2-3
ということで私は、彼女、レオリア・ストラトスの先導で来た道を戻る。
またその道中、夏を感じながら辿ってきた『同じ道』は、しかし行く方向が違うだけで大きな様変わりを見せた。
「……、」
或いは時間経過の方も、印象の変化を底上げしているのは間違いなかろう。
初めに見たよりも更に活気を増した石畳の街路を、私は歩いて、
そして果たして、――通された騎士堂支部の一室にて。
……まずはレオリア氏より手ずからに、コーヒーを一杯用意されたのであった。
「……、……」
「くつろいでいいですからね。あ、苦いの大丈夫でした?」
「あ、ええ、お構いなく?」
客用の対面ソファに腰を預けて、……それから「友達ん家の返事だこれ」と私は胸中で自身を諫めつつ、ひとまずは周囲を見聞する。
……まず初めの印象としては、雑多である。
ゴミが散見しているという話ではないが、どうにもモノが多すぎる印象だ。
「(といっても、騎士堂施設内の個人デスクにしては、という話ですけれども……)」
そもそも、デスクに最低限度以上の私物を持ち込むという発想が公国騎士内にはない。
あそこにある「リュートに似た弦楽器 (?)」とか「謎の金属製小箱の群れ」とか、間違っても業務上必要な道具には見えないが、とにかくそう言ったものが大量にこの部屋にはあった。
……一応、それらの
「? どうしたんです、きょろきょろして。あのエレアコが気になる?」
「えれあこ? あ、いえ、すみません不勉強で。この国の文化的な楽器ですか?」
「お、楽器ってのには気付かれますか? もし興味があったら言ってくださいね、うちの屋敷には、他にももっとたくさんあるんで」
……なるほど、「弦があって胴体がある」から楽器だと目測を付けたのだが、どうやらアレは「えれあこ」というらしい。
なんというか、そのまま武器にも流用できそうな見た目だ。
「すみません。音楽の勉強はしてこなくて……」
「あ、……いやいや申し訳ない。すぐに布教を始めようとするのは私の悪い癖なんですよ」
――でも興味があったら言ってね? と彼女は続けて、
「とりあえず、
「え? ええ、まあ、はい。……資料には一通り目を通しました。ここではぜひ、意見の擦り合わせをさせていただきたく」
取り直すように言うレオリア氏に、私もそう、やや硬めの返答を返す。
「さてね。とりあえずそしたら、大筋の確認から」
と、彼女はそう言って、私の対面に座った。
「私が公国に依頼したのは、とある疑惑未満への調査ですね。……資料上は、どうにも濁したような言い回しになってしまいましたが、ぶっちゃけそちらは、今回の要請をどう見てます?」
「……、……」
これは、公官同士のやり取りとしてはそれなりにあるケースであった。
『抽象的な表現』は、その曖昧さの分だけ解釈の余地が生まれる。それは、部外者からの下手な揚げ足取りを諫めるストッパーとなると同時に、一定以上の信頼性のある相手としか出来ない「コミュニケーション」による行為とも言い換えることができる。
「……率直な所感で言えば、秘書をしろと、そう書いているように私は解釈したのですが」
「ああ、なるほど」
彼女、レオリア氏が、
――ふわり、と背もたれに身体を預ける。
その所作さえ完成形じみていて、私は思わず視線を奪われる。
さて、
「秘書をしろ、というのは間違ってこそいませんけれど。近からずといった感じです」
「はあ、えっと?」
「提出資料に仔細したためるには、どうにも不明瞭な案件でしてね。誤謬などがないように言葉を選んだ苦心の末ですが、結果、確かに抽象的な言い回しになった気がしますな。失敬失敬」
……私が読んだのは、
概要で言えば「可変的かつ権限領域を明確には定義しない形での業務の補佐」といった内容だ。
額面通りに受け取るなら、どうも「他国の公官たる相手に頼む」には危険な文字面だが、はてさて……?
