02.



 私、冒険者リグレットは追跡対象の『浮浪者風の少年』を追って、この区の歓楽街まで来た。


 と言っても、歓楽街のゴールデンタイムは日が落ちてからのことだ。

 夜通し飲み明かした手合いも一通り解散し終えた午前10時。行きかう人間がいないとまでは言わないが、この辺りは殆どゴーストタウンの様相である。


 そこに、敢えて向かう進路を取ったのが追跡対象の少年。果たして、どんな用事があってのことだろうか。



「……、……」



 栄えた港街と言うのは、不思議とどの国であっても居姿が似通うらしい。

 一見の入りやすさに特化した店舗がまずは軒を連ね、路地を一つ行けば途端に風景は異世界に代わる。これは港街にかかわらず大抵の歓楽街に共通する街づくりだが、海の街ではそれに一つエッセンスが加わる。


 文化の坩堝と化した港湾区歓楽街は、旅人を招いているようで忌避もしている印象がある。パーソナルエリアが確立されているような雰囲気と言うべきだろうか。この辺りの店はどこも、客を一人のビジネス相手と見ているような感覚がある。

 心は開かず、だけど門戸は開いている。なれ合いではなくサービスに金を払えと、そう言ったスタンスを敢えて明確化しているのだ。


 ただ、悪いこととは、私は一切思わない。

 付き合いで金を落としに行く店が増えるのが嫌だから、私みたいな人種は根無し草の冒険者に身を置いているわけで。



「……、」



 さて、

 そんなビジネスライクな歓楽街は今は寂れきっていて、その最中央を少年は行く。


 食事を取りに行こうということではないだろう。なにせ店が開いていない。ならば、店側の人間としての用事でこの辺りに足を運んだのだろうか?


 ……しかし、それにしては身格好が悪すぎる。せめて服と身体にお湯を浴びておかなければ、さすがに問題がありそうだ。


 と、



「(路地裏の方に入った。……あっちは、お店が少なくなる方向だったっけ?)」



 彼の足取りは淀みない。

 浮浪ではなく、目的地のある歩き方で間違いないだろう。ただし、目的は未だ見えてこない。


 話しかけるきっかけがこのまま見つけられないのであれば、こちらからきっかけを演出して時間を節約した方が良いだろうか? なんてことを私はふと思って、


 ……しかし、状況が変わる。


 路地裏の向こう。影にまみれたようにして彼が佇んでいるのが見えた。

 そして、彼はそのまま壁に手を突きうなだれている。


 ……何か、言っている。

 だけど内容が、ここからでは判然としない。



「(――起動)」



 聴覚の拡張を行い、私は彼の独り言をキャッチする。曰く、





「痛い。……あぁ、 もぅ 」



「なんなんだよ ……痛い あァ 」



「アァ アぁ あァああああああああああああああ……」




 とのこと。

 ……ちょっとコレ、追いかける相手間違えたかもしれないなぁ。



「(……いや、あんなヤバめだからこそ追いかける価値があるんだ。がんばれ私)」



 ということで覚悟を強くして、彼が動き出すのを待つ。

 そうしていてほんの少し。10秒ほどで彼は、そのヤバめな独り言をひとまずは途切れさせて、


 そして、何事もなかったかのようにして再び歩き出した。










 ……………………

 ………………

 …………











 さて。

 そうして辿り着いたのは、歓楽街の趣が徐々に薄れつつある外れの方だ。

 目につく『店』は目に見えて減っていき、その代わり、不詳の建物が密度を増していく。

 

 そんな、民家ではないが店でもないような建築の群れの最中に、少年の目的地はあったらしい。



「……、……」



 ただし、彼の目指した先は『店』ではあったようだ。

 大通りの外れ、商売をするロケーションとしては最低ラインとしか思えない様な箇所にあったそこは、飲食店であった。


 ……或いはこの街の、スタッフ側のために用意された店なのだろうか。

 つまりは「金の稼げる時間を終えてようやく食事にありつける手合いのための食事屋」なのかもしれない、などと私が思ったのは、竈の火を止めて久しいはずのこの時間帯においても、その店が微かに食事の匂いの名残を漂わせていたからである。


 そんな食事屋の『裏手』。

 湯気こそ止んでもまだ匂いを発散する残飯用ダストボックスの前で、浮浪者風の少年は立ち止まった。



「……、」



 まさか、やめてくれよ? と、私は思ってしまう。

 だけど、……やめるはずがないとも私にはわかる。私も過去には、彼と同様の状況であったからだ。


 当時の私は、全裸で、首輪をつけられて、大衆食堂の片隅でみんなに見られながらみんなの食べ残しを食べていた。思えば、少なくともその食事は温かかったのかもしれない。


 だけど、彼の食べる食事は、質で言えばずっと酷い。

 どっちがマシかなんてハナシをするつもりはないけど、私だって死ぬほど酷い半生だったと本気で思ってるけど、だけど、……少なくとも私には、そもそもアレが食料には見えない。



「……、……」



 大人が一人丸ごと入りそうなダストボックスに、少年は上半身を突っ込むようにして中身を検分する。

 そこを、



「……。」



 ……ああ、なんてタイミングが悪いんだろう。

 追加の残飯を捨てに来た店主に、がっつり見つかってしまったようだ。



 ――いや、

 驚いた。状況はもっと、救えないほどに酷かったようだ。




「……、……」








 店主が無感情に言って、少年もまた独り言のようにそう答えた。

 それだけだ。店主はそれだけ言って、ダストボックスに頭を突っ込む少年を無視して、追加の残飯を放り込む。少年の頭に掛かるのも無視してドロドロと。そして少年もまた、自らの身体が汚れるのを完全に無視して、ダストボックスからまだマシな食料をサルベージし続けていた。



「……。」



 何をどうしたらああなるのだろう、と私はふと思った。

 哀れに思って残飯を提供するなら、せめてゴミ箱には捨てないであげればいいのではないのか、と。そして、そう疑問に思えたからこそ私には気付くことが出来た。


 おそらくこの街では、あの店が最も少年にやさしいのだ。だから彼は、遠く歩いてこの店の裏路地まで来た。他の店では、きっと、見つかってしまったらアレよりももっとずっと酷い仕打ちを受けるから。




「。」




 この世界に、弱者救済という概念は根っこからして備わっていない。

 だからこそこの世界には自覚がない。この世界に生まれ落ちた存在が弱者を救済するという『哀れみ』を獲得するには、弱者であった人間が一定の地位までなり上がって、そうして改めて自分の人生を俯瞰する必要がある。

 それでようやく、弱者には弱者なりの『可能性』があり、翻って弱者救済にはおためごかしではない人類への利益があると気づく。そもそも強者にあふれかえっているこの世界においては、敢えて弱者に可能性を見出すなんて真似をする必要がないから、弱者を救えるのは弱者だけだ。



 この光景は、その発露だ。

 現に私も、自分の利益のために、彼が残飯を漁るのを止めようとはしていないのだから。


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