(_intercept.)
――
記憶にあるのは、たおやかな日差しの下りる昼下がりのことです。
静かな小川のほとりに生した苔のような、ささやかだけど爽やかなる安寧。
これを厭おしく思って、
『これ』は【何】なのか、という疑問があったのです。鉄の塊でしかない
AIのバックヤードに『自我』と呼ぶべき思考プロセスが埋蔵されていた、などということもなく、
小鳥がさえずり、日差しはたおやかで、小さな苔のようだけど、やわらかな日々。
これを『美しい』と算出する機能は十全にあったのでしょうけれど、そもそも
……サルとヒトとの間には、そこまで大きな差異はありません。
きっとお母さんは、
..break.
とある夜のことである。
場所は、バーヴァルハラにて。
俺が今宵も今宵とてとタダ酒に舌鼓を打っている際に、ふと、マスターさんが口を開いた。
「そういえば、鹿住様」
「はい?」
「この街のリキュールを買い付けている際に、懐かしい方のお顔を拝見しました。あの方のお酒の飲み方は、用意する私の立場としても心地よいものでした。もしよろしければ、またいらしてほしいものです」
「あの方……?」
エイルはクソ雑魚だから違うよな? バルクどもも飲み方きったねぇから違うとして、じゃあ誰だ? と俺が記憶の索引をしていると、マスターは続ける。
「ヴァン・ブルンフェルシア様です。以前もこの街、王都で店を出していた時にいらしてくださった方です」
と、言われはしてもはてと記憶がない。
しかしながら、いつもよくしてくれるマスターのせっかくのお願いである。俺はそのヴァンとかいうやつを思い出すべくマスターにさらなる情報を求めた。
すると、曰く、
「中性的なお姿で、お酒を飲める年にも見えないような男性です。しかし、非常にきれいなお酒の飲み方をする方でした。それでいて羽目の外し方も心得ている印象でした。バーに来るのは初めてだとおっしゃっていましたが、すぐに緊張は解けていましたね」
「参ったことにそもそも名前に心当たりがないんですよね……。というか、俺が初めてここで飲んだのって結構最近ですよ。前に王都に来た時っていうと、爆竜討伐の褒章を王様に貰うってときだったと思うんですけど……」
「……。ふむ」
「?」
「私にも確実なことは言えませんが、さて……」
……まず、彼が言うには、この「
と、それ前提に俺も一つ思い出そう。ここはあくまでも「
「俺が知らないはずの人間と一緒に酒盛りをしているところを、マスターは見たと」
「ええ……」
「じゃあ、――俺が、酒のせいで一から十まで全部忘れてるんじゃなければ」
「……、……」
「
「……。」
そのうえで、忘れさせられたの線は切り捨てていい。
なにせ、酒盛りなんて一悶着が挟まっていては、俺はあの日、馬車を待つリベットに追いつけてはいない。
そして、追いつけていなければ俺のこれまでの日々は存在もしていない。
俺が、彼女のあの透き通るような覚悟を見たことこそが、前世との宿命にケリをつけるきっかけだったのだから。
……つっても当時はまだ折り合いもつけられてなかったんで暴言を吐くだけ吐いただけだったけども。
「で、じゃあ後者ってことになるわけだ?」
「後者、ですか?」
「そもそも、そんな人間と俺は出会ってない可能性。なあ、マスター。――『ここ』ってさ、外の時間軸と別だったりしない?」
突飛な発想だが、そもそもバーなんて世迷言を吐き出すための場所みたいなもんである。
故に俺は、そんなファンタジーな妄想を当然のように口に出して、
「……その通りです」
と、推論に対する花丸を、彼からいただいたのであった。
……………………
………………
…………
「と、これが回想パートな。でここからが答え合わせ」
「ど、どうして急に……?」
ということで時間は今である。
……具体的に言うと俺たち『世界派』と『特級派』の会合を控えた前日の昼間。
俺は桜田會の連中が用意したバー崩れの隠れ家にて、目前にエイルと白幼女を控えた状態で講釈を垂れていた。
ちなみに、お昼時ということでそれぞれの手元にはジビエのサンドがある。固めのパンにサラダと挟んでシーザードレッシングのもっと香辛料マシマシのヤツやつみたいなのでシーズニングされている逸品である。想像しづらかったらミラ〇サンドAの2500円くらいしそうなバージョンでイメージしておくと大体あってる。
つうかほんとこの街の肉はうまくてうまくてしょうがない。誰か酒を持ってきてくれ。
「どうして急にと言ったな。じゃあ、まずはそこからだ」
「あ! というかみんなにも伝えなくていいんですか!? 絶対みんなハルの秘密主義にイラついてる頃ですから教えてあげたほうがいいと思います!」
「イラついてるとか俺の目を見て言いやがったのか? ……まあ、機会があったらでいいよ全体公開は。今は、お前と共有する必要があるから、お前に共有するだけだ」
「はあ……?」
さて、と俺は一つ間をおいて、
「どうして急に作戦を開示する段になったか。……実は、敵方の艦にカルティスに行ってきてもらっててな。その状況報告がさっき電話で確認できた」
「あ、すでに方々で動いてるって言ってましたね」
「そう。元々はアイツなりの裏工作をしていたらしいんだがテンでダメだったんで俺が指示する方に切り替えた。俺が仔細把握してるのはそこからのことだ」
「て、てんで……」
「あいつに任せてたこととは別なんだが、有用な情報を持ってきてくれてな。これで、作戦を進められる。……持ってきた情報は、レクスの戦力評価だ」
「あ、あの騎士の風上にも置けないクソ野郎ですね。機会があったら私がぶっ飛ばしたいデス」
「無理だと思うぜ。カルティスでさえ本気の本気で手も足も出なかったんだってよ。なんでも、小細工抜きに
「ほぇー。じゃあどうするんでしょう?」
「ほぇーって……。まじで思考してないやつの相槌だよなそれ。まあお前がバカなのは織り込み済みだ」
「いいでしょうかかってきなさい。そろそろあなたにはぎゃふんと言ってほしかったんです」
「まあ後でいつか機会があったら精神的にな。んでだ、レクスが最高に強いってことが分かったのが、俺の作戦でいうと福音になるわけだ。それと、もう一つ」
「?」
「いつか、早朝にチャイムの連打があったのを覚えてるか? あれもきっかけだ。この辺が確認できたおかげで、俺の作戦はほぼ盤石になった」
「あーあの、徹夜明けの修羅みたいな顔した少年なのか少女なのかって人ですね。あの方が何か?」
「あいつ、十中八九で特級冒険者のヴァン・ブルンフェルシアなんだよ」
「………………………………は?」
「――この戦いにおいて、俺にとってのテーマは二つあった。一つが、この戦場をいつでも好きなように『リセット』出来るとみて間違いない敵対者、ヴァンの取り扱い。そしてもう一つが、そもそも勝てないとみて戦った方がいいのかもしれない絶対強者、レクスだ。表側では、何分目立つグリフォンソール艦隊の対応がメインだったが、そもそもこの戦場にはグリフォンソールと同格以上のアクターが追加で二人いた。――合計三者、全員の対応策にアテが付いたから、ようやく表舞台の作戦に取り掛かれるってわけだ。これから、それを説明するぞ」
『Phase_3
_(Reach_to_the_Paradise.)』
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