えた。


「の、のじゃぁああああ!? 敵なのじゃあぁああああ!!」


「あ、危なかった……ッ」


 取り乱し地面でバタつくルヤタンを尻目に、僕は消えた木を眺めた。その断面は恐ろしい程に美しい。頬を流れる汗を拭い、魔法を放った存在を見る。


「コォォォォホォォォォ……」


 暗黒面に落ちた巨悪の様な何かが、そこには居た。


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