(04)
――ここで、ここまでのことについて確認したいと思う。
まずは、……あの老紳士の生み出した「幻覚」について。
彼の「座標を移動させる」という言葉に見事に騙された俺ではあるが、そもそも俺は「この街に来た時点で星や雲の位置が変わっていないこと」には気付いていた。
……つまり、星の模様が様変わりするほどの移動ではない、と。
そこまでは問題ない。
ではここで、もう一つ、「フォッサと衝突したあの地点」についても考察する。
フォッサの選んだあの狙撃地点は、どう考えたって間違いなく「彼女の意図で選択された位置」である。
なにせ『北の魔王』の目的自体が『サクラダカイ』、――『桜田會』の孤立だ。
彼の組織に犯行を擦り付けるとすれば、「狙撃」は桜田會の組織拠点近郊にて行うのが妥当だ。
――では、それを踏まえて、
先ほど俺は、「素性を名乗らぬ老紳士によって、『この街』に放り込まれた」。
ならばつまり、ここで唐突に表れたあの老紳士の素性の大本命は「桜田會の所属員」であり、またこの「街」は、まず間違いなく桜田會の拠点である。
なぜなら、ありとあらゆる「俺とフォッサに『用事』のある手合い」の内で、あまりにも突出して「俺に接触すべき存在」こそが、彼の桜田會であるゆえに。
と、
……ここまでが大前提である。
さてとここで一つ。桜田ユイと名乗った『彼女』、
つまりは俺の奴隷である『ロリ』との一幕を、思い出そう。
具体的には、そうだ。
彼女の素性を問い質した、あの「貨物室での一幕」である。
彼女はあの時、――結局、俺に名も名乗らなければ素性を明かしもせず、目的だけを告げた。
「……、……」
では、核心に迫ろう。
そもそもこの一件、「飛空艇を巡るヒトと魔族との諍い」というのは、思えば常に彼の組織、桜田會を主軸に進んできた。
ここで、ならばこそ、この一件が魔族の思惑通りに進んだ場合、最も割を食うモノこそが桜田會である。
では、翻って、
……公国の銀行施設で、あのダックが無理やり俺に勧めてきた奴隷は、その実何者であるのか。
……彼女はどうして、この飛空艇の旅に乗り合うことに積極的であったのか。
推理に足る伏線は、考えても見れば十分にあった。
しかし、その答え合わせは、
「……。」
――彼女に、先を越されてしまったようだ。
「どうも、『桜田會』で頭張ってます。桜田ユイってモンです。縁があるなら以後ヨロシク」
「…………。」
それは、間違いなく俺の見知った奴隷であった。
しかしながら、その口調は粗野で、立ち居振る舞いも一転、粗暴の一言に尽きる。
また、服装にも多少の違いがあった。出会ってからこっちですっかり見慣れたドレスの上に、彼女は黒いスーツを着ていて、さらにその上には何やら桜模様のストールのようなものを羽織っていた。
また、よく見ればあの豪華なドレスにも、無残な「手製のスリット」が追加されている。
では、さてと、
「……じゃあ、一応俺も名乗るけど。鹿住ハルだ」
「……、」
「俺自身素性を必死こいて隠してるってわけじゃねーんだけどよ。それでも不快だな? テメエも、同郷だって言ってくれたら、故郷の話が弾んだってのにな」
「……はっは」
俺の言葉を、
彼女は嗤う。
「着かず離れず陰湿に延々と距離感測ってたのは手前だろォがい。どっからアタシの素性が割れてたのかァ知ンねえけど、アレだネ? 結構早い段階から分かってたからァ、散々アタシで茶化してくれたんだろうが?」
「……だから、気付いたのは最初からだって言っただろ?」
「あー、そォだった。……ま、でもじゃあヨ、さっきの手前のタップダンス鑑賞会だってお茶目の一つで許してくれんだよなァ? ヒトォ転がして笑ってるようなンは、笑われる覚悟もないとネェ?」
「……、……」
――もういい。
と、俺は言う。
「なんの目的があんだよ。
「……、言ったろォがい。ヒト転がして笑ってるようなんは、笑われる覚悟もないとよォ」
「……。」
ふらり、と彼女、――ユイがこちらに歩み寄る。
それで以って、周囲の人間は目礼し道を明け渡す。
威風堂々と、
彼女はただすら、肩で風を切る。
「――大将殿」
「オウ」
目礼の一列から上がった声は、先の老紳士のものであった。
彼は膝をつき、二振りの「布を巻きつけた長棒」を恭しく捧げるようにして……、
――他方彼女は、
それを取る。
「――『こいつら』はよォ」
「……、」
それは、きっと俺に対する言葉であった。
しかしながら彼女、ユイは、俺ではなく、
――月に唄うようにどこか遠くを見上げている。
「アタシが『ここ』に来てからだと、初めて出来た相棒でな?」
……巻きつけられた布が、
風に溶けるようにして、虚空に流れる。
次第にその内の「貌」が露わとなる。
「こっちが」
と、……彼女はまず「二振り」の片一方、――『黒の長刀』を手先で立てる。
月に晒されて、それが影を落とす。
「
次に彼女は、他方、『白銀の長刀』を水平に持ち上げた。
黒白二極の二振りの剣は、月を濾して、
そして全く同じシルエットを、それぞれ地面に映し出した。
「
一つは縦に、
一つは横に。
それぞれが長い影を映して、――ふわりと、影が短くなる。
ただし、何のことはない。その「現象」は、
――彼女が、両の切っ先を俺に向けたために起きたものである。
「……。」
「こりゃァ、アタシの憂さ晴らしだがナ? 一つアンタ、付き合ってくださいヨ。なァ?」
……彼女は、先ほどの「その他大勢」のように、残像を残して肉薄などはしない。
咆哮を挙げて戦を告げるのでも、或いは飛び道具を二、三撃ち出すわけでもなく、
――ただすらに、
その殺気で、大気が無音にて氷結をした。
/break..
