3-2



「ありゃ、エイルちゃンがどっか行ったワ」


「あっちは人の集落があったんだっけ、ジェフ?」


「そうだね。小さくまとまってるトコだけど、『神殿』の需要でお金を持ってる村だよ。夕餉のアテがなければ寄ってみるといい」



 ――拠点のすぐ脇の野原にて。


 桜田ユイ、レオリア・ストラトス、ジェフ・ウィルウォードの三名が、紫煙を三つ燻らせ緩慢な会話を広げていた。



「カネかい? 冒険者特需ってやつだァ? はン、連中・・は馬鹿が集まってんネ、力試しで死にたいンばっかかい」


「いえ、ユイ殿。それもありますが、この辺りは悪神の影響で魔性が強く、厄介な魔物も多いんです」


「ユ、ユイ殿と来たかィ……」



 そこでユイが、うっとおしそうに掌を振った。



「いいかい大統領。敬語とその『殿』ァ金輪際禁止だ。他所にタメ口使ってるヤツァ、アタシにもそうしろ」


「え? いや、しかし……」



「しゃらくせェったらネェ。区別ァナシで行こうぜ。仲良く出来ねェってンなら別だがヨ」


「わか、……ったよ。善処で許してくれ、ユイさん」



 オーケー、とユイが煙を吐いた。



「しかしねェ。この国も随分と冒険者に好かれたもンだ。アタシがこんなん・・・・の頃ァ、手前の敵ァ手前で殺せだったがね(自分の頭頂部に掌をあてがいながら)」


「(ど、どーいうことだ? なんのジェスチャー??)。……まあ、確かにそうでしょうね。極海の星と王政の崩壊で、治安もだいぶ好転しましたし」


「流しやがったなアタシの渾身のロリジョーク」


「ロ、ロリジョークっ? ……あ! こんなん・・・・って言ってるのに身長変わってないってジョークか! わっかんないなあ!」


「解説すんなヤ。……まァとかく、国は変わった。そーいや極海の星ってやアレ、結局どーなったんだい」


「どーなった、と言いますと?」


「お国のお偉いさンならご存じかもだナ? ありゃ、結局どう消えた・・・・・・・? アタシァ裏っ側なんで縁がある連中だったが、いつの間にかいなくなっちまってたんだよナ。神サマ残して」



 その問いに、ふむ、とジェフが考え込んだ。



「その事例については、一応、答えは出てるんだ」


「ほゥ? ンで?」


自然消滅・・・・。本当に、。そうとしか言えない」


「はン? ならその起点の時期は? 『そこ』に何かはぜってェあんだろ? 国一個揺るがした連中がヨ、ただ飽きてさァやめたってワケがねえわナ?」


「それについては私からも補足しますが、衰退期に入った時期は確定しています。またその時期に、関連しそうなコトは何もなかったことも調べ済みです。……捕らえた教団員の話を調べても、



