『第四章_夏の夜の飛空艇殺人事件~豪華客艇に秘められたフルフェイスアーマー死体の謎……解答編~』



 彼こと、本当の「苛烈のベリオ」は、


 ……至極牧歌的な風貌の隠蔽ガワに、破滅的なほどの苦渋を滲ませる。



「やあやあ我こそは「北の魔王」が参謀の一人、名を「苛烈のベリオ」と言う! 控えおろう矮小なる人間諸君ッ!」


「……あっ、えーっと。そして私が『理性のフォッサ』だぜ! 誰も生きては返さないぜ!」



「(……待て待て待て止めろォ!)」



 ……彼、ベリオの目的は「この飛空艇の墜落」と、その犯行を『サクラダカイ』に擦り付けることによる「バスコ共和国の均衡の崩壊」であった。


 その手段として彼は、限界まで飛空艇ジャックの『成功率』を引き上げたうえで、ただすらにこの船を堕とす。乗員乗客の恐怖きたいを最大限煽ったうえでその期待をただただ「叶える」。


 ――全ての飛空艇において、「偶発的な事故の記録を残すための録音機能の備え」は義務である。


 ありとあらゆる自然現象に相対し、飛空艇の操舵士は「どう対処したのか」。

 或いはありとあらゆる人為的な悪意に対し、「悪意あるものがどう動いたのか」。

 そのケース収集は、ヒトの命を消費し蓄積するものであるからこそ最大限丁重に扱われる。


 ――決して、埋没などすることがない。


「彼」が飛空艇を堕とし、その結果に人が死んでくれたなら・・・・・・・・・・、この「広告」は達成する。


 飛空艇で起きた混乱を、恐怖を、絶望を、「教訓」を、


 ――人の世の全てが知る。



「サクラダカイ」が、いかに霊長支配の悪性腫瘍であるのかを。


 

 ……そのはず、



 だったのに・・・・・



「俺こと『苛烈のベリオ』は身代金を要求するぜ! ようようテメエら自分のタマの値段は自分で決めやがれ! 振込先は『北の魔王』! 『北の魔王』をどうぞよろしくゥ!」


「換金性が高ければ現物でもいいですよって思います。そんな私は『理性のフォッサ』です」



 どの「言葉」が、


 ……彼の「琴線」に触れたのかは分からない。

 けれども――、





「テメエらマジでやめろォ!!!」


 結果的に言えば、「彼」はキレた。











「……、……」


「……、……」


「……、……」



 ――暖色の照明が照らす、赤と金と曇天色の密室。

 その最中に、「空白」が生まれた。


 その空間にんしきにおいて「彼」は、あくまで「至極純朴そうな顔をした一スタッフ」であった。

 彼は、あくまで朴訥で、誠実な対応をする上質なスタッフであって、ゆえにこそ周囲には混乱が巻き上がる。



 ――乗客の一人は、思う。


「(あれあの今滅茶苦茶叫んだスタッフって、さっき私が重い荷物に四苦八苦してた時に優しく声をかけてくれた人だよね? どうしてあんなことを?)」



 一人は、思う。


「(おいおいアイツって、俺があの素敵なマダムに声を掛けられずに居たときに、『そういう時は言葉はいらないんです』って言って静かにアフィニティのカクテル(※カクテル言葉は『ふれあいたい』)を渡してきた彼だよな、どうしてあんなことをっ?)」



 一人は、――思った。


「(ちょっと待ってあの人っ、アタシがバタークラッカー咥えながら走ってて通路の曲がり角でぶつかったあの人だわ! アイツどうして、どうしてあんなことを!?)」



 皆は思う。――なぜあのスタッフが、今ここで叫ぶのだ、と。



 しかしながら「彼」はその視線に気付かない。


 ……気付かないまま、




「待った! 分かった! 分かったよお前らパチモンコンビ一回さがれ! 俺が『苛烈のベリオ』だ馬鹿! テメエら全員改めて跪いて両手を頭の後ろで組みやがれェ!」




 ――また、その会話を、




「(なにやってんだベリオあいつ……っ!)」




 とある雨天の下で、

「理性のフォッサ」はどうしようもなく聞いている事しか出来ないでいたのだった。











 /break..











