A-2
……時間はほんのちょっとだけ戻って、
「――うわぁああああああああぁぁあぁぁ………………、っと」
無事「苛烈のベリオ」に飛空艇外まで吹っ飛ばされた俺こと鹿住ハルは、
……予定通り、フィードの用意していた『拉致被害者救助用ドローン』にサルベージされていた。
「……、……」
飛空艇の外壁に紐づけされたドローンが、分厚い風に叩かれながら俺を強く掴む。それに俺は、身をゆだねる。
高度で言えば、幾数千メートルに上るだろうか。
高所の雨は強く、冷たく、俺の身体を際限なく打つ。
――寒いのは、今は不要ないと、そう俺が思えば、
俺の身体、俺のスキルが、それを即座にシャットアウトする。
「(さてと、これでとりあえず、この事件の三分の一は済んだか)」
思うのは、この事件についての全容である。
まず、この飛空艇は現在、ジャックされる瀬戸際にある。
このジャック、犯人の目的は「第三者への罪の擦り付け」である。
これで以って『北の魔王』は、『サクラダカイ』と『ストラトス領』の結託を阻止したいと予想できる。
ならばつまり、――このジャックに「求めている身代金」などはない。
ジャック犯はただすらに、『サクラダカイ』を名乗り、そしてこの船を堕とす。
大方、犯人が狙っているのはこの船のブラックボックスへの「犯行の録音」が目的だろう。
……俺の世界の飛行機に備えられているものと同様に、この飛空艇にも「事故ケースの収集のための録音装置」が存在している事は、既にレントン氏から確認している。
これを以って(或いはさらに犯行以後に行うであろう『犯人を詐称した犯行声明』も加えたうえで)三点拮抗を能動的に崩す。これが犯人の目的だ。
察するに、犯人は敢えて「ジャック犯を演じるつもりだった」のだろう。
名乗りを上げ、そして地上に据えた
となれば、……その結果に待つのは『サクラダカイ』への不可逆的な印象崩壊だ。
既に「裏ギルド」として民衆から畏怖されている彼の団体は、この一手で以って人理からの決裂をする。
――これが、犯人の描く図式である。
飛空艇ジャックの下拵えをして、完璧な状況で飛空艇をジャックし、これを堕とす。
大まかなあらすじはこうであったはずだ。
それを俺は、「真犯人の暴露」という方法で以って破綻させた。
さて、
――ではここまでを仮に大前提としよう。
ならば、ここで問うべきだろう。……犯人は次に、どう動く?
「……、……」
俺ならば、どうするだろうか?
答えは簡単だ。
――貴族の乗った飛空艇の墜落事件が公になるのを待って「名乗りを上げる」。
船を堕としたのは自分だ、『サクラダカイ』だ、と名乗る。ブラックボックスに求めた「眼を背けたくなるようなノンフィクション」こそは諦める他にあるまい。しかしながら、それでもまだ予定通りのヘイトの操作は可能である。
考えてもみれば、そもそもそんな「ノンフィクション」などなくとも聴衆はちゃんとショックを受けてくれる。「リアルタイムで乗客が絶望する様を残した記録」は確かにショッキングだが、それがなくても「目的値」は達成できる。――俺なら、そう考える。
……ゆえに、
「(中にいる『苛烈のベリオ』が飛空艇を制圧したうえで、地上の『理性のフォッサ』が悠々とこの船を堕とす。或いは第二プランで用意しているはずの爆弾の起動か。とにかく連中は、この船を堕とすことだけを目的だと軌道修正をするはずだ)」
なにせ、俺ならそうする。
ゆえに、これが「最適解」であるからこそ、連中はそのようにするべきだ。
――そして、
「(だからこそ、これでチェックだ)」
ドローンを飛空艇に紐づけした綱を、俺は手探る。
そのまま、遅々とした進行速度で以って、俺は飛空艇の側面へと復帰をする。
……未だ、抜身の雨が俺の頬を叩いている。
冷たく鋭利な酸素が俺の肺を凍結させ、しかしそれも、俺が「否」とした瞬間に刺激性を失う。
俺はただ、飛空艇の側面を伝ってその頂を目指す。
高空の、生命を拒絶するほどに鋭い全てが、
しかし、――ただすらに心地良く、火照りそうになる俺の頬を洗っていた。
/break..
――烈風吹きすさぶ飛空艇メインホールにて、
「……、……」
『……、……』
赤い絨毯と緋色の照明が、繁華街やカジノのそれのように乱暴に空間を照らしていた。
幾重もの札束が天井に舞い上がり、そして落ちて、再び舞い上がる。
純金を溶かしたような強い光が「強者たちの影」を暴き、聴衆の頬を焦がし続ける。
歓声が、怒声が、空気に溶けて輪郭を曖昧にする。
『とある英雄』が、
――今、「魔王」の懐を狙う!
