1-7
ポイントB、ストラトス領内主要街路にて。
「なんだネ。緊張してんの、お上りさン? ……いやァ確かに立派な街よナここァ。なんで一つアタシらも、今から殺し合うワケだけどヨ、あンま壊さンでくれるとアタシァ嬉しィぜ?」
「善処する、とは言えないな。悪いけどこれも戦争だ。……とはいえ」
そこで彼、魔王カルティスは周囲を見る。
そこに広がるのは、……どこまでも洗練とした、人類文化の形成である。
美しい街並み。理路整然としたライフライン。それらを彩る緑や生活感。しかし、
――
「
「ハッ。アタシァアンタより年上だヨ、糞餓鬼」
――それに。
と彼女、桜田ユイは続ける。
「レオリアセンセーの台頭はアンタの活躍と同世代だ。知ってるのァ知ってるがナ。……さァどーする恵まれねェ魔王サマ? 歴史の
「……この国の人間は有能だった。レオリアはドラゴン殺しも、魔王討伐さえも視野に入れて作戦を作ってた。そう言いたいんだろ? 分かるよ。
そこで、
――
「――
「――――ッ!!????」
しかし、否。そうではない。あり得ぬ速度で以って魔王がユイに接近し、ユイの視界が魔王の黒い巨躯に陰っただけの事。それをユイは、
「待ってくれヨ、ニーサン。そォ急ぐことじゃァねーだろ?」
「――――。」
「なンせヨ。
「
がきィん!! と、魔王の一閃が堰き止められる。魔王はその、
「……、……」
「よォ魔王サマぁハジメマシテぇ! ゴードン・ハーベストだシクヨロォ!!」
その瞳、その更に奥にある爛々とした輝きに、視線を鋭く取り直した。
「俺の剣を……」
「あん? なんだよ王サマ、ぼそぼそとよォ!」
「
「……――
――殺意を交錯させる三者の
それに三者が同時に懐を見るが、――そこには
あったのは……、
「くォ!??」
「退けェゴードン!」
「お、俺まで巻き込んでんじゃねぇぞ……っ!」
「――チックショ!!?」
それは、誰の声であっただろうか。殺意を散らす三人が同時にその場を飛び退けて、
彼ら英雄どもを一度に飛び上がらせたその爆弾が、そして、
――っぽん☆ と、ポップな音と白煙を吐いた。
「……………………、は?」
「――
唐突に表れた四人目、
そう言いながら魔王カルティスの方に歩み寄って、そして言う。
「まずは、小物のわたしから。
――北の魔王。逆条八席第二席、白銀のマグナと名乗っております。今日は一つお手柔らかに」
そう「彼女」、白銀のマグナは言う。
薄い色の髪と、力のない瞳。衣装は戦場に出る者とは思えぬ、軽装とさえ言えないようなシャツとズボンのみである。そんな彼女がまずはそう、英雄どもの戦場にて名乗りを上げた。
「……あとね、大将。ビビりすぎです」
「い、いや! あれはびっくりするよ誰だって! 魔王だなんだなんて肩書関係ないよね忽然と爆弾が懐に現れたらさ!?」
「……――ハッハッハ、そのとーり。いやァ悪ィねお見苦しくてヨ。なァ魔王さン?」
戦場の彼岸で緊張感のないやり取りをする逆条の二人に、……ユイがそう、声をかける。
「……、」
「
「え? いや姐さんよ、俺さっき大声で名乗りながら奴さんに斬りかかったつもりなんだが……」
「知るかヨ声が小さくて聞こえねえんだってヨ向こうのねーさんがヨ。ホラ、早く」
「……ったく、ンだよ締まりがねえなァ(マグナをギンギンに睨みながら)」
「恐縮ですー(ゴードンのメンチを受け流しながら)」
「んじゃ……、
――ゴードン・ハーベスト。桜田の、……今ァ名誉幹部だっけか?「そーだネ」だってよ。よろしくぶっ殺す」
そう彼は、彼岸に立つ二人を軽薄と睨む。
キメキメの金髪オールバックと、季節感のないロングコート。彼はその手の細緻な装飾剣を掲げ、実に
「さて、どーもゴードン。あと久しぶりなァ。目覚めはどーかネ?」
「良好だ。この街のメシァ日に日に旨くなるな。おかげで今日もいい朝だったぜ」
「……言い難いんだがヨ、ここァアタシらの街じゃねえぞ?」
「…………あー、どーりで知らねえ街並みだと思った。慣れは怖ェね」
「――失礼」
と、そこで魔王が、
ガラの悪いやり取りをする二人に、言葉を投げ込んだ。
「せっかくだ、俺らも名乗ろう。知らない間じゃないけどな。――殺し合いってなら、背負う名を聞くのは新しい方が良い」
……まずは俺から、と彼がさらに言うと、
「いンや」
それを、ユイが止めた。
「……、……」
「せっかくだがレディーファースト。それに将棋でも先手は『玉』だろ? ――アタシからだ、良いか? よく聞け」
そう言って彼女、ユイは、
――まず初めに、肩掛けの
「桜田會首領。桜田ユイだ」
と、彼女は空手で魔王に嗤う。対する、魔王は――、
「なるほど」
そう短く言って、
そして片手の長大剣を、ふわりと彼女の
「――じゃあ改めて、俺が『王』。魔王カルティスだ」
「ハン。分かりやすくて良ィ。ンじゃ手前取れば勝ちか?」
「そうだね。その通りだ。俺を取ればこの国の戦争は終わりだ。桜田ユイ」
「そォかい。ンじゃヨ」
「ああ」
「「さっさと、始めよう」」
/break..