 ……とまあ、ここまでが俺こと鹿住ハルの作戦である。


「……、……」


 仮想敵「北の魔王」一勢の目的について、仮説が挙がった。この時点が、俺にとっての「この事件の完結」であった。


 敵が誰で、何人いて、その洗脳下にいる無辜の被害者がどれほど隠れていて、また彼らがどのような方法で以ってこの飛空艇を詰みに持っていくのか、どうやってこれを堕とすのか。……


 なにせ、――俺がいて、「敵」がいる。ならば「俺の目的」はその時点で「敵の目的の阻止」である。

 


 敵の目的が「この一件を『サクラダカイ』の犯行に仕立て上げること」であるのなら、俺はただすらにそれを挫けば、それで俺の勝ちである。


 そう。

 ゆえに、「こうすればよかった」のだ。



 『北の魔王てき』が、犯人を『サクラダカイ』だと錯覚させたいのなら、

 

 


 さて、

 ――かような考察、一手は、




「……、……」


鹿! ! !」



 ――どうやら、成功したらしい。




「……、」




 沈黙の「色」が変わる。


 行き所のなかった「疑問」が、ここに収束する。

 沈黙は今、――回答に変わる。



「誰がパチモンだ、手前」


「テメエらだよクソッタレ! こっちがどれだけ丁寧に下処理して洗脳したスタッフをここに紛れ込ませたと思ってやがる!? ぜってえ許さねえそこのパチモンコンビ含めてこの船に乗ってる全員ぜってえ許さねえ! !」



 俺は、

 ……その言葉を待っていたとすら言っていい。



「よう?」


「なんだよ!?」



「――


「……。」



 激憤が、止まる。


 彼、「苛烈のベリオ」は、





 ただの刹那に、思考を取り戻す。


 彼は今、きっと、致命的に展開が変遷をしたのを理解したのだ。

 静かに、彼は、


 ――俺にそう問うて、俺がそれに答える。



「手前に会いたかったんだよ。……『苛烈のベリオ』だっけ?」


「……、……」



「冒険者、カズミハルだ。分かりづらいならってことでいい。――つまり、をぶっ飛ばすためにここにいる人間ヒーロー役だ。さあ、かかってこいよ?」


「……。」



 ――いいぜ、と。

「彼」が言う。


 静かに、――雨が窓を叩いていた。











 /break..











 俺の出方を、ベリオは待たなかった。


 それは、

 ――まさしく「苛烈」の名を背負うにふさわしい激憤であった。




!!」




 発憤、そして激怒。


 それがまっすぐに、俺に向かう。



「(ッ!?)」



 ……言ってしまえばそれは、単なる突進である。

 そこまでを理性的に理解しながら俺は、



「死ねやァ!」



 彼が右腕を薙ぐ。それは、彼の制空権が俺の身体に交わるよりもずっと前に起きたことだ。


 彼が穿つのは、――足元の地面。

 彼の膂力で巻き上がった地面の構成物、木っ端の破片やそれを縫う鉄釘が、面制圧で以って俺を狙う!



「ッ!? 下がれロリ!」


!」



 ロリが足元の絨毯を引きずり上げた。

 ――遅れて響く、ぼすぼすと鈍重な音。


 ベリオの乱暴な面制圧が、絨毯という緩衝材に衝突して推力を失う。



「ナイスロリ!」


「恐縮です!」



 俺たちは左右に分かれる。引きずり上げた絨毯と言う弾幕カーテンがたった一瞬だけベリオの視界を遮り、その刹那の内に、俺たちの加速はトップスピードを捕まえる。



「ッ!?」


?」



 左がロリ、右が俺だ。

 しかしベリオは左のロリを警戒する。当然だろう。なにせ彼の牽制を、ロリはあまりにも美しい一手で無力化した。


 ゆえに――俺のこの一手に対して、彼は優先度を低く見積もる。



 接近、

 ――そして一撃。



 俺の一閃。が、俺に対しては無防備でしかないベリオの身体を袈裟に穿つ!



「ぅが!???」



?」



 ――ロリが迫る。

 彼女はトップスピードのまま手近なテーブルを踏みつけて跳躍をする。そして、




!!!」


「っぎぁ!?!!??」




 空中で身を反転。それは、あまりにも美しい飛び蹴りであった。

 美しいそれが、しかしベリオの顎を破滅的に叩く。


 ――ベリオが、



「……っ?」


 顎を打たれ、脳を揺らされ、その結果数歩たたらを踏んで、そして――、






「嗚呼、嗚呼、――ァアアアあああああああああああああああああああッ!! くったばれクソどもォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」






 それは、

 ……俯瞰的に見れば、どこまでも見苦しい悪あがきであった。


 ただ単に両手を振り回す。それだけだ。――しかし、


 確実に彼の両腕の圏内から外れていた俺たちは、彼の「拡大巨大化」した制空権に弾き飛ばされる!



「!!???」


「っがぁ!!」



 俺は見る。


 理解不能に脳髄を揺らされ、しかし物理的衝撃には完全なる無効化を行う俺の身体、俺の思考が、「彼の変化」をはっきりと捉えた。


 彼は、今、

 ――「彼」ではなくなった。




「    」




 ――彼の肌が、見間違えようもなく「青い」。


 隆起した筋肉が彼の上着を破裂させ、不可逆なまでに悪辣を刻んだ相貌が、吹き飛ぶ俺の無様を射止める。



 

 暴力の権化たるシルエット。


 それはまさしく、――鬼であった。





「あー、クソが。……遠慮はやめだ。勢い余ってこの船落としても許してくれよ?」





 俺は悲鳴を上げる代わりに、どうにか身体を「向けるべき方向に向ける」。

 。俺は、


 ――どうしようもなく、彼の追撃で以ってと殴り飛ばされた。











 /break..











