2-2



 ……まずは、その外観について。

 先ほどの通り、周囲よりも一層大きな家屋である。


 近付くとその壁面の、削った丸太を積んだような造りが見えてくる。また等間隔のガラス戸の向こうには、確かに彼女の言う通り人気が感じられた。


 概ね、「奴隷学校」なんて悪趣味な名前の割には、普通の学校の校舎な感じである。強いて言えば、木造りの見た目などは俺の世界の「今世代の校舎」と比較して、やや昔っぽく見えるかもしれないか。


「そンじゃみなさん。ガッコん中じゃ今は授業中なんで、静粛に願いますよ一つ」


 ――こっちで、靴履きかえてね。と、ユイが俺たちを「昇降口」へ誘った。


「あ、どうもユイさん」


「よォ。やってるかい? まあやってるわナ。ってことでお客さんだヨ。通してくれ」


 昇降玄関横の窓口で、ユイは簡単なやり取りを挟む。


「ってことでまァ、こちらがアタシどもの『事業』に当たります、奴隷の教育施設です。のんびり見てってくださいナ」

「……、……」


 中も殆ど学校である。しかもそのまんま日本の小学校とかの造りだ。


 ……いやまあ、ユイの名前的に察してはいたけど、まず間違いなく彼女も異邦者なのだろう。その辺の確認は、しかし、ひとまず後に回しておくとして。


「とりあえずァ、ンじゃぁ授業参観ってことで。通路から眺めてもらうってぇ寸法で恐縮だが」

「結構ですよ。まずは雰囲気の方を確認させていただきたいですし」


 並びは再び、ユイとレオリアの先導をその他大勢が付いていく形になる。


 ただ、先ほどのように広がって歩くにはやや手狭な通路で、大人十一人分の幅を取ると、人口密度がぐっと増す。

 さらに……、


「あ! ユイさまだ! ユイさまが来てるよ!」


「ホントだっ、幹部の人もいる!」


「知らない人もいる! あの姉さん凄い美人! 女神様みたい!」


「知らねえのかよあの人! レオリアって貴族だぜ! おい誰かパンツめくって来いよ!」


「あ! あのお兄さん何だろう! すっごい胡散臭いね!」

「……、……」


 ……女神様ことレオリアと、すっごい胡散臭いこと俺は共に鎮痛に閉口しつつ、

 どの教室も、見慣れぬ客の登場に授業なんてほっぽり出してお祭り騒ぎである。


 いやはやこれが奴隷の調教場とはとても思えないが、とにかくそんなわけで、ただでさえ手狭な空間が更に熱気に満ちていく。


「はいはァい。ユイさまですねェ。君らちゃんと勉学せんと給食からデザートが無くなるぞ?」


「ユイさまハイタッーチ!」

「はいはい」


「エノンさま! エノンさま稽古つけて!」

「座ってろクソガキ。ったく。すいやせんねみなさん。……ってオイ! 服引っ張んじゃねえ馬鹿!」


「いえいえお構いなくー。……あのエノンっての、滅茶苦茶子供に好かれてるんだな?」

「そんでテメェは滅茶苦茶警戒されてんなァハルさんよォ? いやはや子供ってのはヒトの中身を見透かすねェ?」


 全く遺憾な返しである。

 また他方では、物珍しい客の中でも特に目立っているらしいレオリアとエイルが、何やら向こうで四苦八苦してるらしい。


「こ、コラやめなさい! ベルトを外そうとしないでください!」


「かんちょーっ!」


「(華麗にターンで避けながら)……君? 私が誰だか分ってるかな? 子供だからって手加減はしない人間だよ私はね――」


「あれー? このお姉さんおっぱいないよーへんなのー」


「なんっ! なんですってこのクソガキ! も、戻ってこいコラ顔覚えたからなコノヤローっ!(迫真)」


「今ならいける! かんちょーっ!」


「(舞うようなステップで避けながら)いけない。いけないなあ君たち。いいかい? ――これが本当のかんちょーだ……っ!」


「っぎゃーーーー!」


「(何やってんだアイツら……)」


 奴隷の調教どころか、普通に学童としてのしつけさえ出来てないんじゃないのこれ?