悪神神殿近郊。
そこで、少女リベット・アルソンと青年パブロ・リザベルは、静かに睨み合っていた。
「……
「ええ。ウチのレオリアの読みは、これで、
「……、……」
周囲にはリベットの牽制で麻痺した兵士の群れがあり、その更に向こうからは竜の魔術の爆音が聞こえる。恐らくはコルタスとバロンの決着も、未だついてはいないだろう。
そんな、「この戦いが、本当に始まったばかりの時間」にて。
彼女、リベットは、
……無感情の瞳を
他方のパブロは――、
「あなたの意図は分かる。魔王の意図もね。全て、俺が説明をしましょうか?」
そう、口上でも語るかのように語り出す。
「魔王の目的は二つある。一つは当然、あなたを悪神神殿に送り出すこと。そしてもう一つが、
「……、……」
「過日の
――まあ彼女の身柄は、桜田會と当領との和解にも大きく役立ちましたが、と彼。
「これは確定事項です。フォッサが罠だろうが何だろうが、あなた方は必ずこの『戦争』でフォッサを取り返しに来る。なにせ今日こそが、最もストラトスの守りが手薄なタイミングですからね。……あなた方が『どうしようもなく電撃作戦で悪神神殿を攻略した』のと同じです。
「……人員?」
「ええ、リベットさん。私どもはこう考えた。
「――――。」
「最小最高のメンバーで、まずはフォッサを奪還する。それが終わったらあとは総力対総力の決戦だ。……流石に、魔王カルティスと二席のマグナまでこの戦場に加わってきたら、神殿の防衛は難しい。――だからこそフォッサの居場所を暴露した。
「――。」
「あなたが言いたいことはこうだ。『今頃、北の魔王の最高戦力がフォッサを取り戻しにストラトス領を襲っているはずだ。ストラトスの兵士を二分して、片方を領の防衛にあてなくていいのか?』……そうでしょう? ――答えはこうです。
――敢えて、もう一度言いましょう。と彼。
「
「。」
彼の言葉に、
彼女は、にじりと一歩引く。
「……。」
なにせ目前にいるのは敵ではない。彼女の「敵を殺すための術」に、彼は絶対に耐えられない。先ほどの牽制で倒れてくれたらどれだけ最高だっただろう。なにせあの一撃で倒れてくれない彼を、リベットは「殺すほかにない」のだから。
――と、そこへ、
「 」
「――――。は?」
小柄で、スレンダーで、だからこそ彼女が女神に見えた。清貧の女神。銀糸の髪と青い
「……っどぁ!!????」
岩盤をめくり上げる勢いで、空高くから墜落でもするようにこの戦場のド真ん中に割って入った!
「
「
女神のようにさえ見えた彼女、エイル、――エイリィン・トーラスライトがリベットに、まずは柔らかく笑う。
そして――、
「
「え、はっ!?」
――
「ちょ、待って!」
「待ちません、リベット。積もる話も後にしましょう。……実は私にも、あなたに話したいことがたくさん出来たんです」
……だけど今は、決着を。
彼女はそう告げて、片腕を上げ、――そして振り下ろす。
「!?」
天を覆うような剣の澱。それが彼女の腕の振り下ろす
「くっそ! ラフバッシュ!」
「撃ち合いますか? 私は付き合いませんよ?」
「ちょっと!?」
天から降りる第二射第三射を、リベットは全力の魔術で打ち払う。そしてその向こうで少女は、両手いっぱいの光を携えこちらに走るエイルを見る。
「
彼女の携える光が、大地に並走する一対の大翼に変わる。ガジャジャジャジャジャッ! と硬質な音が響き、その度に両翼が火花を散らす。それを彼女は、「矢番えた弓」のように引き絞り……、
「ブレイクッ!!」
放つ!
「エイル! 話を聞いて!」
「話すのは後です! 言ったでしょう!」
殺到する「解れた
「(ああもう!
胸中で紡いだ詠唱が、彼女の掌に宿り意味を成す。そこに発生するのは「斥力」。彼女の空手が向かい来る剣を弾いて、彼女を擦過していく「
――剣の本流の最中に、
「ち、っくしょッ!!?」
「リベット!! ……――、
――
「――――。え?」
剣の本流、その最中にて。
エイルがリベットにそう耳打ちをして、そして、――リベットを襲っていた剣が全て消失する。
「 。」
「(……こほんっ)――え、ええ!? 本当ですかー!? 投降してくれるってマジ!? やったぜやりましたよパブロさん! ほら早く縄を貸してください!
その展開が、リベットには、本当に訳の分からないものであった。ゆえに彼女は、そのまま、
……文字通りなす術もなく、先ほどの言葉通りエイルによって腕に縄を掛けられて、
そして、ストラトス陣営に捕縛された――。
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