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 ポイントB、ストラトス領内主要街路にて。



「なんだネ。緊張してんの、お上りさン? ……いやァ確かに立派な街よナここァ。なんで一つアタシらも、今から殺し合うワケだけどヨ、あンま壊さンでくれるとアタシァ嬉しィぜ?」


「善処する、とは言えないな。悪いけどこれも戦争だ。……とはいえ」



 そこで彼、魔王カルティスは周囲を見る。

 そこに広がるのは、……どこまでも洗練とした、人類文化の形成である。



 美しい街並み。理路整然としたライフライン。それらを彩る緑や生活感。しかし、

 ――だけは、皆無であった。



とはいえ・・・・、君たちもこの展開は読んでいたわけだ。用意周到じゃないか、驚いた。いつからこの国の人間は有能になったんだ?」


「ハッ。アタシァアンタより年上だヨ、糞餓鬼」



 ――それに。

 と彼女、桜田ユイは続ける。



「レオリアセンセーの台頭はアンタの活躍と同世代だ。知ってるのァ知ってるがナ。……さァどーする恵まれねェ魔王サマ? 歴史のメシとして不遇に生きたアンタにゃ申し訳ねェがネ、ウチのセンセーはってつもりで動いてたんだゼ? 言いたい意味ァ分かるよな?」


「……この国の人間は有能だった。レオリアはドラゴン殺しも、魔王討伐さえも視野に入れて作戦を作ってた。そう言いたいんだろ? 分かるよ。でもな・・・――」



 そこで、

 ――世界が・・・




「――


「――――ッ!!????」




 


 しかし、否。そうではない。あり得ぬ速度で以って魔王がユイに接近し、ユイの視界が魔王の黒い巨躯に陰っただけの事。それをユイは、



「待ってくれヨ、ニーサン。そォ急ぐことじゃァねーだろ?」


「――――。」



「なンせヨ。



おうよォ・・・・!!」



 がきィん!! と、魔王の一閃が堰き止められる。魔王はその、第三者の差した剣・・・・・・・・を見、その手、その甲、その腕を見て――、




「……、……」


「よォ魔王サマぁハジメマシテぇ! ゴードン・ハーベストだシクヨロォ!!」



 その瞳、その更に奥にある爛々とした輝きに、視線を鋭く取り直した。



「俺の剣を……」


「あん? なんだよ王サマ、ぼそぼそとよォ!」



止めたか、下郎・・・・・・・……ッ!!」



「……―― 



 ――殺意を交錯させる三者の最中央・・・に『四人目』の、女性の声が響く。


 それに三者が同時に懐を見るが、――そこにはもう・・、誰もいない。



 あったのは……、




「くォ!??」


「退けェゴードン!」


「お、俺まで巻き込んでんじゃねぇぞ……っ!」




 爆弾であった・・・・・・




「――チックショ!!?」


 それは、誰の声であっただろうか。殺意を散らす三人が同時にその場を飛び退けて、


 彼ら英雄どもを一度に飛び上がらせたその爆弾が、そして、




 ――っぽん☆ と、ポップな音と白煙を吐いた。




「……………………、は?」


「――さてと・・・、お初にお目にかかります、……っけか? 覚えてないな。それにアレだ。この場のお三方はまともに名乗りもしていらっしゃらないんじゃ?」



 唐突に表れた四人目、彼女・・は、

 そう言いながら魔王カルティスの方に歩み寄って、そして言う。



「まずは、小物のわたしから。


 ――北の魔王。逆条八席第二席、白銀のマグナと名乗っております。今日は一つお手柔らかに」



 そう「彼女」、白銀のマグナは言う。


 薄い色の髪と、力のない瞳。衣装は戦場に出る者とは思えぬ、軽装とさえ言えないようなシャツとズボンのみである。そんな彼女がまずはそう、英雄どもの戦場にて名乗りを上げた。