 ……あ、エイルのズボンが脱げた。


「とま、アタシらの事業はこんな感じで御座いますナ。どォだいセンセェ? 為政者的にはどう見るかネ?」


「ええまあ、このまま健やかに育ってほしいモノですな。子どもってのは元気でないといかん!(子どもの尻に指を突き刺しながら)」


「ぎゃーーーー!」


「……ほどほどにしてくれよ。商品に妙な性癖ヘキつけられたらたまんねェんで。――まァ、そんなところで一つ、こっちの教室に来てもらえますかいね」


「うん? なんでしょうかね?」


 ユイが指したのは、……進行方向そのままの廊下の向こうであった。

 なにやら、このあたりの惨状と比べれば段階一つ分くらいには落ち着いた様子である。


「この先は年長モン組でね。――ウチが実際に出荷してんのも、こっから向こうの連中に限ってんですなァ」


「ほう、……それは」


「ってェことで、こっからは実際に品物ネタの質を一つ、確認してもらいますんで。皆さンも一つ、そのつもりで頼んます」











/break..












「じゃァ、こちらがウチの商品で御座います。どォぞ弄くったってください」

「……初めまして」


 わたくしのことは、ご自由にお呼びください。と、

『その少女』は、静かにそう言った――。



 ……場所は変わって、この校舎(?)のとある一室である。


 今までの学校然とした雰囲気とは一変して、清潔感のある客間、――「顧客」を招く間と言った雰囲気だ。白と黒を基軸としていて、いい意味で主張のない雰囲気である。

 なお、桜田會幹部連中は五人ともすぐ外で待機している。「流石にこの部屋に十一人と言うのは少し狭いから」ということで、これは向こう側からの申し出であった。

 さて、


「……、……」


 レオリアがその、奴隷を名乗る少女を見分する。

 歳は、十になった程度に見える。肌や髪の様子は健康的で、体格にもおよそやせ細ったような印象は無い。

 妙に落ち着いた様子以外は、ぱっと見普通の女の子である。


「あァ、そうだったネ。……奴隷の名付け親は買い取り主ってことになってんで、名前を付けるのァ、気に入って買ってくれるんでもなけりゃァ遠慮しといてくださればって思います。ひとまずァ、ンじゃ、『奴隷ちゃん』ってことで一つ」


「……そうですか。まあ、分かりました」


 レオリアが答える。それから、彼女は少女、奴隷ちゃんの方へ向き直った。


「それじゃ、この場では奴隷ちゃんと呼ばせていただきますね。……じゃあさっそく、奴隷ちゃん。君は奴隷として、何が出来ますか?」


「……それは、契約内容に依ります」

?」


「……性奴隷の流通は、当紹介所では行っておりません」


 ふむ。とレオリアが呟き、何やらユイの方を確認するようなそぶりを取った。対するユイは、その視線に対してもニヤつくだけだ。


「ふう。……バトンタッチだシンクタンク諸君。上手い事ボロを引っ張ってみてくれ」

「了解しました」


 と、グランとパブロの両名が歩み出る。

 その内で、先に出たのはパブロであった。


「お嬢さん? ここでの生活は楽しいですか?」

「ええ。ユイさまには良くしていただいております」


「そのユイさまっていうのは、どうしてそのような敬称で?」

「……強いて言えば、みんなが使っているから、でしょうか。無論ながらこの敬称にはユイさまへの尊敬が大前提で御座いますが」


「じゃあ、お嬢さんは、この施設では大人に何度殴られましたか?」

「一度もありません」


「一度も? 本当に?」

「ええ、本当で御座います」


「…………本当みたいだな」


 グランが何やら、パブロの背中にそう答えた。


「……ということらしいです、レオリア様」

「ほお! 一度も殴られたことがないというのは驚いた! 私だって家庭教師にはボッコボコにされたんだけどなぁ」


 ボッコボコにされたんだ……、と片隅で呆れる俺。


 しかしこれは、桜田會での奴隷調教についてを、ここで攻めていくのは難しいということだろう。

 グランがどうして奴隷ちゃんの言うことに「嘘がない」と断じたのかは不明だが、少なくとも言えることは、ということだ。


 なんなら「こういった局面」で出すために、彼女だけは殴られもせず健康的に育てられたということも、……まあさっきの生徒たちのバカ騒ぎを聞いたら可能性は薄いだろうが、それでも無くはない。


