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day:0/-18..






 どうも、白幼女です。

 ハルマスターの作戦開示レッスンより18日前のこと。私は今、ハルマスターと一緒にジェラードを食べていました。



「(すげぇなコレ。清涼感のあるバナナ? いやバニラの味か? ……いや、香りが甘いだけで味はすっきりしてるのか? 匂いは甘味だの酸味だの柑橘っぽい苦みだのでやたらと重層的なのに味がめちゃくちゃシンプルだ。これが、一つの果物だけで作ったジェラードだっていうから驚きだな……)」



 と、そのようにハルマスターが驚きながらシャリシャリと食べているのが、王国はとある広場にて見つけた露店のジェラードです。


 使われる果物の名は『ピュリシュカ』。見た目は真っ青のオレンジで、切って割った中身もそのまま真っ青オレンジですが、頬張ると驚くほど酸味がないと尋問した異邦者は言っていました。



 曰く、ミントとバニラと柑橘を清涼感を前面に出すようにミックスした匂いがして、味は一転、優しくもささやかで、探さなければ気づけないほどの甘みと酸味のみ。

 ……ジュースにするならキンキンに冷やさないと炭酸の抜けたサイダーの水割りみたいだけど、とれたてにそのまま噛り付くなら真夏の水分補給にこれほどいいものはないんだとか。余談ですが、当機ワタシはその日に味覚を疑似形成しました。おいしかったですよ。



 と、そんなジェラードに意識を奪われながら、片手間に眺めているのが向こう、

 ――今まさに発足の一歩を踏み出さんとする、『世界派』候補たちのやり取りでした。











 /break..











「ちなみにそのジェラードは、なんだろうな。フレーバーウォーターで作ったアイスみたいな味がしたよ。おいしかったホントに。あ、そういえばこの世界にはポ〇リがあるんだったな。じゃあそれで例えたらわかりやすい。ポ〇リを凍らせると味が分離するだろ? それの味が薄い方だ。お子ちゃまはとにかく味が濃い方をありがたがるもんだが俺に言わせればあんなの子供の味だね。大人は底の方の、上品な甘さを楽しむもんだ。だけど香りは薄まってなくてフレッシュな果汁の鮮烈なにおい。あれ脳がバグって楽しいからおすすめだぞ」


「食レポ本当に興味ないんですが! 話の続きをさっさと聞かせてください!」



 ということで回想終了。

 話が完全に脱線したところで、ハルマスターは手元のグラスから、クリアな赤紫色のドリンクを一口。



「あ! それお酒だ! お酒ですね! お酒を飲みながら講釈垂れてるんですか!?」


「ジェラードって言ったらコーンなんだけど、あの露店は上手いな。味が負けるってわかってるからカップに出して用意してるんだ。ホント、どう説明したらいいんだろうな。冷やしポ〇リだとやっぱどうしても薄まってる風に聞こえるけどホントあのやさしさは薄まってる感じじゃなくてさ……」


「ほんとに酔ってんのか手前!!」



 ずばーん!! エイル様が投げた首切り鎌がハルマスターを素通りして後方の壁に突き刺さります。でもわかります。あのおいしさは決して味が薄いんじゃなくてちょうどよく優しいんですよね……!



「……まあ話を戻すと、北の魔王に任せといた『世界派』の準備は上手くいった。それから桜田會にもうまいことアングラをまとめてもらってな。桜田會由来のチンピラ一般人に、それこそサクラ・・・をしてもらって、骨組みだけの『世界派』に異邦者という肉付けをしていったわけだ。……どっちも平和な社会的にはちょっとどうかな寄りの集団のはずなんだけどすげえ平和に人が集まったよな。そこんとこどう思ってるエイル?」


「集まったのは私の世界以外の魑魅魍魎なんでどうとも。……まあ、正確に言えば、中心人物として目立っていたのはリベットとかフォッサさんとか可愛い子たちですよ。あそこはアイドルを中心に据えたクソカルトです。エノンさんのところの愚連隊はみんな平等っぽい雰囲気で、エノンさんが幹事として頑張ってた印象ですね」


「クソカルトの教祖的にはクソカルトのことどう思ってるの?」


円卓の誇り高き決闘ナイツ・ア・ラウンドのことクソカルトって言うな!! みんなで健全に汗を流すんですからね! 昨日だってみんなで登山に行きました!!」



 当機ワタシは知っています。エイル様のところもクソカルトです。その証拠に男女比が『エイル様:それ以外』なんですから。


 あとリベット様のクソカルトも大体そのくらいの男女比。マジでハルマスターの冒険の初期メンバーの業はどうなってるんでしょうね?


