intro.3



 ナッシュローリ中央区。

 その日は、人々が朝刊を手に取ったその瞬間を以って、一日の最高潮を迎えることとなった。



「……、……」



 ただし、現在の時刻はその時点を少し回る。

 今日の最高潮を齎した朝刊が一通り再生紙行きのゴミ箱に詰め込まれただろう頃、午前10時。


 その女性冒険者は、港湾区の都会的な冬景色がガラス越しにクリアに見えるカフェにて、コーヒーをいただきながら、一足遅れて今朝の朝刊に目を通していた。



「リb、……リグレットさん。遅くなりました」


「あ、どうも久しぶりです」



 リb、……リグレットなどと奇妙な名前で呼ばれた女性冒険者は振り向き、



「……なんて?」


「失礼。リグレットさん」



 そのように、フランクなやり取りを挟んだのち、男に向かい側の席を勧めた。


 その男は、この街を根城とした情報屋である。

 ただし、情報屋と言っても彼は「アングラ専門の探偵職」のような存在というよりは、フリーのメディアライターと表現した方が正しいだろう。さらに言えばこれも、彼にとってはあくまで副業だ。


 故に、彼は基本的に『劇物の様な情報』を扱うことはない。

 だからこそ彼を向かい側に座らせた少女も、情報と言うよりは談話を期待しているようにして、実に気楽に彼を態度で歓迎している。


 ただし、




「その恰好は……?」


「……苦心の結果。気にしないでね」




 気軽に相席を勧めた彼女に対して、それを受け入れた男の方は表情が渋い。

 ――その理由は、一も二もなく彼女の格好だ。


 背格好自体は華奢な少女のそれである。ただしそれを、黄色いカッパの様なものが頭頂部から臀部までをすっぽりと覆っている。カッパの前は締められてはおらず、その奥に見える彼女の服装は、冒険者のシーフ職に見られるような軽装である。


 敢えてその恰好を言葉にするなら、露出多めの軽装が垣間見える黄色いてるてる坊主だろうか。

 顔が完全に隠れているのも合わせて、なんというべきか変態っぽい。もしくは「アダルトな意味での頭隠してケツ隠さず状態」と言い換えてもいいかもしれない。朝の往来でと相席するというのは、その男にとってもさすがに痴女と出会えたロマンよりも先に悪目立ち感情が勝つ。


 ……のだが、それを文句にまではしない。

 目前にいる彼女、は、今やこの世界でも最高峰の重要人物の一人であるからして。



「コーヒーは頼んである。食事はとった?」


「ええ。今朝の朝刊を読みながら」



「じゃあおやつはいらないわね。コーヒーを待つ間に、お願いしたネタ、簡単に聞かせてくれる?」



 口元しか見えない彼女が気軽に言って、

 果たしてどこに視線を投げればいいのかわからなかったその男は、かわりに、ガラス越しのこの街の風景に視線を投げた。


 冬の都会。綺麗にされた石畳の上を歩くのは、人間種と亜人種が2:8の割合の往来だ。

 ただし、それはこの街が亜人側の支配下にあるというわけではない。そもそも亜人とは、『ヒト種』におけるこの世界の霊長を勝ち取った『人間種』を指す。この世界に登録された『ヒト種』は18種。この数字で言えば、ここまで多種多様な人種を内包したこの街でそれでも人間種が目立つことこそが、人間種が霊長の支配者であることの証左ともいえるだろう。


 さて、



「ボルトマン州長が、兼任するこの街の区長の名義で発注した競争型クエスト、通称『ゴールドエッグ』について。……朝刊に乗っているような部分が多いとは思いますが、そこに俺なりの取材を織り交ぜて説明させてもらいます」


「おねがいします」



 曰く、

 ――今朝の朝刊で、この領州の主でありこの中央区の区長でもある男、ボルトマン・ジャクスモンド・アドリア氏が大々的なクエストの発注を発表した。


 その名が『金の卵ゴールド・エッグ』。

 このダニー・エルシアトル・カリフォルニア帝国では慣習的に、重要度が高いクエストに『金/黄金』という言葉を使うことがある。大国でありながら歴史こそまだ浅いこの国において、『金』という言葉が使われたクエストは、ここまでに7つ。


 ――おおよそ50年周期程度で発生する『金のクエスト』。

 その発表が、今朝がた何の前触れもなく行われたのである。



「依頼形式はダンジョン攻略。驚くべきことに、未発見のダンジョンなんだとか。帝国の領土内にそんなものがまだ残っていたとは驚きですね。冒険者によっては、新たに発見された【領域】なんじゃないかと噂してる連中もいるらしいですね」


「……ちなみに、メル王都が【領域】になった噂、どこまで信じてる?」


「あなたに聞くつもりでしたが、教えてくれるんですよね?」



「……心がけ次第ね。続けて?」


「はい。……この未発見のダンジョンについてですが、実情は全く確認できませんでした。そもそも場所が不明なんで、現状では準備のしようもない」


「広さとかもわからないの?」


「ええ。なにも。廃棄神殿の類なのかもしれないし、墓地荒らしの可能性も全く否定できない。さらに言えば『ダンジョンの攻略』なんて曖昧な言葉が依頼達成の条件です。……普通なら失笑されるべき内容ですしギルドが通すはずもないですけど、今回はなにせ『金』ですから」


