Epilogue〈2〉



「……ってな感じで、今に至ります」


「ヤったなあ! 遂にやりましたねアンタ両手を出せ! お縄だお縄ぁ!」



 さてと、時間は再び今。

 俺たちは各々、手元の皿にフォークを突きたてつつ、そんな感じで一悶着を起こしていた。


 ……なお、外の様子は凡そ夜と言っても差支えがないっぽいだろうか。

 俺的にはそろそろシレっと手元の飲み物をアルコールに変えたい感じなのだが、……今ここでそんなクダリ挟んだらマジで殴られかねないのでやめておく。



「何が酔った勢いだっ、何が冤罪だふざけんな! まっすぐそのままド黒星じゃないですか! なんでアンタシャバの空気吸ってんだ!」


「そりゃお前、この国のお上がシロだって認めたからだろ。お前も公官ならね、真実が二つあるくらい慣れっこだろ?」


「真実はいつも一つでしょ!?」


「(おおう異世界人からこのフレーズを引き出しちゃったぜ……)」


「あーもぉどうしたらいいの……? いっそこのまま何一つ聞かなかったことにして知らんぷり決め込んだ方がいいのかなあ! 私の担当異邦者が他国の犯罪シンジケートトップと肩組んで酒盛りとか業務上過失ポカってレベルじゃないよなあ……っ!!」


「まあ、俺は別にスルーしてくれる分には助かるけどね?」


「私は公国に信仰と忠誠を捧げた騎士なんだよぉ……! うぅうう、これ全部夢だったりしないかなぁ……っ」



 なんて感じのエイルを目で見て楽しみつつ、……しかし実のところ、俺にはあともう一つやるべきことがあったりする。


 ので、いつまでもエイルの煩悶に付き合ってやるわけにはいかないのだ。



「いつまで悩んでんだよ女々しい奴め。起きたことは受け止めて、先に進もうぜ」


「マジで殺すぞ」



「……。いや失敬。それよりな、ちょっと話を変えようぜ、気分変えがてら。な?」



 と、……そこで俺は、エイルの肩越しに



 その人物、

 ――先ほどから一人カウンターでグラスをくゆらせていた「少女のシルエット」が、



「……、やっとかィ」



 声に気付き、振り向いて、

 そう独り言ちつつカウンターを下りた。




「ってことで人を紹介したくてな。――


「どうぞヨロシク」


「えっ」




 その展開に、最高な表情で言葉を失うエイル。

 他方俺は、「絶対に笑ったらいけない……っ!」と奥歯をかみしめて押し寄せる波をやり過ごす。



「え、え」


「ユイですゥ。よろしくねェお嬢さん?」



「あ、え」


「いやあこいつがね? どうしてもエイルに会いたいって言うからさ。事前に話も通せずに悪かったねエイル」



「あ、……えっと、帰ります」


「「待て待て待て!」」



 マジで目を点にしてそう言い放ったエイルを、俺とユイは全力で止める。



「……あ、あのね。すみません私。一旦状況を整理したくて」


「あァ、そりゃねェ。どうぞごゆっくりィ」



「えっとでは失礼して。……まず、あなたがハルで」


「俺? ……まあハルだけど、そっからなの?」



「そしてあなたが、桜田ユイさん」


「そうなるネ」



「サクラダカイのトップで……?」


桜田會サクラダカイって流暢に呼んでくれると嬉しいがネ、まァ、その通りヨ」



「裏ギルドの重鎮」


「そうだネ。お恥ずかしながら」




「け、――剣を抜けぇ! 決闘だ馬鹿野郎!」




 という一言と共にエイルは椅子を蹴って立ち上がる。

 そして、……武器生成スキルでガチめな長大剣を作り出し、それを俺とユイに突き付けた!



「おいおい待て待てやるならこいつ一人だろ? なんで俺まで」


「変わんねえ! 大してどっちも変わんねえ! そこ二人纏めて相手だかかってこぉい!(錯乱)」



 ちなみにそんな中、混乱の中心部であるユイは、なにやらニヤニヤと両手を挙げて降参のポーズをしていた。



「危ないネェ。ここは飯を食う場所なんだヨ? 血なまぐさいんは仕舞いなさいヨ?」


「手前は一旦マジで喋んな続きは署で聞くからよぉ!」



「でもほら、ここだって一応真っ当にやってる飯屋なんじゃねえンかい? 店長サンが飛んできちゃうヨォ?」



「あ、ぐ。……なんつー正論ですか犯罪者のクセに。でも私は、公国騎士として、……犯罪者を見過ごすとこなどぅ……!」



 今さっき自分の業務上過失ポカを隠蔽しようとした人間のいうことじゃ絶対ない。なんでコイツ外向けに言うことだけはいっちょ前なの? 公国騎士ってのは内部から腐ってんの?