 ゆえに、――ウラでマズいことを隠しているとすれば、この場でそれを洗い出そうというのはなかなかに遠回りになりそうだ。


「ふぅむ、さてさて。……ちなみにエイルさん側には、何か聞いてみたいこととかあります?」


 レオリアが振り向き、

 しかしエイルは、なにやら思案気にしていたので、――代わり俺が彼女に答えた。


「……奴隷が粗悪な環境に放り込まれているかは、別に直接的な現場視察だけでしか分からないわけでもないだろ? 例えばほら、知識や運動能力を確認すれば、や、調なんてところは測れるだろ?」


「……、……」


 エイル、と俺は彼女を呼ぶ。


「さ、試してみなさい」

「えっ、ためっ!? い、いや、試すって言ったって……」


 なんて呟きつつ、それでも彼女は前に進み出る。


「えーっと。えーっとじゃあー……」

「契約の範疇で、何でも致します」


「じゃ、じゃあ、――何か頭のいいことを言ってください」

「(えー……?)」


「世界で最も美しい数式はe^iπ+1=0です」

「(えー!)」


「こりゃ間違いない! この子は頭がいいですハル!」

「(えー……っ!)」


 ちなみにさっきのは、確かオイラーの等式とかいうやつである。俺はあんまり詳しくないのでこれ以上聞かないで欲しい。


「あー、えー。……なるほど」

「(ほら馬鹿エイルめ、レオリアさん困らせちゃってんじゃん)」

「(うぅ、ぐぬぬ)」


 これは一旦、ブレイクでも挟んでおくべきかもしれない。

 ってことで――、


「……まあ、じゃあ俺からも一つ聞いていいかな?」

「おっ、ハル君も何かあると。是非是非」


 さてとでは、今度は俺が奴隷ちゃんの前へ。


「じゃあ、奴隷ちゃん」

「はい。……契約の範疇で、何なりと」


「……うぅむ。じゃ、そしたらさ、208÷63は?」

「3.3015873です」


「「「「「!!!??」」」」」


「おー。こりゃ確かに頭がいい。具体的に言うとそこのユイよりも頭いいよ」


 戦慄するその他大勢の内から、俺はユイの方に視線を振る。

 彼女は……、


「ア、アタシは文系なモンで……」

「ふーん? じゃあほら、奴隷ちゃん文系スキルでさ、作者じゃねえケド俺の気持ちを四十文字以内で答えてくれよ」


「で、では不承ながら、……『これもうあのハリボテポンコツロリじゃなくて奴隷ちゃんが会長やった方がいいじゃんね』でしょうか」


「正解だ!」

「クソッタレェ!」


 閑話休題。

 その後も色々聞いた感じ、――やはり彼女こと奴隷ちゃんは、どこからどう見ても健康優良なインテリ女児であった。


「えェえェ。気にィって頂けたらしく重畳ですなァ。まァ途中、節々あったアクシデントなんぞには一つ、目をつむっていただきまして、……アタシの頭の出来がどォかは置いといて、彼女の方は一点ものでしょ?」


「ええはい。よく分かりました。……確かに彼女は、奴隷と呼ぶべき教育水準以上のものを潤沢に与えられているようですな。寧ろこれは、特に商売人からすれば奴隷と言うよりも即戦力の一級戦力って表現の方が妥当だ。……率直な疑問ですが、ユイさん?」


「えェ、はい?」

「どうしてこんな、……過剰なほど高水準の教育を?」


 対し、ユイは、


「そりゃァ、こいつが特別出来た子だってだけですなァ。おたくらは一番の利益をウチにくれるのかもしれねェんで、そら、一番奥からとっておきに良いのを出してきますわナ」


「ええ、それは、……。そちらが選んだサンプルではなく、こちらが無作為に選んだものを」


 ……しかし、とレオリアは言った。

 しかし、――その返答は、答えにはなっていない。と、


 その言葉をユイは、敢えて遮った。


「さてネ、ウチの教育がいいのかは、そちらに見極めてもらう話ですわナ。……この後は改めて、腰を据えて授業参観としますんで。えァー……ぼちぼち授業が終わるころなンでね、少し待って、廊下が落ち着いてからと洒落込みましょうか」