『おぉオオオオオッ!』
「っだあああああああアアアア!!」
先手を打ったのは『甲冑』であった。
手に持つのは量産品の剣。それを深く手元に引き寄せ、刺突を狙った突進を打つ。
しかしそれを、
『鬼』が殴り飛ばす――。
『!!???』
「雑魚がァ!!」
そもそも『甲冑』に倍するほどの背丈を持った鬼である。彼は、技術も読みも何もないただの殴打にて『彼』を弾き飛ばす!
『がァ!!』
「しょうもねえな英雄! そんなんでイキってんじゃねえぞクソ雑魚が!」
弾き飛ばされた甲冑に罵声が追随する。
そして、――破砕音が響く。
『ぁ、……ぐ、』
贅を凝らしたメインホールの壁が、吹き飛ばされた甲冑を始点に蜘蛛の巣状に割れている。
ただ一瞬だけ土煙が湧き、それが突風で以って拡散する。
「馬鹿どもが! 馬鹿野郎どもがよォ! そもそもテメエらは魔王様に楯突いた時点で終わりなんだよくだらねえ! 欠陥種族の家畜どもなんざ、黙って死んどけばいいんだろうがッ!」
『……、』
ぱらぱらと、木屑が落ちる。
それが甲冑の身体を叩き、そのひざ元へと転がっていく。
『……うる、せえな』
「なんだよ聞こえねえ! クソ下らねえ雑魚が二度も張り飛ばされてまだ何か吠えられんのかよ! 雑魚が! 雑魚がよォ!!」
『だから、……うるせえって言ってんだ!』
甲冑が、半ば倒れ伏しつつも「ソレ」を投げた。
鬼は「ソレ」を、しかし難なく一薙ぎで砕く。
――しかし、
「(なっ!? これはッ!?)」
『阿保が。頭に血が昇ってんな?』
甲冑が魔術を紡ぐ。それは、聴衆をしてさえ初歩的な、ただ熱を灯すだけ魔法の詠唱であった。
それなのに、
『
――鬼が、悲鳴を上げる。
「!!? !!???」
『下らねえのは手前だボケが。グーパン決めて満足するだけのサルなら、そこで燃え尽きてここで終わっとけ』
鬼は、それに気付くことが出来なかった。
甲冑が殴り飛ばされたのは、『彼』にとって許容の範囲内である。或いは、そうなる他にないとさえ『彼』には分っていた。
殴り飛ばされたってかまわない。それでいい。『この一手』が通るならなんだってかまわない。
そう思いながら先の『彼』は、敢えて鬼に右の頬を差し出した。
『彼』の頬には、
――
「がふッ!? テメエ……ッ!!」
『どうして手前の右手がいきなり燃え出したのか、分かんねえだろ?』
――刻印。
それは、鹿住ハルが持つスクロールとも近しい性質を持つ、「対応する魔力パターン」に呼応して現象を発露する「魔法陣の一種」である。或いは、過日、リベット・アルソンに立ちはだかったレブ・ブルガリオが靴底に仕込んだもののように、刻印とは、『呪いのように対象者に傷跡という負債を残す代物』である。
甲冑の頬に仕込まれた刻印は、引火の呪いであった。
それを甲冑は、先に投げた「ソレ」、――「燃える水を詰め込んだ瓶」で以って不可逆とする。
鬼が如何に暴れまわろうとも、ただ風に晒した程度でその炎が消えることはない……!
『そのまんまよ。お前、燃えておいてくれよ』
「があッ! クソがァ!!」
『どうする? 両手を挙げて降伏するってんなら、俺も冒険者の端くれだ。火を消す手伝いくらいならしてやるぞ?』
――しかし、
「舐めてんじゃねえぞテメエよォ!!」
それは、やはりただすらに苛烈なだけの発奮であった。
それが、――燃え盛る炎を消した。
『 は?』
「俺は『苛烈のベリオ』だぞ? テメエ、火なんざ消せなくてどうするってんだよ?」
その言葉に、論理性はない。
そもそも怒りという「感情」に、火を収めるような性能はないはずだ。人の持つ喜怒哀楽に、自然現象に対して実際的な効果を及ぼすことなどはない。
だけれど鬼は、怒りで以って「火」を殺す。
それこそが、
――彼が『苛烈』の名を冠す所以であった。
『……、……』
「テメエ、この野郎? この程度で驚いてんのかよ。ようコラ、冒険者風情が」
鬼は言う。
『甲冑』は未だ、手の内の全てを晒し出したわけではない。そんなことは鬼にしたって理解っていた。
それでも、
『……、……』
「負けたなら負けたって、そう言えよ雑魚が!」
『彼』、その甲冑が沈黙を克明に晒すことこそが、
鬼にとっては、明確な、――勝利への確信であった。
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