1-6
悪神神殿近郊の、ある地点にて。
「……、……」
「さあ、キミら。丁重に彼女を保護しろ」
少女、リベット・アルソンは、青年パブロ・リザベルとその私兵の群れに囲まれていた。
「――こ、来ないで!」
少女、リベットが戦場の最中央にてそう叫ぶ。
すると、パブロは、
「……、……」
……ふわりと片手をあげて、
そしてあっさりと兵士を止めた。
「諸君、彼女を刺激するな。絶対にだ」
「……そう、怖いんだ? じゃあそのまま逃げたら追わないよ。私には私の目的があるだけだからね。ほら、そのまま行ったら?」
「そうではありません、リベット殿。先ほども申し上げた通り、あなたは我が国史の被害者です。わたくしどもにはこれ以上あなたを傷付けることは出来ない」
「じゃ、じゃあそれでもいいからほっといてよ……! 私にだってあなたを傷付けたい理由なんてない!」
「
「……、……」
「どうか、ストラトス領のレオリアを信じてあげてください。彼女は有能だ。あらゆる手を尽くしてあなたの
「なら、……なら聞かせなさい! どうやってあなたたちは神を殺すっ? しかも、猶予なんてもうほとんど残っていないのに!」
「……、俺には、分かりかねます。付いて来て下されば、レオリアがきっと答えを出します」
「こないでってば!」
踏み出そうとする周囲の兵士に、リベットは短刀を引き抜き振り払う。
素振り、或いはただすら虚空を裂くように振るわれたそれが、
――それでも、大地を裂いた。
「――――。」
「それ以上来るなら、容赦はしないわ。ポーラ・リゴレットと同じ力があなたたちを襲うよ。そこに引いた
「なるほど。
……――
パブロの周囲に、光の粒子が撒きあがる。それは波間に映る星か、或いは
「っわ!!?」
空転。
一か所に集中し膨張する。
……そして生まれ落ちたのは、『巨人の手甲』であった。
それが、優しくも豪快にリベットの身体をすくい上げ、彼女は瞬く間に虚空へと投げ上げられた!
「申し訳ありませんが、多少強引にでも連れて帰らせていただきます! 国史の被害者がテロリストになるなんて悲劇を見過ごすわけにはいきませんので!」
「(く、っそ!?)」
少女の身体が飛ぶ先は、パブロの連れる兵士たちのど真ん中であった。その最中央には布を広げてリベットを受け止めようとする一団も見える。……
国の形が大きく変わって、そうしてようやくこの国に根付いた善性に剣を突き立てたいだなんて、冗談だとしても思えない。リベットは、ゆえに、
「クリア・パルス!」
リベットが掌を差し出し高空から打ち出された『それ』が、円状に広がり大地を圧搾する。
地上の兵士たちが落雷でも浴びたかのように一度強く痙攣し、打ち出したリベットもあまりの反動に空中でホップする。彼女はそのまま、空中で叫ぶ。
「聞こえてるね! それはあくまで牽制! 怪我はしてないはずだよ! 身体の麻痺はたぶん、30分くらいで治るはz、――ぎゃふ!?」
身を翻して反身、飛び抜ける後方に叫ぶ彼女が、奇妙な悲鳴を上げる。遅れて前方を見れば、そこには、先ほども見た巨人の手甲がもう一つ……。
そのまま彼女は、「どべっ!」と再びの悲鳴を上げて地に落ちた。
「なんっ!? あっ、アンタか! 何すんのよ! なんで麻痺してないのよっ!」
「鍛え方が違うんですよ。……さあ、先ほどの行為は見なかったことにいたします。今なら、まだ間に合います。どうかこちらに――」
「……、……
――ひとつ。
「 。」
「――――。」
「――――。」
そんな言葉が脳裏に閃いた。
「交渉は……、」
「――。」
「
パブロの問いにリベットは、姿勢を正し、
「ええ」
「……。」
その言葉にパブロが、両手を水平に持ち上げる。
それは
すでに彼の中に「言葉」はない。ここを交わす言葉のない空間としたのは、――
ゆえに彼にはもう、交わすべき言葉は一つもない。
「(――嗚呼)」
彼は思う。
交渉の余地がないからこそ彼は、少女ではなく自分に言葉を向けた。
「(……嗚呼。俺は今、――
圧力。
無為。空虚。
諦観。決死。無力。絶望。脆弱。汚泥。最低。至高。
天上。幸福。全能。多幸。降伏。完成。陽だまり。かみさま。
――その全てが、ここにあった。
忘れるべきではなかった。忘れるべきでは、決してないことであった。
目前に
「 」
「そうだね。……そうだよ。あなたの交渉はこれでおしまい。余地なんてない、これっぽっちもね」
「……、……」
「
「 。」
自身の
そこには、
――しかし不思議と、『ヒト』の視線が一つ。
「交渉。……いいえ。これは忠告よ」
「なん、でしょうか……?」
「
「……、」
「
「……、……」
暗泥に、彼の心は在った。
目前にある完成品に彼は、自身の謗られるべき身の程知らずを自覚した。
光に差されて下らなさを暴かれた。彼にはもう、畜生以下の存在価値しかないはずであった。
それでも主の命に縋り、仕えるべき「主」に醜くも背信を向けるほかになかった。その程度の無価値な存在だと、彼女の光で以ってそう証明されたはずであった。
そんな彼が、だけれど一つ。
……かみさまの
「畏れながら、リベット
「なに? 私は誰も追ったりしないよ。みんなで早くそっちのレオリアさんに伝えた方が良いんじゃない?
「ええ、リベット様。いえ、リベット
――私たちはそれを、『ポイントB』と呼んでおります」
..break
「よォ」
「――――。」
ポイントB。
――
「人違いなら申し訳ねェケドヨ。もしかしてニーサンって北の魔王さン? うっわー感激ィ有名人じゃン! 握手してくれヨォニーサン!(笑)」
「……桜田會の、たしか、君は首魁だね」
――英雄たちがまた一つ、邂逅を果たす。
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