04.



 と言うことで急遽休日を満喫することになった冒険者リグレットです。

 時刻は昼食時を少し回った頃。私は今、

 ――平日のこんな時間なので完全貸し切り状態と化した大衆浴場にて、ひとっ風呂浴びているところなのでした!



「ふぅぅぃぃぃぃぃ…………」



 最高アンド最高。

 二時間は入っていられそうなぬるま湯加減にトロトロになりつつ、昼間の陽が降る天窓に視線を放り投げる。


 ……と言うよりは、頭を支えるのも億劫になって首の力を抜ききった結果、ちょうどそこに天窓があっただけのことなのだが、それはどっちでもいいだろう。

 ああ、めっちゃ昼。こんな時間からお風呂に入るの最高過ぎるね。毎日やりたい。早く冒険者をリタイアして毎日のルーティーンにしたい。お風呂で寝てお風呂で起きる生活をしたい。私は魚類に生まれるべきだったと今なら確信を持って言える。誰か私を養ってくれないかなんでもするから。



「……、……」



 ちなみに、この州領には謎にお風呂文化が根付いているらしい。

 そもそもお風呂と言うのは、文化によっては根っこから存在しないような地域も少なくはない。これは歴史のお勉強みたいな話になってしまうのだが、お風呂には当然十分量の水と、それを沸かす薪が必要だ。これらを、物理的か魔術的に用意できる地域にのみお風呂文化は発生するらしい。


 身体を洗う習性は生物の殆どに根付いておりヒトも例外ではないが、その時に湯舟を用意する必要まではない。湯舟とは、清潔を維持する上では完全なる『娯楽』である。

 金銭的に豊かな人が「必要性を度外視して」食事にデザートを付けられるように、お湯に浸かる行為もまた、カテゴリー的には『必要行為』ではなく『贅沢』に当たるものだ。……と、そんなわけなのでこの国においても、お湯に浸かるという贅沢は根付いていてこそあっても、家庭一つ一つに設備があるようなモノではなく、あくまでも娯楽施設の利用が普及しているという程度のことだ。


 しかしながら、この領にはやたらとカネがある。

 カネがある場所の娯楽ないし贅沢、そう銘打つだけあって、……このお風呂屋さん超すごいのである。



「(この世界に存在する全お湯が揃ってるみたいなレパートリーだぁ……。次は何に入ろうかなぁ……)」



 まず、サウナだけで四種類(ちなみにそれぞれ何が違うのかはよくわからなかった)。

 それ以外にも、分かりやすい所だとミルク風呂とかバラ風呂とか緑茶風呂とかカモミール風呂とかコリアンダー風呂とか醤油風呂とか、分かりやすいハイソ湯舟から入浴者を調理しているとしか思えない様なニッチなお風呂まで目白押しだ。


 ……一応、その辺のゲテモノ風呂はあくまでもサブコンテンツで、メインは、それぞれ湯質の違う「魔力性温泉」、――魔素配合によってゆるやかな湯治効果を与えたお風呂の方らしいのだがそっちは正直どれも一緒な気がした。あったかくて気持ちよければ素人は後はどうでもいいのである。


 ちなみに、そんな中で今の私がトロトロしてるのは美肌に重きを置いたお風呂である。ほんの少しの白濁と湯質のぬめり気が身体に絡みつくような感覚で、ほんのりとした匂い、――奇妙な、無理やり例えるなら井草に近いような香りがあるお風呂だ。


 お肌には自信がちょっとある私も、このお風呂には入れば入り続けるほど不思議な感動がある。月並みな言葉だが、お肌が喜んでいる気がするのだ。自分の身体ながらいつまでも触っていたくなるトゥルトゥル加減で、……言葉を敢えて選ばないとすればこれは相当エロいと思う。良い意味でだ。この後時間があったらお洒落な下着とか見に行きたい感じだ。



「(そういえば、……青い下着、欲しかったんだよなぁ)」



 お風呂あがってダラダラしてまだ時間あったら買いに行ってみよう。

 まあ、問題は時間があるかなんだけど。正直このまま来年まで浸かっていられそうだし。


 と、そこで、



「……、……」



 この世界には『念話スクロール』と言うものがある。

 これっていうのが実は使い捨ての癖にちょっとした高級品で、具体的に言うと『ゴールドエッグ』のクエスト参加費に10を掛けたくらいの値段が相場だったりするのだが、……私ほどの冒険者ともなれば、『念話』程度なら自前のスキルで行使可能だ。


