2-2
出てきた『逸品』は、
「 」
――名を、『グリルステーキバーガー・グランデサイズ』という。
「(感涙)」
――店内の様相は先ほど見えた通り、ログハウス的な印象のものであった。
ひさしによって過剰な採光が濾過されつつも、店内には大通りとも大差ない活発さがある。
自然由来の光に照らされる光景は、執拗一歩手前まで用意された観葉植物の甲斐もあって、殆ど庭先のそれだ。
適度な涼しさを保った店内は、心地のいい喧噪に包まれている。
……と、そんな最中にて。
私の目前に運ばれたその『皿』は、
一言で描写すれば「バーガーを名乗るただのステーキの塊」であった。
「――はぁ、はぁ、はぁッ!(ハート目)」
一応は、バーガーなのだろう。メニュー表記にもそうあった。
しかしながら、バンズ勢力があまりにも風前の灯火だ。彼らにしたって決して弱者なわけではないはずなのに、テラテラと美しいブラウンをしたその姿も、立ち上る小麦の香りも、単体にしてさえまさしく英雄のそれなのに、
――だというのに、戦力差が未だあまりにも明瞭なのだ。
これはそう、
言ってしまえば、「肉を掴むために、バンズやレタスで挟まれている」ような――っ!
「い、頂いてもっ?」
「どうぞどうぞ」
「じゃああの、遠慮なく!」
その返答で以って、
――がぶり、と噛み占める。
でもそれじゃ足りなくて、もっと深くまで食らいつく。それでも私の口先は、ステーキの中心には遠く及ばない。
はしたなく口の端を肉汁が零れ落ちる。噛みつくたびにうまみが鼻の頭に跳ねる。しかし、それを拭うのさえ時間の浪費である。もっと奥へ、もっと深くまで!
「(がふっ、がふがふっ!)」
口内を蹂躙する野生の香ばしさ。どこまでも荒々しく弾ける「肉」の歯ごたえ。そして鼻から抜ける小麦の香りが、大音量の軍歌のように私の食欲を鼓舞して離さない。
胡椒が弾け、私の背を押す。ガーリックとソースと肉脂のうまみが、臆さず前へとがなり立てる!
そして今、私は
「(――がじゅり! ごっくん!)」
噛み切るような、それでいて汁の滴るような感触が脳内を駆け巡る。それが即座に胃の腑へ落ちる。はふ、と息をつくと、レタスとトマトの瑞々しい苦み、甘みが、しかし柔らかく私の舌を癒して消える。
ゆえに、癒されて、――私は、
どうしようもなく次の戦に血を湧き立てるのだ!
「(がびゅり! もしゅもしゅ!)」
「気に入っていただけたようでしたら何よりです。……お邪魔はしませんが、一応お冷はここですので」
「……かふっ!? ごっふ! ごっほごほ!」
「…………、言わんこっちゃない」
「もらいます!(ごくごくっ)……っぷはぁ!」
いやこれは恐れ入った。……なにせ、そう。水までおいしいのである。
胡椒の刺激と、バンズの香りと、肉の油にソースのコクにと、それら全てが一緒くたになって、ただの水の圧倒的な
二、三とこくこく喉を鳴らすと、私の脳がまた、どうしようもなく肉を求める。
「うまい!(がつがつ)……おいしい!(ごきゅごきゅ)……私決めた! 私この国に住むことにする!」
「……光栄ですが、勢いで言っていいこととダメなことがありますよね。今のは聞かなかったことにするんでどうぞそのまま堪能していってください」
「どうも!(がじゅがじゅごきゅん)」
そして、
……私は、
「……………………。ぽふぅ」
この、――ステーキバーガーという名の戦を平定して、
そして得も言われぬ達成感に、天を仰いだ。
「(おいしかったよう。……マジでおいしかったよう!)」
椅子に背を預け、足を遠慮なく伸ばして、視界が明滅するほど濃密なその「余韻」に四肢を預ける。今更ながらに、思い出す。
ジビエ、……と言っていただろうか。
大抵の場合、ジビエと言えばクセと野性味の食材だ。職人の腕でこそ味が輝くものであって、こんな風に、
しかしこの一皿は、
本当に、
「(シェフを呼べって言いたくなるのは、こういう感覚なんですねぇ。いやホントに、絵画家や音楽家に向ける神聖視と一緒だ。ファンになっちゃうよう……)」
……と、
「どうやら、ご満足いただけましたか?」
なんてことを、パブロは言う。
「ええ、大いに。……今ちょうどね、『シェフを呼べ!』っていうアレをやる人の気持ちを理解しているところですよ」
「ああ、それは良かった」
「ええ、こちらこそですとも」
「では、呼びますか?」
「え、は?」
「シェフ! シェフーっ!」
「わ、……わあわあっ! いいですよ別にお邪魔になっちゃいますから!」
焦る私、そんな私を見て彼、パブロは、
しかし何やら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そして……、
「……どうも、シェフです!」
「(マジで来ちゃった!)……あ、あのどうも。……あのこれ! ホントおいしくて!」
「――ああ、それは良かった。久しぶりに厨房に顔を出した甲斐があったというものですな」
「え?」
その、シェフを名乗る「彼女」は、
「ええどうも、――当店の料理顧問兼、ストラトス領地の領主をしております、レオリア・ストラトスです。
エイリィン・トーラスライトさん、よくぞ招待を受けてくださった!」
そう言って、だらけ切ってた私に握手を差し出してくるのであった。
「ど、どうもー(汗)」
/break..
