第5話 僕が魔王と出会った話

 ボタンを押した瞬間。


「あれ? 体がフワフワしますわ?」


 落下していた僕たちの体がふわりと浮かんだ。

 助かった……と、安心する間もなく素早く周りを見渡す。


「バカな……何も、起きてない……だと?」


「もしかしてクロスの魔法ですの? 凄いですわ!」


「そんな……馬鹿な……ッ!」


 勘違いして喜んでいる彼女には悪いが、僕は周りが気になって仕方ない。いつだってボタンは何かを引き起こしてきた。ピンポイントで僕たちが助かるなんて、そんな事は在り得ない。信頼と実績の「一発逆転ボタン」だぞ?


 そう。そんな事は在り得ないッ!


「? あれれ、他の人も浮かんでますわ?」


「ほーらね! やっぱりね!」


「なんで喜んでますの?」


 僕は一人勝ち誇った。

 気が済んだ後で、状況を確認した。


 ――うん、浮いている。人はおろか、地に固定されていない全てが浮いている。やっぱり広範囲かつ無差別に何か起きるんだね。知ってた知ってた。


「見て下さいましクロス、空に何か居ますわ!」


「む?」


 エリナが斜め上に指をさしている。

 指先を追っていくと、そこには真っ赤な衣服をまとった人影が。


「……なんか既視感のあるシルエットだな」


 赤と白を基調とした衣服だ。頭には赤い三角帽子。フワフワした上下の衣服は、とても防寒に優れていそうだ。特にほら、アレ、肩に担いだ大きな白い袋がもうさ。


 どう見てもサンタクロ●スじゃん?


「ん? あれ? 待てよ。僕がこうなった原因って確か」


 僕が昔々の記憶を手繰っていると、空のソレは高らかに叫んだ。凄い距離があるのに、その声は一帯にとても良く響く。魔法かな。


「フハハハハ! 我が名は『赤き魔王』サンタクロス! 貴様らの体、貰い受けるのじゃ!!」


「ま、魔王!? どうして魔王がこんなところに!」


「きゃー!! もうだめよ! 私たち死ぬんだわー!」


「もうお終いだー!」


 魔王に巻き上げられている人々は口々に叫んだ。阿鼻叫喚である。

 しかし僕は別の感情で叫んだ。


「チクショウお前が僕の死因か!!」


「? クロスはまだ生きてますわよ?」


「ああうん。そうなんだけどね。色々とね」


「っていうかあの人、クロスと名前がそっくりですわ!」


「偶然だよ。本当に迷惑な偶然だよ」


 アイツのせいで僕、死んだんだもん。にっくき赤い悪魔を睨む様にして、僕はボタンを出しつつ観察を始める。声がとても高かった。どうやら女性の様だ。しかもこの感じだとかなり若い。っく、距離が離れ過ぎてるし逆光だ。これじゃ顔が解らない。いやでも魔王ってくらいだし、きっとルックスも魔王レベルなのでは?


「……」


 うん、よし。ボタンを押すのはもうちょっと後にしよう。

 僕はそっとボタンを消した。


「わっ、アレなんですの?!」


 僕がマジマジと観察していると、彼女が肩に担いだ袋の口が『彼女の3倍以上』にぶわっと広がり、浮いた物を片っ端から吸い寄せ始めた。


「え。最近のサンタってプレゼント配らずに集めるの?」


 今まで散々、配りまくってたから嫌になったのだろうか。与え続けて得る物がない虚しさに心が荒んでしまったとか? ああ、なんだか不憫だな……。


「割と大変な事態なのに、冷静ですのねクロス」


「ああ、うん。たぶん何とかなるしね」


 ボタン一つで。


「流石ですわクロス!」


 向けられた笑顔に複雑な物を感じつつ、僕はエリナにニッコリ笑った。


 さて、こうしている間にも僕たちはあの袋に吸い寄せられている。小さくて軽い物は素早く吸い込んでいるけど、人など重い物は速度が遅い。でもこのままじゃ同じ様に吸い込まれる。吸われたら……まあ良くない事が起きるんだろう。『貴様らの体、貰い受けるのじゃ!!』……とか言ってたし。


「エリナ、アレに吸われるとマズそうだ。吸い込まれる前に、エリナの一番強い魔法で攻撃してみてくれないかな」


「分かりましたわ!」


 魔王なんて相手に対して、一個人の魔法が通用するかは解らない。でも取り合えず、あの袋を妨害できればそれでいいんだ。それだけなら何とかなるかもしれない。にしてもこういう時、深く考えない彼女は実に好ましく思える。あ・でもそれ以外に関してはノーコメントだ。


「来たれ、エクスライトフィナーレ!!」


「ちょtttttそれ禁術だよね!? なんで使えるの!?」


 しかもサラっと無詠唱で使ったよこの子!?


 僕(魔法オタ)の知っている禁術は、何十行と連なった小難しい古代語の詠唱と国が買えるレベルの高価な供物がしこたま必要で発動と行使にも何百人って魔法使いが必要になるそりゃあもう盛大で荘厳な大規模術式を何カ月と掛けて展開し――


「うん、まあいいや」


 エリナの魔法は考えるだけ無駄だった。

 彼女には昔から常識って物が通じないもん。

 理屈をこねた所で形にならないんだいつも。

 そして僕が考えるのを放棄した瞬間、空にオーロラが広がった。


「わあ、すっごーい!(棒)」


 この瞬間の僕は、そりゃもう純朴だったに違いない。

 感情がお留守だったし。


「ぬぇあ!? なんじゃこの馬鹿みたいな魔法は!?」


 赤き魔王サマが驚くのも無理はない。僕も驚いてる。いや通り越して感動してる。大聖堂の壁画でしか観られない筈の光景が、目前にあるんだもの。うん百年前の記述が残るのみの、伝説の極大魔法が目前にあるんだもの。なんか、ね。素直に感動するしかないんだ、もう……。


「キレイダナー」


 以下、聖書にある『エクスライトフィナーレ』の記述。


 ――天に開く数多の魔法陣は、幾百の精霊を喚んだ。彼らは円状に並ぶと、我等を溶かさんとする甘き歌を奏で、五祖たる高位精霊を召喚する。すると高位精霊は自らを呼んだ精霊達を喰らい尽くし、地上を静かに睥睨すると、揺らぐ虹を吐いて天空を埋め尽くし……そしてその全てを地上に落とした。殲光は緩やかに舞い降り、地上を艶やかに撫で付け、包み込むと、触れる物を全て溶かした。人々を蹂躙せしめた悪魔、数万を悉く飲み下して尚、其れは大地を嚥下していったのだ――


 つまり、要約するとこうだ。


『何でも溶かす極光オーロラを、見渡す限りに落とすシャレにならん魔法』


 お分かり頂けただろうか?

 そう。僕たちもマズイのである。

 いやむしろ『僕たちが』マズイのである。


「ぐ、ぐぬぬぬ! 話と違うのじゃ!!」


「がんばれ魔王ー!! 超がんばれー!!」


「なんで敵を応援していますの?」


 こうして、僕たちの命運は魔王に託された――!




 

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