1-7



 馬車内にて。


「……そういえばこうしてサシで話すのは初めてですっけ」

「だなぁ」


 先ほど聞いた通り、それなりに手狭な馬車である。五人でも乗れないことは無かろうが、その場合は相当窮屈なことになっていただろう。


 荷馬車にベンチを備えた程度の内装だが、それなりに清潔にしてあるようだ。ゆるやかに流れる夏の風が、こんな暑い日には心地良い。


 ……あとちなみに、同盟 (みたいな感じ)になってるとはいえ、ほぼ初対面の俺がここの領主であるレオリアと二人でいいのかな? とか思ってたのだが、そんな杞憂は無用であったらしい。

 具体的に言うと、馬車の馬番がどう見てもカタギじゃなかった。


「あと、一時間ちょっとだっけ? ゆっくり話せそうだな」

「ええはい。何か気になることでも?」


「あー、じゃあ二つ」


 まずは、……敬語も君付けもいらないよ。と俺は彼女に言う。


「こっちもタメ口でよければだけどな。そっちがお偉いさんなりにやりづらいってんならよしておくけど」


「あー、なるほど。失礼失礼、これはまあ、クセみたいなもんでして」


 確かに、彼女の言葉遣いこそ敬語ではあるが、そこにかたっ苦しさは感じない。……人懐っこいというよりは、俗っぽい感じだけど。


「……一つ目はまあ、追々善処していくとして。では二つ目は?」

「……、……」


 それを聞いたレオリアは、

 半瞬ほど瞠目したのち、……時風を察した様子で、背もたれに身体を預けた。


「まあ、隠すつもりはなかったんだろうけど。……でもこういうのは、おおっぴらに話すようなモンでもないんだろ?」


 だから、わざわざ「手狭」な馬車を用意したんだよな? と俺は問う。


「……ええまあ。名前や風貌からして、恐らくはでしょう? 挨拶が遅れて申し訳ない」

「……、……」


「ハルさんは、いつからこっちに?」

「あー、まあ。まだ一か月ってところだな」


 なるほど、と向こうが言う。


「私は、ここに来てもう二十年になります。転移ではなく、転生で来たクチで」

「ほぉ? そういうのもあるんだ。しかし二十年来とは、やっぱ先輩には敬語を使っておこうか?」


「やめてくださいよ今更。それに、身分証の歳で言えば大体同窓でしょ?」

「だろうね」


 ……彼女の身の上を見破ったことに、敢えて理由を挙げる必要があるかは分からないが、

 それでも上げ連ねてみるとすれば、何よりもまずこの「街」の様子である。


 魔術的決済による鉄道乗客の動線の流動化。または、俺の宿泊したホテルがあまりにも見知った体裁であったこと。それに、彼女がコンプライアンスなんて言葉を敢えて使ったところもヒントに当たるだろうか。


 あとは、先ほどのテナント平屋なんかも怪しい。コインロッカーだのエレベータだのが、「技術的理屈のみでなく見た目まで俺の世界のソレに近しい」と言うのはあまりにも出来すぎだし、更に言えばあの小癪な店名である。


 ユニシロだのエセタンだのとは、まあ確実に異邦者による命名である。それを踏まえて、テナント事業と言うのは元来「元手のある人間が店舗物件を貸し出して、その家賃で以って運営する」という、いわゆるエリアマネジメントの一つである。


 それを思えば彼女、レオリア・ストラトスは、まさしくこのストラトス領というエリアをマネジメントするド真ん中の人物に違いない。以上の事から、彼女を俺の同類とみる推理は無理なく仮説として成立する。


「ったく。あのユニシロとかいう悪趣味な名前の店には騙されたよ。まさかあれで、高級店扱いだとはな」

「あ! 寄っていただいた!? どうでしたかあの店は。この世界の服装文化と上手い事融和したデザインの服を置いたつもりなんですが……?」


「いやー、こっちに来て一か月なんで、まだ分からんけども……」

「あ、そうでした。失敬」


「ただまあ、俺が『元ネタの方』と勘違いするくらいだけあって、接客だの商品の配置だのがってのは良いのかい?」


 実際あの店がどのラインまでのハイソブランドなのかは不明だが、……まあ間違いなくお高い服を平積みにしたらいけないとは思う。


 ……のだが、


「いえね。あれはあれでいいんです。あの店の目的は『冷やかし客』が見て楽しんで勉強するってところも大きくて」


「?」


「……そもそも、私がこの世界に第二の生を受けたとき、ストラトス領は殆ど倒産寸前だったんですよ」


 なにやら、一つ話題が切り替わったような感覚である。

 しかしまあ、……たぶん、文脈自体は遠回しに繋がっているのだろう。


 何せこの馬車の旅はもうしばらく続くのだ。話が遠回りする分には、そちらの方が都合がいい。


「私の生涯の最初期は、この領地の倒産の回避に奔走した時間でした。それにあたっては何よりもまず資本の確保だ。私はそれにあたって、この領地の強みを洗い出した」


「……、……」


「生前の私は、……まあ神話みたいなものを信奉していましてね。といっても宗教の類ではなく、『日本の肥沃さ』についてですが」


「肥沃さ? 日本がって話か?」


「ええ。私のいた時代は、何やら企業人が横文字を使い始めて、グローバル化だのニューヨーカーだのに憧れた企業上層連中が見よう見まねで外資系企業の働き方を模倣して、そして『心の準備が出来ていなかった』層が、働きすぎて死ぬような時代でした」