「よォわからン。そいつァなんて言ってた?」


「そうですね、……はっきりと申し上げれば」



 ――怖くなった・・・・・、と。

 レオリアはそこで、どことなく言い淀むような語調を取って、




「…………、しょォもな。好みのタバコの銘柄談義に花ァ割かせてた方がマシだったワ」




 ユイがつまらなそうに、もう一つ紫煙を吐いた。






 〈/break..〉






 この辺りに来るにあたって、予習の類いは一通り済ませておいた。

 この街は冒険者の中継地点らしく、バスコ国の中間部という位置関係と「この辺り特有の生態系」から来る防衛戦力へのニーズによって、カネも多生ため込んでいるようだ。



「(しかし当然、『悪神神殿』のお膝元であるのは変わりない、と。……確かに、そんな雰囲気ですね)」



 ……どことなく、「静粛」とした雰囲気である。

 目につく人々は誰もが硬質な表情を保っていて、時折聞こえる声も、どこか鳴りを潜めたものに聞こえた。


 大通りと呼べる規模の街路でさえ、立ち上るのは「ビジネスライク」な空気感である。私はそれに、喪に服す葬列を見るような印象を、曖昧に覚えた。



「(。そんな層が集まってるってことですかね……)」



 これもきっと、彼の『悪神』による爪痕なのだろう。朗らかな朝靄に浮かぶ不吉は、ただの凶兆なんかよりもずっと胸に詰まる。



 そんな空気感に居心地の悪さを感じて、私は、

「……、……」



 外観の雰囲気の見聞もせずに、見繕った「その店」に足早に逃げ込んだ――。



「お邪魔しまーす……」


 さて、私の来訪をドアベルが告げる。



 見たところ客入りは四割程度と言ったところだろうか。時間帯を考えれば存外の繁盛っぷりである。


 お店の雰囲気は、……これもまた存外に朝らしい爽やかさだ。外の不吉さとは似ても似つかぬ活気を受けて、私は妙に白昼夢じみた心地に襲われた。



「いらっしゃいませ、おひとりですか?」


「ええ、はい」



 なんて挨拶を返しながら、ふと「他の面々にも声を掛ければよかった」と思い出す。

 ……といっても、それもあくまで「そう反省をすること自体が免罪符」、みたいなものではあるのだが。



「こちらへどうぞ」


「……、……」



 店員に案内されたのは、一人用の、シンプルだけどなんとなく可愛らしい印象のテーブル席だ。座ってみると、思いのほか「高級そうな」クッションの感触が私の腰を押し返す。


 なるほど確かに、調度品の清潔感や気遣い一つにもこの町のお金事情がうっすらと反映されているようだ。



「いらっしゃいませ、おはようございます。今朝はプレートでの朝食を二種類ご用意しております。バスコ風とエルシャ風、どちらになさいますか?」


「……では、エルシャの方でお願いします」



 かしこまりましたと応え、店員がきびきびと厨房に戻る。……なんか、調度品だけじゃなくてお値段も高級そうな感じである。お金あるけどちょっと怖い私であった。


 しかし、


 ……はてさてと、



「(エルシャ風、ですか。……なんだか久しぶり)」



 この国バスコ風の朝と言えば、歯ごたえのしっかりしたパンと温かいスープがイメージに強い。対してエルシャとは、国家連合により結実した衆合国連この辺の国の総体とも同程度の規模を持つ大国の様式である。



 エルシャ。

 ――ダニー・エルシアトル・カリフォルニア。



 彼の国の朝食はマフィンやドーナツやワッフルなどを起点に、ヨーグルト、フルーツなどの爽やかなスイーツが皿を彩る。




「…………。」




 頭が、糖分を求めているような気がしていた。それで頂くエルシャ風は「おやつ感覚」なところがむしろちょうどいいかもしれない。それとも、頭に燃料とうぶんを仕込むアテが出来たからこそ、私の思考が空元気じみて回り始めたのか。


 しこうが今更になって、「疲れた」とため息をこぼす。それを私は聞き届け、……しかし、出来ることもないわけで、受け取ったため息だってそのまま吐き出す他にない。


 ふと思い出すのは、やはり、その「愚痴つかれた」の原因であった。



「(……、……)」



 考えないようにするのには、そろそろ限界が出てきていた。つまりは、――


 彼女は、紙面上の情報を鵜呑みにすれば「悪神の消失と共倒れする」命運である。そして私は、今まさに「悪神の討伐を阻止する仕事」をしているわけだ。言い換えれば、「リベットの共倒れを促す仕事」を私はしている。


 当然、この『仕事』に異論は唱えた。いっそ「北の魔王との和解」をさえ具申した。しかしながら、からの直接的な是非は、結局得られないままだった


 ……誓って言おう。。彼女はこの国のトップとして、ありとあらゆる命を並列に見る必要がある。

 私が、単に、である。


 恨むのは筋じゃない。それは、間違いない。

 問題は、……ことだ。


 私には公国騎士としての強い責任があり、だからこそ私には、決してないがしろには出来ない義務がある。


 いっそ、ああ、そうとも。



「――――。」



 私は、何せ騎士である。「大切な人を守り、誇りに忠を尽くすこと」こそが私の『業務』である。ならばこそ、

 或いは、



「(――――。)」



 、と。


 ……『とある異邦者』の覚悟に立ち会ってしまったせいだろうか。私の思考は近頃、そんなふうに傾きつつあった。



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