「……あとね、大将。ビビりすぎです」


「い、いや! あれはびっくりするよ誰だって! 魔王だなんだなんて肩書関係ないよね忽然と爆弾が懐に現れたらさ!?」



「……――ハッハッハ、そのとーり。いやァ悪ィねお見苦しくてヨ。なァ魔王さン?」


 戦場の彼岸で緊張感のないやり取りをする逆条の二人に、……ユイがそう、声をかける。



「……、」


名乗り・・・だろ? みなまで言うない。ホラ、ゴードン。手前もだ」


「え? いや姐さんよ、俺さっき大声で名乗りながら奴さんに斬りかかったつもりなんだが……」


「知るかヨ声が小さくて聞こえねえんだってヨ向こうのねーさんがヨ。ホラ、早く」


「……ったく、ンだよ締まりがねえなァ(マグナをギンギンに睨みながら)」


「恐縮ですー(ゴードンのメンチを受け流しながら)」



「んじゃ……、

 ――ゴードン・ハーベスト。桜田の、……今ァ名誉幹部だっけか?「そーだネ」だってよ。よろしくぶっ殺す」



 そう彼は、彼岸に立つ二人を軽薄と睨む。

 キメキメの金髪オールバックと、季節感のないロングコート。彼はその手の細緻な装飾剣を掲げ、実に演出過多ゆったりな所作で以って、――それを魔王の眉間に向けた。



「さて、どーもゴードン。あと久しぶりなァ。目覚めはどーかネ?」


「良好だ。この街のメシァ日に日に旨くなるな。おかげで今日もいい朝だったぜ」


「……言い難いんだがヨ、ここァアタシらの街じゃねえぞ?」


「…………あー、どーりで知らねえ街並みだと思った。慣れは怖ェね」


「――失礼」



 と、そこで魔王が、

 ガラの悪いやり取りをする二人に、言葉を投げ込んだ。



「せっかくだ、俺らも名乗ろう。知らない間じゃないけどな。――殺し合いってなら、背負う名を聞くのは新しい方が良い」



 ……まずは俺から、と彼がさらに言うと、



「いンや」

 それを、ユイが止めた。



「……、……」


「せっかくだがレディーファースト。それに将棋でも先手は『玉』だろ? ――アタシからだ、良いか? よく聞け」



 そう言って彼女、ユイは、

 ――まず初めに、肩掛けのストール・・・・をふわりと着崩した。




「桜田會首領。桜田ユイだ」

 と、彼女は空手で魔王に嗤う。対する、魔王は――、



「なるほど」



 そう短く言って、

 そして片手の長大剣を、ふわりと彼女の嗤顔にやけがおに差した。




「――じゃあ改めて、俺が『王』。魔王カルティスだ」




「ハン。分かりやすくて良ィ。ンじゃ手前取れば勝ちか?」


「そうだね。その通りだ。俺を取ればこの国の戦争は終わりだ。桜田ユイ」




「そォかい。ンじゃヨ」


「ああ」










「「さっさと、始めよう」」











/break..











 悪神神殿近郊。

 そこで、少女リベット・アルソンと青年パブロ・リザベルは、静かに睨み合っていた。



「……ポイントB・・・・・?」


「ええ。ウチのレオリアの読みは、これで、


「……、……」



 周囲にはリベットの牽制で麻痺した兵士の群れがあり、その更に向こうからは竜の魔術の爆音が聞こえる。恐らくはコルタスとバロンの決着も、未だついてはいないだろう。


 そんな、「この戦いが、本当に始まったばかりの時間」にて。

 彼女、リベットは、



 ……無感情の瞳を装って・・・、パブロを見る。

 他方のパブロは――、




「あなたの意図は分かる。魔王の意図もね。全て、俺が説明をしましょうか?」



 そう、口上でも語るかのように語り出す。



「魔王の目的は二つある。一つは当然、あなたを悪神神殿に送り出すこと。そしてもう一つが、。そうですよね?」


「……、……」


「過日の雪合戦大会親善試合。あの意図はそれなりに多かった。止まってしまった一日分の経済収支の回復。桜田會との和解の周知。それらに加えてもう一つがあなた方、北の魔王への広告です。と」



 ――まあ彼女の身柄は、桜田會と当領との和解にも大きく役立ちましたが、と彼。



「これは確定事項です。フォッサが罠だろうが何だろうが、あなた方は必ずこの『戦争』でフォッサを取り返しに来る。なにせ今日こそが、最もストラトスの守りが手薄なタイミングですからね。……あなた方が『どうしようもなく電撃作戦で悪神神殿を攻略した』のと同じです。。問題は、それに裂く人員だ」


「……人員?」


「ええ、リベットさん。私どもはこう考えた。と」


「――――。」


「最小最高のメンバーで、まずはフォッサを奪還する。それが終わったらあとは総力対総力の決戦だ。……流石に、魔王カルティスと二席のマグナまでこの戦場に加わってきたら、神殿の防衛は難しい。――だからこそフォッサの居場所を暴露した。、とも言い換えられることですけれどね」