 ……いいえ。待ってください。今当機ワタシの偵察型子機から訂正が入りました。どうやらエイル様のクソカルトには女性メンバーを主軸とした非公式フォロワー集団もいる模様です。でも参加はしたがらない辺りクソカルトっぷりがガチなのかもしれませんね。当機ワタシはさらに遠目で眺めていようと思いました。


 さて、



「……失礼しました。本当に話を戻しましょう」



 と、殊勝にエイル様は椅子に座り直しました。

 対しハルマスターは、優雅にお酒を飲みながら鷹揚に頷きます。



「酒飲みながら鷹揚に頷いてんじゃねえよ!!」



 再び飛んでくる武器。これもまた、壁に刺さってビーンと鳴ります。



「まあ、話を戻そうか。マジで。…………ええと? じゃあひとまず、『世界派』の自由増殖は滞りなく軌道に乗ったと。それでやったのが、例の『世界派集会』だな。あの顛末を覚えているか?」


「ええ。あれを機に無銘の集団だった『世界派』に、クラン名という名前が付いた。……もともとはあくまで『有名だけど所属があいまいだったアイドル』の様相だったリベットやフォッサさんが、衆目にさらされて明確にフォロワーを手に入れた。あの集会は、逆に言えば『出来立ての偶像』としてフォロワーを集める段階だった私たちのお披露目会だったわけですね?」


「よく分析できてるな。だが、俺としてはそこは主眼じゃなかった」


「……、……」


「浮遊した人員は、でかいコミュニティの引力に遅かれ早かれ引っ張られる。俺としてはクランの発足はいつでもよかったよ。『ここに集まってくださいね』って広告宣伝だけ先に済ませられたらな。……というか、俺としても予想外だったよ。覚えてるかミオのところのクランの、あの事件」


「事件じゃなくてあなたが悪いデスよね? 失礼なこと言って三日三晩追いかけられて作戦進行がそのまま三日後ろにずれた事件のことなら」


「いや失礼なことを言ったのは俺だけど絶対三日三晩はやばいからな……? 数時間で消えない怒りの炎ってなんなんだよマジで……」


「いいですよ、ほら。ハナシ戻してください。あの集会の意図、ですか? ひとまず発生した『特級派』への対抗戦力である『世界派』。この決起の日として以外の意味は、私には正直推測ができませんので」



「そうか? じゃあ、まあ……、


 詳細はゆっくり説明するとして、とりあえず俺にとってのあの集会の意味は二つだ。先に言っておくとな? ――『世界派』だけじゃなくて実は『特級派』の方も、ほぼ俺のマッチポンプだ」



「え。……えっ」











day:0/13-..











 はい、謎の白幼女です。


 当機ワタシがいるのは王都、とある建築の三階部分。

 ワンフロアをまるごとカフェとしたモダン空間にて、当機ワタシは、円卓の体面に座るハルマスターを眺めながらコーヒーをすすっております。




「……、……」


「(……、……)」




 お洒落なホテルジャズが流れる店内には、私たち以外のお客さんはいませんでした。


 それもそのはず、今日、この街では、

 ――今まさに、大通りを隔てたお向かいのビルにて、『世界派集会』が開催されているのですから。




「……案外、よく見えるな」




 そうつぶやいたのはハルマスターでした。

 視界にやさしい照明の下で、やや曇天がちの日差しが薄いカーテンを透けて、ハルマスターの手元のカップの湯気をライトアップしています。


 向こうの会議室からすれば、こちらの様子は薄暗くて確認できないでしょう。

 歩数にすれば20歩程度の距離感にて、ハルマスターは、隠れることもなく堂々と、会議の様子をのぞき見しています。



 と、そこに……、




「あれが、『世界派』の連中?」




 当機ワタシの後頭部越しに、ハルマスターに声をかける人物。女性です。

 彼女は、円卓の上を俯瞰するように視線を滑らせてから、ハルマスター当機ワタシのちょうど間の位置に隣のテーブルから拝借した椅子をおいて腰を下ろします。当機ワタシはそれを受けて、少しだけハルマスターの方に椅子を寄せました。



 さて、

 その人物はどこかに向けて片手をあげて、「コーヒーを」と注文をしました。


 それから、改めてハルマスターに向き直ります。





「初めまして。わたしはクラークです。クラーク・ボルゾー。ご存じの通りグリフォンソール艦隊の、戦艦『犬亥』の艦長を務めています」





 クラーク・ボルゾー。

 亜麻色のふわふわの髪の毛と、その色が生える真っ白の肌。


 服装は露出少なめな街娘風ですが、その随所には手製らしい魔術具がアクセサリーのようにちりばめられています。


 透き通った水色のポーション。赤い宝石がはめられた装飾、魔力糸を編んだミサンガ。そのごてごてとしたシルエットには何となく垢抜けなさを覚えますが、表情だけは実に静謐としています。


