『ビフォア・ラグナロク_/2』



 鹿住ハルとレオリア・ストラトスが乗る馬車で、議論が静かに成熟していく一方。

 ――エイリィン・トーラスライトらの乗る馬車では、



「うぃいいいアッガリぃいいいい! やっぱり私って大富豪弱くないんだよ! あのクソッタレの鹿住ハルがおかしいだけなんだそうなんだ!」


「ち、畜生! てめえパブロいつまで8切り温存してやがんだ馬鹿野郎! エイルさん持ってねえってことは手前だろこの野郎!」


「よくわかったね。ってことでこのスペ6は8で切って、……更に8で切って8で切ってこのキング三枚でアガリね」


「え? うそ? なんでお前だって今手札六枚も残ってたのに! 俺未だジョーカー持ってんのに……ッ! 待って待って待ってやだやだもう一回しよう!!!」


 と、暇つぶしの大富豪トランプゲームが白熱しつつ、

 ……そこに、馬車引きの男の声が荷台へ投げ込まれた。


「みなさん、そろそろ目的地に到着いたします」


「えっ!? 待て待て迂回しろ! このまま俺がド貧民で終わっていいわけがねえ!」


「う、迂回は致しませんけど……」


「アーッハッハッハぁ! 下層貧乏の醜いったらありゃしませんねぇ! ほらほらどうしてもって言うなら跪いて私の足を舐めなさい! そしたら寛容たる私こと大富豪が再戦を受け入れてやろうじゃないか!」


「畜生ここは、舐めておくべきなのかァ……!?」


「迂回しません! 迂回はしませんので……っ!」


「ほら二人とも、到着するみたいだよ。……ホントマジで落ち着いて」








 ……………………

 ………………

 …………








「(……エイル? なんかお肌がつやつやしてない?)」


「(え? そうかなあ!(喜々))」


「(おい君ら、グランもパブロもなんかやつれてない?)」


「(いや、そんな……(疲労))」

「(元気もりもりですよ……(倦怠感))」


 さて、

 俺たちが馬車で運ばれてきたのは、何やら小規模な村の入り口であった。


 ぱっと見渡した感じ、文明よりも空の比率の方がずっと多い。馬車の通る街道の石造りは頑強そうに見えるが、まっすぐ通ったその通り以外の全ての光景は、はっきりと言えば「牧歌的」である。


 なんとなく、牧畜とかよくやってそうなイメージ。暴力性など皆無のその村が、

 曰く、――桜田會の本拠点なのだと、


「――いやァようこそ。どうぞ遠いところからァ!」

「こちらこそ、ご招待いただき光栄ですとも桜田ユイ殿」


 俺たちを歓迎する彼女、桜田ユイはそう言った。








 /break..








「いやぁ、こんなところが彼の有名な大物犯罪シンジケートの本拠地とは。……いいところですなあ」


「褒めても何にも出ねェ、……なんて言いたいところですがネ? 今夜はどうです。ウチの一つ、秘蔵の酒でもォ一本開けましょうか」


「それはいい! こりゃあ都度都度ヨイショしといたほうがお得かな? なんつって!(笑)」



 みたいな感じで、

 俺たち一同は彼女らの本拠地らしい村を見聞しているところである。


 ちなみに、こちらの人員は先ほど通り、俺やレオリアなどの都合五人。

 対する向こうの桜田會は、首領ユイに加えて俺的にはの計六人で俺たちを囲んでいる。

 そんな六人は、俺たちよりかはややかっちり目のスーツ姿を、クールビズっぽく上手に気崩している、といった服装だ。


 ……あと、更に言うと、主に先導するのはユイとレオリアの二人である。

 今日の目的で言えば外様である俺やエイル、それにレオリア側のシンクタンク二名とユイ側の、……ちょっと何のためにいるのかよく分からん五名は、一様にそれぞれが三歩後ろで彼女らのやり取りを見守っている。