「――。」


「あなたが言いたいことはこうだ。『今頃、北の魔王の最高戦力がフォッサを取り戻しにストラトス領を襲っているはずだ。ストラトスの兵士を二分して、片方を領の防衛にあてなくていいのか?』……そうでしょう? ――答えはこうです。構わない・・・・



 ――敢えて、もう一度言いましょう。と彼。



構わないのです・・・・・・・。当方は、ドラゴン殺しも魔王討伐も視野に入れたうえでこの戦争に当たっている。なんならストラトス領のレオリアは、神殺し・・・だって視野に入れて行動をするでしょう。もう一度言います、リベット・アルソンさん。――レオリアを信じてはくれませんか? 当方は決して、間違えてしまったことを見ないフリなんてすることはない。必ず、全てを解決します」



「。」



 彼の言葉に、

 彼女は、にじりと一歩引く。



「……。」



 動機こころは、既に決まっていた。だけれど彼女は、その上で躊躇を抑えられなかった。


 なにせ目前にいるのは敵ではない。彼女の「敵を殺すための術」に、彼は絶対に耐えられない。先ほどの牽制で倒れてくれたらどれだけ最高だっただろう。なにせあの一撃で倒れてくれない彼を、リベットは「殺すほかにない」のだから。



 ――と、そこへ、





「    」





 





「――――。は?」





 その女神・・・・は、戦を司っているように見えた。


 小柄で、スレンダーで、だからこそ彼女が女神に見えた。清貧の女神。銀糸の髪と青い輪郭シルエット彼女ソレが――、




「……っどぁ!!????」




 岩盤をめくり上げる勢いで、空高くから墜落でもするようにこの戦場のド真ん中に割って入った!








エ、エイル・・・・・!?」









 女神のようにさえ見えた彼女、エイル、――エイリィン・トーラスライトがリベットに、まずは柔らかく笑う。


 そして――、




さあ、剣を取りなさい・・・・・・・・・・!」


「え、はっ!?」




 ――武器生成レイン・シフトと、鋭く叫ぶ!




「ちょ、待って!」


「待ちません、リベット。積もる話も後にしましょう。……実は私にも、あなたに話したいことがたくさん出来たんです」




 ……だけど今は、決着を。


 彼女はそう告げて、片腕を上げ、――そして振り下ろす。




「!?」




 武器生成レイン・シフト。そのの魔術はエイルの頭上に現れた。

 。正確に言えばそれは


 天を覆うような剣の澱。それが彼女の腕の振り下ろす挙動うごきに合わせて地表に殺到する。全ての切っ先が、リベットの喉を鋭く狙って。



「くっそ! ラフバッシュ!」



 詠唱さけび、リベットが片腕を払う。その「衝撃」が天を裂き、殺到する剣を一掃するが……、



「撃ち合いますか? 私は付き合いませんよ?」


「ちょっと!?」



 天から降りる第二射第三射を、リベットは全力の魔術で打ち払う。そしてその向こうで少女は、両手いっぱいの光を携えこちらに走るエイルを見る。



武器生成テイル・シフト×2バイツゥ!!」



 彼女の携える光が、大地に並走する一対の大翼に変わる。ガジャジャジャジャジャッ! と硬質な音が響き、その度に両翼が火花を散らす。それを彼女は、「矢番えた弓」のように引き絞り……、



「ブレイクッ!!」


 放つ!



「エイル! 話を聞いて!」


「話すのは後です! 言ったでしょう!」



 殺到する「解れたつるぎ」にリベットは片手を掲げる。



「(ああもう! 留まれドロゥ弾けリペィル、クリア・パルス!)」



 胸中で紡いだ詠唱が、彼女の掌に宿り意味を成す。そこに発生するのは「斥力」。彼女の空手が向かい来る剣を弾いて、彼女を擦過していく「つるぎ」が、後方へ逸れて粒子ひかりに解ける。その・・


 ――剣の本流の最中に、



「ち、っくしょッ!!?」


「リベット!! ……――、





 ―― 





「――――。え?」




 剣の本流、その最中にて。

 エイルがリベットにそう耳打ちをして、そして、――リベットを襲っていた剣が全て消失する。




「    。」


「(……こほんっ)――え、ええ!? 本当ですかー!? 投降してくれるってマジ!? やったぜやりましたよパブロさん! ほら早く縄を貸してください! !!」



 その展開が、リベットには、本当に訳の分からないものであった。ゆえに彼女は、そのまま、



 ……文字通りなす術もなく、先ほどの言葉通りエイルによって腕に縄を掛けられて、


 そして、ストラトス陣営に捕縛された――。



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