 無音が降りて、

 それを、――破砕音が塗りつぶす。



「――――、」



 人が一人、今、天空へと投げ出された。


 それは、周囲の人間全てに、……彼のその「死」を想起させた。



「ッ!!!!」









 ……恐慌は、発生しえない。


 何せこの空間において、唯一絶対の「魔王」がそれを禁じたのだ。



 ――風が鳴る。



 致命的な「穴」が開いた展望窓から流れるものだ。

 高く細い風鳴りが、赤と金の室内を埋め尽くし、豪華なインテリアを遠慮などなく蹂躙する。


 それでもなお、誰一人として言葉を発することが出来ない。



「    」


「……、……」



 鬼が、

 少女へと歩み寄る。



「おい、……テメエ」


「……。」



 少女、あの冒険者の伴侶と名乗った彼女は、

 ――しかし、気丈に鬼を睨む。


 それに、周囲の人間は言葉を失う。



「    」


「次はテメエだ、分かってんだろうな?」


「……、……」



 聴衆は思う。


 自分たちは、



 ――何をしている?



「……。」



 自分よりも一回り下に見える少女が、鬼を睨んでいる。それを自分たちは、言葉さえ失って見守るだけか? それで、

 ――本当に自分は、自分を許せるつもりなのか?



「    」



 その鬼の沈黙は、

 ――無力な観客の一人によって、起こされたものであった。



 起きたことは簡単だ。無力な観客が鬼に手荷物を投げたのだ。それだけだ。


 鬼にとってそれは痛痒の一片にさえならず、観客の投げたバックだけがただすら内容物を撒き散らし、紙幣の束が、風に舞う。



「なんだテメエ」


「――――。」



「手前が先か?」


「……違う。――違う! 彼だけじゃないぞ!」



 が、鬼に叫んだ。

 バックを投げて、それがまた、無意味に落ちる。

 中身が散乱し、赤い絨毯に撒き散らされる。



 それが、一つ、



 二つ。



 三つ、――数え切れなく続く。




「お、俺が、……俺が相手だ! その子をどうにかしたいなら俺を倒してからにしろ!」


「ふざけんな! 急に出てきて暴れまわりやがって! 手前なんか怖くねえぞ!」


「かかってこい! かかってきなさいよ馬鹿! 私だって貴族の端くれなんだから!」


「そうだ! そうだクソッタレの卑怯者! 俺が相手だクサレ魔族! 魔王だか何だか知らねえけど絶対に負けてやらねえからな!」



 回り始めた『意思』が、遂に形を成す。


 風が札束を巻き上げる。


 誇りが声を上げ、歓声を上げ、――そして、反逆の旗を揚げる。



「――うるせえんだよクソ人間風情が! いまさらしゃしゃり出てきやがって! もう遅いぞ、もうテメエらが地獄に落ちるのは決まってんだよォ!」


「知るか! 手前に俺たちの死に場所を決められて堪るかってんだ!」


「ああうるせえ、まだ分かんねえんだったら改めてもう一人殺してやろうかァ!」



 鬼が一つ、足を踏む。


 その音が巻き上がる歓声をさえ塗りつぶす。

 それでも観衆は、未だ声を張り上げる。子供のように手当たり次第に手に付くものを放り投げる。


 鬼が苛立ち、

 人がいきり立ち、



 ――そして、










「足音」が響く。










「    」


「    」



 それは、……甲冑が擦れる金属音であった。

 かちゃり、かちゃりと、音が連なる。


 人も、鬼も、皆がその音の先へと視線を吸い込まれて、そして、――「それ」を見る。



 それは、だ。

 未だなお頭部を致命的に陥没させたままの、退場したはずの冒険者であった。


 鈍い色の甲冑。

 暗闇よりもなお昏い色を湛えた、フルフェイスの奥の影。


 そこに今は、――が見える。


 幽鬼のように、修羅のように、

 ただすら『彼』は、仇を見据える。





「テメエ、どうして……」






『そりゃアンタ、さっきのあいつと同じだよ。……俺だってだ』







 一級だなんだなんて関係ない。

 ただ、いつか夢見た英雄譚に未だに拘り続けるガキの一人だ、と。そう答えて、





「……、……」


『第二ラウンドだ、付き合ってくれよな?』




 ――姿を現した彼、『鈍色の甲冑ゴブリンスレイヤー』は、

 暗闇の内より今、這い出した!



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