『Phase_3』

 



 どうも、謎の白幼女です。



「これから、ここまでの流れを確認しよう。俺が、今日までにどうやって暗躍してきたかの話だ」


「……(授業を聞く時の姿勢のエイル)」



 という状況です。

 先ほどはハルマスターがいよいよ作戦開示の段になったとのことで、それこそ教師が登壇するように、当機ワタシ達を一望できる場所に移動したところ。



 場所は、桜田會拠点の地上一階部分。

 地下は文字通りアングラな溜まり場的バーといった趣でしたが、こちらは、……もともとは何かのお店だったのが撤退したのでしょうか。一般的な家屋ではなさそうな印象の間取りをしていて、しかしショーウィンドウやお洒落な丸テーブルなどは一通り片付けられた状態です。



 その代わりに並んでいるのが、簡易の会議場みたいな感じで長テーブルと椅子がいくつか。

 当機ワタシは映像記録でしか知りませんが、こういうロケーションに立つハルマスターは本当に先生のようです。



 さて、



「少し長くなる」



 と、ハルマスターは最初に言葉を置きました。

 それを聞いたエイル様は、「それなら作戦を小出しにしてくれたらどうでしょう。手間が分散するのでは?」と椅子に体を埋めて見せます。


 だけど、皮肉には皮肉で返すのが、どうやら当機ワタシハルマスターのようです。

 当機ワタシはそれを、……当然のことでしかありませんが、最近になって初めて知りました。



「いやあ……、ホント説明しなくてもよく動いてくれたよなお前ら。手のひらの上過ぎて作戦説明ポロりしちゃったか不安だったけどまだ説明ってしてないんだよな?ww」


「かっちーん!」



 言葉の勢いそのままに刀剣を作り出し投擲するエイル様。その軌跡はまっすぐにハルマスターの眉間を射抜いて、……だけど、影を素通りするように後ろの壁に突き刺さるのみ。


 あれが人間種族で言うところの信頼関係というものなのでしょうか。当機ワタシには、相手が死なないと分かっていても友人のおでこに刃物なんて投げつけられません。日々これ勉強ですね。


 なお、当機ワタシハルマスターは存外本気っぽくエイル様に食って掛かっていますが、エイル様は「死なないんだからいいでしょ」とどこ吹く風です。このやり取りを当機ワタシは、今日までに幾度となく目撃してきました。



「(……、……)」



 本当に、長い時間を当機ワタシは、ハルマスターと共に過ごしました。


 いえ。本当はほんの三週間ばかりの時間ではありますし、さらに言えば会話だってほとんどありません。だけど当機ワタシにとってはあまりにも色濃い時間でした。



 ハルマスターの言葉、――『この街に訪問した最初の日』についてのお話をなぞって、当機ワタシも目を閉じて(と言っても形だけで、当機ワタシの五感再現形式のサブ認識機能以外全てのメイン知覚機能はいつも通りのフィードバックを当機ワタシに入力し続けています。)あの日のことを、まずは思い出します。、



「まずは、俺が初日に出かけたときに何をしていたか。つってもここは必要最低限で構わないから、勢いでパパっと進めて行こうか」



 ……あ、あと、

 これは言うまでもないことですけれど、エイル様がハルバードとかを投げつけてたのは無傷なのが分かっている当機ワタシハルマスターだけですよ?














 day:0/-21..
















 場所は、バスコ王都のギルド支部。

 王都のギルドというだけあって、そのたたずまいは立派にして王道。ニホン由来の異邦者ならばギルドと聞いてまず最初に思い出すらしい(この辺は当機ワタシが異邦冒険者を業務上必要な事柄として尋問した際に聞いた内容ですが)見た目のものを、さらに二段階立派にした印象です。


 ちなみにその時の異邦者は、残念ながら取り逃してしまいました。エイル様との約束で物騒なことは出来ないことになってしまいましたが、いつかリベンジしたいものですね。


 ……というのは置いておいて、その立派なギルド支部にてハルマスターは、実に気軽に受付の女性に話しかけます。その内容は、以下の通り。



「どうもどうも。この街に来たよ報告です。二級冒険者の鹿住ハルです(冒険者登録証を差し出しながら)」


「……はい。確認いたしました。が、訂正をおひとつ」


「?」


「禁忌級ダンジョンの攻略とH等級エネミーの無力化を持って、あなたの等級は昇格しております。現段階では仮登録となりますので、後日時間のある時にでもごゆっくり更新しに来ていただければ。――改めて、簡易にはなりますがあなたの、偉業への到達に敬意を表します。そしてこの街へようこそ。冒険者カズミ・ハル様」