 ただ、問題があるとすれば、こちらで『チャンネル』を閉じておかないといつでもコールが掛かるという点。

 ……リラックスしまくってるときに応答したものか、私は一瞬悩んで、



「……、」



 しかし、お風呂に浸かっているだけというのもちょっと暇なのは事実だ。

 ――口頭ではなく脳内で、私はそのコールに、まずは『もしもし』と返した。



『あ、もしもし? いきなりすまんな、今って大丈夫?』


「(大丈夫だよ。どうしたの?)」



 頭に言葉を思い浮かべて、それを念話として入力し、会話のツールとする。

 ……一応、ヒトはいないとはいえ大衆浴場だしというマナーへの配慮である。


 電話相手は、――まさか私が全裸だなんて気付いてもいない様子で、『よかった、じゃあ用事がちょっと』と私に返した。

 ……いや、普通全裸だなんて思わないとは思うけどね。



『「勇者候補」を追跡してるって言ってたろ? そろそろ進展があるころかと思ってな』


「(……あー)」



『……報告を待つつもりだったんだが、なにかあれば聞いておきたいタイミングだったんだ。……けど、なんか返事が煮え切らないな』


「(うん、まあ……)」



 と言うことで、私はここまでの流れを簡単に彼に伝える。

 と、彼は、



『今風呂入ってんの?』


「(うん)」



『服着てねえの?』


「(そりゃそうだよ)」



『……かけ直そうか』


「(いや、別にいいよ。暇だったんだ)」



 ……別にいいってことある? と彼。

 見られてるわけじゃないんだからいいでしょ、と私は返す。



『そ、そういうもんかなぁ』


「(あたま湯煎されてて何も考えられないくらい気持ちいいから大抵のことは受け流せるコンディションなの。それで、用事ってそれだけだった?)」



 言外に「もう少し暇つぶしのタネが欲しい」と滲ませたつもりで、私は言う。



『そうか? じゃあ……』


「うん?」



『そっち、今夜祭りがあるらしいじゃないか? ゴールドクエストの発表に領主が出張ってくるとかで。それについてだ』


「というと?」






「……、……」





 私は、彼の言葉の続きを待った。



『本当ならで上手に回せそうなイベントだろ? だけど、。だからそっちに、勇者候補の情報を聞いたんだ。……どうする? 今日を休暇に決めたって言うなら、こっちで引き継ぐけど』


「……愚問だね」



 私は言う。

 念話ではなく、口頭で。



 別に、構わないでしょ?

 どうせ周りに人はいないんだもの。だったら、空っぽのマナーを守るよりも、選手宣誓を優先だ。



「このクエスト、副賞が何か知ってる?」


『いや』






『……金に目がくらんだってハナシ?』






 さっきまでは天国の毛布みたいに気持ち良かった湯舟が、今はもうぬるくて野暮ったいようにしか思えなかった。

 だから私は、立ち上がり、……とぅるとぅるてんになったお肌をお昼の日差しに思いっきり晒しながら、




「俄然、やる気が出てきた――! 待っててね、三時間で身辺調査を完了してくるから。そっちは万が一のことを考えて代役を探しておいて!」


『現金な話だなぁ……。まあ、じゃあ任せた』


























/break..


























 さて、

 ――結論から言うと、



「……、……」



 私こと冒険者リグレットは、勇者候補である浮浪者風の少年への判断を

 ただし、身辺調査に私の未熟があったわけではない。私は神域のスキルを以って完全に必要な情報を集めきった。或いは、むしろ、神域の知啓を以って、予想できるリスクを完全に算出しきったからこそ判断を保留にしたのだ。


 私の地図は、私が湯治にしゃれこんでいる間もしっかりと『少年』の足跡を記録してくれている。だから、少年の『活動拠点寝処』を確認するのも容易だった。なんなら、スニーキングよりも簡単なお仕事だ。その場に存在しない彼にバレる可能性はゼロなわけで、足取りは気軽に、口笛の一つ吹いたってかまわない様な散歩スニーキングである。その上で、



 ――私が彼への判断を保留としたのは、

 彼が、相当な本気度でことが、住居の痕跡から見て取れたからであり、




























 それこそが、彼を『勇者候補』たらしめているらしいと、『私』には理解できたからであった。





 

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