 あと、胸が大きいです。彼女は当機ワタシには持ちえぬものがありますね。



「どうも、『協力者』です」



 ハルマスターが立ち上がって片手を差し出します。彼女は、その手を強くとると、



「キリウは向こうにつくと思っていたのですが、まさかこんな心強い応援をいただけるとは思っていませんでした。感謝します『協力者』」



 キリウ、というのは異邦冒険者、『大いなる剣』のキリウのことです。

 ……ネタバレしてしまいますが、キリウ様は普通にクラーク様の敵、『世界派』側です。


「動機」は『世界派』寄りだけど、グリフォンソールとはちょっとした縁があるらしい彼。

 その段階ではどちらにつくか不明な『傭兵』であるキリウ様を直接抱き込んだのは、ほかでもないハルマスターでした。


 ギルド支部長曰く、過去にクエストを相乗りしたのだとか。ハルマスターがキリウ様に目星をつけたのは、彼自身の有能さというよりも、『特級派』とのパイプのほうがメインの模様でした。



「それで、『北の魔王』勢力はどこに?」


「今は会場向こうと、そこにいないのは別件でしょうね」



「……、……」


「ご不満に思いますか? 何のための『協力者』です?」



 ハルマスターは敬語ではありつつも挑発するように彼女に言います。



「……、……」


「『北の魔王』は間違いなく『特級派』についていますよ。証明を預かってもいます。名前も名乗っていない俺みたいなやつを信用できないだろうことは、想像するまでもないことですから」



 言って、ハルマスターが懐から取り出したのは、一枚の葉っぱです。



「……これは」


「亜種領域『世界樹』の葉。領域外に一枚しか存在できない神域の薬草です。なんでも、亜種領域よりも外の世界に二枚目が持ち込まれると、一枚目の葉は枯れてしまうのだとか」


「知っています。……確かに、本物です」


「当然。盗んだなんてことも疑う余地はない。彼らからしたら、紛失したら新しい一枚を持ってくればいいだけのことだ。これは、そちらに差し上げると、魔王曰く」



 ハルマスターがテーブル上に差し出したそれを、クラーク様は一瞥して、



「……ありがたく頂戴します」



 上着のポケットから取り出した薬液入りのビーカーに詰めて、仕舞い込みました。



「あなたが北の魔王と通じていることは信用しました。しかし、メッセンジャー越しのコミュニケーションだけというのは了承しかねます。一度、北の魔王と直接話す機会を作るよう、彼に伝えておいてください。本格的な情報交換は、それからだとも」


「ええ。もちろん」



 捕捉しますと、この世界樹の葉は普通に魔王様の懐から盗んだものです。なんでも「盗んでみようと思ったら盗めちゃったから活用してみる」とのこと。さすがは当機ワタシハルマスターですね。なんでもできちゃうんですもの。


 ……ちなみに「世界樹の葉を盗んだけど敵の信用を得るために使っちゃったから二枚目持ち込んでこないでね」という話をしたのは、明日のお昼頃のことです。なのでこのあとハルマスターはカルティス様にごめんなさいの気持ちを込めてお昼ごはんを奢ることになります。当機ワタシも同席したんですよ。楽しかったです。



「もともと、今日は顔見世だけのつもりでした。信用していただいた時点で俺の目標は達成してます。……しかし、せっかくですからもう少しだけ」


「なんです?」


「カルティスからある程度の情報を一方的に提供する許可をもらっています。カルティスが協力するという部分しかあなたは聞いていないでしょう? 具体的に、どう協力するのかの内容をここでお伝えします」


「……、……」



「まず、向こうに見える北の魔王のフォッサ。それから桜田會のメンバーも確認できますね? 北の魔王勢力は、バスコ紛争を経て桜田會と通じました。まあ、桜田會は紛争で完全に特級と決別したらしいので完全な協力は見込めませんが、北の魔王越しにある程度のコントロールは可能です」


「続けてください」


「御覧の通り、『世界派』は肉体派が集まっている。『特級派』は、ある程度は工房に引きこもる類の異邦者も引き入れていると聞きました。特別その手の連中を集めているというわけではないんでしょうが、あくまでもまんべんなく・・・・・・


「回答は致しかねます」


「結構です。……この先もあくまでこちらの予想として話しているものととらえてください。『特級派』は、というよりグリフォンソールと冒険者レクスは、当然ですがこちらよりも長い準備期間と、特級冒険者、――ギルド最上層級部分の直接的な権限でもって開戦に備えてきた。具体的に言うなら、あなた方両名の情報は、ギルドのデータベースにおいては統制されている」