「あァ、……そうだったネ。みなさンみなさン。この後ァアタシらの事業の方ォ見せさして貰おうと思っとります。このままお連れさして貰うンでよろしかったですかネ?」


「私は是非。……ハル君ら側とかどう?」


「え? いやどーとか聞かれても。……ぶっちゃけ俺今日やるコトある?」

「そらキミ、ハルは一応この案件の持ち込み人でしょう? 忌憚ない意見を聞かせていただきたいですよ」


「忌憚ない意見ねぇ」


 少し考えて……、


「……なんかここ、牧畜とか盛んそうじゃん? ソフトクリーム食べたいんだけど」


「な、なに言ってんだっ!」


 エイルに頭をすぱこーんと叩かれつつ、


「アイスクリンってんなら、アタシんトコにもありますナ。……話に出たってんで、よければ一個試していきます?」


「ま、マジであるのか……」


「まァねェ。お眼鏡に適うかっちゃ自信は無いですケド」


 言って、ユイが通りを一つ逸れる。

 何やら小路にでも入ったように見えたのだが、追いかけてその先を見てみると、やはりその光景も空まで抜けて行くように広く見える。

 ユイは、その景色の、少し向こうへ先行していた。


「どうしましたネ? こっちデスんで」


 彼女の更に向こうには、平原にぽっかりと浮かぶように家畜小屋がある。

 ……どうやらそのまま、あの小屋に向かうつもりらしい。

 あれが乳牛小屋だと見るのであれば、周囲にはもっと乳の採取だとか加工保存だとかの施設があってもよさそうだが、


「いやァ、アタシらはそんな大層なもんでもないんでねェ。……あそこは、牛の啼くのがうるさいってんで他所にやってるだけなんですヨ」


 とのこと。……まあ俺自身牧畜には詳しいわけでもなく、更に言えばこの先知識が必要になることも無さそうなので三歩後ろに下がっておく。


「いや、実はねェ? アタシも甘いモンには目がねえ口で、氷菓なんざハイカラなもんにはちょっとばっか拘ってますんで」


「そうでしたか。……まあこれも一つ、桜田會さんの生活レベルの確認ってことで、じゃあ頂いておきましょうかねえ!」


「(レ、レオリアちょっと?)」

「(うん? どしたんパブロ?)」


「(君死ぬほど甘いモノ苦手じゃないっけ?)」

「(……まあそりゃ、ロケーションも計算したら黒字でしょ)」


 ――大空の下で頂く、搾りたてのミルクだぜ? と、

 レオリアは、三歩後ろの俺たちにも聞こえるような内緒話を、なにやらしていた。


「……ンまぁ、アタシが言うんでアレですがね。結構おいしんで是非楽しんでやってくださいナ」


 人数分ありますから、と彼女。

 他方、俺の半歩後ろで人知れず「ふぉおお……っ!」発熱するエイル。……こいつ俺の頭叩きやがったくせにテンションはちゃんと上がってんじゃねえか。許せねえ。


 とまあ、そんな他方で、


「エノン、人数分頼んだぜい?」


 ユイが向こう側の幹部の一人 (いつかの幻覚で仲間の逆さ氷柱魔術に貫かれてたチンピラ)に声をかけ、そいつが不承不承そうに小屋の方へ先行していった。


 そして、それから数分後……、


「もってきたぜー大将」

「(……すげえ、マジで一人で十一人分持ってきやがった)」


 レオリアサイドの三人と、俺たち公国側の二人、それから向こうサイド、桜田會の六人分である。それを彼ことエノンは、ソフトクリームのコーンをそれぞれ指に複数本挟むようにして無理やり運んできた。