 ……と、そこで、




「――お客さん(ズイっ)」


「あ、ぅ。……お、お店の人ですか(たじろぎ)」




 先ほどの厳つい店員が、騒ぎを聞いて駆け付けたらしい。

 彼は何やらお玉とフライパンで武装しつつ、俺たちとエイルとの間に割って入った。



「あんまり、他のお客様のご迷惑になることは控えていただかないと」


「い、いやでも! 私っ、実は公国騎士のものでして……っ!」


「ここには旅人も街の商人もパン屋だって来ますさ。騎士サマだろうが何だろうが、特別扱いはできないねぇ……?」


「え? いや、でもあの。いまここ、現行犯の現場で……」


「ここに来るお客様はみんな自分の仕事をしてますさ。他人には迷惑をかけねぇでな。アンタばっかり騒いでいいってことにはならねえでしょうや」


「あぅ、……うぅ」



 みたいな馬鹿なやり取りが応酬する後方で……、



「(ねえねえユイさん?)」


「(オウ。なんだってン?)」


「(あの厳ついコックさん。こないだ俺が幻覚ん中でぶっ飛ばした五人の中にいたよね?)」


「(あー、まァ。内緒だけどナ?)」



「(あいつが料理作ってるってことはさ、……もしかしてこの店丸ごとオタクらの組織にどっぷりだったりする?)」



「(…………。まァ、内緒だけどナ。しかしそうでもなけりゃァ待ち合わせ場所には選べねーって)」



 という感じで国家権力がチンピラに良いようにされている舞台裏が垣間見えたりしたのだった。


 さてさて、



 ――それでは改めて。



「……あれ? 待てよ? どうして私は丸め込まれて座っているんだ?」


「(コイツ日を追うごとに馬鹿になってねえか……?)」



 エイルが卓上についてくれたのを見て、俺とユイもそのようにする。


 なにせ、

 ――実のところを言えば、これから話すものこそが今日のメインディッシュであったゆえに。



「……、……」



 これまでの長ったらしい回想も、ロリ改めユイとの出会いや『北の魔王』の暗躍を語って聞かせたのも、何もかも全ては「このため」だ。


 ゆえに俺は、

 ――一つ勿体付けるつもりで、


 カップに唇を浸し、呼吸を一つ置いた。



「それでだ、今日ここで三人集まったのは他でもない」


「……、なんですか」



 エイルが問い、それに俺が答える。



「俺とユイは一つの『予感』を共に支持する仲間だ。酒の席でそれを共有できたからこそ、俺はエイルにユイを引き合わせたと言ってもいいな」


「はあ。……?」


だ。俺の考えるのとユイの考えるのは、まあ方向性以外の殆どが別だがな、しかしユイの言ってんのは、俺のなんかよりもずっと具体的で、……しかも現実的だ」



 黙考を返すエイルに、俺は更に言葉を付け加える。




「……、……」



「『北の魔王』、桜田會、そしてストラトス領の三つだ。こいつらが冷戦状態にあるのは、――ギリギリの緊張状態のままで拮抗を維持できてるのは、どうしてだか分かるか?」


「それは、……『悪神神殿』が、その三つのちょうど中間地点にあるからですよね?」


「そう。その通り。……じゃあ当然な、『悪神神殿それ』がなくなったら、緊張状態は決壊するよな?」


「それは、その通りでしょうケド……」




「そんで、こっからが本題だ。――殿?」


「――――は?」




「マズいよな?」


「……。」



「でだ。――実はここに、もう一人呼んでたんだ。そろそろ来る頃だと、……と、噂をすれば」



 そこで、……からり、と来客を告げるベルが鳴る。

 それで以って、この場の三人は殆ど反射的に音の方向に顔を向けた。


 果たして、

 ――その先には、






「全く。よくもまあ当日にアポを入れてきたもんですよぉ。……ああ店員さん。待ち合わせなんですけどー」






 朝を浴びた白雲のような髪。

 晴れの日の湖畔の色の瞳。


 神の造り給うた、子細なき造形美。



 ――レオリア・ストラトスその人の姿があった。



「ああ、あそこだ。どうも店員さん。……んで遅れて失敬です鹿住さん、皆さんお揃いでどもども」


「お疲れさんレオリア。急で悪かったな。あと店先でぼやいてんの聞こえてたからな?」


「……じゃあ言わせてもらいますけど私一応ここのトップなんで、アポは一週間前からでお願いできません?」


「(白目のエイル)」



 さて、



 エイルは何やら、早々に思考を放棄したらしい。ひとまずそれは置いておいて、俺は席を立ちレオリア氏を迎える。それから、ユイも同様に……、


 そして果たして、

 ……夜の降りる、シックな印象のバルにて。




「ややっ。これはこれは桜田會の! その節はいろいろご迷惑をかけてくださって!」


「そういうそっちはレオリアサンでしたネェ? いやはや聞きしに違わぬ俗物臭ですナァはっはっはァ」


「……おいテメエら、さっそく仲介の俺の顔を潰すつもりか?」



 ひとまずは、

 ――乾杯の声が、三つ響いた。




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