傍観者の傍観者のわたし

巡集

【例題】正義とは何かを答えなさい。

 学校の廊下──

 学校の階段──

 階段を下る──

 女子生徒とすれ違う。


「やだ、なんかこっち見てるよ」

「危ないよ──早く行こ……」


 駆け上がる二人──

 階段を下る──。


「ねえちょっと」


 階段の中段。止まる足。


「そう、そこのあなた」


「……なんだよ」


「言い返さないの?

 あなたのこと、バカにしてたわよ」


「……なんでだ?」


「……なにが?」


「言い返すことだ。

 なんで言い返す必要がある」


「なんで?

 あなた、彼女たちにバカにされてたのよ」


「だから?」


「それが理由よ」


 容姿を端的に表現するならば、この世のアニメーション作品のヒロインたちを足して2で割って煎じて煮詰めたような、そんな在り来たりな風貌だった。

 髪型はどこぞの美少女を参考にしたらしいことが、若干薄目で感じ取れる程度のオシャレで──ポニーテールとツインテールは相反する、共存は出来ない存在なのだと、彼女の髪型がそう語っていた。

 別にそのままにしていればいいものを個性というものを履き違え、自身に特徴と特性と特別と特色と……あとほんの少しの特異とくいを混ぜ合わせてしまったことにより、見るに堪えない姿になってしまっている。それなのに得意とくいげなのが腹立たしい。


「あなた、何者?」


「さあ、僕は何者だろう」


「とぼけないで。あなた、どこのクラスのどなたさん?」


「なあに、ただの傍観者さ」


「……傍観者?

 苗字はどっち。傍観……、それともそば?」


「馬鹿正直に受け取るな」


「あ、バカって言った!

 私のことバカって言った!」


「最初に言ったのはお前だろ?」


「言ってない」


「言った」


「言ってない」


「うるせー偽善者。

 だからお前は無個性なんだ」


「……いきなり何よ。

 人が助けてあげようって時に……」


「要らないんだよ。そんなお世辞。

 助けを──」


「助けを求めた覚えはない?」


「!?」


「みんな同じことを言うわ。

 ええ勿論。あなたに助けを呼ばれた記憶はないわ。

 私が勝手に助けるの」


「なんで?」


「なんで、私がそうしたいと思うから」


「──戯言ざれごとだ」


「戯言じゃない。これは至言しごんだ」


「意味わかって使ってるのか?

 それは──」


「──ある事柄をこの上なく適切に言い表した言葉」


「勝手に人を助けることが正しい?」


「あなたみたいな人は、総じて人に助けを求めることが苦手なの。だったら、わたしが自ずから助けに向かわないと、あなたは誰にも助けてもらえないでしょ」


「本当に必要としてないだけ、とは考えないのか?」


「自殺した少年少女が、誰にも助けられずに自ら命を絶つのはなぜ?」


「それは弱いからだ」


「違う。彼らは助けを呼べなかったから」


「違うな。自ら命を絶つのは、生きる気力が希薄だから」


「違う。そうしたくてもできなかったから……」


「埒が明かないな。……でも一つだけ言えることがある。お前はやっぱり偽善者だ」


「なんでそうなるの? 今のあなたは、覚えたての言葉を言いたくて仕方がない厨二病みたいよ?」


「偽善者だよ。結局お前は、人を助ける自分に酔いしれたいだけだ」


「酔狂な……。そんな訳ないでしょ!

 私はただ、困っている人を助けたいの!」


「困ってる?

 それはどこのどいつだ?」


「それはあなたよ。傍観者のあなた」


「僕は傍観者だ。誰にも助けられる謂れはない」


「助けるわ。だって傍観者にだって人権はある」


「ないな。少なくとも、見ているだけの僕に、この世界を俯瞰するだけの僕に、傍観者である僕に、誰かが手を差し伸べる理由がない」


「なら、それはあなたが理由よ。

 あなたがそんな顔を浮かべるから、私はあなたに手を差し伸べる」


「それが偽善だって言ってるんだよ。

 お前は、正義が何か知っているのか?」


「正義とは、誰かに手を差し伸べること」


「違う。それは援助だ」


「なら正義とは、誰かを窮地から助けること」


「違う。それは救済だ」


「なら正義とは──」


「もういいだろ。やっぱりお前は、正義が何かをわかってない。だからお前は偽善者なんだ。誰かを助ける? 間違いを正す? お前はこの世界の何が間違っていて、何が正しいのかの判断が付けられるのか。誰かの味方をすることが、誰かの敵になり、誰かを助けることが、誰かを見殺しにすることだとはわからないのか?」


「なら全員助けるわ。だって私は正義を信じてるから」


「わかってない。分かってないよ。それならお前の方が厨二病だ。覚えたての言葉を言いたくてウズウズしている、ただの何も知らないお子様だ」


「……だったら、あなたにとって正義って何よ?」


「正義とは──、無慈悲だ」


「なによそれ。それじゃ正義と真反対じゃない」


「違うんだよ。正義ってのは、誰かの味方じゃいけないんだよ。正義ってのはな、最善なる選択で、最高なる思想なんだ。誰かのためだけの正義は、正義じゃない。誰かを悪と据え置く正義は、正義なんかじゃないんだ」


「それじゃあ──誰も救われないじゃない。

 それじゃあ──何を救うための正義なの?」


「正義が、誰かを救う?」


「なに、なにか変なこと言った?」


「正義は、誰も救わないよ」


「……?」


「正義は、ただそこにあるだけだ」


「……どういう──」


「正義を利用するな。正義をモノだと考えるな。正義はな、ただそこにあるだけで崇高なんだよ。ただそこにあるだけで至高なんだよ──

 だからお前が正義を語るな偽善者が。

 正義は誰かが語るものじゃない。誰にも触れられない。誰にもえられない絶対の概念なんだ」


「……まるで、神を崇めているみたいね」


「正義が神? 惚けるな、正義はそれすら凌駕する。誰にも正義に触れることは出来ない」


「あなた、面白いわね。

 気に入ったわ、あなた名前は?」


「僕はお前のこと、気に入らないけどな」

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