 受付の女性(眼鏡をかけていて少しあどけない感じの、真面目っぽいけど愛嬌のありそうな可愛らしい方ですが、今はおすまし顔です)はそのように、至極冷静に言います。


 ……が、受付奥でせわしない事務の方々や、周囲の冒険者はにわかにどよめき始めました。当機ワタシにはその様子が、ハルマスターが一目置かれているのだと分かって誇らしくなりました。


 だけどハルマスターは、何やらばつの悪そうな様子です。



「(お、お姉さんお姉さん……)」


「(はい)?」



「(お忍びでやるかもしれない仕事があるんだ)」


「(……なるほど)」



 そこで受付の女性は、一瞬だけ思案するようにして、



「お忍びにもかかわらず当ギルドに入街報告をなさってくださったのは、私どもに用事があるためとお見受けしますが、どうでしょう? ……ええ。では、よければ、今この場で一級昇格のお手続きをしていかれませんか? ハル様」
















 ……………………

 ………………

 …………
















「まずは、この場で行うことの説明を簡単に」


「はいはい」



 場所は変わって、ギルド施設の一角。

 普段もこのような面談に使われるのでしょう一室にて、ハルマスター(とついでに当機ワタシと)受付の女性は、背の低い木造りの長机を隔てて書類に視線を落としています。



「こちらの書類には大まかに、一級冒険者になることで解禁される権利と、それに付随する義務についての説明。それから、一級冒険者になられたハル様へのギルドからの特典などが示されています」


「……えー? 義務増えるんすか?」


「ご安心ください。有能な冒険者へギルドに対するストレスを用意するはずがありません。こちらの義務もまた、権利の延長線上だと捉えていただくことができるかと」


「と、言うと?」


「……一例としては、一級昇格の表彰への参加。こちらについては、義務でこそありますが実質的に断ることが可能です」


「え、義務なのに……?」


「ええ。本来はしかるべき場所にてギルド上位職員をはじめとした複数の重鎮との面会を以って数十分掛けて行われる手続きですが、これを簡略化することをギルドは認めております。……ハル様がご納得いただけるのであれば、先ほどの私のおめでとうを持って、当ギルドからの表彰とすることが可能ですが、いかが致しますか?」



 眼鏡の奥のお澄まし顔に隠れた愛嬌が、ひょっこり覗いたようなジョークを彼女は言います。その、なんだか打ち解けた態度に当機ワタシは一つ思い出すことがあって、記憶領域を簡易的にサルベージ。


 検索に該当したのは、彼女の声紋でした。逆に言えば声紋以外の何とも、当機ワタシと、それからハルマスターは初対面という意味なわけですが、

 ……妙なところでハルマスターは鈍いのでしょうか。あるいは他人に興味がないだけのような気もしますが、ハルマスターは彼女の正体に気付きません。


 気付いて、ハルマスター! 彼女の愛犬の名前はペロちゃんですよ!



「いえ、まー。……せっかくなんですけど」


「はい、いかがしましたか?」



「表彰式はやるってことで。……うまいこと部分的に省略してこのギルドの偉い人にでも会えたら俺的にすごい助かるんですけど、できますかね?」


「………………………………、はい」



 ある意味では「あなたのおめでとうでは満足できません」と言われたといっても間違いではないのかもしれない受付女性、ハルマスターには気付かれない程度の機微ではありますが確実にしょんぼりとしております。


 かくしてしばらく。

 応接室で数分程度の待機をしていると、ガチャリと扉が開きます。




「失礼いたします。どうも、ハルさん」


「どうもどうも」




 入ってきたのは、細見の初老男性です。頭皮や髭には白髪交じりで、顔にはまだ浅いしわが刻まれています。

 ただし、当機ワタシの高水準な分析機能により、その初老男性の細身の体には20代とも変わらないほどの筋肉が詰め込まれていることが即座に分かります。分析結果は現役二等級水準のシーフ。魔力強化を込めれば100メートルを5秒は固いと思われます。


 ……まあ、要職に就くにはちょっときな臭い職業な気もしますが、ひとまず当機ワタシの目が黒いうちはハルマスターに変なことはさせないので問題はないでしょう。



「オーカスと申します」


「ご存じのようですが改めて、鹿住ハルです。お忙しいところでしょうに申し訳ない」



 挨拶は簡単に、二人はがしりと握手を交わします。

 それからオーカス様は、「これが、ギルドからの一級昇格の表彰ということで」と笑い、受付女性の隣に座りました。



「ご用事があるのでしょう? 表彰なんて口実がなくても、可能であればいつでもおよびくださって結構ですよ」



 ――一級冒険者の権利として、その辺も実は明文化されてましてね、と彼は続けて。



「そういえば一級冒険者への説明として一つ。……一応、ギルドの受付担当には私の権限の一部が委任されている、というのはご存じでしょうか?」


「というのは?」


「クエストの受注権限や、それに連なる報酬設定の決定権などです。緊急性の高いクエストをその場で締結するために必要な権利のおおよそを、ギルドの受付嬢は持ち合わせています。実はギルドにおいて受付は結構位の高い役職なんですよ。なにせ玉の輿に一番近い。……というのは話がそれましたが」