「それは、……濁すようなことでもないですね。当然です。戦力が露出するのは避けるべきことですから」


しかし・・・。それによって面白い事態が起きました。――あなた方を知る人物というのが、『世界派』において、本当にごく一部になった」


「どういう意味です?」


「グリフォンソールという名前は有名でしょう。飛空艦を保有していることもね? しかし、そもそも異邦者の情報は例の『異邦者宣言』以前では可能な限り秘匿されていた。一級権限の冒険者が、具体的なクラン名を挙げて積極的に索引して初めて情報にありつけるレベルで。そのうえで、――この世界には、二種類の人間がいるとは思いませんか?」


「なんです」


。カルティスは今、――グリフォンソールが保有する飛空艦が『艦隊なのかそうではないのか』で情報的に『世界派』を二分する裏工作に着手しています。これで、『世界派』の準備段階には一つの工程が加算された」


「……グリフォン・ソールの保有艦が一つだと吹聴している、ということですか?」


「ええ。正確にはその根回しをですが。……ここで、あなたに悪魔の契約を一つ」



 そう言って、ハルマスターは資料を一つ円卓に取り出します。


 しかし、……聞きましたか? 悪魔の契約ですって! ひゅーかっこいい! さすが当機ワタシハルマスターです! その表現でいえば、円卓上の資料はまさしく契約書ということになるんでしょう!



「よろしければ、サインをいただけませんか?」


「これは……、これ、なんなんですか……!?」


「偽造したグリフォンソール艦の見取り図ですね。丁寧に『晴天八卦』全員がここに居住している前提で用意したものです。ここに、あなたのサインがあれば、晴れて『世界派』は盲目になります。この偽物の設計図を信じて、あなた方の持つ11機の飛空艦隊に、備える術を喪失するわけです」











 ……………………

 ………………

 …………











「ちょっとまてぇ!」



 エイル様からの無常なるストップ。

 これを以って当機ワタシは、再び思考再生に一時停止措置を行います。



「あ、あの見取り図用意したの手前だったのか! おかしいなあおかしいなあってずっと思ってたんだ私は! みんなが『飛空艦は一機だよ』って言うから私も信じましたけどやっぱりたくさんあったんですね! どうしてくれるんだ何の準備もしてないよ!!!」 


「信じてくれるって信じてたぜ、伊達に戦争準備中にレクリエーション登山を挟むバカじゃねえなww」


「笑ってんじゃねえ!!」



 本日何本目かの武器が、ハルマスター向こうの壁に突き刺さりました。びーん!



「まあいいじゃねえか。どうせ俺たち視点じゃ飛空艦隊は撃ち落とせるってわかってるんだから、そもそも何の準備もいらないだろ?」


「ぐ、ぐぬぬ……」


「というかね、レオリアとかルクィリオは何なら直接聞いてきたぞ? 『うまいこと飛空艦隊を撃ち落とした後を見越した戦力が「世界派」に集まってるけど、あれってそういうこと?』みたいな感じで。俺も聞かれたら答えるつもりだったしな。ぶっちゃけお前以外大体この辺は織り込んでるからな?」


「ひどい! ひどいじゃないですか! いっつも私のことバカバカって言うんだから察しが悪そうなときは教えくれたっていいじゃないですか……!!」



 泣き叫びながら机をバシバシたたくエイル様。その姿は当機ワタシも見慣れたあほあほのそれです。いつものエイル様に戻ってくれて助かりますね。



「……まあ。じゃあちゃんと説明するが、――まず俺が、不勉強な連中を中心に見取り図の噂を拡散した。それで、無事に『世界派』は二分割。この後の動きは、見取り図を疑うやつが多いか信じるやつが多いかで買える予定だったんだが、とりあえず信じるやつの方が多かったからそいつらをなんとなーく一か所にまとめた。あるいは、信じないやつをマイノリティーに追いやったとも言えるがな」」


「どういう意味なんですか! 説明してください!!」


「馬鹿を笠に着るんじゃねえよお前……。まあ、あれだ。信じるやつが自然と増えて固まっていくような形になった・・・から、それ以外を手厚く保護したんだよ。あー、俺が傭兵を集めてたって話はしたっけ?」


「説明してください!!!!!!!」


「説明するから座ってくんねえかな。……800人。この人数を俺は傭兵として雇った。レクスの討伐報酬ってことで死ぬほど賞金を吹っかけたら一日とちょっとでこの数だ。とりあえず、こいつらが俺の手勢なんだが」


