第16話 僕が神様にアッパーした話

「ねえルヤタン、少しこのうんこたれと二人にしてもらってもいい?」


「良いぞ。儂らの話は終わったのでな」


 うむ、と頷いたルヤタンは踵を返しこの場を離れる。でも空を塞いでいるヨルムンガンドはそのままだ。本当になんでこれを出しているのやら。普段は袋の中に居るし、気分転換とか……だろうか。まあそれは良いや。


「さあ、説明してもらおうか」


「ゑ? どれをです?」


「とりあえず、僕の死因についてからかなぁ」


「あ、ちょ、苦しい! 苦しいですから! 襟は掴まないで!」


「クッ、右手が勝手に……ッ!」


「中二病ですか? っぐ、がはぁっ、息が……息が……ッ!」


「クッ、もっとやれっ、僕の右手っ……!!」


「そこは鎮める所……でしょ……ウッ」


 うんこたれの首がカクッ、と横に垂れた。僕を指を滑らせるように襟を離す。地面にドロリと崩れたうんこたれは、ややあってから息を吹き返した。


「……っは! 危ない所だった。天国が見えましたよ」


「地獄の間違いでは?」


 ああああ、いけない。コレと話していると理性が保てない。

 落ち着くんだクロス。クールになれ。

 僕は荒ぶる脳内を何とか鎮めつつ、コレに話を促す。


「さあ、話すんだ。次はこのボタンを使うぞ」


「あ。それだけはご勘弁を」


 僕がボタンを出した瞬間、神様は土下座した。

 このボタン、本当になんなんだ。


「さて、あなたの死についてですが……正直な所、全ては話せないのですよ」


「どうして。自分のミスを認めたくないって訳?」


「あれはですね……実はミスではないのです」


 スッと立ち上がり、表情を引き締める神様。

 ミスじゃない?


「あなたは死ぬ必要があった。――私が言えるのは、それだけでして」


「そんな馬鹿な話があるか! なんで僕を殺す必要があるんだよ!」


「それはまあ、天界のやんごとなき理由と言いますか……というか、あの子の本当の名前を知っているんですね、あなた」


 良かった良かった、なんて笑顔を見せる。

 何が良かったのかさっぱりわからない。


「……そうですね。もう一つ話しておきましょう。『あなたをルヤタンと勘違いして殺してしまった』という形にしたのは、あなたと彼女を引き合わせる意味もあったのです」


「引き合わせる……だって?」


「そうです。縁を作った……と言って解るでしょうか。私たちはあなたと彼女を引き合わせる必要があった。どうです? 彼女は少なからず、あなたに好意を抱いていませんか?」


「いやまあ。ある、けど……」


 僕がぼんやりと答えると、神様はぱんっ、と手を合わせた。


「やっぱり! 良かった。本当に良かった。やっぱり私よりも『あなたが適任』でしたね。時間が無かったのでかなり強引になってしまいましたが、上手くいって良かった」


「待て待て待て、何にも答えになってない。つまりどういう事?」


「そういう事です。あなたの死も、彼女との出会いも、全て必要だったのですよ」


「意味が解らない」


「そうでしょうね。でもそれで良いのです。後は運命に身を任せていればそれで」


 勝手に満足した様な顔で話す神様は、不意にぽんと手を打った。


「そうそう、あなたに渡したそのスキル、しっかり使えていますか?」


「? このボタンのこと?」


「そうです」


「扱いにくい事この上ないぞ。助かってはいるけど、僕の意思でどうにかなるものじゃないし」


「……まあ、そうでしょうね」


「このスキル、本当はなんなんだ? 『一発逆転ボタン』なんてふざけた名前じゃないだろ」


「おや、気づいていましたか」


 やっぱりか!

 っていうかこんな適当な名前のスキルがあってたまるか!


「このうそつき!」


「いやぁ、色々と事情がありまして。ですが伝えたことに偽りはありませんよ? 天界でも誰一人として持つことの無い、ウルトラスーパーユニークスキルというのも本当だし、 あまりにも危険すぎて、長らく封印されていた代物というのも本当です」


「最後の一つは嘘であって欲しかった」


「はっはっは、世の中ままなりませんね!」


「どの口がほざくか!!」


「へぶぅっ!?」


 っは、またついうっかり手が!

 また可愛らしく倒れたうんこは、頬に手を当てながら不敵に笑った。


「初めてですよ……この私をここまで殴った人間は」


「え? おかわり? オッケー」


「いやこれは場を和ませるためのジョーくぶぅ!?」


 神様としての威厳は微塵も感じないのに、人を煽るのだけは上手いんだからもう。しょうがないから素直に煽られてあげるよ本当にもう。


「……ま、まあとにかく、こちらにも色々とあるのです。巻き込んでしまって申し訳ないとは思うのですが、これも世界の為と思って一つ、ご理解して頂けると」


「じゃあ事情を話せと」


「あー……禁則事項です☆」


 貫く様なアッパーカットが、奴の身を重力から解放する!


「がぁッはぁああ!!」


 っていうかこの神様、日本の文化に毒され過ぎ。すんごい苛立つ反面、ちょっと親近感を覚えてしまう自分が嫌だ。


 やがて神様は生まれたての小鹿の様な足でふらふら起き上がり、口元を袖で拭うと、空を見上げた。釣られて上を見るが、そこにはヨルムンガンドしかいない。


「……っふ、楽しい時間もここまでの様です」


「え? 楽しかったの? ドMなの?」


「違いますよ」


 コホン、と咳ばらいを一つすると、何もなかった背中に大きな4対の羽根が現れた。


「最後に一つだけ。あなたのそのスキルですが、あまりにも強力なので、実は今も封印が施されたままなのですよ」


「どういうこと?」


「あなたがスキルを不自由に思っているのは、そもそもスキルに制限がかかり、力の一部が漏れ出しているに過ぎないからでして。しかしその封印はあなた自身の意志によって、外すことも出来ます。今は『一発逆転ボタン』という面白い形になっていますが、あなたがスキルを封印から開放した時、スキルはより『あなたの意志に準じた結果』をもたらすでしょう」


 もちろん、と強く言葉を切り。


「その必要が無いに越したことは、ありませんが」


 神様は意味深に笑って見せた。


「ではまたお会いしましょう! さらばです!」


「僕はもう二度と会いたくない」


 空へと去っていくうんこたれ。

 やがてその姿は静かに薄れ、消えていった。

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