――レオリオ・ストラトスを名乗る彼女について、
まずはその容姿。これは、私の伝え聞いていたそれとも過不足なく、まさしく「神による造形物」のそれであった。
その肢体は細く、しなやかで、しかしながら「女性的な部分」においては明確な黄金比を確立させている。
白磁の肌は手の平で薄く掬ったミルクのような透明色で、金糸の髪は雲間を揺蕩う黄金色の陽を織ったようだ。
そして、なによりもその瞳の光彩。深みのある水色のそれは、神々の理知を映しこんだ水面の色をしていた。
彼女を見れば、――人は、性差などなく抱える印象が一定となる。
性愛でも、母神的崇拝でもない。或いは造形美や部分的嗜好や倒錯的感情やそれら全てを後回しにして、……人はまず彼女に「完成」を見る。
美しい身体と、髪と、瞳と、睫毛と、爪と、唇と、
――けれどどこかあどけないその顔、肩揃えに切った髪の毛、穢れの知らないその瞳の形に、人は「少女の定義」を知る。
『少女という言葉は、彼女の輪郭をしている』と。
彼女こそが『少女という概念の正答』であると。
「(はぁー)」
私はその、伝え聞く彼女の容姿通りの神聖さに、そんな呆けた感嘆符を漏らした。
本当に後光さえ差すような、次元の違う「美の概念」であった。
人が正円やシンメトリーに美しさを覚える感覚の極致が、或いはきっと、「完成と完全と正答」への渇望なのだと、彼女を見た全ての人間が気付くだろう。きっと彼女の作る料理なら、一流のハンバーガーどころかシンプルな犬のウ〇チであっても伝説に残るだろう。おいしかったって。
「(いや、私は何を言ってるんだ……?)」
閑話休題。
かような少女的美貌を以って、「知の女神」、「そのまんま女神」、「むしろあの娘が創世神」などと呼ばれて持て囃される彼女、レオリア・ストラトスは、
……しかし妙なしたり顔で以って、こちらに握手を求めるのであった。
「――エイリィン・トーラスライトさん、よくぞ招待を受けてくださった!」
「ど、どうもー(汗)」
彼女のその「異次元の完成美」と、それから私が今まさに「ちょっと人様に見せられない体勢でいること」などがあって、私は少しばかり委縮した挨拶を返す。
……それからシャキリと姿勢を正す。
「いや失敬。何やらそちら様が空腹であられると聞きましてね? ですから先んじて、このような一計を図らせていただきましたよ。よく言うでしょう、人の心をつかむならまずは胃袋からだって」
「あ、はい」
綺麗な声だなーなんて思いつつ私は、しかしその吐き出す「言葉」の方が微妙に俗っぽくて酩酊感を起こす。
「(レオリア様っ、トーラスライト殿が空腹なのはオフレコです)」
「あ、そうなの? おっと(……そうなの?)」
「(小声で言い直しても無駄じゃないですか?)」
「(うるさいなぁ、あーうるさい。バレなきゃいいんでしょうが)……こほん。さてと、エイリィン・トーラスライトさん。ひとまずはどうでしょう、エイリィンさんとお呼びしてしまっても?」
「え? あ、はい。どうぞ……。あ! いえ失礼しました! 公国騎士エイリィン・トーラスライトと申します。この度は貴領の要請に、微力ながらの援助を申し付かっております。よろしくお願いいたします」
ようやく正気に戻った私は、椅子から立ち上がり公国式の敬礼を行う。
……気付けば、レオリオ氏の登場に周囲の一般客も少なからず動揺しているようだ。
「えーはい、よろしく。……こんな往来じゃあなんですし、よかったらウチの方に行きません?」
「ええ、どうぞよろしくお願いいたしますっ」
と、何とか私は返答を返す。頭の中では「……なんかおっさん臭くないこの人?」などと思いつつも、表情には出さないナイス采配で以ってのことである。
「……(キリっ)」
「……、……。(……ようパブロさん? なんか私遠慮されてない?)」
「(当然でしょう。アンタ一応領主なんだから)」
「(一応ってなんだおい。……ってか本当にそれだけだよね? それだけだよねえ?)」
「(…………古い油の香りが、こう、概念的な揮発をしているのかもしれません。レオリア様自体は女神のフレグランスですが)」
「(古い油の香りってそれ加齢臭だよねおっさんの! え? うそまって。まだ出会って三十秒なのに! 私ってばこんなかわいいのに!)」
「(……そう言うところだと言っているのです、常日頃から。恐れながら)」
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