「――はっはっはァ!」
二振りの軌跡がただすらに左右へと抜ける。
しかしながらそのレンジが破滅的に長大だ。後ろに引くのでは、五歩退いてもまだ刀の一閃を抜けるには足りない。
ゆえに俺は「加速した視覚演算」で以って、左右の二刀がハサミのように交差する一点へ目算を付け、踵を打ち下ろす。
「おおっとォ!?」
「……、」
俺の一手で以って彼女は不格好に上半身を前のめりにする。しかし、そんなものはこの状況を打開する一手にはならない。なにせ彼女の懐に潜り込むには、更に六歩を踏み込まなくてはならない。だというのに……、
「ってナァ! まだまだだヨォ!」
「っぐ! 無茶苦茶な……!」
俺が一歩目を踏み込むよりも早く、彼女は「ただ単にターンを一つ行う」。
それで以って長大な二刀が周囲を円状に滅茶苦茶にして、俺はどうしようもなく全力で後ろに下がる他にない。
「(だぁクッソ! マジでどうしようもねえぞこれ! 相手の
そもそも、こんな風に必死に攻撃を避けてはいるが、俺自身は「不死身」である。
それでもこうして「必死を演出」しているのは、ひとえに俺がこの「不死身と言う手札」を、ここに至るまで秘匿しきれているためだ。
……相手を下す一手でも、或いは逃げの一手でも。
どちらにせよ俺のこの手札は「こちらがカウンター的に相手の虚を突く」上では最上の一手だ。
俺はとにかく、ユイの打つ「トドメのつもりの一手」をこれ以上ないクリーンヒットで受けて、彼女が勝利をどうしようもなく確信する他にないようなタイミングで致命的な逆手を打つ。
それが最も妥当な勝ち筋である。のだが……、
「(そもそも虚を突けるような距離まで踏み込めない! つーかこれさっきの手下連中は周りで眺めてるだけなのか!? あいつらが参加してきたら、流石に『虚を突く』だの言ってらんねえぞ!?)」
それは、楠木の行う間限のない投擲攻撃とはまた別種の封殺である。
あれが
ユイの攻撃は全てが、ヒトがピンセットで虫を弄ぶような高次元からの「干渉」である。俺が次元に逆らい彼女へ奔れば、一歩踏むごと加速度的に攻撃の「制圧面積」が増してく。
それに、……加えて言えばこの地理もいただけない。なにせここは明確な「街路」であって、つまりは左右両側にはっきりとした「建築物と言う壁」がある。ゆえに、何なら彼女は、「ただ単に二刀を上下に振り回すだけ」でも、いずれ俺を両断できるだろう。
「(マジでさっきの幻覚が痛すぎる! 俺の手の内がバレてないんなら多少はやりようが残ってたんじゃねえのか畜生!)」
……ここで俺は、幾つかの選択肢を模索する。
まずは、起爆石かスクロールの投擲による攻撃。
スクロールはまず間違いなく
それか、
…………。
「(待て、なんだこれは?)」
ふと、
「……、……」
俺は気付く。
今なおユイの長刀二振りは破滅的に周囲を飛び回っているが、それでも俺は敢えて、思考へと没入する。
俺は、……どうして自分の手札を指折り数えるような真似をしている?