「逆にロマンを感じちゃってるってわけだ。……内容が曖昧なほどリターンもって考えてる冒険者は多いんだろうね。……ちなみに、今朝出たばっかりのクエストだけど、参加人数の予想とか出来る?」


「ええ。今回のクエストは参加費の徴収があるらしいんですが、それを踏まえても5万人は固いかと」


「……5万? なんでそんなに」


「これまでの『金』クエストの参加人数の上昇係数で雑に割り出したらこうなりました。まあ、そもそも一つのダンジョンに入り切れる数じゃないんで、十中八九足切りか試験はあるでしょう。……ちなみに、それについても可能性として大きそうなものが一つ」


「と言うと?」


「参加費徴収型のクエストは、たいていの場合徴収されることに参加者が納得するような理由が用意されるものです。でなければ受注してくれる冒険者がいなくなるわけですから。今回は、確定筋と言っていい所から『徴収理由』を入手しました。……なんでも、集めた参加費はそのまま丸ごと依頼達成者に与えられるとか」


「……その、参加料って?」


400ウィル3000円。ほんの少し豪勢な夕食一回分ですね。これを、×50,000した金額が、この依頼の達成者に対する副賞ですが、どうやらボストマンのところの依頼企画関係者は、この数字では『金』のクエストとして納得できなかったようで、これをとりあえず50倍くらいにはするつもりらしいんです」


「……、……」


「その分の補填が、クエスト受注の試験に代わる可能性が高い。つまりは、高額アイテムの納品依頼。……指定のモノがあるのか、高ければ何でもいいのかはわかりませんがね」



「……、とすると」


「ええ。合計で1億ウィル75億円。これが依頼達成者への報酬、……の副賞です」



「……俄然と私はやる気が出てきたよ。教えて、本命の報酬は何?」


「それは、残念ながら不明です。……まあ、国の威信をかけた『金』のクエストですから、この副賞にさらに×20した賞金が上乗せされるくらいでも驚きはしないですね。ちなみに、過去の『金』のクエストの内で報酬の情報が開示されているモノでいえば、どれも今回の副賞を鼻で笑えるような金銭的価値の現ナマだったり魔術具だったりしたみたいですね」


「……!(フードで隠れてるけどたぶんおめめが$マークになってるリグレット)」


「ただ、過去のデータで言えば、……と言っても、どれもこれも共通項が存在しない様な別分野畑の依頼だったらしいんですが、それでも桁違いの被害も出てます。例えば三世代前の『金』に当たる『黄金の海ゴールド・オーシャン』ってクエストでは、依頼者が提示した魔術命題の解決が達成条件だったらしいんですけれど、それがトんだ厄ネタで、良いセンまで行った4000人の内の9割が魔力ナシになってしまったらしいです。簡単にまとめた報告資料は後で渡しますが……」



 は、普通の依頼と比較して桁違いに多い、と彼。



「結局、このクエストの報酬はお金よりも名誉です。……あなたは興味のないもののはずだ。今生で使いきれないような金銭が欲しいのでもなければ、あなたなら、もっと冴えたお金の稼ぎ方があると思います。俺は」


「……、……」



 そこで、ふと降りる静寂。

 それを待っていたかのように、男の分のコーヒーがようやく届く。


 彼女、冒険者リグレットは、そのスタッフにその場で二人分のコーヒー代金を渡して、



「駄目そうなら諦めて帰ってくるよ。心配しなくていいよ」



 と、軽やかに言い残し、喫茶店を後にした。





















/break..





















「――あ! 依頼料!」



 冒険者リグレットが退席した喫茶店にて。

 情報屋の男は、コーヒーの最初の一口を飲み込んだ瞬間、その苦みと熱に目を覚ましたようにして声を出した。


 ……当然、集まる衆目。

 それに気づいた男は、咳ばらいを一つ置いて、



「(まあ、……今度で良いか)」



 そう、結論付けた。

 なにせ、この手抜かりの半分は、過日の英雄譚に思いをはせて気持ち良く話し込んでしまった自分にある。それに……、



「(……、……)」



 席を立つ直前の彼女は、雰囲気が切り替わっていた。

 談笑に肩の力を抜いていたはずの彼女が、一瞬で冒険者の緊張感を帯びた。或いは、あのこそが、彼女の本質なのだろうが。


 彼女が退席する直前の『緊張感』

 目前の存在こそが『上位種』であり、


 ほんの少し本気を垣間見せただけで「ヒトにヒト種の不出来を自覚させる」ような存在を、その不出来なヒト程度が止められるはずもない。


 彼女が、すべきことを見つけて席を立ったのだ。ならば、次の機会を捕まえることこそが自分らの『仕事』なのだろう。



「……、……」



 遠い存在になってしまったものだ、と彼は追懐に身を浸す。

 確かに当時の彼女でさえ破竹の勢いを持った冒険者だったが、それでも、最後にあった時はただの負けず嫌いの女の子だったはずだ。それが今では、貫禄を通り越して神気を身に付けているのだから計り知れない。



「……、」



 故に、彼女を人知れず応援する一人として、今は背中を見送ろう、と彼は、そう結論して、



「……。」



 ……しかし、それで始めたミッションが「浮浪者っぽい少年のスニーキング」と言うのは、はたしてどうなのか、と改めて微妙な表情を作った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る