 彼は姿勢を直し、だけどその割には「……まあ」なんて曖昧な言葉を一つ置いて、



「異邦冒険者カズミ様におかれましては、縁のない話ではなかったとも思います。おそらくは担当の女性騎士の方が、大ごとの依頼をあっさり発注する機会も見ているのでは?」


「まあ、心当たりはありますね」


「ええ。ですので今回は、あえて私どもを呼ばなくてはならない用事があったとお見受けします。腰を据えて聞きましょう。今回は、どのような?」



 そこでハルマスターは、文脈を整理するような間を一つ置きました。

 ……ですが、ハルマスターに限って「言うべきことを今更整理した」などというはずはありません。あれは一種の、舞台作りだと当機ワタシは分析します。



「今回の用事を、まあ、……率直に言いますが」


「ええ」



「――



「……、……」



 当機ワタシは、それに向こうの受付の女性も、言葉を失ってしまいます。

 とはいえ当機ワタシは最初から話してはおりませんのでかまうことはないでしょう。当機ワタシは、ハルマスターの言葉の続きを静かに待ちます。


 しかし、先に口を開いたのはハルマスターではなく支部長のオーカス様でした。

 ……正確に言えば、「オーカスが口を開くような絶妙な間を、ハルマスターが用意した」ということになるのですが。


 それは、まぎれもない服芸でした。ならばハルマスターはこの後に、オーカス様を手のひらで転がすようにして何か、『普通なら許可を得られないようなこと』を受け入れさせるのでしょうか。


 いいえ。それは違うと、当機ワタシは分析をします。

 ハルマスターは単に、「進行に障る摩擦ストレスが極力少なくなる風に話を進めるため」にこのような事をしているのでした。

 さすがは当機ワタシハルマスターです。気遣い上手でうれしくなります。


 ……というのは三割ジョークとして、おそらくハルマスターは、この後に『普通なら許可を得られないかもしれない・・・・・・ようなこと』を言うつもりなのでしょう。


 倫理的に許されないというわけではなく、無理を通そうというほどでもなく、「やや難しいこと・・・・・・・」を提案し、それを受け入れてもらうための、これはプレゼンテーションの一技術です。


 ――さて。


 クエストなんか受注しなくても好きな時に敵をぶっ飛ばせばいい当機ワタシでは理解できないほどの言葉としての重みが、闇クエストというセリフにはあったのでしょう。当機ワタシとは違い、向こうの二人はその衝撃に前のめりになります。


 そして言うのが、――ハルマスターの誘導通りに口を開いて思わず飛び出してきたのが、オーカスの次のセリフでした。



?」




 人種(ハルマスターのような人間種や、それ以外の亜人種も統括した意味で)には、『先に無理難題を吹っかけて、そのあとにを改めて吹っ掛けることによって依頼の成功率をあげる』というコミュニケーション技術があるらしいですが、ここにおいて、その例は当てはまりません。


 ハルマスターは、



「語弊や、敢えて勘違いをさせるような言い回しなんかはありません。本当に言葉のままの闇クエストです。あるとすれば、大義が一つ」


「……、……」



。……具体的にはグリフォンソール飛空艦隊が墜落するスペースの分と、それから異邦者同士の本気の喧嘩で壊れる分です。必要なのは、この街にいる異邦者全ての情報と連絡先です。せっかくですから、どうです? ギルドのルールとマナーをまとめて束ねて秤に乗せて、この街が燃えてなくなった先の未来の重みと比べてみてはもらえませんか?」
















 /break..
















