(03)
それは、美しい調度品のように「魂を欠落」した街の一幕である。
石造りの風景。その芯までが夜気に凍り付いたような、静謐の宵闇の下にて。
――風が破裂したように、
静かで、細く、しかし破滅的な音が響き渡る!
「 」
男が二人、女が三人。それらが俺へと、残像さえ浮かぶ高機動で肉薄する。
否、明確に俺の方に直線で向かうのは、その内の二人だ。
それ以外は「意図を感じる類の」、直線的ではない軌道で俺との距離を詰めている。
……そちらは意識に留めておくのみでいいだろう。まずは目前の二人だ。
片方は男。その手には反りの弱い刀がある。
他方の女は小柄で、一見した限りでは徒手空拳だ。……なんて風景を、
「ッ!」
「んなっ!?」
無様な声を演技で挙げつつも、未だスクロールの効果により限界まで高められた俺の「目」が、子細滞りなく捉えていた。
「……、」
見えたのは刀の一閃と、小柄な女の掌が眩く光を放つ様である。
ゆえに俺は一つ「割の良い賭け」でもするつもりで一歩踏み込み、
まずは振り下ろす刀を握る男の腕を十字受けで止める。
「(――掌が輝くってのは見たことがない。じゃあ、十中八九魔法なんだろ?)」
十字受けとは、
どこかの格闘技だか武器術だかで使われているらしい、両の前腕を文字通りクロスさせて、上から振り下ろす類の攻撃を受ける技術である。
……が、俺のやるのはその技術の全くの猿真似だ。
それでも、攻撃者のどてっ腹が丸ごとお留守になるのには違いない。刀を振り下ろした男は「条件反射で」腹筋を固めるが、
「っどぉらあ!」
「ぅぐ!?」
むしろ、そうやって縦に体幹を固めてくれた方が都合がいい。
俺は腕の十字を崩し、そのまま男の腕をつかみ、そして横方向の力で引き払う。
お互いの居場所が綺麗に入れ替わる立ち回りで以って、そして男は「先ほどまで俺のいた場所」に倒れ込んだ。
――この間コンマ二秒。
そして、
「ぉ、ごぉああアアアアアア!!?」
「そ、そんな!?」
次のコンマ一秒で、「先ほどまで俺のいた場所」に逆さの氷柱が立ち上がった。
無論、それに貫かれたのは無防備に倒れ込んだ「刀の男」だ。
「(うぉお。……えっぐい。死んだなありゃ)」
さて、他方小柄な女子の方であるが、この一瞬の恐慌を生かさぬわけにはいくまい。
どうせこの強襲戦で相手を殺しちゃうのなら一人でも二人でも変わらないので、とりあえず俺はその「小柄な女」の顔を鷲掴みにして――、
「 ッ!? ッ!!!??」
都合五度の爆発が、俺の「掌」から放たれる。
否、正確に言えばそれは、俺があらかじめ掌に握りこんでいた爆発石の発火である。
流石の威力に俺の掌が強引に引きはがされ、女が顔から発煙しつつ虚空を舞った。
……と、言うことで、
「(あと三人、……やばいな。二人見失った)」
じゃあひとまずは、分かってる一人を潰そう。
俺は「直感に警鐘を鳴らされて」身体を翻す。
死角からの攻撃をかわすためではない。俺の咽喉を狩らんと直ぐそこに迫っている「はず」の誰かの側頭部に蹴りを入れるためである。
「っが!?? テメエ!!」
「(結局こいつらも格上か、俺のハイキックじゃマトモに意識も飛ばねえんじゃん)」
まあ、なにせこの世界において俺より格下の相手なんて一人としていなかったわけで、自身の無力を嘆くのは別に今でなくて良いだろう。
そもそもそのために、石だスクロールだの外部装備に火力を依存しているのであるからして。
閑話休題。とにかく、
予定通り蹴り飛ばしたそいつの口を開けさせることには成功したので、そのままプラン通り俺は、そいつの大口にスクロールを二本差し込んだ。
と、そして遅れて気付く。こいつもどうやら女の子であるらしい。
……いやはや、女子ばっか二人連続で顔面を狙った形である。
ここは一つ、専守防衛だったってことで勘弁してはくれまいか。
「(まあいいや。起動)」
思念を送るのは、今彼女の腹部に叩きこんだ三つ目の『推進力スクロール』だ。