 ……………………

 ………………

 …………











 ――時刻は進んで、

 黄昏始めて光量を増した日差しが、濃い影を作る客間にて。


「……、……」

「……、……ふう」


 そこでは、先ほど済ませた「腰を据えた授業参観」も踏まえての結論を、レオリアが出すところであった。


「はっきり申し上げますと」

「……、」


「――あなた方の教育スキルは、私共の領地においても非常に魅力的であると、認めざるを得ません。……ユイさん」


 彼女はそう言って、

 ――片手を差しだした。


。あなたの申し出は、何ならこちらから平服申し上げたって良いものでした。是非とも、我が領にあなたの事業のお力添えをお願いいたします」


「そりゃァ良い! 良いですナ! 今日は実に良い日ですなァ!」


 そしてユイが、レオリアの手を取る。

 それは、明確なストラトス領と桜田會の和解であり、


 そして何より、――バスコ共和国の明日に希望が灯った、その瞬間であった。











「……んで、結局あれか。レオリアは、ユイの奴隷事業をってラベルに張り替えるつもりだってオチだ?」


「そうらしいですね。……公国騎士わたしの立場としては、少し悩ましい光景でしたけど」


 帰路にて。

 俺とエイルは二人、馬車に揺られて今日のことを振り返っていた。


 なお、ユイとレオリア (と携帯シンクタンク二名)は、別の馬車で打ち合わせ中である。なんでも「ここからはグランとパブロの知識が必要になるから、申し訳ないけどこの席割りで」とのこと。


 ……察するにレオリア自身も、こうもあっさりと話がまとまる予定ではなかったのだろう。

 桜田會の国際的な印象を思えば、少なくとも公国騎士他国の重鎮であるエイルの意見は聞いておきたいはずで、こんなふうに人数が二手に分かれるというのからレオリアにすれば苦渋の一手であったはずだ。


 まあ、言ってしまえば「俺とサシで話すための裏工作」がアダになった形である。実際レオリア的にはギリギリまで全員で一つの馬車に乗れないか試行錯誤していたのだが、ありゃどう考えても無理だった。何が無理って男二人に囲まれてギューギュー詰めってのが完全に無理。むさ過ぎて窒息死するかと思ったね、俺死なないはずなのに。


 ……まあ対岸の方は天国の光景だったけども。だからこそ「じゃあこっちが地獄なんだな」って辛くなるのである。


「しかしなあ。分からんのがあの『学校』の教育水準だよ、なんだってあんなにみんな活き活きと勉強してんだろーなあ」


「確かに、驚きました。一般教養の授業以外にも、敢えてあの『左脳と右脳にそれぞれ働きかける授業』、でしたか。そんなものが体系化しているというのは破格に思えます」


「……、……」


 エイルの言っているのは、何のことではない。ただの『国語』と『数学』のことである。


 ユイが俺たちに説明したのは、敢えて一般教養を後回しにしてまで「脳を育てる」という教育論だ。俺もレオリアも、ユイからそれを聞いて改めて「なるほどあのクソ忌々しい勉強の時間はそのためにあったのか!」と冗談めかして話していたのだが、


「思えば、私たちの世界における教育は、『脳を育てる』ためのものではない。ユイさんの行う『教育』は、実のところ私たちの言う『教育』とは定義の違う言葉なのかもしれません」


 ……その辺は、俺なりに納得感のある答えを見繕ってはいた。


 まずは、この世界は俺の世界と比べても「死と闘争」が民間レベルまで身近に浸透しているという点だ。

 魔物がいて、個人が魔法やスキルと言う無形の凶器を常に携帯していて、更には冒険者なんて言う荒くれの事業が幅を利かせる。……といった、様々な要因が個人の寿命を短くして、また子供の成人率を引き下げる。

 そんな世界で「脳を育てるなんて言う遠回しな教育」をしていて、「脳が仕上がる前に子どもが死んでしまった」なんて展開は考えるまでもなく嫌厭されるだろう。


 それに加えて言えば、そもそもの「一般教養の幅」にも、ここと俺の世界とじゃ明確な差がある。

 日々の生活が、俺たちの世界のそれよりもずっと「自然」に直近であるこの世界では、個人の持つ教養がそのまま生活必需品となる。更にはこの世界には、魔法だのスキルだのと便利すぎる教養が席巻してもいる。