「……、」


「私はまあ、そんな中でも上手い事生き残れた側ですがね、でも生前の私には一つの違和感があったんです。――『文化メンタリティ』が違う他国の模倣を、そのまま形も変えずに接収している『日本』への違和感が」


「……ふぅん?」


「『これだから日本は駄目なんだ』と、当人らが自ら所属国日本の精神性を頭ごなしに否定して、そしてメンタリティを矯正する時代です。が、それは正しいことでしょうか? 少なくとも日本国民のメンタリティは、日本国土の歴史の積み重ね分だけ時間をかけて、『日本という地に融和した形へと』成形されてきたものです。……日本が正しいのか、海外が正しいのか、と言う話ではなく。郷に入れば郷に従えといった意味でですが」


「そりゃ、あれだな。日本人が奥ゆかしく侘び寂びで悲観的であるのには、そうなるだけの環境適応があったってことか?」


「環境、……まあ、そうですね。『環境』です。日本と言うのは古来から外部への主張に対して非積極的で、一説では江戸時代の治世で生まれた一戸管理による排他性さえ残存しているとか。そういった『他人』と言う『環境』も、――つまりは人間環境についても、日本固有の環境だと表現できますな」


「そんで、他国はそうじゃない。さっきの例のアメリカなんかははっきりとした移民文化だ。俺たちが日本で忖度空気を読むことを美学に数えてるのは、移民そもそも考え方の下地が違う人間の少なさや、その前提環境によって育ってきた『文化の純血性』によるが、向こうは『環境』が違う」


「ええ。例えば、親指を立てる行為が『いいね』に当たる文化を持つ人と、『クソだね』に当たる文化を持つ人が一緒にいれば、そこでは『空気を読む』という行為は成立しない、……という傾向が強い。ゆえに向こうの彼らは、主張を美学とする。『日本人は内向的で外国人はコミュニケーションが上手い』なんて明確な優劣があるわけじゃなく、環境を元により良いコミュニケーションがそれぞれ模索されてきただけの話で、向こうでは空気を読んだって上手く行かないから、主張をしなければならないだけの事です。――ほらね? やっぱりメンタリティって言うのは、輸出入しない方が賢明でしょ?」


「……、……」


 ここでは、肯定も否定もしないでおく。


 なにせ、俺が敢えて彼女の言う内容に反論をしなかった以上、この場には反証者が存在しない。彼女の言うことが適切かどうかは、積極的な批判係がいないままでは突ける穴も見つけられないだろう。

 一応、彼女の前世にも存在したグローバル化というモノ自体が、移民を媒介せずに日本から『文化の隔離性』を奪い、結果的には彼女の『日本と他国とではコミュニケーション能力に優劣があるわけじゃない』という主張を崩すことにはなるだろうが、そんなものはこの場に置ける主題ではないだろう。

 空気を読むことが『文化の隔離された環境』に適応したコミュニケーションだったなら、それが失われた場合、結局コミュニケーションの最有力は『主張を積極的にすること』に固定され、日本人はただの『内向的なコミュニケーション弱者』に陥る。


 が、彼女がここでしているのは、察するにそもそも『日本の話』ではない。

 彼女はあくまでも、『ストラトス領の為政者』であるからして。


「それで、……じゃあ、日本が肥沃だって言うのは?」

「まあ、……そうですね」


 そこで彼女は、一つ言葉を選び始める。


「先ほど言った通り、これは私の信奉する『神話』です。私の見てきた日本が肥沃ではないと、――つまり自給性に脆弱であるというのは、『やり方』が間違っていただけなのではないか、っていう」


「『やり方』?」


「日本は、そもそも山と海の国です。北海道や他の陸の国なんかがするような、平面を丸ごと一つの農作地として運用するのは、むしろ効率が悪いのではないかと思うんです。ハルは、日本の食物自給率をご存知ですか?」


「うん? まああんま知らないけど、俺のいた頃で2~3割くらい?」


「おおよそその程度ですね。お互いの時代で前後はするでしょうが、よくご存じで。……日本の食料自給率が3割と言うのは、つまり逆に言えば、7割を他国に依存しているということです。しかしながら、それを『国内』ではなく『都道府県別』に算出しなおせば、その印象はがらりと変わる」


「?」


「これは、私のいた頃のデータですがね。日本の人口分布にはとんでもない一極集中が発生していて、逆に地方は限りなく薄弱となっていた。そのうえで、日本の自給率はそれでも3割を叩きだしていた。……実はね、この日本の時給率算出を都道府県別に直すと、人口の突出した都市がとんでもなく足を引っ張っているのが分かるんです」