そうだ、そもそもそこからしておかしい。俺の真髄は「直感」にある。これによって俺は、
それが俺なのに、どうして俺は今地道に自分の出来ることを数えたのだ?
……いや、それ以前からして違和感がある。なぜ俺は敢えてこの不死性の秘匿に拘っている?
相手に致命的なカウンターをぶつけるためなど片腹痛い。そんなものは、「カウンターでしか不死性を活かさない」と視野狭窄に陥っているだけだ。
そうだ、初めから何もかもおかしかったのだ。
この俺、鹿住ハルが、空模様に変化がないことにまで気付いていながら「幻覚」と「転移」を見誤るなど、どう考えたって有り得ないことだ。
「……。」
――俺は「胸中の感情全て」を否定する。
焦燥も、怒りも、嗜虐も、反抗も、その全ては今、俺にとって必要がない、と。
すると、即座に、
「――――。」
「…………、なンだ、もう種がバレたかい」
比喩表現ではなく、視界が一段階クリアとなった。
すっと赤みが引くように、或いは瞼の痙攣が晴れるように、
はっきりと「俺の視界の色が変わった」。
「…………。これも、魔法か?」
「いんや? 拘るのもナンだし言っちまうと、こりゃァアタシのスキルだ。三つ目のな」
「……、……」
視野を狭めるスキル。
短絡的思考を誘うスキル。
頭に血を上らせるスキル。
……そんなところか。
「……なんだ。これが三つ目ってのは、型落ちだな。引きでも悪いんじゃねえの?」
「はっ。日頃の行いが悪ィのは認めるケド、こんなンが本領だと思われちゃ堪んねーわナ」
額の熱が、加速度的に冷めていく。
拡大した視野が世界の全貌を掴む。
ただ一瞬、音が凪いで。
――ひときわ強い、夏の夜の青風が抜けて、
俺は呟く。
「――起動。半秒やるから、身内を下がらせていいぞ」
「――――ッ!」
幾つかのスクロールを手に取って、俺はそのまま思念を送る。
視界の端には、身構える「その他大勢」が見えて、また視界の中央には、驚愕に目を見開くユイのシルエットがあった。それが、――轟炎に塗りつぶされる。
……しかし驚愕などとは、全く片腹の痛くなる反応だ。
俺は既に一度、これを見せたはずだろうに。
「さ、下がれ手前らァ!」
……大気の胎動。
それが収斂し、――そして破裂する。
スクロールが爆炎を吐き出して、空気中に浮かび上がった黒曜の欠片を、機雷が破裂するようにして、叩いて弾く。
その災禍の中心にいる俺に周囲の光景は掴めないが、しかしそれでも「音」は届く。
石の弾ける硬質な音。
怒号にも似た誰かの声。
半歩遅れて、
――風が鳴る。
「…………。ははは、やってくれンネ。結構気合ィ入れて作ったァ『街』なんだがヨ?」
「――なんだよ今更。というか、転がす転がされるで喧嘩売ったのはそっちだろ? 街一個派手にブチ転がしたくらいで怒んないでくれよ」
鳴る風が爆炎を晴らし、その「光景」が俺にも判然とする。
楠木の国で見た「火葬」じみたそれとは、やはり印象が変わる。
ただし無論ながら、「毒殺死体」なんてものでも決してなく。
――それはまさしく、野獣に食い散らかされた後のような惨状であった。
「……。あーあーあー。なんだこりゃァ。……驚いたネ。見ろヨ、すっかり更地だァ」
「こんな良い夏の夜だし、月明りを遮らない分には俺は結構だけどな」
「手前勝手な話だヨ、……ったく。これだからアタシら側の手合いとの喧嘩はいけねェよナァ。毎度毎度、どっちが先に音を上げるかの弔い合戦になっちまう」
「へえ、じゃあなんだな? 次はそっちが俺を転がしてくれる番なの?」
「……ぜひとも、そう願いたいもんだね」
「……へえ。そうかよ。出来んの?」
「……ああ、そうとも。やるだけさ」
「……、……」
「……、……」
「……。」
「……。」
「「――――ッ!」」
――ユイが「奔る」。
長大な二振りの刀が、それに並走するように左右に展開する。細く長く、それは夜の蜻蛉のように輪郭を判然とさせない。
俺は、ここまでに身体で覚えた長刀それぞれのリーチを脳裏に思い描き、ベルトホルスター越しでスクロールに魔力を透過させる。
「(ステータス性能強化値のリソースを再分配。筋力及び防御力に特化――ッ!)」
いつか確認した通り――、
不死である俺にとって、防御力とは形骸化したステータスである。
しかしながら、……どうだ。
いい加減この喧嘩にも決着が欲しいところではないか。
今宵は、あまりにも長かった。
それこそ爆竜討伐の一件とも遜色ないほどの面倒事である。何ならむしろ、心の準備がなかった分だけこちらの方が煩雑ですらあった。
ゆえにこそ。もういい。
何やら先ほどは冷静さを欠き、それによって多少遠回りなどもしてしまったが、しかし。
今であれば、勝つべき一手は克明である。
俺は、
――左から迫る白銀の刀を、ただ掌で捕まえた!