 ……やはり、こんな状況で敢えて「大器晩成のための教育」を選ぶ人間が生まれづらいという背景は、あって然る筈だ。

 が、しかしさてと、


「俺が気になるのは、それよかあのガキどもの積極性だな」


 そもそも『算数』や『国語』を授業に取り入れただけで、先ほどの208÷63みたいな複雑な暗算を小数点以下まで正確に答えられるはずがない。


 ……まあ実は、あれで本当にあの奴隷ちゃんってのがマジでガチの破格の天才だったらしいことは、後になってユイから聞かせられたことである。

 しかしそれでも、あそこの『生徒』らはみな、「もう少し簡単な計算であればソラで小数点以下まで正確に答えられる」位の水準であった。


「……ユイさん曰く、私たちが見た教室は特に数字分野に素養がある子たちが揃っていたとか」


「でもだよ。それでも異常だ。……得意教科を伸ばすってんで、早い時期から文理分けしてるってのは、まあ連中が『さっさと手に職つけなきゃいけない奴隷って身分』だってんでよく分かるが、。実は全員転生者で中身は大人だって言われても俺ちょっと信じるぞ」


「……それは、奴隷かれらの頭が良すぎる。という話ですか?」


「あーまー、それもあるけど。それ以上に積極的すぎるし効率的すぎる。人生一巡目のガキとは思えないくらいに、自分にとって必要なスキルに貪欲で、更に時間の節約に長け過ぎだ」


「それは、――

「……、……」


 俺は、肩をすくめて押し黙る。


「……、」


 そもそも、――この世界はバランスが悪い。

 街道が整備され、街並みは清潔であり、人々は活気にあふれていて、それでも人々は、未だ死と隣り合わせである。

 仮に俺の世界がゾンビなんかに侵略されたとしたら、俺の世界の住人達は死と隣り合わせの日常に精神を潰され、倦怠感によって文明が先細って言ったに違いない。


 ……では、俺たちと彼らでは何が違うのか。それは簡単だ、胆力一つである。


 じゃあ、――どうして違うのか。

 それがわからず、俺は独り言のようなものを、一つ嘯いた。


「……奴隷ってのは、あんな風にふざけた速度で成長しちまうくらい、大変だってことなんだよな」


「正確に言えば、彼女らが奴隷に身をやつす前身の時間が、でしょうね……」



 ――嫌なものを見た、と。


 俺は思いながら、そして先ほどまでの光景をどうにか忘れてしまおうとしながらも、……それでも、あのガキどもの表情が脳裏に残ってどうしようもなかった。








 /break..









 妙にダウナーな馬車の旅路は、そんなわけでつつがなく終わった。


 往復分の腰の疲れは流石に堪えていると見えて、エイルは、馬車を下りた先で思いっきり腰を逸らして伸びをしている。

 ……俺は自前のスキルで疲労感の蓄積もないが、あんな風に気持ちよさそうにされると流石にちょっと羨ましかったり。


「いやぁどうも。すみませんねお二人とも、今日は付き合っていただきまして」

「いえそんな。私はこれも、仕事の一環ですので」


 レオリアの気遣いに、エイルが答える。

 そして、その他方で俺は、――ふと気付く。


「(……ま、待てよ? どうして俺はわざわざ自分の時間を返上してまでこいつらに付き合ってるんだ……!?)」


 そう、よくよく考えたら俺ってば全く以って関係ない。

 まあ確かにこの案件の企画発案には俺の一助もあるが、でも別に乗り掛かった舟だっつって最後まで乗り続けてやるような義理もない。


 おっと待てよ? 俺マジでなんでこいつらに付き合ってたんだっけ……ッ!?


「……、……」


 ……今更ながらに甦る。今日の午前中の快晴の心地良さ。


 しかしながら日差しは、今まさに傾ぎ落ちる最中に来ていた。

 畜生ふざけんな、こんな世界に誰がした! 


「…………(泣)」


 なんて風に胸中で冬の海風のような感情が渦巻いている俺に、しかし、

 ――レオリアが、「回答」を一つ。


「ハルさんも、いやあ助かりましたよ。気だるげなフリで、しかし要所要所には的確な意見をいただいてしまって」


「えーえーまーまーそんな、お気になさらずぅ(渾身の営業スマイル)」


「ではね、約束通り……」

「……はい?」



「昨晩の約束通り、ですよ。――今日は、この領地で一番良いお肉を、ご馳走させていただきます……っ!」

「!」


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