「……、……」


 しかしそれで言うなら、「人口が突出しているからこそ自給率が足りない」という見方も、無理なく出来ることではある。人が集まっているからその分供給が足りなくて、その他方で地方では、人が少ないから供給分だけでまかなえている、と。

 食料自給率の算出は、そもそも国民総数と国内産食料総数の比較である。ならば彼女の言いたいこととは、「人口の適切な分散」が起これば、――つまり「食糧生産者がもっと増えれば」、自給率はもっと見違えるのではないか、ということだろう。

 はてさて、


「だから日本が肥沃だって言う『神話』に繋がるわけだ。人が適切なだけ生産者に回ってくれれば、あの狭い島国でも国民を賄える、それだけの肥沃さを、日本国土は持っている、と」


 ――その「神話」の根拠は? と俺は聞く、

 彼女は、……それに対して、



 と、短く答えた。


「……、……」


「……私の原風景は、コンクリートの灰色です。自然とはどこまでも縁がなかった。そんな私が初めて『自然の世界』と呼べる光景と出会ったのは、物心がついて、更にしばらくした後のことでした」


 懐かしむように、彼女は言った。


、と。そう思っただけなんですよね。資本主義カネが人を回すディストピアじゃなくて、人が資本主義カネを手段として使う当たり前の世界が作れるのかもしれないって。……なので、私がこの、間違いなく肥沃なストラトス領地の娘に転生できたのは幸運だった」


 人がカネに追われるのは、カネがなくては何もできないからだ。

 衣食住全てはカネを前提としている。そのために人はカネを追う。生活必需品から文化的な生活をするための嗜好品まで、全てはカネという単位のみで値段を設定されている。現代では、カネ以外にそれらを交換する術は殆どない。


「ですが、大前提としてお金と言う概念は人類の友人です。人の腕は二本しかありませんから、個人単位での分業で以って、例えば衣食住に置き換えて、『食料を作る人』と『服を作る人』と『家屋を作る人』は、ある程度分かれて専門する他にない」


 しかし、――さてと、


「『食料を作る人』が、服を全く作れないなんてことはない。『服を作る人』が、ちょっとしたDIYで家具一つも作れないなんてことだってないでしょう? ……カネの旨味は、これを唯一絶対の単位とすることで以って発揮される。『カネという概念自体』に種類があって、とあるA貨幣は別のB国じゃ兌換性すらない紙屑だ、なんてことになったら意味がない。ですからカネは必要です。が、……それでも、日本で回っていたカネの総量は、実質的に必要な数よりもずっと多かったと思うんです。政府が持っていた財布の中身という意味ではなくてですがね?」


「……、……」


「私は、――この国で、『カネ』を『手段の一つ』に戻す実験をしているんです。カネはあくまで交換の手段で、生活必需品の類は、最終的には全て自分たちで賄えるようにするという『実験』を」


「……、……」


「それが叶えば、この国は『楽園』になる。。……さしあたっては、個人単位で金に依らずに最低限の生活必需品を用意する手段と、確保がうまくいかなかった所帯への保証制度の模索。それに何より、個人作業の簡略化ですね。生きるための仕事だけで一日が終わるようでは、私の実験は失敗です。私はこの領地を、人が真にクリエイティブな仕事や発想を出来るだけの、ストレスのない社会にしたいんです」


「……、」


「前の世界じゃ、技術もヒトも共に稚拙で、その癖社会の回り方だけは遊びもゆとりもないくらい雁字搦めに『出来上がって』いましたから、難しい。だけど今はそうじゃない。……この世界に私は、既に家族と思えるような人たちとたくさん出会ってしまいましたから。――です。……人が生きる上でストレスは欠かせませんが、それでも自死を選ぶような過剰供給は唾棄すべき毒だと思います。私は、この領地から全ての『不要な分のストレス』だけを除外したいと考えて、この領地を運営しています」


「……、……」


 なるほど、と。

 俺はそれだけ、胸中で呟く。


 彼女が言うのは、「生活必需品のためにカネを稼ぐ必要のない社会」、つまりは、「生きる分にはカネを稼がなくても構わない世界」を作ることであるらしい。


 しかし、俺は思う。

 生きるためにカネを稼がなくてもいいというのは、人間を家畜に変えはしまいか、と。

 人が、労力の先の嗜好品を取るか、或いは労力の手前にある怠惰を取るのか。カネの存在感の希薄化と言うのは、つまり、そう言った秤を人々にもたらす。


 その場合、――人は豚になるというのが俺の考えである。そしてどうやら、彼女はそうは思わないらしい。


 俺と彼女は、

 ――似たような絶望ところから出立し、そして全く逆の結論に辿り着いた。そういうことだろう。人にこそ絶望した俺は、それでもなぜか不思議と、あんな風に人を信じられる人間を美しく思ってしまうらしい。


 だから、

 ……そんな俺に言えるのは「こんな」、皮肉じみた軽口のみであった。



「……なんつーか、人間社会に絶望した魔王がやるみたいなおせっかいだよな?」


「何をおっしゃる。私のおせっかいなんてのは、魔王だけじゃなくて為政者全ての仕事でしょう」



 ――なるほど全く、その点においては同意しかできまい。



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