「どのくらい多いのか説明してください!!!!!!!!!!!」


「この戦争に参加してるのが8000人だから10人に1人だよ黙ってねえとぶっ飛ばすぞ!」



 怒られたエイル様は、しょんぼりと椅子に座ります。


 かわいいですね。当機ワタシもいつかエイル様をいじめてみたいものです。頭ゴリラなので怒らせたら話が変わっちゃうんですけどね。



「ちなみに、こいつら全員に俺は、レクスの討伐報酬として俺の資産の半分を報酬に提示したが、どうせ誰もレクスには勝てないだろうからな。実際に払うのは後から提示した、本当にやってほしい依頼に対する上乗せ金だけだ。良いかエイル、これがお金の使い方だ。馬鹿には金を払っちゃいけないんだぞ。どうせあいつらは払わなくても仕事をするからな」


「馬鹿の人にそういうこと言わないでくださいよ、辛くなるでしょ……」


「……ちゃんとシュンとすんなよな。いじめすぎたって反省するところだっただろ……」



 ついにバカの人を自称し始めるエイル様。とってもとってもかわいいですね。情けなくてすごく好きです。



「――あーそうだ」



 と、

 ふとハルマスターはそのように呟いて、



「ちなみに、……この機会に、俺がどうしてこんな数の傭兵を雇ったかも説明しておこうか」



 さて・・、といった風にハルマスターは一つ、言葉を置きました。


 次にハルマスターが言うのは、きっと、この作戦においても重要な何かだったはずです。

 その雰囲気を感じ取ったエイル様も、居住まいを正してハルマスターをまっすぐにとらえます。



「最初に言ったが、この戦争の攻略対象は正確に数えれば三人だ。『世界派』なんて名乗ってる連中は俺が『犬亥』のクラーク越しに、俺セレクトの『自分をマジで特級特級派に力を貸す派と思ってる傭兵依頼を任せた連中』を400人ほど送って、都度都度の指示で扇動工作で無力化してるからノーカン。本当に脅威なのは、レクス、グリフォンソール、そして特級冒険者、ヴァン・ブルンフェルシアだ」


「ええ。『最適回答』の名を冠する英雄です。……しかし、どうして彼がこの戦場に? ほかの特級は、傍観者を決め込んでいるというのに」


「ほかの特級冒険者にはない目的があるんだろう、としか言えないが、参加しているのは確実だ。レクスやグリフォンソールと同じレベルの役者として出張るならな」


「……そう言い切る根拠を聞かせていただけませんか? どうして、『やり直しの類のスキルを持っている無名の異邦冒険者』ではなく、特級が登壇したのだと断言するのか。ヴァン・ブルンフェルシアの能力が『やり直し』だと、どうしてそう確信できるんです」


「そりゃ、直観・・だ」


「……ば、馬鹿な」


「せっかくなら直観を言葉にしてみよう。それで、それを根拠としておこうか? ……この、『推定やり直しスキル持ちの冒険者』に任せられた仕事はレクスらの仕事よりも重要なんじゃないかと俺は踏んでいる。あるいは、この戦争そのものはどうでもいいと考えている特級が、それでも能動的に達成したいと思っている『何か』がある。逆に言えば、どうでもいい戦争に参加することにするほどの重要度の『何か』。……俺なら・・・、そんなのを信頼できる実績があるやつ以外には任せないね」


「……、……」



「そのうえで、そいつの参戦は最悪手だった。分かるかな? そいつのおかげで俺は、どんな無茶な手も打って構わなかったって意味なんだが」


「わかりません。どうせバカですので」


「……、」



 そこでハルマスター、非常に微妙な表情を作ります。

 当機ワタシにはわかります。あれは反省の顔です。ハルマスターは、いたいけな女の子のことをばかあほ呼ばわりした事実に、今になって直面しているのです。


 しかしそこはさすがの当機ワタシハルマスターです。反省はしても後悔はしません。

 露骨に「まあいいや」の顔をして続きを言います。




「……。」



「ヴァンを上手いことステージの最中央から移動させる。例えば、レクスとグリフォンソールのリーダーが将来的に会合を行うことになっている飛空艦にウチのスパイの特に目立つやつ・・・・・・・を送り込んで、ヴァンに『その飛空艦が異邦者戦争の台風の目だ』と誤認させることでな。そうして、ヴァン視点ではきっかけがわからないままに変化していく状況を俺が確認しつつ、


