『……、……。』
まず先に言おう。俺は、残念ながらあまり大きな声を出せない状況にいる。
ああ、いつから俺は、こんな風に独り言を言うようになっちまったんだったか。
『……、……』
状況が変わりそうな気がしているんだ。ああ、先に自己紹介か。
俺は、三城征士郎という。前世では趣味で一日三食のカップラーメン程度の収入を得て生きていたパッとしない野郎だ。ただし、今は来世、或いは今世だ。この生涯において俺は、身じろぎ一つ許されない状況にて大体5年は生き続けてきた記憶がある。
ただ、この数字は曖昧だ。なにせ数を記録しようにも、俺の周りには紙とペンがない。
最悪、壁か地面に爪でこう、カリカリ文字を書いてやってもいいんだろうがそれも無理だった。だからこれは、俺が今も継続している「数を数える」という行為で算出した見込み数字だ。
いや、ぶっちゃけ言うが絶対に確実じゃないんだけどな。普通に考えても見てほしい。俺の数える一秒が世界基準の一秒なわけがないよな? ぜひ試してみてほしいんだが、目を閉じて、今この場で60秒数えてみると良い。確実にズレるはずだから。
……とはいえ、俺には目がある。
目前の目くるめく文字情報が、たまーに俺に今日の日付を教えてくれることもある。ただ、残念ながら俺は勉強が嫌いだった。こんな、訳も分からない世界の言語なんて知らん。15年かけて口語の方は何となく理解出来てきた気がするが、文字は無理だ。口語と対応して読み聞かせてくれるママがいれば話も変わっただろうが、現状はヴィボニッチ手記かなんかにしか見えん。
そんなわけで俺にとっては、文字が親切に日付を教えてくれてもわけがわからん。
俺にとっての新聞は、ただの写真集だ。しかも、エロさ皆無のヤツ。読む気なんて起きるわけないだろ?
……話が逸れた。でも、仕方ないだろ? だって久しぶりに自我を許したんだ。
普段は独り言一つで人に迷惑をかけるんだ。今日は、まあ、ちょっとした気晴らしだ。こういうシーンもたまにはないと気が狂って死ぬからな。煩くしない程度の独り言は許してほしい。
さて、
――話が変わりそうなんだ。
俺には多少の道筋が見えているが、幼いコイツには未だ分からないだろうな。
この世界には、文化水準に対して娯楽が希薄過ぎる。娯楽の価値を分かっていない馬鹿どもの文化形成だ。考えてもみろ、30日ぶっ続けで働くのと5日ごとに2日の休みを取りながら働くののどっちが効率がいい? それとも、ぶっ壊れるまで火を焚き続けた炉と適宜休ませた炉のどっちが寿命が持つかで例えたほうが分かりやすいか? 人には休暇と、娯楽が必要なんだ。それが仮に相手が奴隷で、相手の人生の紆余曲折を全部アンタが握っているとしてもだ。作業効率の問題でアンタは休暇と娯楽の価値を認めるべきなんだよ。なあ?
さあ、
――『話』が変わる。
娯楽を知らないコイツには見えなかった世界だ。
それが、解禁されるみたいなんだ。
娯楽を知ってる俺には見えていた世界だ。
この物語が、
こいつのストーリーが、
そろそろ始まりそうなんだ。
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