「すんません。受け取ってください皆さん。ほいこれ、誰かー?」

「あーはいどうも」


 そのぎりぎりの曲芸っぷりに先んじて取りに行く俺。そこからは、それぞれ皆が彼からソフトクリームを受け取りつつ、


 ……しかしやはり、総勢十人への受け渡しはまあまあ難儀であったようで、


「…………(萎え)」


 結局いろんな人間の気遣いも叶わず、彼ことエノン君の両手はソフトクリームででろでろになっていた。


「wwwwww」

「(めっちゃ笑ってるよユイ……)」


 というのは蛇足として、


「――おっ、ホントに旨いね」

「ですなあ。甘いモノは苦手だけど、でもこの暑さじゃやっぱりアイスですねえ!」

「そりゃァよかったですワ。……ま、仕事始める前にここでのんびりってのもアリかもしんないネ?」


 ――俺たち十一人は、

 ひとまず本格的に視察を始める前に、それぞれ日差しを浴びながら、今日のおやつタイムと洒落込むのであった。











……………………

………………

…………











「どうです? ウチのアイスはイケますか?」

「うん? アンタはー……」


 向こうでは、ユイとレオリアが何やらそれっぽいトークに華を咲かせている傍らにて。


 牧歌的な空の下で俺がぼやーっとしていると、ふと、そのような声がかけられた。


 桜田會側の一人、俺が先日幻覚魔法(?)の中で口に自爆スクロールぶち込んで倒した女の子である。


 ……そういえば、桜田會幹部の紹介は、なんだかんだでまだ受けていなかったはずだ。

 ユイ曰く、「自分が桜田ユイで、こっちはウチの幹部です」などと、非常に簡潔な紹介があったくらいである。


「ああ、自分はミオ・ラフトップって言います。気軽にミオで結構ですんで」

「そう? じゃあ俺も好きに呼んでいいですよ」


 ミオと名乗った女子は、ぱっと見普通にしてたらこんな感じの組織に属してるとは思えない雰囲気の、普通の女の子であった。

 短くも鮮やかな黒髪には、ややウェーブがかかっているだろうか。垢抜けててちょっとお洒落な感じである。


 ……幻覚とはいえ、こんな綺麗な顔で花火を上げてたんだなあ俺、とちょっと反省しなくもない。


「そう言えば、兄さん」

「……兄さん?」


「え? だって好きに呼べって……」

「……まあ、そうなんだけどねー?」


 閑話休題。


「そう言えば兄さんね」

「……(慣れない)」


「うちらとの顔見せはいつか済ましましたけど、名乗るのが遅れてましたっすよね」

「あー、そうね」


 俺が答えると、彼女が半歩引くようにして俺の視界を開けた。


「簡略で申し訳ないですけど、……まずあの女の子が、アリス・ソルベットです」


 と、彼女が差したのは、俺がアイアンクローからの顔面爆撃で無力化させた女の子である。

 ふわふわの長い髪と猫っぽい瞳が印象的なちまっこい女の子だ。


「で、あっちがさっきのエノン・マイセンですね。あそこのソフトクリームでろでろしてる男です」


 そのエノンと言うのは、先ほども思ったように一目でわかるチンピラである。赤のソフトモヒカンにはなにやら、幾何学的な剃り込みが入れてあるようだ。


「それで、あっちの女の子がハィニー・カンバークで」


 そちらは、……どうやら先の一戦では死因が不詳なままの二名の片方らしい。

 一見しただけだと、キッチリしてそうな委員長タイプっぽい感じ。まあ彼女自身犯罪集団の幹部であるわけで委員長とは真逆に違いないが。


「……あ、ちなみに兄さんがいつか石壁ごと蹴り倒してぺちゃんこにしたのがあの子です」

「……、……」


 ……いや、わざとじゃないんだよ? 別に女の子ばっか狙って酷いことしたわけじゃないんだ。信じてほしい。俺は紳士だ。


「それから最後に、あっちの木偶の坊っぽいのがルクィリオ・ソルベット。さっきのちまっこいアリスちゃんの兄貴です」


「……唐突に口悪くない?」


 でもまあ確かに、木偶の坊っぽい感じはする。長身に加えて、妙に表情に希薄なせいだろうか。


「それで、この場には居ませんが。先の一件で兄さんをここにお連れした爺さんがコルタス・パイナップル。それと、ゴードン・ハーベストって男を合わせて七人が、ユイ姐さんの直近です」