「……、」


「これで俺も、晴れてやり直しのスキル持ちだ。今回の作戦におけるもっとも厄介な存在が、時系列関係なしに結果を見て行動を変えられるヴァンだったわけだが、。問題はヴァンが何百何千のループを経てついに真実にたどり着く可能性だったわけだが、だからこそ俺は戦争参加人数の1/10の傭兵を雇ったんだ。あいつが何度やり直しても、あいつを多彩な手段で倒せるようにしてな。……たぶん、すべてのループで俺は、最高のブラックジョークみたいな嫌がらせをあいつにしてきたはずだ」



 胸を張るハルマスター。かっこいいですね。言っている内容なんて当機ワタシの耳には入りません。


 また、他方のエイル様は何やら得心の言った風。

 確かに、いつかの早朝に修羅のごとくチャイムを乱打していた彼の表情は、二か月くらい絶え間なくハル様の全力の悪罵を聞かされ続けてきたみたいな感じでした。


 ……さすがはハルマスターです。言葉の暴力で人をおかしくしちゃうんですもの!



「ってことで、とりあえずヴァンの攻略法はこれで解説終了。この世界線(?)のヤツはもう戦線を放棄したつもりらしいが、最後に嚙みついてきたのが仇になったな、顔まで確認できたんで追跡は楽勝だ。今も、ヴァンに突かれそうな弱点を徹底的に指摘アドバイスしておいた俺の傭兵が、あいつをいつでも発狂させられる位置で待機してる」


「ぐ、具体的には……?」


「今の俺の中でホットな嫌がらせは毒だな。ループ疲れを癒しに温泉街に言ってるらしいから、そこでほっと一息のコーヒーに毒を入れようと思ってる。ハニートラップとかも考えたんだが、傭兵にちょっと突っつかせた感じだと警戒されてるみたいでな。なんでも『僕はホモだぞ!!』だそうだ。トラウマでもあんのかな?」


「あなた由来なんじゃないでしょうね……?」


「さあ? ……とりあえず以上がヴァンの攻略法。質問はないな? よし。それじゃ、残ってるのがグリフォンソールと、それからレクスの攻略法なんだが――」



 ――と、そこでコンコンとノックの音。



 と言ってもこのフロアは、居抜きで端から端までがお店向けの空き家状態です。

 だとすればどこからのノック音でしょうか。……正解は、です。



「盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、いいかな?」



 言いながら虚空の扉を押しのけてきたのは、クスノキ様です。

 また、当機ワタシは彼の背後、扉の向こうには夜のとばりが下りた雰囲気のバーがあることも確認します。


 あれが、我らがヤドリギ、『バー・ヴァルハラ』です。ただしその光景は、クスノキ様が後ろ手に扉を閉めたところで、その扉ごと消失します。



「おお、楠。久しぶりだっけ?」


「何日かぶりではあるね。用事、済ませてきたよ」



 ここ数日、クスノキ様はヴァルハラに顔を出していませんでした。


 というのも、元々はこの戦争に参加する意義の薄かったクスノキ様。最後まで傍観を決め込むつもりだったようなのですが、いつかのこと――。
















 day:0/20-..
















「なあ楠よ。お前、いくら飲んでるか計算してるか?」


「え、このバーってタダじゃないの……?」











 ……………………

 ………………

 …………











 といったハルマスターとの裏政治を経て、何やら用事を一つ頼まれたらしいのです。



「済ませた? もう? さすがに早すぎないか?」


「いいや、正確には準備が済んだんだ。……それより、敵襲か? 君の後ろの壁が針の筵みたいになってるんだけど」



 と、何やら二人でシークレットなやり取り。向こうではエイル様が、憮然としたんとした表情でハルマスターを睨んでいます。


 ……ちなみに針の筵はアレですね、エイル様の武器が刺さってるところのことです。



「……また、内緒ですか? 全部説明してくれるって言ったのに……」


「すねるなよ。どうせすぐにでも、何の話か分かることになる。――それより、そろそろ時間だろ? ここからの話は、歩きながらにしようか」



 と、ハルマスターが腕時計を確認します。確かに、移動時間も含めるなら、出始めるには最適のタイミングでしょう。




 ――さて、

 今日、グリフォン・ソール艦隊はこの街で『勝利宣言』を行います。



 その刻限までは20分と少し。

 それを以って『異邦者大戦』は、ついに始まるわけですね。



























 day:0/-1..


