「こうして、俺はまずこの街の異邦者情報を入手した。……入街手続きを済ませてある育ちのいい連中の情報だけじゃなく、冒険者登録証の位置情報で割れてる異邦者の情報と、それから登録証も持ってないような連中の分も、可能な限りの提供を受けた。後ついでに、『特級派敵方」の情報もお願いしたらびっくりだ。ギルドの情報網ってのは本当にすごいな。異邦者一人一人の人柄までを考慮した『向こうへの参加可能性・・・・・』なんて分析数値まで織り込んで、大戦に参加する8,790人の異邦者全員分の情報を用意してもらったよ」



 ハルマスターによる解説が入りましたので、当機ワタシは一度記録の映像化再生を停止します。


 例の、お店用の空き家に長机をとりあえずで並べたような一室にて。

 ハルマスターの言葉を受けたエイル様は、……いつものあほあほな調子はどこへやら、凛とした態度でハルマスターへ質問を投げかけます。



「それを共有してもらえなかったのは、この際置いておきましょう。ただしこの後に提出しないと怒ります。それよりも、先ほどの説明で気になるところがありますね」


「……一応言っておくが、これを開示しなかったのはギルドへの義理立てだ。そもそもがルールぶっちぎりの個人情報の公開なんだ。相当必要に駆られた状況でもないとさすがに見せるつもりはないぞ。悪いけどな」


「…………はぁ。……こちらも一応として、この戦場はあくまでも命のやり取りです。情報一つが生死を分けることになる。それでも見せていただけないというのは――」


その通り・・・・。察してくれた通り、俺の作戦じゃこの戦争は命のやり取りにならないし、当然、情報一つがお前らの生死を分けたりもしない。……詳しくはこの先で、時系列順に説明するが、エイル。お前に俺が提供する異邦者の情報は一つだけだ。



「それは、……どういう?」


「俺が情報を漏らすとすれば、それは、だ。意味は分かるな?」


「――。……ええ」



 やはり、いつものあほあほエイル様ではありません。

 まあ、開戦もいよいよ近くなってきて兜の緒を締め直したということでしょう。


 当機ワタシは、当機ワタシを打倒したあの戦いで見た凛としたエイル様がとても好きでした。それこそ、あこがれて、そうなりたいと思うくらいに。

 ですので、変に茶化すのはやめておこうと思うのです。あほあほって二回も言ったし十分でしょう。



「オーケー。それで、さっき言ってた質問は?」


「ええ。……言葉通りの意味だと、ハルはギルド支部長氏に言ったようですが、本当にそこに含む意味はなかったんですか?」


「ああ。さっき説明したやり取りの通りだ。情報と連絡先をもらって、対価はこの街の復旧が簡単になる手助けと、戦争の終了だ。信用を得るためには俺の腹のうちにある『作戦』を、まあ時系列はぼかした上でだが、一通り説明した。それで、この作戦には少なくない成功の目があると思ってくれたから、オーカスさんも退職金なしのクビ覚悟で話に乗ってくれたわけだな」


「……なるほど。では、さらに二つ」


「何でも聞いてくれ?」


「まず、あなたの作戦には前提となる勢力がいくつもあるはずです。貢献度が大きいところでは、私たちが『世界派』を擁立するのに必要となった桜田會と北の魔王。これらの参加を証明する時間すら、あの日のあなたにはなかったはずだ。両陣営から一人ずつでも連れて外出すればよかったものを、それさえなかった。そこは、どうクリアしたんでしょうか」


「そりゃ、ちょうどヴァルハラでウォルガンが飲んでたから呼んできてな?」


「……。(笑っていいのかわからないときの顔をするエイル)」



 ちなみにウォルガンというのは、ハルマスターが以前第三スキルの開花によって『蘇生』させたこの世界の最高峰の英雄のことです。


 ウォルガンさんの凄さがわからない場合は、シンプルに神様か電脳上の推しでイメージすれば大体あってる、……というのは、前に業務上の必要性があって尋問した異邦者の弁。


 当機ワタシにはよくわかりませんが「電脳上の推しがマジで目の前に現れたら実際おれ達は満足して死ぬだろ?」と語る彼の目に偽りはなかったと、当機ワタシは記憶しております。



「では、二つ目の質問を」


「おう?」


「時系列をぼかしたと言っていましたが、それはどういう意味です? このまま説明を聞いているとその辺の解説がなさそうな気がしたので」



 さて、そのように問われたハルマスターは、



「確かに、適当に言って放っておくだけのつもりではあったな」



 と、気軽な調子でそのように返します。



「ぼかしたのは作戦の達成度だよ。ほんの少し良いように、うまくいってるように盛って話したってだけだ。と言ってもギルドの情報収集力はバカにならないってのは、その時点でも何となく察してはいたからな。本当に、スパイス程度のサバ読みだ。――で、達成度を盛った作戦ってのが、次に説明する分だ。ギルドからの情報提供を待つ四日間。随時届いてくる異邦者情報を読み込みながらだが、俺たちが進めていたのが『世界派』の擁立だ。ここはエイルも何となくで知ってるだろうから、流し流しでいこうか」


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