1-5


 



「――――。」



 森の空白地点。『グレープ』の衝突地点にて。

 彼、誇りのバロンがコルタスに問いかける。



「なあ……、


 ――? 悪く思わないでほしいんだけどな、俺は手前の幻覚魔法のせいで兵士いきてんの死体しんでんのも見えねえんだよ」



 バロンの見ていた「幻覚」は既にない。

 あるのは灰燼木っ端に変わった「森の名残り」と、その上を無重力に揺蕩う小さな凶星だけであった。



「――――。」


「……これは戦争だ、幻魔コルタス」



 バロンは、言う。

 その言葉をコルタスは、ただ聞いている。



「戦争に出てくる奴は、多分、死ぬ覚悟をしてる奴だ。……だけどな、俺にも誇りがある。貴様が嗤った騎士道だ。それが、俺にはある」


「……、……」


死体を見せろ・・・・・・。幻覚を解いてな。……俺に、殺した命を背負わせろ」


「……、」



 それを聞き、彼、コルタスは、





「嗚呼、――哀れな猫め。貴様の覚悟が、実に愉快だ・・・・・


「……。」





 そう嗤った。






 ../break.






 バロンの使う「星の魔法」は、黒い光子の一つ一つを「星」と定義し引斥を発露させる『異能』である。


 惑星が衛星を引き寄せるように、或いは引き寄せられ過ぎた衛星が、惑星に衝突し無残に砕け散るように、彼の『異能まほう』は「黒い光」と、そして「剣を交える相手」を「星と定義する」。



「……、……」



 だからこそバロンは、敵にも敬意を以って向かう。

 敵は「星」だ。燦然と輝く命の惑星いとなみ。その命の歴史、自我、意思、誇りに彼は敬意を払う。


 ……自分のこの胸の内に「星」が在る・・からこそ、その自分とぶつかり弾かれ合って、そしてまた剣を惹く相対者だって「星」であるはずだ。ちっぽけなナニカでは、決してない。


 そう、思っていたけれど――、




「下種が」




 目前には、

 彼の誇りを嗤う、悪鬼が一人。




「――――。」


「――――。」




 ソレ・・がまた、ナイフを引いた。



「ッ!」



「ハッ、下らねえ。下らねえ挑発だよな。実に下らねえ。――何が下らねえって、手前の性根がだ。幻魔」


「――――ッ!!?」



 奔る凶刃を星が弾く。それにコルタスの体勢が崩れ、彼はたたらを踏む。しかしそれでも、その眼は嗤ってこちらを見ていた。


 ――下らない・・・・


 バロンが槍を構えた。その切っ先の向こうで、コルタスが体勢を整える。

 彼の、そのあまりにも冗長な姿勢の取り直しをバロンは半眼に見て、引いた足に力を籠める。



「――――。」


「ぐッ、うォ!?」



 突貫。

 バロンの槍の一撃が、音さえ置き去りにコルタスを貫く。


 ……否。手ごたえの硬質さはナイフのそれであった。刺突の一点にナイフを置くことで彼は、どうやら刃の軌跡を逸らしたらしい。下らない・・・・。バロンはそのまま槍を振り抜き、切っ先で半月を描いて老人を弾き飛ばした。


 ――嗚呼、下らない・・・・



「――――。」



 なおも悪鬼の視線は嗤う。それが、バロンの神経を殊更に逆なでする。



「弾き飛ばせ」



 凶星を八つ。槍の薙ぎ払いで虚空に浮かぶコルタスの身体が、都合八度の衝撃に弾かれる。


 ……これで、

 幾つ、老人は星に弾かれた?


 そう、バロンはふと思う。



「――。」



 凶星の威力は甚大だ。痛みに耐えればどうにかなる代物ではないはずであった。現に老人の身体は見るからにズタボロで、上等な設えのスーツだって見るも無残な有様である。骨折だって一つ二つではあるまい。


 それでも彼は無痛のように動き、その眼がバロンを、あくまでも嗤う。



「。」



 とどめを刺そう。

 彼はそう、ふと思う。


 未だ虚空にある老人の身体を見据えて、肉食獣の脚力で距離を殺す。コルタスには肉眼で捉えることもできなかったであろう速度で以って、バロンは、空転する老人の背後に立つ。