「トーラスライト殿は、我が国が抱える問題をご存知でしょうか?」
「ええ、主だったものは『サクラダカイ』、『北の魔王』、『悪神神殿』の三つでしょうか」
「そうですね。お恥ずかしながら、その通り」
言葉を切って、彼女はコーヒーを一口すする。
「……超一級の奴隷商団体である『サクラダカイ』、聞くに名高い人類の天敵である『魔王』、そして、言うに及ばずなこの世界の悪性腫瘍『悪神神殿』」
「……、……」
「今回あなたにお願いしたいのは、この三つには絞らない『何らかの異変についての調査』です」
「は、はあ?」
曖昧な言い回しだ。
私は意図を掴めず、呻くような返答のみで、続く言葉を待つ。
彼女は、
「…………。こう言っては、質の悪い疑心暗鬼ととられるかもしれませんがね」
などと、
前置きのようなものを、まずは言って。
「――この国には、或いは世界規模で以って、何か、大きな『コト』が起きる可能性がある」
「『コト』、ですか?」
その言葉に私は、
「――――。」
……ただすらに、オウム返しをした。
するとレオリア氏は、私の反応に語調を失したように、「……とはいえ私がそう考えているというだけで、この予感にも根拠はありません」と続ける。
或いは、私の調子を彼女は「曖昧なままで依頼を出すことに不信を覚えている」とでも見ているのかもしれない。ただしこれは、そうではなく。
――私は今、
『過日カズミ・ハルが提唱したとある懸念』についてを、どうしても脳裏から払拭できずに、彼女の言葉を聞いていたのだ。
「……まあ、そんなわけでして、あなたには今回、その予感についての調査をお願いしたいと思っております」
「ええと、それは」
「申し訳ないことに、これは非常に抽象的で、難解な依頼だ。さしあたってのお話ですが、私はひとまず、この『コト』の始点を公国であると考え、そちらに要請を出させていただきました」
「あの、……そのおっしゃる『異変』というのも伺ってみたいのですが、……しかしその前に『公国が始点である』というのは、どういう?」
私の問いに、彼女は、
「…………。……ウォルガン・アキンソン氏の部隊が壊滅したという情報は、こちらにも届いております。まずはご冥福を」
「……、」
そう置く。
言葉のみではなく、彼女は、短い時間ではあるがしっかりと瞠目し、表情を消して。
そして、
続ける。
「私が感じていた不穏が、『ここ最近』になって次々と顕在化している」
「……、……」
――顕在化、
形になる。
つまりは、予感が現実的な変化へと波及をしていく。
「そもそも、私の抱える『いやな予感』はまず物流に出ました。『いつもとは少し違う物の出入り』、或いは『発注物推移の今までにない変化』などに。……大抵は敢えて目を止めることもない管轄外資料ですが、すこし気になって調べたましたところ、それら物流変化の根幹にあるのは脈絡もなく発生した人民間の不安感情であるようでした」
――鼻の利く手合いが何かを嗅ぎ取って「バランスを持ち直そうとしている」。
そういう類の変化だった。と彼女は言う。
「……、」
「次に、ヒトの流れに不穏が現れた。……そちらでも『爆竜』の一件は苦労されたことでしょうが、聞けば『ネームド以上によるヒトの生活圏への襲撃』は、
「……。それは、つまり」
……例えばそう、
『爆竜』についた狂信者集団、『熾天の杜』のような――、
「国にマークされるような連中が、蠢くような移動を始めた」
「……、」
言葉を失う私に、彼女、レオリア氏は、
――加えて言えば、と続けた。
「先ほどの『ここ最近』という言葉をさらに詳細に言い換えた場合は、――ウォルガン・アキンソン部隊の壊滅以後、ということになります」
「……。」
それはまさに、私がカズミ・ハルと意見を同調させた、「『赤林檎』及び『爆竜』襲撃のきっかけ」と同じ理屈であった。
――彼の考えた仮定敵対者の思惑、
『異邦者秘匿状況の崩壊』について。
これでは、まるでそれを世界規模にスケールアップしたような展開にはなるまいか、と。私は思わずにはいられなかった。
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