 









 ――さて、



 ここに、勝利宣言は台無し・・・となった。

 鹿住ハルによる一計を以って、王都直上にて響き渡ったのは高らかなる布告ではなく、天高くをつくほどの悲鳴だ。



 それを待ったようにして、グリフォンソールの飛空艦隊11機は整序連なるようにして墜落をする。


 ――それは、墜落現場の、最中央での出来事であった。






「――――。」






 脳髄のみを見事に破損した飛空艦隊は、爆炎をあげることもなく横たわっている。その内部人員は、……負傷者は皆無。完全なる自由墜落でこそあったが、地上3000メートルからの落下程度で痛痒となるような搭乗員は、スタッフもゲストも含めて一人も存在しない。



 ならば、問題は、




「(事前準備は、完全にパーだなコリャ)」




 その少年。

 ――王族の寝間着のような、ちぐはぐに豪勢な格好をした男、クレイン・グリフォンソールは胸中にて呟く。



 彼の脳内には、各艦からの状況報告が同時多発的に提出されているが、それを彼は一言にて断つ。





「煩い。今イイトコだ」





 そして、――静寂。

 重層化しアラームの様相を呈していた脳内音声が、ぴしゃりと消失。耳鳴りを彼は聞く。




「……、……」




 良い所イイトコ。と、彼は言った。

 それは何も、傷もなく没した飛空艦らに円状に囲まれて浴びる土煙が爽快であったわけではないだろう。ましてや、それでもいまだ高い秋空の心地よさでもない。それら全てを、





 ――嗚呼。

 塗りつぶしてしかる、圧倒的なる殺意。











「ばっこーん、っとォ!」











 気の抜けたセリフを以って、飛空艦『竜辰』の甲板が丸ごとめくり上がった。文字通り、丸ごと。

 500人のゲストを無理なく擁する飛空艦の上面の三分の一が、まるで、巨人が缶詰の蓋を力づくで引っ剥がしたようにしてはじけ飛んだのだ。



 そして、――その内側からよじ登ってきたのが『童女』であった。




「……、……」


「お! 人発見だァ! おにーさんちょっと来てくれェ! こっちで人がァ倒れてんだィ!」




 彼我の距離は、おおよそ200メートル。

 それでもなお鮮烈に聞こえる彼女の声量にも驚きだが、彼の意識を射抜いたのはもっと別のことであった。





「こいつだよこいつゥ! ほら!」





 彼女が片手で、襟元を締め上げるようにして掲げたのは、――竜辰の艦長、カフカ・ドラグニアであった。


 そして、……それを彼女は・・・・・・





「そォれ、受け取れェ!!!!」


 ――そのまま振りかぶり、投擲する!!





「カ、カフカ!!?」


「だっはは良いザマァ!! アタシン髪の毛をよだれでシャンプーするからそんな目に合うんだィ!!!」





 言っていることはわからないが、それはすべて置いておく。

 クレインはかかとに魔力を込めて虚空へと跳躍し、ほとんどライナー軌道で投擲されたカフカを空中でキャッチ。そこで、



 クレインの目に、何かが映って、






「「「「「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」」」」」






 


 雷が、剣戟が、焔が、黒星が、竜爪が、魔術が、


 ――質量を伴う幻覚が、星を撃ち落としたイカロスが、速度を熱量に変えたエネルギー球体が、三千里向こうから呼び出された電が、竜の心臓を触媒とした吐息が、善性の強さによって青天井に出力を増す砲撃が、鋼鉄製でできた家屋の投擲が、溶解した黄金が、絶対浸食性を持つ毒性物質が、この世界ではおとぎ話とされる科学による制圧が、少女の心象が世界に現出したような悪趣味と虚無感が、異世界の主による絶対権限が、時間の停止と再生が、絶対零度以下の仮想冷度が、神討つ一刀一閃が、暴力性の権限が、世界が思考存在全てに持つ嗜虐的な悪意が、そして、声が。



 発生し、そして相殺しあって、消滅をする。



 虚空。カフカを抱き寄せる少年は眼下に、その光景を見る。



 晴天八卦と、それに付随する二人を合わせた総勢11名。

『クラン:世界を踏破し得る靴底グリフォン・ソール』の総メンバーが今、地上にて並び立っていて、


 そしてそれに相対するは、この世界のアンダーグラウンドを担う二つの勢力、桜田會の総メンバーと、そして北の魔王、逆条八席の全員であった。



 ――否。



 相対するなどという言葉は、上品が過ぎる。

 それは、――乱闘であった。
















 ……………………

 ………………

 …………
















「見事に撃ち落とした感じになったな・・・・・・・……」


 ということで白幼女です。今私は、ハルマスターとエイル様の半歩後ろで、王都街路を下っているところでした。クスノキ様は別行動で、「スタンバイしとくぜ」だそうです。


 さて、物見の客は、数え切れぬほど。その人並みはどう見ても戦時下の街のそれではありません。


 しかし、それは当然のことでしょう。この街は戦争中でこそありますが、戦火に包まれることはありません。


『世界派』の異邦者全員を一人で倒し切ると豪語した異邦冒険者。

 ――レクス・ロー・コスモグラフが待つ広場までは、あと少し。


 戦端最前線一等の観戦席をあぶれた彼らは、せめて剣戟と、次に到来する時代の気配だけでも感じようと、この街に集まった人間です。


 人間種。亜人種。亜人未満の、人権を認められた魔物たち。小規模だからこそ人間種に霊長を明け渡しただけの上位人類種。あるいは人の天敵なはずの魔族。エトセトラエトセトラ……。


