A-6
まず初めに、
……実にしょうもないネタバレをすると、彼女との戦いにおいては、俺の勝利は既に確定している。
なにせ、彼女ら「北の魔王」の目的は「この犯行を『サクラダカイ』なる組織に擦り付け、それでもってバスコ共和国の三点拮抗を能動的に崩す」ことにある。
そしてそもそも、そのような目的に至った理由としてあるのが、「北の魔王が魔族であること」。
そして翻っては、「魔族は人類の敵」であり、これを理由に「バスコ共和国のヒト種族二つが手を組むこと」を阻止するためである。
それはつまり、逆に言えば、――「この犯行が『北の魔王』の犯行であると発覚すれば、最も恐れていたヒト種二勢力の結託が起こる」と、そう言った帰結を辿るわけである。
なにせこの案件で「北の魔王」が用意したのは、「『サクラダカイ』が人類と決別しうる」だけのヘイトだ。
これをそのまま「北の魔王」が肩代わりしたとすれば、その時はつまりそのまま、「『北の魔王』が人類と決別」するわけだ。
……さてと、ここまでを踏まえて考えよう。
『北の魔王』はこの場合、どうあっても生存者を残すわけにはいかない。
なにせ飛空艇に乗っている乗客スタッフ全員が、この案件の黒幕が『北の魔王』であることを知っている。一人でも打ち漏らせば、その時点で『北の魔王』は人類に対し天涯孤独となる。
ゆえに、「彼女」はここでどうあっても飛空艇を撃ち落とす必要がある。
そして他方、彼女は『俺』のことも殺さなくてはならない。俺がいれば飛空艇は撃ち落とせず、また俺自身が「この犯行の黒幕」を暴露する展開だって確実だ。
と、ここまでが大前提である。
ではここで、――「俺の勝利が既に確定している」理由についても確認すべきだろう。
「……。」
先に触れたように、彼女は、彼女の持つ背景で以って俺を決して逃がすことが出来ず、ゆえにこの場であちらが闘争を選ぶことはあり得ない。
彼女は確実に俺を殺す必要があり、そして、
「……、……」
――そして、俺は死ぬことがない。
これが、「俺の勝利の確定」についての根拠である。
さて、
「……、」
「……、」
状況は拮抗。
しかしながらそれは、ただすらに彼女の焦燥を呷るだけの時間に違いない。
今こうしている間にも、ドテッ腹に風穴を開けた飛空艇がいつ不時着の軌道を取るか分からず、仮に彼女が飛空艇を見失った場合、その時点で『北の魔王』は詰みである。
彼女としては、無理にでも俺の攻撃を誘って、そこで奪い取った「後の先」を起点に俺を圧倒する。そういう手筈だろう。
ゆえに、
「……、……」
彼女が、俺の目的を「飛空艇が不時着するまでの時間稼ぎ」だと見た場合、
彼女は確実に、不用意な一手を打つ。
――例えば、このように、
「……くそっ!」
拮抗と言う名の停滞に煮えを切らした「彼女」が、まずの一手で矢を放つ。
しかしそれは、視覚演算に特化した俺にとってあまりにも遅い。
同時に放たれた三つの矢を、俺はただ体軸を軽く逸らすだけでまとめて回避する。
「ッ!!?」
その表情が苦渋に滲むのさえ「遅い」。
彼我の距離は、俺の全力の歩幅十五個分だ。それを詰めるのに、しかし俺の身体性能はあまりにも速度に失していて、……ゆえに、
「(――起動。視界演算強化値の五分の四を速度ステータスに)」
一歩を踏み、
「――――ッ!!」
――二歩目の加速が地を穿つ。
十五歩分の距離を三歩で踏み越えて、そして「彼女」の懐に至る。
「!?」
「……、……」
俺はただ単に前へ突貫しただけだ。しかし「彼女」は、はっきりと俺を見失った。
俺は「彼女」の視線が彷徨うのを直接確認し、そして、
「起動。推進力スクロール」
「貴様ッ!!」
俺の詠唱で「彼女」の身体が直上へと打ちあがる。それを確認した俺は、更にそのまま、その場で「手持ちのスクロールの幾つか」を周囲へとばら撒く。
「――――ッ!」
「彼女」は、上昇から落下までをただすら重力に捕らえられたままだ。
打ちあがり、上昇推力が消失し、そして落ちる。その内に何やら上空で、「彼女」はこちらに弓を向けるが、そんなものはただ避ければいい。
俺は、直上から振る六つの流星を三歩で避けて、そして「彼女」の墜落を待つ。
他方の「彼女」は、……何やら俺が六矢の全てを避けたことに驚愕をしているようだった。
そのまま表情をゆがませて空中で反転、着地に向けて体制を整えたのが「見える」。
ただし、問題は何もない。
俺は、「彼女」の、
……空中で体勢を立て直し、そして「着地の一歩」を弾き出さんと力を弛めるその脚が、地上に接する直前、先ほど撒き散らした『スクロール』を起動し、
――そして落ちてくる「彼女」の襟首を、無造作に掴み上げる。
「!? !!!??」
それは、ちょうどフライボールをキャッチするような感覚であった。
当然のように俺は「彼女」の身体を捕まえて、他方の「彼女」は、……今ようやく、俺に襟首を締め上げられている状況に思考が追いついたらしい。俺の腕に矢を直接叩きつけようとしていた。
「……、……」
……イメージとしては、大量の機雷を円周状に設置した状況が近いだろうか。
それらが全て内向きに、――俺たちに向けられていて、破裂の時を待っている。
起動の瞬間。
周囲円状に、スクロールで作り出した黒曜の欠片が軽やかに舞い上がる。
――そして、直後。
俳優を外側から照らすスポットライトのように、爆炎が俺たちを盛大に暴いて、
それが、虚空の「黒曜石」を滅茶苦茶に弾き飛ばした!
「ッ!!? ……おぉオオ!!???」
周囲の致命的な状況に今更気づき、そして「彼女」は、……どうやら、ただ身体を固めて衝撃を待つことにしたようだ。
そして弾け飛ぶ黒曜が、覚悟した通りに彼女の身体を、そして俺自身を打ち据える。
「 」
彼女が悲鳴をあげようとして口を開く。それさえも俺にはスローモーションに見えた。
ゆえに彼女の痛痒気な表情が、俺にはどうも退屈だ。
あまりにも退屈が過ぎたので、俺は、彼女がこれで生きていた時のために用意していた次の一手の方も、ここで起動することにした。
「……、……」
弾け飛ぶ黒曜の内には、実のところ一定量の起爆石を紛れ込ませてある。
元来の意図としては、撒き散らされた起爆石を草むらに紛れ込ませ、改めて地雷として運用するつもりであったのだが、
……まあいい、と俺は断じて、
そして今、爆炎と共に俺たちを射抜く起爆石も、ここでまとめて起動させる。
「――――。」
「――――ッ!??」
その瞬間の、「彼女」の表情はどうであったか。
それは結局、判然とはしないままであった。
――しないままであって、そのまま、光景が爆炎に蹂躙される。
俺と彼女は共に「飛来する黒曜の欠片」に撃たれ、そして爆炎に灼かれて、起爆石の破裂をも一身に浴びて、赤く照り上がるその「地獄の帳」へと放り出されていて――
「……なんだよ、あっけないな。簡単すぎる。これじゃあ、これで終わりじゃないか」
「くっ、そォ――ッ!!!!!!」
腹の底からの悲鳴さえ、この灼炎の地獄においてはかすかな音であった。
……そして今、
爆炎が、俺たちを覆い潰した!
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