 そして――、



「下らない。――



 光速の刺突を、37回。

 それでもって幻魔を、虚空に射止めて屠殺した……。




「    」


「――――。はぁ」




 バロンは、

 ……その手に滴る老鬼の血を払い、そして溜息を吐く。




「……、……」



 下らない、とそう思った。



 してはならぬ挑発を、奴はした。

 命を弄び死者を愚弄するような行為で以って、騎士の誇りを踏みにじった。彼はその手で、ありとあらゆる禁忌を愛撫した。それが下らない。そして、それ以上に、



「……。」



 聞くに名高い幻魔カレが、あんなふうにも下らない幕引きで異名に泥を塗りたくって逝ったことが、


 ……ああ、そうとも、本当に・・・







「    ――は?」







 血にまみれた掌を拭おうとして、バロンは、。それに彼は一瞬だけ思考を空白とし、



 ――そしてその直後に、全てを理解する。





「あァ、なるほど? ――幻魔・・、名に騙りはねえわけか」


ええ、そのとおり・・・・・・・・





 初めの邂逅とは、全てが違った。


 矢を掻い潜ってこちらに突貫するなどという曲芸じみた奇襲はない。彼、コルタスは、

 ――どこまでも紳士然と、『忽然』と、そこにいた。




「――――。」


「名乗り、しておきましょうか。改めて」



「……。」


「桜田會幹部。桜田ユイの側近にして、友人のひとり。名を、コルタスと申します」



「……何を、今更?」


「おかしなことをおっしゃる。



 ――種明かしを、しておきましょう。

 と、老人は恭しく言った。



「私に、練度不足の兵士の矢と阿吽の呼吸で奇襲をかけるような技術はございません。……いえ、やれと言われればやりますが、今回は、やれとは言われておりませんゆえに」


「何を言ってる? 何を、……待て、俺はどこから貴様の術中だった?」


「それを教えて差し上げるのです。教えて差し上げて、手の内を晒し合って、名乗り合った我々は今度こそ果たし合いましょう?」


「――――。」



 老鬼の言葉にバロンが視線を鋭くする。

 今の言葉のどこかに、何か、致命的な「コト」がある。と、バロンの直感がそう強く告げたために。


 しかし老人は、ただ続けた。



「どこから、と聞かれましたな。どこから術中だったのか、と。ならば答えましょう。リベット氏が、とあなたに聞いたその瞬間より、あなた方は私の術中におりました」


「……待て、なら聞かせろ。あの子に幻術は効かないはずだ。貴様はどうして」




 その言葉は、先ほどまでの悪鬼幻魔・・・・・・・・・・の口調で紡がれていた。あくまで「言葉」だけは取り繕って、敢えて丁寧な言葉選びをしながら、


 ――「悪鬼」が言う。



「ヒトを騙すならを騙す。動物を騙すなら匂いを足しましょう。剣を交える相手なら、質量もそこに加える必要があるし、


「……、……」


「リベット・アルソンについて、あなた方は勉強不足と言わざるを得ない。彼女は一度、で幻術に晒されている。……これは、ギルドと公国の聴取で裏の取れている確実な情報です。彼女は本質を見通せるが、……本質など、経年劣化でさえ変わるモノだ。普遍の摂理などではない」


「……、」


「本質を騙す。本質的に騙す。言うは難いが、行うは易い。本質ステータスに手を加える手段など、。さて、ここまでがリベット氏のお話。――では、ここからがあなたのお話です」



 言葉を払い、ただ斬りかかることが出来なかった。バロンはただ、悪鬼の言葉の先を待つ。


 先に致命的な「ナニカ」の気配を感じてしまったからこそバロンは、彼の言う「種明かし」に縋りつく。……それさえも、悪鬼の術中だと理解していながら。



まずは、ご安心を・・・・・・・・


「――――。」



「あなたが先ほどの絨毯爆撃で背負うべき命など、ありはしない。あなたのその『光子と衝突したものを斥力で弾き飛ばす魔法』は、周囲一帯の木々をなぎ倒しただけです」


「……、は?」



 いいですか? と悪鬼。



「わたくしども『神殿防衛ヒト勢力』は、名の通る勇士をまずはチームに分けて、その下に兵士を連れ立っております。ただし、私のチーム、――チーム『グレープ』は少し事情が違う」



 ――ここにいるのは・・・・・・・

 と、彼は言った。




「……、……」


「元よりチームは組みませんでした。部下の兵士は戴きましたが、それも。全員がリベット氏の追跡に出ております」


「    。」



 それを聞いてバロンは、




「――ああ・・。なる、ほど」


 そう、「理解」をした。




「なにか、お気づきになられましたか?」


「ああ、気付いた。気付いたよ。致命的に重要なことだ」


「……、……」



 老鬼が待って、

 ――バロンが応える。



「手前。?」


「……、」


「騎士の、名乗り上げての果し合いだ。それも、お互い・・・手の内を晒した状態での実力勝負。これを蹴るようなのは騎士じゃない。……だから手前は、名乗って、長々語って手の内を完全に晒した。これを、『騎士同士の決闘にする』ために」


「……ええ、その通りですな」


「その口調も取っ払え。決闘のマナーはもう十分果たしてる」


「……。」


「これだけ設えられた決闘に背を向けちゃ騎士じゃない。たとえ今俺が、だとしてもな。……ああ・・



 。――その決闘、相受けた!」


「――ふむ。残念だ。葛藤する貴様に掛ける優しい言葉・・・・・を、幾つか用意していたんだがな」




 一応・・。と、老鬼が言う。

 ――貴様の殺し方が分かったから、自分は顔を出したのだぞ? と。そして、



 ほざけ・・・、という苦笑気味の騎士の返答は、

 ――彼自身の疾駆に、掻き消えた。



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