 色とりどりの様相を呈す人垣をかき分けるようにして、当機ワタシハルマスターは進み、その道中で鼻歌でも歌うように語ります。



「グリフォンソールの攻略法だが、これは正攻法で行く。普通に戦って普通に勝つ。……レクスと約束した一対一の代理戦争って話はご破算になるわけだが、それは道理が通るようになってるからレクスに文句は言わせないつもりだ」


「道理、とは?」


「……実は、ここから先の作戦は内緒にするつもりでな? って言ったら怒る?」



「……………………、……………………まあ、いいでしょう」



 恐る恐るなハルマスターに対して、エイル様は悠久のごとき沈黙を作ってから、そう答えました。死なないというのにおびえるなんて、可愛らしいハルマスターですね。だったら武器投げつけられた時ももっとビビるべきなのではないでしょうか?



「内緒にする理由くらいは、話してくださるんでしょうね?」


「そりゃ、お前を信頼してるからだ。変に肩肘を張ってもらっちゃ困る。自然体で、なすべきことをなしてほしいんだ」



「……私の何を、信用してくれるというんです?」


「良い騎士になったんだろ? 騎士であることを捨ててまで、騎士であることを貫いたって話らしいじゃないか」



「黒幕に、人格を認められることほど素直に喜べない賞賛もないですね、まったく」


「それを任せたのはお前で、主人公も今回はお前だ。――他でもないこの鹿住ハルおれがそう断言してやるから、お前は安心して胸を張っていい。黒幕は、黒幕に徹しておいてやる」



「本当に、素直に信じさせてくれませんね、あなたは――」




 起動、と彼女はつぶやきます。

 それを以って彼女を、可視化した魔力が包みました。


 それは白霧のように。白霧が、朝露を帯びて煌めくように。

 彼女を包み、彼女を飾ります。


 周囲の人間は、時代の到来から視線を切りました。レクスの待つ広場ではなく、彼女を見た。



 いいえ。

 いいえ。そうではないのでしょう。衆目は気付いたのです。


 時代の候補が、また一つ台頭したのだと。

『世界』でも『特級冒険者』でもない、第三の『何か』が。






「今はまだ、『お前』に名前はない。だから、斬り結ぶ前に名を名乗るように」


「――ええ、言われなくても。それが騎士ですので。――『神器生成:全行程完了セットアップ』」






「自己紹介の場だなんて思う必要はない。舌を噛むってんなら喋る必要もな」


「戯言ですね。騎士は正義を語って挑む。剣は暴力ではなく、雌雄を決するためのモノです。語れぬ正義に意味などない」







「良いじゃないか。本当に。……それでこそ、黒幕おれの見込んだ主人公カモだ」


「どうとでも。……では、往きますので」








「ああ。行ってこい」








 そう言って、ハルマスターはエイル様の背中をぱしりと叩きます。

 それが、最後の枷を弾き飛ばしたようにして、


 ――エイル様は戦場へと、駆けていきました。








「……よお、見たか今の? 痺れるだろ?」


「……、……」



「これが、好きなようにするってことだ。この言葉を勘違いするなよ、元仇敵? 受け身になってちゃもったいない。誰も、お前にやりたいことなんて恵んじゃくれないぜ? それでいて難しいのが、自分の言ういうことばっかり聞いてちゃいけないって部分だ。人間、いや機械だって・・・・・・・、なんにもしないで一日過ごしとくのが一番楽だ。――楽園だよな? でもそれは、好き勝手とは違うだろ?」



「……、」


「責めてるわけじゃない。もったいなくてしょうがないんだ。おせっかいを焼きたくなるくらいにさ……。


 ――見てろよ? これが俺のやりたいことだ。好きなことで、得意なことで、まあ、ついでに言えばなんだかんだ言っても、成功したら最高に気持ちいい性癖コトだ。


 最高の序破急で最強の物語を描いてやったから遠慮なく味わってくれ。主役はエイル。攻略対象はレクスと、。もしも気に入ってくれたらその時は、俺じゃなくて、俺の愛すべきカモの名を興奮とともに叫んでくれていい」


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