『序_/3』




 俺が「その情報ハナシ」を聞いたのは、全くの偶然によるものだ。



 とある街のとある酒場で、俺がとある冒険者パーティと夕食を賭けてトランプゲームに勤しんでいた時、そのうちの一人がふと漏らした「キナ臭い噂」。


 彼からすれば、配られた手札を眺めて戦略を練る間の、ちょっとした暇つぶし程度のモノだったのかもしれない。――それが、



 ……ちなみに、その大富豪ゲームの勝者は当然のごとく俺であった。






 〈/break..〉






 某日未明。



 まだ朝靄のにおいが残る街道に、馬車の一団が整列していた。

 馬の呼吸音だけが空に鳴る。赤みの残る空の下に、静謐とした野性がぽっかりと浮かぶ。


 そこに、――ふと。






 ゲボを吐く音が響いた。



「ゥぎもちわるいぃ。ぎもちわるいよぅ……」



 などと供述するのは、私ことエイリィン・トーラスライトである。

 ちなみに、なんでげー・・してるかというと、それは全て昨日のせいだ。


 ただ、難しい事情などはない。飲みすぎただけである。

 ……あと、ついでに言えば馬車の揺れがとどめでもあった。


 嗚呼、私は馬鹿だ。どうしようもない愚か者だ。もう一生酒なんて飲まない誘われたって絶対だ。お金だってかかるし身体にだって絶対わるいし。チックショウお酒なんて大っ嫌いだバカタレが!



「よくぞ耐えましたエイルさん。さあこちら水と塩です」


ぽかり・・・がいいよぉ……」


「ああ、それってあれですよね公国さんの方に流通してる飲料でしたっけ? ぜひ私にその商売の元締めを紹介してはいただけませんでしょうか、ふん縛って説教してやろうと思いますので」


「なンで? うンまいぜあれ」


「……ユイさん的には生まれた時代的に知る由もない事情です。あー、そういえばそっちは体調大丈夫ですか?」


「おゥよ、へーきだネ。朝が気持ちィじゃないかい」


「なるほど呼気がアルコールですね。エイルさんが戻しちゃうので離れててもらえます?」


「臭くないよなァ? 抱きしめてあげよっかァエイルちゃン?」


「おっぷ。うぇえ……」


「…………。」


「えづかれてヘコむようなジョークなら言わなければよろしい。とりあえず行きましょう。ほらエイルさん、立ってあっちのテントに着いたら二日酔いに効く治癒魔法をかけたげますよ」


「いきましゅ……」



 ……ということで、



「ふっかーつ!」


 改めて私ことエイリィン・トーラスライトである。いやあアレだね二日酔いの気持ち悪さをお酒にぶつけちゃお酒に失礼だね。お酒は友達! 今夜も飲もうかな!



「あるあるだよなァ、喉元過ぎて熱さ忘れるってやつ」


「……ぜってー飲ませません。そのつもりでどうぞ」



 さて、


 ――私たちが訪れたのは、例の視察、『悪神神殿』近郊のストラトス領拠点テントである。


 ただし地理としては領からそれなりに離れていて、ぶっちゃけの話ストラトス領よりも王都の方が近かったり。或いはこの「命名」もまた、バスコ共和国の力関係の発露なのかもしれない。


 と、そんなテントの内部にて。




「――失礼いたします。レオリア殿」


「ああ、お疲れ様です。どうぞどうぞ」




 私の復帰を待ったようなタイミングで、『来訪者』が一人。


「これはどうも、皆さん。失礼いたします」


「ええどうも、始めましてですね。私は公国騎士エイリィン・トーラスライトと申します」


「ユイですゥ。っつってもまァ、見た顔だわな、たしかヨ?」


「ええ」



 その来訪者だんせいはまず、私たちに目礼を置いた。

 印象的なのは鍛えられた長身と、どこか歴戦越しのような枯れた表情だ。歳は四つ周り程度私と離れて見えるだろうか。そんな彼は、少し待ってから、




「旧王都より参じました、と申します」


「――――。」




 初めましてじゃなかった!


 ……ジェフ・ウィルウォードと言えば、自己紹介通りこの国のトップである。

 バスコ国が王政を退いてよりの複数任期を任された世界的にも有名な人物で、ぶっちゃけ言うと私も多分式典とかどっかで会ったことある。


 よってやばい。何が初めましてかって話である超やばい。



「(あわわ、あわわわわ)」


「……いえね、よく言われるんです。実際に会うと覇気がないって。ですからお気になさらず」


「そそそそんなご謙遜なさらず! いやあの私実は今ちょっとお酒入ってるみたいなところあって! 別に顔を忘れてたとかそういったことでは一切なく!」


「(そのフォローの方が結果やばいでしょ酒入れて外交に来んなじゃん……)。えーまぁ、ということ私が引き継ぎますが、こちらジェフ大統領です。というかジェフ、君も君だ。ウチのトップが自虐で空気を和ませちゃいかんでしょ」


「……あれ? ここはなんだ、敬語抜けていいの?」



 私が脂汗で滝を作る傍らで、なにやら二人は砕けたやり取りをし始める。

 それに私が更に目を白黒させていると……、



「こいつらなァ、裏じゃつるンでるらしいのヨ。もともとォ大統領さんが、センセーのとこの叔父貴オジキって話だっけ?」


「貴は結構ですので叔父って言ってくださいね、ぐっと黒い関係に聞こえますんで。……まあ、そんな関係です。一応普段は彼とも敬語を使い合ってるんで、こういう関係だってのは公然の秘密ってことでよろしくです」


「アタシに秘密握らせるたァ豪気だネ! ヨシきた幾ら払えるゥ?」


「公然だっつってんだ。なんなら風聞してくださって構いませんよ、旧王都おうぞくのきょてんストラトス領ウチの仲良しを宣伝していただければこの国も安泰です」


「っかー政治の話と来たァ辛気臭ェ! じゃァこっちからも言わせてもらうゼ政治の話だ税金タダにしろクソ貴族!」


「酔ってんじゃねえだろうなアンタ? ……まあ、とかにくですケド。ええ、彼がジェフですので双方よろしく。一応旧王都近郊ってことで彼にも来てもらいまして、軍事力もある程度借り受ける予定でございますね。それと、一定水準以上の強度の作戦を申請する際には、彼の承認を待つ形になります。立案があれば、……まあ承認はそれなりに迅速に行えますけれど、一応早めに私の方に」



 レオリアが言い終わって、改めて彼はこちらに礼をする。

 その態度はどこまでも真摯で、だからこそ私は、どうしようもない違和感をそれに覚える。



 ……おかしい。お国のトップってもっとこう、騎士を「貨物かゴーレムか」だと思ってる人でなしなんじゃないの?



「どしたのエイルちゃン? なんの顔ォ?」


「転職を考えている顔です。ジェフか或いはストラトス、騎士がご入用ではありませんか? 私結構強いんですケド」


「…………。(笑い飛ばすべきか悩んでる顔のレオリア)」


「じ、自分のことは、……まあ少なくとも様呼びでなくて結構ですので」



 ――という感じで、ひとまずの顔合わせは滞りなく完了である。


 次の予定は、実働隊を合わせたブリーフィングとのこと。それまでの空き時間は、……そういえば昨日の仕事が残っていたぜということでそれに費やすこととして。



 さて、腹が減っては戦も仕事もままなるまい。

 今朝は、どこで朝食を頂こうか。


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