直上への推進力で以って彼女は、先ほどのフォッサのようになすすべなく上空へ弾き飛ばされ、しかし、
「(――起動)」
先ほどのフォッサとは違って、彼女は夜空にて「花火となる」。
上がる「火」は爆炎で、彩る「花弁」は黒曜の礫。
それが辺り一帯の石畳をハチの巣にして、小奇麗だった街並みを灰燼に帰す――。
と、
「(いいね。向こうから悲鳴が聞こえた)」
つまり一人はそこにいる。俺は速度ステータスをさらに選択強化し、迅速にその音のした場所、……原形のない石壁の裏へと接近。
そして、パッと見た感じでそのまま壁を蹴り倒せそうだったので、向こう側に幾つか起爆石を放り込んだ上で壁を蹴り飛ばす。
――ズシン、という重い音と、甲高い爆発音が同時に響いた。
そして俺は遅れて気付く。……参ったことに、この裏にいるのが誰だったかを確認し忘れていた。
「あー。……これはしくじったか」
一応、残っていたのは男女一人ずつであったはずだが、……はてさて残り一人はどちらであろうか。
隠れた敵の体格や性差による運動能力、声の高低などは、可能なら把握しておきたかったところである。
いやまあ、こんだけチョロければ舐めプで問題はなさそうだが。
……って言うかこれ、隠れた最後のヤツ見つける方がめんどくさいまでありそうである。
ということで、
「おーい。最後のヤツいんだろ? 試しにここは一つ、白旗上げて出てきてくれたら……、
……――おい。待てよ」
それは、
……そう。
あまりにも、――巫山戯た展開だ。
そう言う他には何もない。
「……やはり、とんだ野獣でしたな。では、解除させていただきましょう」
現れたのは先ほどの老紳士である。
そのあまりにも緊張感のない立ち居振る舞いに俺の「直感」が最低な予感を告げる。
そして、
――流転。
俺の思い描いた、『その通り』の光景が現れる。
「――死んだ! 俺最初に死んだ! 馬鹿な!」
「だから言ったんでしょうが」
「……これは、エグい」
「お前の死に様がか?」
「……これ俺さ、ぺしゃんこになってるよね。そこで」
そこ、と彼は言うが、しかしそんな場所は無い。
ハチの巣になったところを俺が蹴り倒したはずの石壁が、最初に見たのとまったく同じ静謐の姿で、「そこ」に立っているのみだ。
「……、……」
首筋に、絶対零度が滑り落ちる。
前世では出会ったことのない、そして前世であったならきっと「有り得ることだってなかったはず」のこの光景を、しかし俺のフィクションの知識が克明な回答と結びつける。
――幻覚。
「二度」も食らえば流石にアテが付く。
一度目は、察するにこの街が現れたその瞬間で、そして二度目が先ほどだ。
きっと、この街は「最初からここにあった」し、俺はきっと、「彼らに乗せられるままにここで一人タップを踏んでいた」。
そう言うことに、違いあるまい。
「………………………………………………………………。」
――不愉快だ。
不愉快であった。
瞼がヒクつくのがわかる。
嗚呼、
腹が立つ。
怒りと言うのは、
存外、心地が良い。
手を離せばいい。
理性の手綱を、放り出せばいいのだ。
全員殺す。
それでいい。
殺そう。
全員殺そうではないか。
――さあ、ああ。
殺す。死ね、クソども。
「 」
「……テメエらは下がってナヨ。さっきの見たら分かるだロ? 焚きつけといて何だけど、こりゃァ何度やり直してもテメエらの手に負える相手じゃねーわナ」
「……、……」
その声は、
「……、」
――聞いた声であった。
ゆえに俺は、手放したはずの理性で以ってその姿を脳裏に描く。
聞いた声だし、それに聞いたことのない口調でもあった。
そして何より、――俺は彼女の名を知らない。
ゆえに俺は、
ただ静かに声の主に視線を放り投げる。
「……。」
「やっ。ご主人サマ。あのクッソ忌々しい名前は敢えて名乗らねえケド。
――どうもォ、『
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