「ンな!? おててのいらねェ馬鹿なのか!?」
「どーかな?」
驚きに声を上げるユイは、そして即座に異変に気付く。
それはつまり、彼女に返る手応えである。
――断ち切れてしかるべき俺の掌がしかし、いつまでたっても両断の感触を返してこない、と。
否。いつまでたってもなどと言うのは語弊だろう。なにせこの衝突はコンマ一秒にも満たないモノであったはずだ。俺はそのまま、
――強化した筋力で以って強引に彼女を「刀ごと」持ち上げ、そして空に放り投げる!
「っだァらあああああアアアア!!」
「ぉおおどわあぁあああ!??」
彼女の姿が、一瞬だけ月明りの眩しさに消えた。そのシルエットが、巨大な月の白に紛れ込む。
遅れて俺の目が、直下へと堕ちる彼女を見、そしてその苦渋の表情を見る。
なにせ、「ちょうど刀のリーチ一つ分の上空距離」に彼女はいるのだ。
落下を始めてしまった今、既にあの刀はどう振り回そうとも俺に届かず地面に塞き止められることになる!
「 」
俺と彼女の視線が交錯する。
その表情、明確な苦渋を射止めながら俺は、ホルスターのスクロールを取って握る。
「(ステータス補正変更、全ステータスを、この一撃に分配する!)」
彼女が、墜ちる。
俺はその真下にいる。
接触まではあと一秒半。
俺はただすらに片足を引く。
彼女が上空で、刀を捨てた。
俺は彼女を見る。
彼女は小さく、掌を握る。
――そして現れたのは『桜花の灯』だ。
白に薄紅を垂らしたような白光が、地表を暴くほどに輝く。
あと一秒。
白炎が頬を焼く。
彼女の髪が風に暴れる。
あと半秒、……今まさに、
俺と彼女の視線が、一手が、
――交錯した!
「――――――ッ!!!」
「――――――ッ!!!」
――夜が、
ただ一瞬だけ昼に塗りつぶされる。
音が、風が、
突風が、爆音が、
その瞬間、夏の夜の果てまでを突き抜けて、
――消えた。
/break..
……と言う感じで、
俺が彼女のほっぺたにグーパンをぶち込んだ五分後のこと。
「……オイ待て手前。なんで無傷なんだヨ」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺ってば不死身の無敵なんだよね」
「……っかー。なんだそりゃァ」
大の字に伏せた彼女、桜木ユイの横で、
俺は(なんとなく不良スタイルで)しゃがみ込みつつ、彼女の様子に鼻を鳴らした。
……ちなみに、先ほどの五人組はユイの命令で引き払っていた。
なにやら、この街の惨状への対処に駆り出されたらしい。そんなわけなので今この空間には、俺と彼女と、そして静かで暖かな夜の空気感のみがある。
既に、この風景の中から殺伐とした雰囲気などは一辺倒立ち引いている。
至極穏やかに、彼女は激戦の疲れを伏して癒し、他方の俺は、そんな彼女を脱力して眺めている。
「よォ、アンタ」
「?」
「試すようなァ真似して悪かったナ? まァ、憂さ晴らしの方は謝んねえケド」
「……まあ、それはいいさ。しかし試すってのは、なんだ?」
彼女は、俺の問いに、
――少し長くなるから。と言って上体を上げた。
「ホラ。歓迎の席ってのァ酒が約束だロ? むこうに行きゃァ、未だ無事な家も残ってると思うンだよナ」
「そりゃあいい。せっかくの良い夏夜だし、おあつらえ向きな銘柄なんて期待しちまうな」
「うン? あー、わりィがウチは一通りラガーと日本酒だヨ。飲めるか」
「…………そりゃ大好物だけど、……日本酒ってマジ?」
「嘘なぞつくかい」
「……はあ。米、普通にあるんじゃねえか」
「? まあいいヨ、行こうゼ」
と、彼女が手を付いた。
それを見た俺は、静かに片手を差し出して、
「よォ、大将?」
「……オウ」
彼女が、がしっと俺の手を掴み返した。
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