「なるほどね。とりあえずまあ、あと三回ぐらい聞いたら覚えるよ」


「……まあ、でしょうね。おいおいで構いませんっす」


 紹介を受けた向こうの幹部たちも、俺の視線を受けてぺこりとお辞儀をしている。


 ……露骨な視線などがあるわけではないが、彼らは一様に、妙にこちらの様子をうかがっている風であった。


「えっと? わざわざ紹介してくれたってのは、何か俺に用事でもあんのん?」


「ええ。まずは先日の件。敢えて謝らせてください」


「……先日って言ったら、俺がアンタらやユイとやり合ったあの事か? んなもん別にいいよ、俺だってやり返したんだからおあいこだろ?」


「そう言っていただけると助かります。……それで、ここからが本題で」


 なんて風に、しれっと彼女ことミオは続けた。


「率直に申し上げますと、……兄さんには、私どもに稽古をつけていただけないかと思いまして」

「け、稽古?」


「ええ。先日の身のこなしや戦いの中での思考の回し方には、自分らも感銘を受けまして」

「えー?」


「どうか一つ、ご教示いただければと」


 ぺこっと、ミオが頭を下げた。

 しかし、


「それならほら、向こうにもっとエグイのがいるじゃん。エイルってば公国騎士だぜ? ぶっちゃけ戦術じゃあ俺より上なんじゃね?」


「いえあの、公国とはちょっとありまして、……正直稽古にかこつけてドコを切り飛ばされるか分かったもんじゃないといいますか」


「あー、まあそうか」


 エイルだって腐っても騎士である。いずれ事業認可にこぎつけるべく動いてこそいても現状では間違いなく犯罪者集団である桜田會に利するような真似は嫌がるに違いない。


 ……ので、


「でもなあ、……実は俺公国と契約してて、『自分の技術』の類はマネージャーことエイルさん通してもらわないと教えられないんだよね」


「あ、そうなんすか……?」


「まあ、アイツがいいって言ったらいいよ。全然教える。聞いてみて頂戴」


「…………うぅー。話しかけないとダメかぁ。南無三……」


 なんて呟きを残して、とぼとぼとミオがエイルの方へと向かっていった。俺は一応、その様子を遠目に眺めつつ、――まあ稽古つけるなんて面倒事はごめんだしなぁ、と胸中でエイルとミオとに両手を合わせた。


 なにせ、「鹿住ハルの技術の教えを乞いたい」などと言えばエイルは確実に「異邦者技術の流出」を考えて、これを拒否するはずである。

 更に言えば、「アイツ実は異邦者だから技術流出NGなんだ」とも言えないため、頭ごなしに否を突きつける他にない。


「……、……」


 やり取りの内容こそ聞こえないが、向こうの様子は眺めているだけでも中々にしょっぱい感じである。


 ちょうどいい肴を得た俺は、更にちびちびとソフトクリームを食べ進めるのであった。








 /break..









「(あれ? エイルさん肌ツヤ悪くない?)」

「(誰のせいですか。誰の……)」


 ――ということで、

 それぞれがソフトクリームを食べ終わったのを見計らって後、俺たちは改めてユイの「事業」を視察する進路を取り直した。


 先ほどに見た牧歌的な風景よりかは、一段しっかりした造りの街道である。まっすぐ伸びたその先へ行くと、しばらくして何やら、周囲のそれらよりも二回り以上大きな家屋が見えてきた。

 ……というか、


「ユイ? なんかさ、住民が一人として確認できないんだけど」

「おォ? そうだっけかネ?」


 そう、この村誰もいないのである。人一人とさえ行きかうこともなければ、家屋の群れの中にも人気を感じるものが一つもない。


 流石に気になって、俺は数歩先に行くユイに、そう尋ねてみた。

 と、


「……んまァ、どっかの誰かさんのおかげでヨ、大人は殆ど別の拠点の補修中だネ」

「…………誰かなあ?」


「吹かしてくれるネ。……まァでも、この先にいきゃァ人はいるさ」


 この先、――曰く、「サクラダ奴隷学校」へと。

 まずはユイが、先んじて門扉を押した。


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