第一節『敗北者とは』
冒険者リグレットは現在、ナッシュローリ中央区のとある個所を歩いていた。
悪目立ちをするためにあるような黄色いフードは脱いで、その代わり彼女はこの街になじむ格好を即席で揃えている。
この街は、この州の経済における最中央箇所だ。金の集まる箇所において悪目立ちしない格好、つまり「一般的な服装」と言うのは、グローバリズムが芽吹いて間もないこの世界においてもほかの州領と何ら
主要都市、流通の要に当たる地域に人が集まるのは当然であり、人が集まるからカネも集まるのは至極当然であり、それゆえに『文化』と言うヒト社会のスタンダードよりも前提的な『自然の摂理』というメカニズムで以って、そう言った地域に集まる職業もおおよそ似通る。
ヒトとカネが集まる箇所において需要のある職種はどんな文化が下地にあっても基本は変わらない。
まずは、商人の類い。経済において、ヒト同士のカネのやり取りを司る職種である。それに準じて、街に訪れた商人をフォローするための小売りや宿泊や飲食、或いは興行などが集まるのは当然の帰結である。
そのうちで、彼女が選んだ格好はこの街のスタープレイヤーたる「経済人」をフォローするものだ。
「……、……」
資本(ないしそのありとあらゆる元本)を持ち歩く経済人への防備を以って、この街のニーズの一端を担う職種、――冒険者。
ただし、冒険者の格好をそのままするのでは、それは変装ではない。
故に彼女は、出来る限り自分の印象を希釈するために、自分の『本職』ではない
「……、……。」
実にオーソドックスな長袖のシャツとパンツ。
目立つ金髪はニット帽で覆い隠し、ベルトにはアイテムを仕舞うためのポケットと剣を下げるホルスター。
靴は、一目で厚底と分かるような堅牢なものを選ぶ。今の彼女は、どこをどう見ても冒険者の最大手職業、『
「(……メガネは、蛇足だったなぁ)」
……慣れぬ視界に辟易としつつ、彼女は昼日の下りる冬目前の街を行く。
彼女の行く先、――追跡対象の「浮浪者風の少年」が、こちらに気付いた様子は未だ無い。
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「……、……」
ということで、私こと冒険者リグレットは「浮浪者風の少年」の追跡をしているところだ。
じゃあそもそもなんで追跡をしているのかと言われれば、それは、私が彼に声をかけることが決定しているからである。それにあたっての、これはいわゆる身辺調査の類だ。
まず、……彼には浮浪者風味の格好をしていながら往来を行く度胸があるらしい。
普通、彼の様な身恰好をした人間はこういった道を選ばない。如何に人の行きかう大通りとはいっても、数え切れない人の群れの中に彼の姿は埋没しづらい。
ジロジロと見られるのが好きな人間は殆どいないだろうが、ジロジロと見るという行為をヒトは当たり前のように行うものである。目立つやつに視線で釘を刺すように。私も、その不快感は大いに記憶している。
……のだが、彼はひとまずそういった不快感を(少し背中を丸めて歩いてはいつつだが)おおよそ受け流せる精神性の持ち主のようだ。
――いや、
「……、……」
……なるほど、ほかの用事があってのことだったらしい。
「(建物に入ったケド、……私ちょっとあそこ入り辛いんだよなあ)」
――この街の冒険者ギルド。
ここを目指しているのであれば、確かにこんな大通りを行くしかあるまい。何せ、入り口が大通りにしかないのだから。
私は、諸事情でいったん彼の背中を追うのをやめて、
……そしてしばらく、別の冒険者グループがギルドに入るのを追いかけるような形で、ギルド内に侵入した。
さて、追跡対象の少年は、どこにいったのだろうか?
「……、(うわあ)」
見つけた彼の居場所は、依頼掲示版の近辺であった。
とはいえ、彼も「掲示ボードのド真ん中に立つな」という非常に有名な暗黙な了解は知っていたらしい。少年はあくまでボードが見える位置で、誰の視界にも迷惑を掛けずボードを注視している。
……のだが、それはそれとして彼はこのギルドにおいて一定数の注目を集めてはいるらしかった。
それも当然だろう。使い古しの毛布をそのまま服に流用しているような少年である。奇異の目にさらされないわけがない。
「(……
しかし、そんな様子もない。
彼が浴びているのはあくまでも奇異の目までであり、それ以上の感情を衆目が持っているわけではないようだ。
故に私も一旦は警戒を解いて、彼が眺める依頼を遠巻きに見る。
「(……、)」
ゴールドエッグ。
今朝も聞いた、この国を巻き込む大型クエストである。
なるほど、今日着る服にも苦労して良そうな彼のことだ、アレに一攫千金を夢見ているということだろうか?
「(って、……うわ)」
さて、私はそのタイミングで、そんな感じで言葉を失うことになる。
詳細は省くが、とある事件が今朝のギルドで起きたのだ。それを後の歴史では、『ギルドの入り口にレーヴァテインぶっささり事件』と呼んだらしいのだがそれは置いておこう。
一旦は言葉を失った私だったが、まあああいうこともあるだろう。いよいよ本気で目立ったら駄目な局面になってきたのでさらに強めに息を殺して、ギルドから退出する気を伺う。
と、
「……、……。」
追跡していた彼が、
当然、私もそのまま彼を追いかける。
進路を鑑みるに少年は、次はこの中央区の歓楽街を目指すつもりらしい。
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